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番外編~レインとリオン
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私は前世で子どもがいなかったため、ハッキリ何かと比べて言えるわけではないが、日々成長するにつれレインに違和感を覚えるようになった。お腹がすけば泣くし、おしめが汚れればなくし、でも、リオンに比べると格段に泣く回数が少なかった。人肌が恋しくて、何もなくても赤ちゃんは泣くのだと、だからたくさん抱いてあげるといい、抱き癖なんて言うけれど抱っこできる年数は限られているのだから、と聞いたことがあったのに、レインは必要最低限でしか泣かない。気づくとこちらをじっと見つめている時もある。
ただし、それで薄気味悪いとか、可愛くないとか思うことはなかった。この子は、こういう子どもなんだと、なぜか納得できてしまったのは悪魔がいたからかもしれない。
悪魔は呪いを受けていたからという理由もあろうが、公の場での王太子然とした態度と素の時があまりにも違いすぎる。常識としてそれはどうなのか、ということもたまに平気でやるし、何より私が関係すると途端に狂犬のように見境がなくなることもある。他のことには一切興味がない、そんな冷酷さを見せることもある。
レインが悪魔のような呪【シュ】を受けているわけはない…生まれた時から守【シュ】の石を身に付けさせているから。でも、そういう対外的な理由がなくとも、この子はそういう子どもなのだろう。だから、リオンと同じように触れあうことにした。頭を撫で、頬に触れ、鼻を擦り合わせ、胸に抱きしめた。たくさんたくさん話しかけ、手を繋ぎ、お風呂に入り…そういう毎日を積み重ねた。
悪魔に対して、ふと気づくと醒めた瞳を向けていることがある。たぶん私に対しても、ああいう瞳をしているのかもしれない。でも、それでもいいと思った。可愛い我が子に変わりはないから。
3歳を過ぎると、舌足らずながら「母上」と呼ぶようになり、予想と反してたくさん触れあうようになってくれた。唇にこそしないものの、「母上、今日もキレイです」などと言って頬にチュッ、としてくれる。タラシ要素がどこから入ってしまったのか。悪魔も双子王子もそんな素振りはないのだが…チンピラから来ているのだろうか。
しばらく観察していると、悪魔がいる時に私に口づけることがわかってきた。悪魔がこちらを見て「レイン、母上にみだりに触れるのはやめなさい!」と慌てて駆け寄ってくるのを愉しそうに見ている。まるで悪魔を揶揄っているかのような態度だった。この子は、
「…もしかして、前世の記憶があるの、レイン」
私の言葉に、レインは呆気にとられたような顔をした。
「…前世」
「うん。だからリオンに比べて格段に大人っぽいんだよね。カラダは小さな子どもだけれど、あなたの中身は子どもじゃないんでしょう」
しばらく私の顔をじっと見ていたレインは、
「…なぜ、前世の記憶という言葉が出てきたのですか」
「私もそうだからだよ」
「母上も?」
私はレインの手を取り、そのまま膝の上に乗せた。
「こうされるのは、本当はイヤなのかな。子ども扱いされるのは」
レインは、フルフルと首を横に振ると耳まで真っ赤に染まった。
「俺は、…俺、と言ってもいいですか」
「いいんだよ、どんなふうでも。公にはダメかもしれないけど、家族の中ならいいでしょう」
コクリ、と頷いたレインは、
「俺は、気づいたらこのカラダになっていました。前世、というのかわかりませんが、このカラダになる前も、やはり王族でした」
「王子様だったの?」
「はい。…母上、俺は、確かに中身は大人の部分もあります。だけど、こうやって母上に抱きしめられたり、触れあうことでとても安心するし心が温かくなります。だから、イヤだという気持ちはまったくありません。たくさん、触れて欲しいです。母上は、俺が気持ち悪いですか」
「ううん、気持ち悪くないよ。レインはレインだから。なんにも変わらないよ」
レインのつむじにチュ、とすると、またレインは耳まで赤くなった。
「…父上は」
「うん?」
「父上は、母上に、すぐに『好き』だとか、『愛してる』とか言いますよね」
「うん、そうだね」
悪魔は朝起きてから夜寝るまで、誰が側にいようと構わず私に気持ちを伝えてくる。「フィー、おはようございます、愛しています」「フィー、可愛い。大好きです」…息をするようにたくさん言われて、最初の頃はどうしたものかと思っていたが、せっかく言ってくれているのにそれを当たり前だとは思いたくなくて、私も「ありがとう、私も好きだよギデオンさん」と心をこめて返すようにしている。言葉が足りないことでいつの間にか取り返しのつかない溝ができてしまうことを、経験してきたから。
「…取り返しのつかない、溝、ですか?」
「うん。…レインが、あ、ええと…レインは、何歳で亡くなったの。気づいたらこのカラダだった、って言ったけど、赤ちゃんの時からもうわかってたんでしょ?」
「はい、生まれた瞬間から。…俺は、22歳で死んだんです。…自ら、死を選びました」
「自殺した、ってこと?」
またコクリと頷いたレインをギュウッと抱きしめる。カタカタと、カラダが震えていたから。
「何があったの?…もちろん、話せるなら、でいいんだよ」
レインはこちらを振り向くと、「母上、俺の話を聞いてくれますか」と呟くように言い、私の手をギュウッと握り締めた。
ただし、それで薄気味悪いとか、可愛くないとか思うことはなかった。この子は、こういう子どもなんだと、なぜか納得できてしまったのは悪魔がいたからかもしれない。
悪魔は呪いを受けていたからという理由もあろうが、公の場での王太子然とした態度と素の時があまりにも違いすぎる。常識としてそれはどうなのか、ということもたまに平気でやるし、何より私が関係すると途端に狂犬のように見境がなくなることもある。他のことには一切興味がない、そんな冷酷さを見せることもある。
レインが悪魔のような呪【シュ】を受けているわけはない…生まれた時から守【シュ】の石を身に付けさせているから。でも、そういう対外的な理由がなくとも、この子はそういう子どもなのだろう。だから、リオンと同じように触れあうことにした。頭を撫で、頬に触れ、鼻を擦り合わせ、胸に抱きしめた。たくさんたくさん話しかけ、手を繋ぎ、お風呂に入り…そういう毎日を積み重ねた。
悪魔に対して、ふと気づくと醒めた瞳を向けていることがある。たぶん私に対しても、ああいう瞳をしているのかもしれない。でも、それでもいいと思った。可愛い我が子に変わりはないから。
3歳を過ぎると、舌足らずながら「母上」と呼ぶようになり、予想と反してたくさん触れあうようになってくれた。唇にこそしないものの、「母上、今日もキレイです」などと言って頬にチュッ、としてくれる。タラシ要素がどこから入ってしまったのか。悪魔も双子王子もそんな素振りはないのだが…チンピラから来ているのだろうか。
しばらく観察していると、悪魔がいる時に私に口づけることがわかってきた。悪魔がこちらを見て「レイン、母上にみだりに触れるのはやめなさい!」と慌てて駆け寄ってくるのを愉しそうに見ている。まるで悪魔を揶揄っているかのような態度だった。この子は、
「…もしかして、前世の記憶があるの、レイン」
私の言葉に、レインは呆気にとられたような顔をした。
「…前世」
「うん。だからリオンに比べて格段に大人っぽいんだよね。カラダは小さな子どもだけれど、あなたの中身は子どもじゃないんでしょう」
しばらく私の顔をじっと見ていたレインは、
「…なぜ、前世の記憶という言葉が出てきたのですか」
「私もそうだからだよ」
「母上も?」
私はレインの手を取り、そのまま膝の上に乗せた。
「こうされるのは、本当はイヤなのかな。子ども扱いされるのは」
レインは、フルフルと首を横に振ると耳まで真っ赤に染まった。
「俺は、…俺、と言ってもいいですか」
「いいんだよ、どんなふうでも。公にはダメかもしれないけど、家族の中ならいいでしょう」
コクリ、と頷いたレインは、
「俺は、気づいたらこのカラダになっていました。前世、というのかわかりませんが、このカラダになる前も、やはり王族でした」
「王子様だったの?」
「はい。…母上、俺は、確かに中身は大人の部分もあります。だけど、こうやって母上に抱きしめられたり、触れあうことでとても安心するし心が温かくなります。だから、イヤだという気持ちはまったくありません。たくさん、触れて欲しいです。母上は、俺が気持ち悪いですか」
「ううん、気持ち悪くないよ。レインはレインだから。なんにも変わらないよ」
レインのつむじにチュ、とすると、またレインは耳まで赤くなった。
「…父上は」
「うん?」
「父上は、母上に、すぐに『好き』だとか、『愛してる』とか言いますよね」
「うん、そうだね」
悪魔は朝起きてから夜寝るまで、誰が側にいようと構わず私に気持ちを伝えてくる。「フィー、おはようございます、愛しています」「フィー、可愛い。大好きです」…息をするようにたくさん言われて、最初の頃はどうしたものかと思っていたが、せっかく言ってくれているのにそれを当たり前だとは思いたくなくて、私も「ありがとう、私も好きだよギデオンさん」と心をこめて返すようにしている。言葉が足りないことでいつの間にか取り返しのつかない溝ができてしまうことを、経験してきたから。
「…取り返しのつかない、溝、ですか?」
「うん。…レインが、あ、ええと…レインは、何歳で亡くなったの。気づいたらこのカラダだった、って言ったけど、赤ちゃんの時からもうわかってたんでしょ?」
「はい、生まれた瞬間から。…俺は、22歳で死んだんです。…自ら、死を選びました」
「自殺した、ってこと?」
またコクリと頷いたレインをギュウッと抱きしめる。カタカタと、カラダが震えていたから。
「何があったの?…もちろん、話せるなら、でいいんだよ」
レインはこちらを振り向くと、「母上、俺の話を聞いてくれますか」と呟くように言い、私の手をギュウッと握り締めた。
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