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すべての謎が解けるとき
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「…ってのが、あんたが眠ってる間に起きたことよ」
「へー…っていうか!『ひっそりと処刑されたという』ライラさんがなぜここに!?」
「なによ、あたしが処刑されれば良かったのにって言ってんの?」
「違いますけど、違いますけど、なんでって疑問ですよ!」
あの煙の中、私の口に薬剤の染み込んだ布地を当て、ドレスに血糊を仕込んだのはアネットさんだった。ライラ…さんは、子爵家を追い出された次の日からアネットさんに保護されていたのだという。
「ソフィア様が探しに行くとまで言い出したわけですから、どうにかしなくてはならないかと思いまして」
しれっと答えるアネットさんは、
「保護したのは確かに私ですが、その間の生活資金を出してくださったのはボールドウィン伯爵です」
「え、」
今まで偉そうに喋っていたライラさんは、途端にしょんぼりした様子になった。
「あたしなんて、血も繋がってない上に迷惑ばっかりかけてきたのに。あの人も、あんたと同じくらいお人好しだよ。アネット姐さんにそれを聞いたら、もう今までの自分のやってきたことが情けなくてさ。だから、どうにかして恩返しできないかって考えて、今回の国王陛下の計画に乗ることにしたの。あたしは、ほら…坊っちゃんたちをたらしこんで貢がせてたじゃん?この国で貴族に戻るにしても恨みつらみを持つ人間がいることに変わりはないから…自業自得なんだけど。だから、死んだことにしてくれる、って」
淡々と話すけど、
「このあと、どうするの、」
「…それがさ。あの人が、ジャポン皇国に一緒に連れて行ってくれる、って。国王陛下が、あたしの新しい戸籍を作ってくれてさ。『ローズマリー・クリスタ』なんて、大層な名前もらっちゃって…。向こうで、一からやり直せばいいって。玄武州知事の奥さんの出身地は、黒髪黒目じゃなくても目立たないからそこで住み込みで働かせてくれるらしいよ。なんでも?高齢者が多いから、身の回りの世話とかそういうのから始めてくれればいいって。全部お膳立てしてもらっちゃって、…感謝しかないよ。あんたが、あたしを心配してくれたお陰でこうなれたの。ありがとね。すぐには無理だけど、いつか必ず返すから」
知らないうちにそんなふうになってたなんて…ボールドウィン伯爵も、そんなこと一言も言ってなかったし。あの離縁届の調印式は、初めから茶番だったわけかあ…。
ぼんやりしていると「フィー」と後ろから抱き締められた。私は悪魔の膝の上に乗せられて話を聞いていたのだ。
「あの…フィー、わたくしを捨てないでください」
「え?」
悪魔の言っている意味がわからず振り向こうとすると、ギュウッと力を込められた。
「ギデオンさん、苦しい!離して!」
「わたくしを捨てないと約束してください」
この悪魔は本当に卑怯だと思わないのか。命を助けてやる代わりに約束しろなんて…!
「わかりました、約束します!」
「良かった。約束ですよ」
悪魔は力を抜くと、私を横抱きにしてじっと見つめてきた。
「ギデオンさん、王子様だったんだね」
「…そうです。イヤになりましたか」
悪魔の思考回路がまったくわからない。
「なんで、王子様だとイヤになるの」
「だって、王子ということを黙っていましたし…ただ、あの時は、騎士として生きていくつもりで、王族からは抜けるしかないって思っていたので、騙したわけでは、」
「騙してたって言えば、ギデオンさん呪いが解けたんだね。できないなんて嘘ついて」
悪魔は真っ青になると、「フィー、聞いてください、お願いします、嘘をついたのは確かにそうなんです、そうなんですが、でも、」と捲し立てるように言い訳を始めた。
「ちゃんと聞くから落ち着いて話して」
「…さっき約束しました。わたくしを捨てないでください」
本当にしつこい悪魔だ。
「うん、約束するよ」
悪魔はほっとしたように顔を緩ませると、ポツポツと話し出した。
「橘さんが調べてくれた呪いを解く方法は、人間に見える女性と性交することだったんです」
「あのさ、ギデオンさん。私不思議だったんだけど。ギデオンさんの呪いは、未婚の女性の顔が動物に見える、だったよね。ソフィアは結婚してたけど、動物に見えたの?」
「違います。皇太子と籍を入れたあとは、わたくしはソフィア様にはお会いしていませんでした」
「籍を入れた後、なんだから、私の顔が人間に見えたのは当然なんじゃないの?」
「籍を入れたけどソフィア様はあいつと性交していなかったでしょう。初夜の訪れがなく、ショックで自殺を図ったのですから。未婚というのは、つまり誰とも性交した経験がないということです。フィーになっても、カラダはソフィア様のままなのだから処女なわけですよね。でも、人間に見えたのです」
何それ。だったら最初から「処女」が、って言うべきじゃないの、紛らわしい。
「…そんなこと知りません」
プイッとする悪魔。不貞腐れたいのは私なんだけど。
「…あなたも、処女ですね。ライラさん。ローズマリーさんの方がいいですか」
「…え?」
悪魔の言葉にビックリしてライラ改めローズマリーを見ると、彼女は顔をしかめていた。
「そうだよ。誑かす、って言ってもまさか自分のカラダを安売りするわけないじゃん。貴族子息の中でもお上品そうなのをターゲットにしてたんだもん。頬っぺたにキスするだけで真っ赤になっちゃうようなヤツ。一番危なかったのは元皇太子だよ。あいつ、すぐにカラダの関係を迫ってきてさ。あんたは太ってたおかげで手を出されずに済んだけど、あの男に喰われちゃった女の子たくさんいたんだよ。
妃にする、って言われてたからある程度までは確かに触らせたりしちゃったし、自分のこともアピールしておきたいから王宮でもイチャイチャに応じたりはしてたけど最後までは断固拒否してたんだけど…離縁誓約書の調印式の後はあたしは子爵家に行ったでしょ。もうかなりヤバくてさ…だから、あんたと同じくらいに太ってみたんだよ。間違いなく妃になってからなら、たとえ離縁されても金貰えばいいかって割りきれるけど、なんの保証もないうちに処女散らされてポイ捨てされたんじゃ堪ったもんじゃないでしょ」
「へー…っていうか!『ひっそりと処刑されたという』ライラさんがなぜここに!?」
「なによ、あたしが処刑されれば良かったのにって言ってんの?」
「違いますけど、違いますけど、なんでって疑問ですよ!」
あの煙の中、私の口に薬剤の染み込んだ布地を当て、ドレスに血糊を仕込んだのはアネットさんだった。ライラ…さんは、子爵家を追い出された次の日からアネットさんに保護されていたのだという。
「ソフィア様が探しに行くとまで言い出したわけですから、どうにかしなくてはならないかと思いまして」
しれっと答えるアネットさんは、
「保護したのは確かに私ですが、その間の生活資金を出してくださったのはボールドウィン伯爵です」
「え、」
今まで偉そうに喋っていたライラさんは、途端にしょんぼりした様子になった。
「あたしなんて、血も繋がってない上に迷惑ばっかりかけてきたのに。あの人も、あんたと同じくらいお人好しだよ。アネット姐さんにそれを聞いたら、もう今までの自分のやってきたことが情けなくてさ。だから、どうにかして恩返しできないかって考えて、今回の国王陛下の計画に乗ることにしたの。あたしは、ほら…坊っちゃんたちをたらしこんで貢がせてたじゃん?この国で貴族に戻るにしても恨みつらみを持つ人間がいることに変わりはないから…自業自得なんだけど。だから、死んだことにしてくれる、って」
淡々と話すけど、
「このあと、どうするの、」
「…それがさ。あの人が、ジャポン皇国に一緒に連れて行ってくれる、って。国王陛下が、あたしの新しい戸籍を作ってくれてさ。『ローズマリー・クリスタ』なんて、大層な名前もらっちゃって…。向こうで、一からやり直せばいいって。玄武州知事の奥さんの出身地は、黒髪黒目じゃなくても目立たないからそこで住み込みで働かせてくれるらしいよ。なんでも?高齢者が多いから、身の回りの世話とかそういうのから始めてくれればいいって。全部お膳立てしてもらっちゃって、…感謝しかないよ。あんたが、あたしを心配してくれたお陰でこうなれたの。ありがとね。すぐには無理だけど、いつか必ず返すから」
知らないうちにそんなふうになってたなんて…ボールドウィン伯爵も、そんなこと一言も言ってなかったし。あの離縁届の調印式は、初めから茶番だったわけかあ…。
ぼんやりしていると「フィー」と後ろから抱き締められた。私は悪魔の膝の上に乗せられて話を聞いていたのだ。
「あの…フィー、わたくしを捨てないでください」
「え?」
悪魔の言っている意味がわからず振り向こうとすると、ギュウッと力を込められた。
「ギデオンさん、苦しい!離して!」
「わたくしを捨てないと約束してください」
この悪魔は本当に卑怯だと思わないのか。命を助けてやる代わりに約束しろなんて…!
「わかりました、約束します!」
「良かった。約束ですよ」
悪魔は力を抜くと、私を横抱きにしてじっと見つめてきた。
「ギデオンさん、王子様だったんだね」
「…そうです。イヤになりましたか」
悪魔の思考回路がまったくわからない。
「なんで、王子様だとイヤになるの」
「だって、王子ということを黙っていましたし…ただ、あの時は、騎士として生きていくつもりで、王族からは抜けるしかないって思っていたので、騙したわけでは、」
「騙してたって言えば、ギデオンさん呪いが解けたんだね。できないなんて嘘ついて」
悪魔は真っ青になると、「フィー、聞いてください、お願いします、嘘をついたのは確かにそうなんです、そうなんですが、でも、」と捲し立てるように言い訳を始めた。
「ちゃんと聞くから落ち着いて話して」
「…さっき約束しました。わたくしを捨てないでください」
本当にしつこい悪魔だ。
「うん、約束するよ」
悪魔はほっとしたように顔を緩ませると、ポツポツと話し出した。
「橘さんが調べてくれた呪いを解く方法は、人間に見える女性と性交することだったんです」
「あのさ、ギデオンさん。私不思議だったんだけど。ギデオンさんの呪いは、未婚の女性の顔が動物に見える、だったよね。ソフィアは結婚してたけど、動物に見えたの?」
「違います。皇太子と籍を入れたあとは、わたくしはソフィア様にはお会いしていませんでした」
「籍を入れた後、なんだから、私の顔が人間に見えたのは当然なんじゃないの?」
「籍を入れたけどソフィア様はあいつと性交していなかったでしょう。初夜の訪れがなく、ショックで自殺を図ったのですから。未婚というのは、つまり誰とも性交した経験がないということです。フィーになっても、カラダはソフィア様のままなのだから処女なわけですよね。でも、人間に見えたのです」
何それ。だったら最初から「処女」が、って言うべきじゃないの、紛らわしい。
「…そんなこと知りません」
プイッとする悪魔。不貞腐れたいのは私なんだけど。
「…あなたも、処女ですね。ライラさん。ローズマリーさんの方がいいですか」
「…え?」
悪魔の言葉にビックリしてライラ改めローズマリーを見ると、彼女は顔をしかめていた。
「そうだよ。誑かす、って言ってもまさか自分のカラダを安売りするわけないじゃん。貴族子息の中でもお上品そうなのをターゲットにしてたんだもん。頬っぺたにキスするだけで真っ赤になっちゃうようなヤツ。一番危なかったのは元皇太子だよ。あいつ、すぐにカラダの関係を迫ってきてさ。あんたは太ってたおかげで手を出されずに済んだけど、あの男に喰われちゃった女の子たくさんいたんだよ。
妃にする、って言われてたからある程度までは確かに触らせたりしちゃったし、自分のこともアピールしておきたいから王宮でもイチャイチャに応じたりはしてたけど最後までは断固拒否してたんだけど…離縁誓約書の調印式の後はあたしは子爵家に行ったでしょ。もうかなりヤバくてさ…だから、あんたと同じくらいに太ってみたんだよ。間違いなく妃になってからなら、たとえ離縁されても金貰えばいいかって割りきれるけど、なんの保証もないうちに処女散らされてポイ捨てされたんじゃ堪ったもんじゃないでしょ」
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