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ギデオン
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悪魔はその夜、王宮から戻ってこなかった。
「ソフィア様、そろそろおやすみになっては。旅の疲れもありますし」
「…そうだね」
ノロノロと頷く私を見たアネットさんは、
「その指輪は、ギデオン様からの贈り物ですか。とても美しい意匠ですね。ボールドウィン伯爵と何度も打ち合わせをされていて、満足のいく仕上がりになったと喜んでいましたから」
「…そうなの?」
「ええ。…ソフィア様。ソフィア様は、ギデオン様がどれだけソフィア様を大切に思っているか、たぶんおわかりにはならないでしょうね。ギデオン様の気持ちを、素直に受けとることができない理由があるから」
…なぜアネットさんは、なんでも知っているのか。
私の心の声が聞こえたのか、
「ソフィア様、私は王家に仕える影の一族なのです」
と突然の爆弾発言をした。
「え!?」
「…私がソフィア様の元に来たのは、ソフィア様を監視するためです。まさか初日に自殺されるとは思いもしませんでしたが、その後いまの貴女になるとはもっと思いもしませんでした」
ふ、と嬉しそうに笑ったアネットさんは、
「…貴女のお陰で、すべてが変わりました。貴女は、ご自分の功績に気づいていないでしょうね。わからないこともたくさんあるので、仕方のないことです。でもね、ソフィア様。貴女は本当に、すごいことを…ソルマーレ国を救ってくれたのですよ」
救ってくれた…?
「え、…米の輸入が?」
アネットさんは「それはソフィア様の個人的な趣味ですよね」とそっけなく言った。いや、米は主食であって趣味ではない。
「今は、まだわからないでしょう。まだ。でも、わかる日が来ます。ギデオン様を…ギデオン様の気持ちを、信じてあげてください」
追いたてられるようにベッドに押し込められたが、またもや意味不明なことを言われてモヤモヤする。ギデオンさんの気持ち…。
「でも、それこそ選択肢がなかったから私だっただけなのに…」
ポツリと呟いた声が部屋に響く。
こんなに、ひとりで寝るのが寂しくなるなんて。悪魔は、やっぱり悪魔なんだ。私を、惑わせて、
「またひとりに戻るだけなのになぁ…」
知らず、涙があふれてくる。この感情が寂しさなのか、なんなのか。前世で結婚していたものの、結婚生活半分以上はひとりで寝ていた。ソフィアだって、ほんとはひとりで寝てたのに。悪魔が一緒に寝るなんて言って、迷惑極まりなかったはずなのに、いつの間にか隣に寝てるのが当たり前になって。
慣れるまで、このツラさと向き合うしかないけれど。悪魔の温もりを早く忘れたい。
次の日の夕食の時間に悪魔が迎えに来た。
「フィー」
私をギュウッと抱き締めると、そのまま横抱きにして馬車に乗る。
「昨夜はすみませんでした。陛下と、たくさん話をすることができてしまって…。寂しかったです。今夜は一緒に寝ます。あの、フィー、…今夜、フィーを抱きます」
「え…」
見上げると、真剣な顔で私を見下ろす悪魔と目が合った。
「…昨夜、陛下から聞きました。皇太子と離縁したと。だから、フィーを、…孕ませます」
「だ、ダメだよギデオンさん、」
「なぜですか。フィーはわたくしと結婚するのがイヤなのですか」
「そうじゃなくて、ギデオンさん、呪いを解除する方法がわかったんでしょ!?もう、私に縛られなくても、」
「呪いは解除できません。だからフィーと結婚します」
そんな、
「なんで、なんで解除できないの、わかった、って言ったじゃない。あんなに嬉しそうだったじゃない。私と結婚しちゃったら、解除できたときに」
「フィー、わたくしは、フィーが好きなんです。わたくしが何度言っても、フィーは信じてくれないでしょう。呪いのせいで、フィーを選ぶしかなかったんだと思っているのでしょう」
「そうだよ、その通りでしょ!」
「違います!フィー、わたくしの話を聞いていましたか?わたくしは、ソフィア様の顔も動物に見えていたのですよ。でも、中身がフィーになって、人間に見えるようになったのですよ!フィーしかいないからじゃない、フィーが私の相手だから人間に見えるように変化したのです!どうしてわかってくれないのですか」
そんなこと言われたって、
「私は、あんな男と結婚してたんだよ。しかも、一度も手を出されずに離縁されるような女なんだよ、」
「フィー、離縁されるのではありません。こちらから離縁するのです。離縁したのです。もう、そんなことどうでもいいのです。フィーは、わたくしのものにします。もう、孕ませてもいいのです。わたくしをイヤだとフィーが言っても逃がしません」
悪魔は私をギュウッと抱き込むと、唇を重ねてきた。抵抗する私をあやすように撫で、何度も何度も口づける。
「…本当は、今すぐフィーに種付けしたいのですが、陛下から話があるので我慢します。今夜、フィーはわたくしのモノになります。覚悟してください」
チンピラも悪魔もなぜそんなに頑なに私を悪魔の妻にしようとするのか理解ができない。混乱する頭で、ただ涙が零れた。
「ソフィア様、そろそろおやすみになっては。旅の疲れもありますし」
「…そうだね」
ノロノロと頷く私を見たアネットさんは、
「その指輪は、ギデオン様からの贈り物ですか。とても美しい意匠ですね。ボールドウィン伯爵と何度も打ち合わせをされていて、満足のいく仕上がりになったと喜んでいましたから」
「…そうなの?」
「ええ。…ソフィア様。ソフィア様は、ギデオン様がどれだけソフィア様を大切に思っているか、たぶんおわかりにはならないでしょうね。ギデオン様の気持ちを、素直に受けとることができない理由があるから」
…なぜアネットさんは、なんでも知っているのか。
私の心の声が聞こえたのか、
「ソフィア様、私は王家に仕える影の一族なのです」
と突然の爆弾発言をした。
「え!?」
「…私がソフィア様の元に来たのは、ソフィア様を監視するためです。まさか初日に自殺されるとは思いもしませんでしたが、その後いまの貴女になるとはもっと思いもしませんでした」
ふ、と嬉しそうに笑ったアネットさんは、
「…貴女のお陰で、すべてが変わりました。貴女は、ご自分の功績に気づいていないでしょうね。わからないこともたくさんあるので、仕方のないことです。でもね、ソフィア様。貴女は本当に、すごいことを…ソルマーレ国を救ってくれたのですよ」
救ってくれた…?
「え、…米の輸入が?」
アネットさんは「それはソフィア様の個人的な趣味ですよね」とそっけなく言った。いや、米は主食であって趣味ではない。
「今は、まだわからないでしょう。まだ。でも、わかる日が来ます。ギデオン様を…ギデオン様の気持ちを、信じてあげてください」
追いたてられるようにベッドに押し込められたが、またもや意味不明なことを言われてモヤモヤする。ギデオンさんの気持ち…。
「でも、それこそ選択肢がなかったから私だっただけなのに…」
ポツリと呟いた声が部屋に響く。
こんなに、ひとりで寝るのが寂しくなるなんて。悪魔は、やっぱり悪魔なんだ。私を、惑わせて、
「またひとりに戻るだけなのになぁ…」
知らず、涙があふれてくる。この感情が寂しさなのか、なんなのか。前世で結婚していたものの、結婚生活半分以上はひとりで寝ていた。ソフィアだって、ほんとはひとりで寝てたのに。悪魔が一緒に寝るなんて言って、迷惑極まりなかったはずなのに、いつの間にか隣に寝てるのが当たり前になって。
慣れるまで、このツラさと向き合うしかないけれど。悪魔の温もりを早く忘れたい。
次の日の夕食の時間に悪魔が迎えに来た。
「フィー」
私をギュウッと抱き締めると、そのまま横抱きにして馬車に乗る。
「昨夜はすみませんでした。陛下と、たくさん話をすることができてしまって…。寂しかったです。今夜は一緒に寝ます。あの、フィー、…今夜、フィーを抱きます」
「え…」
見上げると、真剣な顔で私を見下ろす悪魔と目が合った。
「…昨夜、陛下から聞きました。皇太子と離縁したと。だから、フィーを、…孕ませます」
「だ、ダメだよギデオンさん、」
「なぜですか。フィーはわたくしと結婚するのがイヤなのですか」
「そうじゃなくて、ギデオンさん、呪いを解除する方法がわかったんでしょ!?もう、私に縛られなくても、」
「呪いは解除できません。だからフィーと結婚します」
そんな、
「なんで、なんで解除できないの、わかった、って言ったじゃない。あんなに嬉しそうだったじゃない。私と結婚しちゃったら、解除できたときに」
「フィー、わたくしは、フィーが好きなんです。わたくしが何度言っても、フィーは信じてくれないでしょう。呪いのせいで、フィーを選ぶしかなかったんだと思っているのでしょう」
「そうだよ、その通りでしょ!」
「違います!フィー、わたくしの話を聞いていましたか?わたくしは、ソフィア様の顔も動物に見えていたのですよ。でも、中身がフィーになって、人間に見えるようになったのですよ!フィーしかいないからじゃない、フィーが私の相手だから人間に見えるように変化したのです!どうしてわかってくれないのですか」
そんなこと言われたって、
「私は、あんな男と結婚してたんだよ。しかも、一度も手を出されずに離縁されるような女なんだよ、」
「フィー、離縁されるのではありません。こちらから離縁するのです。離縁したのです。もう、そんなことどうでもいいのです。フィーは、わたくしのものにします。もう、孕ませてもいいのです。わたくしをイヤだとフィーが言っても逃がしません」
悪魔は私をギュウッと抱き込むと、唇を重ねてきた。抵抗する私をあやすように撫で、何度も何度も口づける。
「…本当は、今すぐフィーに種付けしたいのですが、陛下から話があるので我慢します。今夜、フィーはわたくしのモノになります。覚悟してください」
チンピラも悪魔もなぜそんなに頑なに私を悪魔の妻にしようとするのか理解ができない。混乱する頭で、ただ涙が零れた。
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