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婚約者編
目覚めたら腕の中にキミがいなかった①
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なんで。
なんでこんなことに。
なんで…?
理由なんてわかってる。全部全部俺のせいだ。
俺が殺してしまった。俺の唯一を。ほのかに甘い香りのする、最愛の女を。
腕の中のシャロンは、これ以上ないくらいに痩せ細りボロボロになっていた。皮膚はカサカサで、唇は色がなく。あんなにも美しい色だったアッシュグリーンの髪の毛は見る影もないほど艶もなくパサパサして、ところどころ長さが違っている。見える範囲には赤黒く腫れた傷が走り、新しいモノから古いモノまでついている場所などないほどだ。
なにが憎くて、彼女にこんな仕打ちをしたのだ。彼女には、なんにも悪いところなどなかったのに。
少し離れた場所に倒れている骸に目をやる。俺の愛妾だった女。俺に魅了をかけ、シャロンを死に追いやる原因になった女。
学園に入学したその日。俺はあの女とぶつかった。助け起こしそのピンクの瞳を見たとたん、あの女から、甘い、甘い匂いがした。シャロンから感じていたよりも、強烈で官能を呼び覚ます甘い匂いが。
堪らずあの女を抱き上げ、馬車に連れ込んだ。抱きたくて、メチャクチャにしたくて、それなのにできなかった。昂る気持ちと頭の熱とは裏腹に、俺の逸物はピクリとも反応しなかった。服を脱がし合い、口に含まれても、まったく反応しなかった。霞みがかったようになる頭で、感じたのは苛立ちだった。突っ込んで、メチャクチャに腰を打ち付け気持ちよくなりたいのに、なぜダメなのか。
「殿下ぁ。あの婚約者に、悪い魔法をかけられたのではなくて?こんなに熱く火照っているのに肝心な部分が反応しないなんて、明らかにおかしいもの。あの女を遠ざけなくてはいけませんわ、殿下ぁ。そうしないと魔法が解けなくていつまでも気持ちいいことができないでしょう?…あの女を婚約者から外して、私といいことしましょう、…ギルバート様?」
そう耳元で囁かれ、俺は一もニもなく頷いた。リーシャと名乗った女は、自分が婚約者となり俺に献身的な奉仕をすると甘えたように抱き付いた。豊満な胸、そして美味そうに盛り上がる白い尻たぶにむしゃぶりついたが、どうしても逸物は反応せず、日に日に苛立ちが募っていく。シャロンとの婚約解消もうまく進まず、溜まる熱をどうにかしたくて自慰行為に没頭する日々。
距離を取ったシャロンに八つ当たりし、手をあげたのも一度や二度ではない。俺の態度を見て、周りの人間も追随し始めた。
「おまえが…っ!父親の権力を使って婚約者の立場にしがみつくせいで、俺はリーシャと添い遂げられなかったのだ…っ!!」
結局シャロンと結婚させられ、俺は苛立つままにシャロンを痛め付けた。痛め付けて昂ると、リーシャにはまるで反応しない逸物が勃ちあがった。苛立ちが頂点に達した俺は、…シャロンを、文字通り蹂躙した。嫌がり、恐怖で泣き叫ぶシャロンの顔を殴り、無理矢理裸にして突き挿れた。
「リーシャ…ッ!リーシャ…ッ!気持ちいい、気持ちいい、リーシャ、おまえは最高だ…っ!!愛してる、愛してるリーシャッ!!」
腫れ上がった顔で涙を流し、ただの人形のように横たわるシャロンに、何度も何度も精を放った。思い付いたように殴りつけ、痛め付けてはまた興奮し何度も犯した。
そのうち鞭で叩いたり、首を絞めたり、…カラダを、ナイフで切りつけたり、どんどん俺の行動はエスカレートした。自分は食事をし、きちんと睡眠をとり、風呂に入り、普通に生活をしながら、シャロンを裸のまま鎖で繋ぎ、まともな食事をさせなかった。一日一食食べられせればまともなほうで、無理矢理口淫させては自分の精子を「ありがたい食事だぞ、全部飲め!!」と注ぎまくった。シャロンの瞳からは光がなくなり、そしてあの日、シャロンは部屋で事切れていた。傷だらけの、全裸のままで。
ぼやけた頭が明瞭になり、俺は絶叫した。俺の大事なシャロンが死んだ。俺の唯一の、運命の香りが消えた。今までの自分のシャロンへの所業が濁流のごとく甦る。
「あ、あ、う、あ、ああああああああっ!!?」
シャロンに駆け寄り、鎖を外す。投げ捨てられていたボロボロの服をどうにか着せ、抱き起こしたところでランベールが入ってきた。祖母の兄の孫である、ランベール・モロゾフ公爵令息。
「ギル、どうしたの…っ、」
ランベールを水泡に閉じ込め、そのまま雷撃を食らわす。くそっ、くそっ、…くそ野郎が…っ!!!
「すべて、…すべて…っ!!すべて貴様のせいだ、ランベール…ッ!!貴様の、小汚ない歪んだ欲望のせいで…っ!!」
ガボガボと苦しそうに泡を吐きながら、雷撃を受け続けたランベールはそのまま水の中で死んだ。シャロンを抱き上げたまま、水泡から出したランベールを部屋の外にぶん投げる。
「…殿下ぁ?どうしたの?ご機嫌斜めなの?今日はあの女、面白くなかったの?」
近づいてきた女は俺の腕の中のシャロンを見ると、醜い顔で嗤った。
「…きったなぁい」
その言葉を聞いて、俺は脳天が焼ききれるほどの怒りを感じ、気づけば女は顔中を氷の刃で貫かれて倒れていた。騒ぎに気付いて入ってきた文官に、シャロンの両親を至急呼ぶよう伝える。母…、女王陛下と、ランベールの父親である魔術師団団長も。
俺の意識が混濁しているのを、ランベールは知っていた。あの女に魅了をかけさせたのが他ならぬランベールだった。ランベールは、俺がシャロンを繋いでいた部屋の前で、俺がシャロンを痛め付け犯すのを聞いて興奮し自慰にふけるのが日課で、俺が満足して出てくると自分が吐き出した精で汚れた手を俺のカラダに擦り付ける。そして毎回こう言って嬉しそうに微笑むのだ。
「ギル、早くあの女が死ぬといいね。間違えてギルの運命に生まれてきた図々しい忌々しい女が死ねば、僕がギルの運命になれるでしょ?二人で幸せになろうね…大好きだよ、ギル…。
あの女が死んだら、リーシャに向いてるギルの気持ちを僕に向くように魅了をかけなおしてもらうからね。母上がうるさいから国王には僕がなるけど、トゥリエナ帝国の皇帝陛下からもギルを王配にしていい、って許可をいただいてるからね、安心して…?僕がギルの可愛い赤ちゃん、たくさん産んであげるからね…大好き…」
そうだ。こいつら親子は、ずいぶん前から周到に準備をし、罠を張り巡らせてきたのだという。ランベールの母親は、自分の父親…俺の祖母の兄が王族なのに、欲のない父親のせいで自分が女王になる権利を奪われたという盲執に取り付かれた女だった。横恋慕して手に入れた夫…モロゾフ公爵には思うように愛されず、その不満から自分の息子を国王につけて夫をひざまづかせてやる、絶対に自分に愛を誓わせてやる、と歪んだ欲求を抱くようになった。夫に愛人を認める代わりに、息子を国王につけるための協力を約束させたらしい。無い物ねだりをするバカな夫婦に育てられたランベールはある意味被害者といえるだろう。自分の意思などない幼い時から、同い年に生まれた俺を蹴落とし国王になるのだと刷り込まれてきたランベールは、なぜかその過程であったこともない俺に恋情を抱いたらしい。しかし初等部に入学した日、俺の隣にはシャロンがいた。婚約者のシャロンが。
俺はシャロン本人に、自分の運命だと言わなかった。そんな曖昧なモノで選んだと思われることに躊躇した。俺自身も、運命の香りに懐疑的だったことがある。自分の両親が運命だと言いながら仲が良好とは言えなかったから。
ランベールに告白された時、俺はシャロンが自分の運命だと言ってしまった。ランベールがエイベル家の血をひいていて、わかってもらえる、俺のことは諦めて欲しかったからだ。でもランベールの俺への執着は、俺が思っていたような生易しいものではなかったらしい。絵空事だった「国王になる」という母親の目標が、ランベール自身の願いになり。運命をねじ曲げるために、魅了の魔法を使うというトゥリエナ帝国に近づいた。
トゥリエナ帝国は、カーディナル魔法国の一公爵が御せるような相手ではない。そのことをこの親子はまったく理解しておらず、自分達のいいように相手を利用できると考えたらしい。ランベールが国王になった時、それはカーディナル魔法国が終わる時だ。トゥリエナ帝国はこの親子を使って、カーディナル魔法国にクモの巣のように仕掛けを巡らせた。
俺の母、カーディナル魔法国の女王を務めるアズライト・エイベルは、黒い髪に青い瞳で色持ちではない。己の母が色持ちで、魔術師団団長も色持ち、伯父も叔父も色持ちなのに自分は違うことになんとなく言い知れぬ不安があったらしい。ただ、それは形づいておらず、そのままいつか笑い話になるはずだったのに、変わってしまったのは、俺を含め自分が生んだ子ども4人が4人とも黒髪に赤い瞳の色持ちだったから。母はだんだん「色持ち」を疎むようになり、俺たちを蔑ろにし始めた。そして父はそんな母に対しだんだんと不満を抱くようになる。自分達の子どもに留まらず、自分の姉の夫、ジークハルト・エイベル魔術師団団長を悉く貶めるようになったから。
決定的になったのは、「セグレタリー国に派遣される魔術師以外は王族も含め、魅了をはじく指輪の着用を禁じる」と母が独断で法律を制定してしまったこと。ジークハルト様をはじめ重鎮たちが口を揃えて魅了の魔法がいかに害悪かと説いたが、母は頑なに考えを変えず、あろうことか自分に逆らったからと、ジークハルト様を団長から解任したのだ。俺が15歳、高等部に入学する前の年だった。
母を見限り、国を見限ったジークハルト様は自分の大事な人たちを連れて国を出て行った。ジークハルト様の父であり、ランベールの祖父であるサヴィオン様は「自分が作ったものだから」と海軍を解体し、自分の最愛の妻を離縁してジークハルト様の後を追った。命がけで国を守ってくれる人たちがいなくなり、セグレタリー国は我が国との国交を断絶した。噂によればジークハルト様たちがセグレタリー国に移住し、先行き不安な我が国にセグレタリー国の国王が見切りをつけたからと言われている。
張り巡らせた糸が、少しずつ狭まり。俺はシャロンを失った。
魅了をはじく指輪を、母がやめさせたりしなければ。
ランベールが俺に劣情を抱くことがなければ。
モロゾフ夫妻の関係性が歪んでいなければ。
…すべては後の祭りだ。
なにより、誰より、シャロンを傷つけ殺したのは、俺だったのだから。
なんでこんなことに。
なんで…?
理由なんてわかってる。全部全部俺のせいだ。
俺が殺してしまった。俺の唯一を。ほのかに甘い香りのする、最愛の女を。
腕の中のシャロンは、これ以上ないくらいに痩せ細りボロボロになっていた。皮膚はカサカサで、唇は色がなく。あんなにも美しい色だったアッシュグリーンの髪の毛は見る影もないほど艶もなくパサパサして、ところどころ長さが違っている。見える範囲には赤黒く腫れた傷が走り、新しいモノから古いモノまでついている場所などないほどだ。
なにが憎くて、彼女にこんな仕打ちをしたのだ。彼女には、なんにも悪いところなどなかったのに。
少し離れた場所に倒れている骸に目をやる。俺の愛妾だった女。俺に魅了をかけ、シャロンを死に追いやる原因になった女。
学園に入学したその日。俺はあの女とぶつかった。助け起こしそのピンクの瞳を見たとたん、あの女から、甘い、甘い匂いがした。シャロンから感じていたよりも、強烈で官能を呼び覚ます甘い匂いが。
堪らずあの女を抱き上げ、馬車に連れ込んだ。抱きたくて、メチャクチャにしたくて、それなのにできなかった。昂る気持ちと頭の熱とは裏腹に、俺の逸物はピクリとも反応しなかった。服を脱がし合い、口に含まれても、まったく反応しなかった。霞みがかったようになる頭で、感じたのは苛立ちだった。突っ込んで、メチャクチャに腰を打ち付け気持ちよくなりたいのに、なぜダメなのか。
「殿下ぁ。あの婚約者に、悪い魔法をかけられたのではなくて?こんなに熱く火照っているのに肝心な部分が反応しないなんて、明らかにおかしいもの。あの女を遠ざけなくてはいけませんわ、殿下ぁ。そうしないと魔法が解けなくていつまでも気持ちいいことができないでしょう?…あの女を婚約者から外して、私といいことしましょう、…ギルバート様?」
そう耳元で囁かれ、俺は一もニもなく頷いた。リーシャと名乗った女は、自分が婚約者となり俺に献身的な奉仕をすると甘えたように抱き付いた。豊満な胸、そして美味そうに盛り上がる白い尻たぶにむしゃぶりついたが、どうしても逸物は反応せず、日に日に苛立ちが募っていく。シャロンとの婚約解消もうまく進まず、溜まる熱をどうにかしたくて自慰行為に没頭する日々。
距離を取ったシャロンに八つ当たりし、手をあげたのも一度や二度ではない。俺の態度を見て、周りの人間も追随し始めた。
「おまえが…っ!父親の権力を使って婚約者の立場にしがみつくせいで、俺はリーシャと添い遂げられなかったのだ…っ!!」
結局シャロンと結婚させられ、俺は苛立つままにシャロンを痛め付けた。痛め付けて昂ると、リーシャにはまるで反応しない逸物が勃ちあがった。苛立ちが頂点に達した俺は、…シャロンを、文字通り蹂躙した。嫌がり、恐怖で泣き叫ぶシャロンの顔を殴り、無理矢理裸にして突き挿れた。
「リーシャ…ッ!リーシャ…ッ!気持ちいい、気持ちいい、リーシャ、おまえは最高だ…っ!!愛してる、愛してるリーシャッ!!」
腫れ上がった顔で涙を流し、ただの人形のように横たわるシャロンに、何度も何度も精を放った。思い付いたように殴りつけ、痛め付けてはまた興奮し何度も犯した。
そのうち鞭で叩いたり、首を絞めたり、…カラダを、ナイフで切りつけたり、どんどん俺の行動はエスカレートした。自分は食事をし、きちんと睡眠をとり、風呂に入り、普通に生活をしながら、シャロンを裸のまま鎖で繋ぎ、まともな食事をさせなかった。一日一食食べられせればまともなほうで、無理矢理口淫させては自分の精子を「ありがたい食事だぞ、全部飲め!!」と注ぎまくった。シャロンの瞳からは光がなくなり、そしてあの日、シャロンは部屋で事切れていた。傷だらけの、全裸のままで。
ぼやけた頭が明瞭になり、俺は絶叫した。俺の大事なシャロンが死んだ。俺の唯一の、運命の香りが消えた。今までの自分のシャロンへの所業が濁流のごとく甦る。
「あ、あ、う、あ、ああああああああっ!!?」
シャロンに駆け寄り、鎖を外す。投げ捨てられていたボロボロの服をどうにか着せ、抱き起こしたところでランベールが入ってきた。祖母の兄の孫である、ランベール・モロゾフ公爵令息。
「ギル、どうしたの…っ、」
ランベールを水泡に閉じ込め、そのまま雷撃を食らわす。くそっ、くそっ、…くそ野郎が…っ!!!
「すべて、…すべて…っ!!すべて貴様のせいだ、ランベール…ッ!!貴様の、小汚ない歪んだ欲望のせいで…っ!!」
ガボガボと苦しそうに泡を吐きながら、雷撃を受け続けたランベールはそのまま水の中で死んだ。シャロンを抱き上げたまま、水泡から出したランベールを部屋の外にぶん投げる。
「…殿下ぁ?どうしたの?ご機嫌斜めなの?今日はあの女、面白くなかったの?」
近づいてきた女は俺の腕の中のシャロンを見ると、醜い顔で嗤った。
「…きったなぁい」
その言葉を聞いて、俺は脳天が焼ききれるほどの怒りを感じ、気づけば女は顔中を氷の刃で貫かれて倒れていた。騒ぎに気付いて入ってきた文官に、シャロンの両親を至急呼ぶよう伝える。母…、女王陛下と、ランベールの父親である魔術師団団長も。
俺の意識が混濁しているのを、ランベールは知っていた。あの女に魅了をかけさせたのが他ならぬランベールだった。ランベールは、俺がシャロンを繋いでいた部屋の前で、俺がシャロンを痛め付け犯すのを聞いて興奮し自慰にふけるのが日課で、俺が満足して出てくると自分が吐き出した精で汚れた手を俺のカラダに擦り付ける。そして毎回こう言って嬉しそうに微笑むのだ。
「ギル、早くあの女が死ぬといいね。間違えてギルの運命に生まれてきた図々しい忌々しい女が死ねば、僕がギルの運命になれるでしょ?二人で幸せになろうね…大好きだよ、ギル…。
あの女が死んだら、リーシャに向いてるギルの気持ちを僕に向くように魅了をかけなおしてもらうからね。母上がうるさいから国王には僕がなるけど、トゥリエナ帝国の皇帝陛下からもギルを王配にしていい、って許可をいただいてるからね、安心して…?僕がギルの可愛い赤ちゃん、たくさん産んであげるからね…大好き…」
そうだ。こいつら親子は、ずいぶん前から周到に準備をし、罠を張り巡らせてきたのだという。ランベールの母親は、自分の父親…俺の祖母の兄が王族なのに、欲のない父親のせいで自分が女王になる権利を奪われたという盲執に取り付かれた女だった。横恋慕して手に入れた夫…モロゾフ公爵には思うように愛されず、その不満から自分の息子を国王につけて夫をひざまづかせてやる、絶対に自分に愛を誓わせてやる、と歪んだ欲求を抱くようになった。夫に愛人を認める代わりに、息子を国王につけるための協力を約束させたらしい。無い物ねだりをするバカな夫婦に育てられたランベールはある意味被害者といえるだろう。自分の意思などない幼い時から、同い年に生まれた俺を蹴落とし国王になるのだと刷り込まれてきたランベールは、なぜかその過程であったこともない俺に恋情を抱いたらしい。しかし初等部に入学した日、俺の隣にはシャロンがいた。婚約者のシャロンが。
俺はシャロン本人に、自分の運命だと言わなかった。そんな曖昧なモノで選んだと思われることに躊躇した。俺自身も、運命の香りに懐疑的だったことがある。自分の両親が運命だと言いながら仲が良好とは言えなかったから。
ランベールに告白された時、俺はシャロンが自分の運命だと言ってしまった。ランベールがエイベル家の血をひいていて、わかってもらえる、俺のことは諦めて欲しかったからだ。でもランベールの俺への執着は、俺が思っていたような生易しいものではなかったらしい。絵空事だった「国王になる」という母親の目標が、ランベール自身の願いになり。運命をねじ曲げるために、魅了の魔法を使うというトゥリエナ帝国に近づいた。
トゥリエナ帝国は、カーディナル魔法国の一公爵が御せるような相手ではない。そのことをこの親子はまったく理解しておらず、自分達のいいように相手を利用できると考えたらしい。ランベールが国王になった時、それはカーディナル魔法国が終わる時だ。トゥリエナ帝国はこの親子を使って、カーディナル魔法国にクモの巣のように仕掛けを巡らせた。
俺の母、カーディナル魔法国の女王を務めるアズライト・エイベルは、黒い髪に青い瞳で色持ちではない。己の母が色持ちで、魔術師団団長も色持ち、伯父も叔父も色持ちなのに自分は違うことになんとなく言い知れぬ不安があったらしい。ただ、それは形づいておらず、そのままいつか笑い話になるはずだったのに、変わってしまったのは、俺を含め自分が生んだ子ども4人が4人とも黒髪に赤い瞳の色持ちだったから。母はだんだん「色持ち」を疎むようになり、俺たちを蔑ろにし始めた。そして父はそんな母に対しだんだんと不満を抱くようになる。自分達の子どもに留まらず、自分の姉の夫、ジークハルト・エイベル魔術師団団長を悉く貶めるようになったから。
決定的になったのは、「セグレタリー国に派遣される魔術師以外は王族も含め、魅了をはじく指輪の着用を禁じる」と母が独断で法律を制定してしまったこと。ジークハルト様をはじめ重鎮たちが口を揃えて魅了の魔法がいかに害悪かと説いたが、母は頑なに考えを変えず、あろうことか自分に逆らったからと、ジークハルト様を団長から解任したのだ。俺が15歳、高等部に入学する前の年だった。
母を見限り、国を見限ったジークハルト様は自分の大事な人たちを連れて国を出て行った。ジークハルト様の父であり、ランベールの祖父であるサヴィオン様は「自分が作ったものだから」と海軍を解体し、自分の最愛の妻を離縁してジークハルト様の後を追った。命がけで国を守ってくれる人たちがいなくなり、セグレタリー国は我が国との国交を断絶した。噂によればジークハルト様たちがセグレタリー国に移住し、先行き不安な我が国にセグレタリー国の国王が見切りをつけたからと言われている。
張り巡らせた糸が、少しずつ狭まり。俺はシャロンを失った。
魅了をはじく指輪を、母がやめさせたりしなければ。
ランベールが俺に劣情を抱くことがなければ。
モロゾフ夫妻の関係性が歪んでいなければ。
…すべては後の祭りだ。
なにより、誰より、シャロンを傷つけ殺したのは、俺だったのだから。
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