お飾り王太子妃になりました~三年後に離縁だそうです

蜜柑マル

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番外編~100年に一度の恋へ

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ハソックヒル国に着いたソルマーレ国一行…ギデオン、ディーン、ゼイン、菖蒲と紫苑、そしてレインが案内された地下牢で、無事を確かめるべきソフィアは、床の上に横たわっていた。

「あんたの嫁は豪胆だなぁ。こんなところで寝てるとは。…おい、起きろ、愛しの旦那が助けにきてくれたぞ~」

揶揄うように声をかけるハソックヒル国第1王子の隣で、アミノフィア国第2王子は口端を持ち上げると、

「オリヴィアを連れて来ない限りあんたの嫁は出さないぜ」

とギデオンを覗き込んだ。挑発めいた視線に、しかしギデオンは動かない。その碧眼が、大きく見開かれていく。

「おい、起きろっ!」

ハソックヒル国第1王子がガンッ、と足で牢を蹴るが、ソフィアは身じろぎすらしない。動かないのを不審に思うことなく蹴り続けるハソックヒル第1王子の肩に、ギデオンが手を乗せた。

「…フィーに、ソフィアに何をした…」

「あぁ?…っ!?」

ハソックヒル国第1王子のカラダがふわりと浮き、壁に投げつけられる。うめき声を上げて蹲る男の側に駆け寄ったアミノフィア国第2王子は、

「貴様、女がどうなっても」

いいのか、という言葉は、しかしその口から出なかった。自分たちを見下ろすギデオンの視線の恐ろしさに凍りついたように動けない。

「…いつ殺した?」

ギデオンの言葉に、双子王子が素早く動く。

「貴様ら、瞬時に殺されたくなくば今すぐカギを開けろ!」

震える手で差し出されたカギを引ったくったゼインが扉を開け、流れるようにギデオンが中からソフィアを抱き上げた。

「…冷たい」

ギデオンの元に駆け寄ったレインは、真っ青な顔でソフィアの顔を覗き込み、ソフィアの頬に手を当て擦った。

「は、はう、え…」

そのままギデオンの顔を見上げる。

「父上、母上を起こしてください、早く、…早く、起こしてください!!…母上、ダメです、寝ちゃダメです、早く起きて…っ!起きてくださいっ!迎えにきました、迎えにきたんですよ、もう大丈夫ですから、だから、だから、目を覚まして俺たちと帰りましょう、ソルマーレ国に、母上、母上…っ!!」

ソフィアのカラダを力任せに揺さぶるレインの手を、後ろからカラダごと菖蒲が抱き寄せる。暴れるレインを抑えながら、菖蒲は紫苑を見上げた。

「…ギデオン、さま、ソフィア様を、」

紫苑が差し出した手を、ゼインが青ざめた顔で止め、首を横に振る。

「…フィー、目を開けて。起きてください」

ソフィアの頬にそっと手で触れるギデオンは、囁くように何度も呼び掛ける。

「フィー、わたくしが迎えに来るのが遅くて、こんな冷たい所にいなくてはならなかったから怒っているのですよね、すみません、謝ります、何回でも、フィーが許してくれるまで何回でも謝ります、本当に、…だから、意地悪はやめて、目を開けてください、」

レインのしたようにソフィアの頬を擦るが、その顔は真っ白で生気がなく、ピクリとも動かない。凍るような冷たい肌にギデオンの顔が大きく歪む。

「フィー、お願いだから…フィー、謝ります、ね、謝りますから…目を、目を開けてください、」

それでもまったく反応がなく、ギデオンがそろりとカラダの向きを変えると、ソフィアの腕が力なくダラリと垂れた。

「ソフィア様…っ」

紫苑が泣き崩れ、その後ろでディーンとゼインは茫然と立ち尽くしていた。菖蒲に抱き込まれたレインはソフィアの顔を光のない瞳で見つめている。菖蒲の腕の中から抜け出し、震える小さな手でソフィアの頬をそっと撫でる。何度も、何度も撫でるのに、ソフィアは目を開けてくれない。

「う、嘘だ、こんなこと命令していない、だ、誰がこの女を殺したんだ…っ」

突如喚き声をあげたハソックヒル国王太子は、アミノフィア国第2王子に掴みかかった。

「おまえが、おまえがやったのか!」

「そんなわけないだろう、ここに俺の私兵はいない!おまえたちが入れさせなかったくせに、俺がどうやってこの女を殺すと言うんだ…っ、…うわっ!?」

突如鮮血が飛び散り、ハソックヒル国第1王子の顔半分が赤く染まる。叫び声をあげたアミノフィア国第2王子の右腕の、肘から下が消えていた。

「い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いっ!俺の、俺の腕がっ!!」

床に倒れ転がり回る第2王子の傍らには、剣を右手に、左手にソフィアを抱き込み立つギデオンの姿があった。その顔はゴッソリと表情が抜け落ち、さながら幽鬼のようである。

「…ディーン。ゼイン」

「はっ!」

ギデオンの目の前に双子王子がひざまずく。そのふたりの瞳は、涙に濡れながらも怒りでギラギラと光っている。

「ソルマーレ国王太子ギデオン・エヴァンスが命ずる。ハソックヒル国の艦隊を一隻残らず海の底へ沈めろ。我が国に敵対する艦船も同様だ。行け」

「必ずや」

「我が軍の勝利をソフィア様に捧げます」

双子王子は立ち上がると、「アーヤ、頼む」と菖蒲に視線を移した。菖蒲も泣きながら立ち上がり、ふたりとともに消えた。

「紫苑さん。フィーを、ソルマーレに連れて帰ってください。こんな所にいたせいで、カラダが冷えて…わたくしのベッドに寝かせてあげてもらえますか。後でわたくしが温めますから」

紫苑は、涙を零しながら何度も何度も頷き、ギデオンからソフィアのカラダを受け取った。

「レイン様は、」

「レインは将来ソルマーレ国王太子、ゆくゆくはわたくしの跡を継ぎ国王になる人間です。自分の母を殺した人間がどうなるか見届ける義務がある。眞島さん、レインを守りきれますか」

いつの間にかギデオンの傍らにひざまずいていた龍彦が悲壮な声で叫ぶ。

「あったりまえでしょ!どんなことしたって守るわよっ!…ソフィアちゃん…っ!」

龍彦は紫苑の腕の中のソフィアに目を移し、傍らにひざまずいた。

「なんで…なんで、なんで…っ!こんなこと、なんで…っ」

ソフィアの頭をそっと撫でる龍彦の瞳もまた怒りに燃えていた。

「このクズどもは一人残らず殲滅よ。地獄なんて生ぬるいと思うくらいの目に合わせてやる。行きなさい、紫苑ちゃん。ソフィアちゃんを頼んだわよ」

紫苑はコクリと頷くとソフィアのカラダとともに消えた。

「レイン。できますね」

ギデオンの呼び掛けに、表情を変えず頷いたレインは、龍彦に抱き上げられた。

痛みに転げ回るアミノフィア国第2王子と、その傍らで真っ青な顔で茫然と立ち尽くすハソックヒル第1王子に目を向けたギデオンは、厳かに宣誓した。

「フィーをわたくしから奪ったあなた方をわたくしは赦しません。…さあ、はじめましょうか」
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