お飾り王太子妃になりました~三年後に離縁だそうです

蜜柑マル

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番外編~100年に一度の恋へ

エピローグ

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夜が明けて、ソルマーレ国に新しい朝がやってくる。

カーテンを閉めていても洩れてくる朝日に目を覚ましたギデオンは、腕の中のソフィアを確かめるように頬に触れ、「…あれ?」と呟いた。

ソフィアのカラダをそっと横たえ、ベッドから降りる。駆け込むように浴室に向かったギデオンは冷たい水を頭から被ると、バスタオルで拭くのももどかしげに髪の毛から滴を滴しながらベッドへ駆け戻り、もう一度ソフィアの頬に触れる。

「…フィー?」

その頬は、昨日の真っ白さではなく赤みを帯びている。慌ててソフィアの胸に手を当てると、トクトクと規則正しい鼓動が手のひらに伝わってくる。それに呼応するように、ギデオンの心臓がドクリ、と大きな音をたてる。本当なのか?嘘じゃないんだよな、この、俺に伝わる、この感覚は、

「フィー、」

目を瞑ったままのソフィアを抱き上げたとき、ノックとともにリオンとアリスが入ってきた。

「お兄様、ソフィア様を…っ」

「…アリス?」

アリスはギデオンが抱き上げたソフィアのカラダを、自分の方に引き寄せそっとその顔を覗き込んだ。アリスの瞳にみるみる涙が盛り上がる。

「…良かった」

そう呟いてソフィアのカラダを掻き抱くようにしたアリスは、声を上げて泣き出した。そのアリスを見やるギデオンに、リオンがそっと近づく。

「父上。母上は、あと1日したら目覚めます。母上には私とアリス様が付き添っていますから、父上はお祖父様にご報告を。ジャポン皇国の両知事にも昨日はお泊まりいただいたのですよ。さぁ、お早く」

「フィーが、…目覚める?」

「早く行ってください。終わるまで戻って来ないでくださいね」

呆然としたまま外に締め出され、ガチャリとカギをかけられてしまう。そのギデオンを、苦笑いのレインが待っていた。

「…やられましたね、父上。完全に騙されちゃいましたね、俺たち。…母上が生きていて、…良かったですね…。
…行きましょう。公務の時間ですから。頭、切り替えてくださいよ」

何が何やらわからないままギデオンは、レインに手を引かれ国王の執務室へと向かった。ソフィアの温かな鼓動を思い出し、ギデオンの口がゆっくりと弧を描く。その瞳は、幸せな色で潤んでいた。












「あの時、私の元に来た方はいったい誰だったのですか、イアンさん…?アリスちゃんに頼まれて来た、と仰ってましたけど…」

「あいつはサフィールドと言って、皆様が御存知の、ジャポン皇国トゥランクメント族の末裔なんです。あいつは転移魔術が使えるので…ソフィア様が拐われて、あいつらの言いなりになるなんて、…僕とアリス様の輝かしい未来を邪魔するなんて万死に値すると思いまして。
兄に相談したところ、『ソフィア様が死ねばすべて解決するだろう』と言われて、サフィールドに協力してもらうことにしたんです。サフィールドの母は、ギデオン王太子殿下、…殿下に、『呪』をかけた人間で、…サフィールドは、どんなことをしてもその償いをしたいと言っていましたから、喜んで、協力してくれたのです」

恐縮するように話すイアンさんを、悪魔がじっとりと睨み付けている。

「…わたくしに相談する時間はなかったのですか」

「私を奴隷として売ると計画を立てた時、お兄様もソフィア様にだけお伝えしなかったではないですか。敵を欺くには味方からですわよ、お兄様」

ピシャリとオリヴィアちゃんにやり込められ、悪魔はプイッと顔を背けた…大人気ない。

あの日、あのふたりの卑劣な計画に憤りすぎて眠れなかった私の前に、真っ白なフードを被った人が現れた。びっくりして声を上げそうになった私の口に、その人は何かを放り込んだ。

「…これで、飲み込んでください」

柔らかな声の男性は私に水を手渡す。それをゴクリと飲み込んだのを確認すると、その人はフードを外した。白いフードの下から、真っ白な髪の毛の男性の顔が現れる。

優しげな瞳の男性は、

「アリス様に頼まれてきました。何も心配しなくて大丈夫…目が覚めたら、すべて終わってますからね」

とウインクしてスゥッと消えた。

「…フィー。あまりにも危機感がなさすぎるのでは」

そうは言うけどさ…。

「だって、びっくりして口を開けたところにもう入れられちゃってたんだよ。ほとんど飲み込んだようなものだったし…」

「製薬の天才であるユリアーナ様が作ってくださった薬とは言え、わたくしもソフィア様が目覚めてくださるか気が気ではなくて…本当によかったですわ」

ふんわり微笑むアリスちゃんを憮然とした顔で見る悪魔は、「今後ジルコニアとの関係性は見直しを図ります」と言ってリオンにスネを蹴られていた。

「…我が国、セルーラン国は今回の王太子殿下の暴れっぷりに恐怖を抱き、是が非でもオリヴィア様をローランド王太子の妃として迎えたいと申し出ております。是非にも、ソルマーレ国と強固な同盟を結びたいと」

「お断りします。だいたいなんですか、暴れっぷりとは。わたくしは、正当な権利を行使しただけです。人聞きの悪いことを言わないでください、イアンさん」

目が覚めて一番驚いたのは、あの諸悪の根源であるハソックヒル国が無くなった、と聞いたこと。今はディーン王子とゼイン王子が交代で統治している。奴隷制を完全に廃止し、贅を凝らした王宮や貴族の邸もことごとく取り壊した。新しい国として一から作り上げるようチンピラから命じられた双子王子は、張り切って仕事に励んでいるそうだ。「うざい父親が留守でちょうどいい」と菖蒲さんと紫苑さんが喜んでいるのは双子王子には内緒である。

「暴れっぷりとしかいいようがないではありませんか。話を聞いた州知事たちもドン引きでしたよ、父上の大暴挙に」

レインに揶揄うように言われ、悪魔は完全に不貞腐れた顔で私をじっと見た。

「フィーが殺されて、黙っていられるわけないではありませんか。あんな嘘つきな犯罪者の国、無くなって当然です。ね、フィーもそう思いますよね、わたくしは何も間違ったことなんてしていませんよね!」

ギュウギュウ苦しいくらいに抱きしめられて、なんて答えるのが正解なのかわからないが、ただこれだけは言える。

「まったく覚えてなくて申し訳ないけど、ギデオンさんが助けにきてくれて嬉しかったよ。ありがとう」

私の言葉にカラダを離した悪魔は、ほんのり頬を赤くしてニッコリと微笑んだ。

「フィーが生きていてくれて本当に良かった…ずっとわたくしの側にいてくださいね、フィー。これからもずっと」












「…それにしても良かったわぁ、ソフィアちゃんが死ななくってぇ!!」

「あんたが言ってた『赤い悪魔』『海の双鬼』にはなっちゃったけどねぇ」

陽彦の言葉に、龍彦は「…そうね」と呟く。

ハソックヒル国でのギデオンは、そして双子の弟王子は、あの時、人間をやめた。ソフィアという自分たちの至高を奪われ、その略奪者たちを文字通り蹂躙した。あの時のあの3人に、「生命の尊厳」などという建前は欠片もなかった。自分たちを絶望に叩き落とした存在を、躊躇いなく粉々になるまで叩き潰した。

それを間近で見せられた龍彦は、骨身に染みて思い知らされたのだ。想定していたよりも遥かに、ソフィアの存在はソルマーレ国の人間に強い影響を与えている。本人にはまったくその気がなくても。

だからこそ、前世で己がはまった乙女ゲーム通りの結果にならなかったのだと思う。ソフィアが死ぬ、という過去に。アリスが、セルーラン国のジルコニアが動き、ソフィアはゲームのシナリオ通りに死ななかった。あの時、死んでしまったと…なぜ亡くなったのかなど詳細が描かれていなかったモブのソフィアが、こんな風に亡くなってしまうなんてと哀しみに襲われ力が抜けた。自分でさえこうだったのだから、あの3人、特にギデオンの心情など慮れるはずもない。

赤い悪魔も、海の双鬼も、たぶん今後顕現することはないだろう。…ソフィアに、何かが起こらない限りは。

もうひとつ、変わったこと。それはアミノフィア国の国王として、乙女ゲームの攻略対象である三つ子の王子の父親が早くも即位してしまったこと。国王である父親を弑し、ギデオンに忠誠を誓うと宣言したあの男が攻略対象の父親である時点で、乙女ゲームがシナリオ通りに進むとは思えない。あんなにも激しく、冷酷な男が…躊躇いもなく実父の首を跳ね平然としている豪胆な男が、自分の息子たちの馬鹿げた振る舞いを果たしてそのまま放置するだろうか…。

それに。

「攻略対象には、レインちゃんも入ってるし、…隠しキャラはまさかの穂高ちゃんっぽいからねぇ…名前は違うけど」

ボソリと呟いた龍彦は、目を瞑りニヤリとした。

「…どんな乙女ゲームを見せてもらえるのかしら。楽しみねぇ」












【了】
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