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蜜柑マル

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マリアンヌ編

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食事は、応接室の隣の部屋に準備されていた。部屋の中には、ジークハルト夫妻とナディール夫妻、それに第2部隊副隊長でジークハルトの長男であるジェライト・エイベル、その伴侶で団長付秘書官のアキラ・エイベル、ジークハルトの次男、アレクサンドライトが座っていた。ノーマンの父、ガイアスもいる。

「マリアンヌさん、体調はどうだ」

「ありがとうございます、団長、大丈夫です」

マリアンヌの返事に「良かった」と微笑んだジークハルトは、

「ノーマン君も顔色が良くなって良かったな。さ、食事にしよう」

と二人に席を勧めた。

「ジェライト様、お邪魔しております、…ご挨拶が遅くなり、」

「マリアンヌさん、なしなし、そういうの。気にしなくていいから。気にしなくちゃならないのはそっちの猛獣だよ。ジェンキンス侯爵、執務室燃やすのはやりすぎだよね」

マリアンヌにひらひらと手を振ったジェライトは、マリアンヌの隣に座るノーマンをギロリと睨んだ。

「確かにそうなんだけど猛獣からマリアンヌちゃんを取り上げたヴェルデ君にも非があるからね。ガイアス君が修繕費出すし今回は大目に見てやって、ライト君」

ナディールにそう言われ、ジェライトは「…わかりました、しかたないですね」と渋々と言う様子で頷いた。

そこからは和やかに食事が始まる。ナディールが作る料理は相変わらずどれも美味しかった。

「マリアンヌさん、仕事はこのまま続けられそうかい」

「はい、…前回は辞めてしまったので、体調がどうなるのかは正直わかりませんが、産休に入るまでは働きたいです」

ジークハルトに問われそのように答えると、ルヴィアが「それがいいわ」と頷いた。

「妊娠初期は確かに気を付けるにこしたことはないけれど、動かないとお産も大変になるって聞くから」

「そうだな、叔母上の時、リッツさんだいぶ叱られたもんな、アキラさんに」

アキラさんは「あれは明らかにリッツさんが悪いからね」と言うと、マリアンヌを見た後、ノーマンに視線を移した。

「ジェンキンス侯爵も気を付けないとダメだよ。奥様に甘いのはいいことだけど、自分の自己満足のために奥様を危険にさらしてはならないよ」

「…危険、ですか」

困惑気味に声を上げたノーマンに、アキラは淡々と告げた。

「初めての出産だからキミもわからないことがたくさんあるだろう、奥様と一緒に妊娠や出産についてよく勉強するといい。さっきルヴィアさんが言ったように、妊娠初期は大事にした方がいいだろうが、安定期に入ってからはカラダを動かした方がいいんだよ。いろんな情報が出ているし、産院でも勉強会を開いてくれるからキミも奥様と一緒に参加するといい。お腹が大きくなれば今まで当たり前にできていたことも不便になるし、大変な部分がでてくるからね。そういうところに目を向け、気持ちを向けて奥様を気遣うべきだ。キミがやるべきことを間違えちゃいけないよ」

アキラの話をじっと聞いていたノーマンは、「わかりました、教えていただきありがとうございます」と頭を下げると、隣に座るマリアンヌを見て柔らかく目を細めた。

「…子どもが生まれる前から、俺にもできることがあると思うと嬉しいな。産むのは変わってあげられないけど、一緒に頑張る。俺、成長するからな、リア。足りないことは言ってくれると嬉しい…鈍くてわからないから」

そう言って微笑んだノーマンは、マリアンヌの手をそっと握り、「…あ~」と天井を仰いだ。

「リアの腹に俺の子どもがいるなんて…すげえ幸せ…ありがとう、リア。大事に育てような…。あ、そうだ」

とまたマリアンヌに視線を戻す。

「リア、聞きたかったんだけど…子どもの名前、シャロンって言う名前は、誰がつけたんだ?」

「…私が産んだ後、すぐに連れて行かれてしまって…誰がつけたのかわからないのです。侯爵家に戻されてきた時にはシャロンと呼ばれていました」

ノーマンは「…そうか」と呟くと、

「…今回俺、伯爵の位を賜るだろう?ジェンキンスという家名ではなく、新しくガーランドという姓も賜るんだ。今後はノーマン・ガーランド、キミはマリアンヌ・ガーランドだ。それで、もし良ければ、…子どもの名前も変えたらどうかと思って…」

と、少し不安気に瞳を揺らがせた。そのように考えてくれていたことにマリアンヌは驚き、そしてほんのり嬉しくなった。前回はたった一人で、不安でも泣き言を溢せず、産み終えた時はようやく終わった、という気持ちが強かった。シャロンの顔を見て愛しいと思ったはずなのに、すぐに自分の手から取り上げられてしまったし。

「ありがとうございます、そうですね、そうしましょう。そんなふうに考えていただけて嬉しいです。ノーマン様、二人で一緒に乗り越えていきましょう…離縁したほうが、楽になれると思いましたけど、…前回逃げた分、今回は逃げずにノーマン様と向き合いたいと思います。私、今までも特に我慢してたことはありませんけど、これからは何かあればきちんとノーマン様に言いますね。…きちんと、思っていることをお話します。自分の中だけで完結しないように」

マリアンヌの言葉を聞いて、ノーマンは「…うん」とだけ頷き、ちょっと目を赤くした。「…俺、リアも、子どもも、絶対に大事にするから。あ、あの、リア、」

おどおどしたように顔を赤くしたノーマンは、マリアンヌの手をさらにキュッと握ると、

「そ、の、さ、…まだ、一人目も生まれてない時点でどうかと思うけど、でも言いたいから言う、…子ども、リアのカラダが大丈夫なら、3人は、欲しい。俺、仕事頑張るし、生活面で困らないように頑張るし、リアと子育ても頑張るし、いい父親になれるように頑張るから、だから、だから、」

「おまえちょっと落ち着けよ、かなり怪しいぞ」

だんだん身を乗り出すノーマンに、ガイアスが呆れたように声をかけた。

「…ったく。ベタ惚れなのはわかるが、重すぎるぞおまえ。マリアンヌが可哀想だろうが。とんでもねぇ場面見せられて、それでも健気におまえを受け入れようとしてくれてるんだから、おまえもガッツきすぎるんじゃねぇよ。…逃げられんぞ」

サッ、と顔を青くしたノーマンは、「リ、リア、」とまた瞳を揺らがせる。

「ご、めん、…この話はまた今度で…」

しょんぼりする様が雨に濡れた犬のようで可愛らしく、マリアンヌはなんとなく笑ってしまった。こんなふうなノーマンを前回は見たことはなかったな、とぼんやりと考える。いつでも余裕があったあの日までのノーマンと、それ以降の、関わりを最低限にしてしまったノーマンと。

(これからはもっと、いろんなノーマン様を見せてもらえるように…ノーマン様がくつろげる家にしていこう)

こちらをチラチラ見るノーマンに、マリアンヌは微笑んでみせた。












そして今日、マリアンヌは前回同様女の子を生んだ。

ノーマンがガイアスに主張した「屋敷を壊す」は、ノーマンが新しく爵位を賜りジェンキンス侯爵家の敷地内に新しい家を建てることで立ち消えとなった。その新しい家で、マリアンヌはノーマンに付き添われながら出産した。ノーマンは陣痛の痛みでツラそうなマリアンヌの腰をさすり、汗を拭き、水分を取らせ、マリアンヌの手を握り励まし続けた。産声が聞こえた時、一瞬の間を置いてノーマンも声をあげて号泣した。「どっちが赤ちゃんかわかりませんね」と産婆に呆れたように言われたが、マリアンヌは嬉しくて涙が零れた。ノーマンが、ずっと付き添い続けてくれて、同じ様に苦しんでくれたことに…同じ時間を過ごしてくれたことに、その気持ちに胸がキュウッとなった。ノーマンへの、愛しい気持ちで。

生まれた娘の名前は、二人で考えた『クローディア』に決めた。クローディア・ガーランド。

前回と異なる状況になり、前回とは違う名前になった娘、クローディア。

ガーランド家の新しい歴史が始まった一日であった。









【マリアンヌ編・了】
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