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トゥランクメント族の呪【シュ】
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撫子さんはひとりで戻ってきた。
「兄が、いまギデオン様に説明をしています。兄はトゥランクメント族の呪術について研究をしていまして、歴史にもかなり精通しております。今手元にある書物で判明するかどうかはわからないそうですが、とりあえず時間がかかるでしょうから…お姉さま、良かったら、ボールドウィン様と特別区に行きませんか?佐々木には今夜行くと伝えてあるので…。兄はギデオン様とお酒を飲みたいそうなので、任せても大丈夫だと思います」
「わかりました、橘さんがよければ。お願いします」
撫子さんの実家を出て、馬車に乗る。30分ほど行くと、ネオンが見えてきた。
「特別区です。同性に惹かれる方々の出会いの場に、と始めましたが、佐々木が腕のいい料理人を連れてきて何人かに店を出させたので、評判を聞き付けて食事に来る方々も増えてきていますの。その中には、こっそり男性同士の恋愛を見て盛り上がるご婦人たちが作ったファンクラブなるものもあるらしいですわ」
腐女子…やはり、どこにでも生息しているんだな。
そんな感慨にふけっていると、「ちょっと!」と声がした。
前からやって来る男性は、真っ直ぐにボールドウィン伯爵のところに歩いて来ると、
「貴方、ジャポン皇国の方ではないよね。すごくカッコいい…。僕と一緒に飲まない?奢るよ」
おお…!さっそく口説かれている…!
しかしボールドウィン伯爵は、困惑気味に、
「いえ、私は約束がありますので…参りましょう」
と私たちを振り返って歩きだした。
残念そうな男性にペコリとしてボールドウィン伯爵の後を追うと、「ところで、目的地は…」と振り返った。
「あ、あそこですわ」
看板には「食事処 雄」と書いてある。
引き戸を開けると、ふわりとだしの香りがした。ああ、いい匂い。早くもお腹が鳴りそうだ。
「いらっしゃい!…あれ?ソフィアさん!?」
カウンターの中にいた佐々木さんが慌てて出てくる。隠れ家的居酒屋さん、みたいな造りでお客さんで賑わっていた。
「わあ、来てくれたんだ!元気だった!?もー、ソフィアさんいなくなってからツラくてツラくて…でも、ぶちまけたお陰で新しいことを始められたし、結果オーライだね」
とニコニコした。
「佐々木さんも元気そうで…撫子さんに連れてきてもらったの。素敵なお店だね」
「ありがとう。席、とってあるからね。あれ?撫子様、蘇芳様は…?」
「留守番です」
ニッコリした撫子さんに何かを感じ取ったのか、佐々木さんは何も言わなかった。
「あ、佐々木さん、こちらは今回一緒に来ていただいたソルマーレ国の伯爵で、ボールドウィンさんです」
「あ、…!」
突然固まった佐々木さんに、ボールドウィン伯爵はペコリとお辞儀をして、
「ロイド・ボールドウィンと申します」
と挨拶をしたが、佐々木さんはまったく動かない。ボールドウィン伯爵を凝視している。
「佐々木…?どうしたの?」
撫子さんが声をかけると、ようやくハッとした佐々木さんは、突然ボールドウィン伯爵の手を握り、自分に抱き寄せ耳元で何かを囁いた。
呆然とする私と撫子さんの前でボールドウィン伯爵の顔がみるみる赤くなる。
「あの、大丈夫ですか、ボールドウィン伯爵…?」
真っ赤な顔のボールドウィン伯爵は、コクコク頷くのみで何も言わない。その彼の腰を抱き寄せた佐々木さんは、
「ソフィアさん、ありがとう。素晴らしい贈り物をいただきました…。今夜は腕を振るいますので、遠慮せず食べてください!」
とニッコリして、ボールドウィン伯爵の頬に口づけた…え?
ボールドウィン伯爵は真っ赤な顔のまま、今にも倒れそうになっている。すると佐々木さんが、そのまま連れて行ってしまった。
「佐々木!?」
「撫子様、大丈夫です!明日にはお返しします、一度!おふたりをご案内して!」
スタッフの方に声をかけ、奥に消えてしまった。今のは…何?素晴らしい贈り物?
案内されたのは個室の座敷だった。堀りごたつになっていて、足が伸ばせる気遣いが嬉しい。
撫子さんとふたり、顔を見合わせていると佐々木さんが入ってきた。その後からスタッフの方々がどんどん料理を運んでくる。
「佐々木、どういうことなの!ボールドウィン伯爵様は、国賓扱いなのよ!」
「撫子様、俺が彼を傷つけるとでも?そんなことするわけないじゃないですか。どこも痛くないようにしっかり愛情をかけますよ、当たり前じゃないですか。しかも処女と来た!もう絶対俺のモノにする。あー、最高!ソフィアさん、なんってドストライクな相手を連れてきてくれたんだ、本当にありがとう!」
「処女…?」
と呟く撫子さんは放っておいて、
「マジで!?佐々木さん、ちゃんと同意とったんだよね!」
「当たり前でしょ、俺は鬼畜じゃないんだよ!いやー、今日会ったばっかりだけど、こんなこと本当にあるんだね…幸せすぎて怖い…ご飯も今食べてもらってるから!あとはごゆっくり!」
「佐々木さん、とりあえずボールドウィン伯爵が良ければ一週間はこちらにいてもらっても」
「お姉さま!?」
「だって、蘇芳さん一週間くらいは帰ってこないんでしょ、なら、商談も出来ないし…陛下には連絡しておくから」
…そう言えば今回、いつまでには帰ってこいとか言われなかったな。王妃様も、「前回行けなかった玄武州にお邪魔してきたら」って言ってくれてたし。ボールドウィン伯爵の領地が大丈夫であれば、しばらく滞在しても大丈夫かも。
「佐々木さん、伯爵に滞在できるか聞いておいて。明日には返事ちょうだい、邪魔しないから。お願いね」
「うん、ありがとう、ソフィアさん!」
意気揚々と出て行く佐々木さん…かなりやる気に満ち溢れてるな…。
明日成果を聞くのが楽しみ、と思ってしまいました。ごめんなさい、伯爵。
「兄が、いまギデオン様に説明をしています。兄はトゥランクメント族の呪術について研究をしていまして、歴史にもかなり精通しております。今手元にある書物で判明するかどうかはわからないそうですが、とりあえず時間がかかるでしょうから…お姉さま、良かったら、ボールドウィン様と特別区に行きませんか?佐々木には今夜行くと伝えてあるので…。兄はギデオン様とお酒を飲みたいそうなので、任せても大丈夫だと思います」
「わかりました、橘さんがよければ。お願いします」
撫子さんの実家を出て、馬車に乗る。30分ほど行くと、ネオンが見えてきた。
「特別区です。同性に惹かれる方々の出会いの場に、と始めましたが、佐々木が腕のいい料理人を連れてきて何人かに店を出させたので、評判を聞き付けて食事に来る方々も増えてきていますの。その中には、こっそり男性同士の恋愛を見て盛り上がるご婦人たちが作ったファンクラブなるものもあるらしいですわ」
腐女子…やはり、どこにでも生息しているんだな。
そんな感慨にふけっていると、「ちょっと!」と声がした。
前からやって来る男性は、真っ直ぐにボールドウィン伯爵のところに歩いて来ると、
「貴方、ジャポン皇国の方ではないよね。すごくカッコいい…。僕と一緒に飲まない?奢るよ」
おお…!さっそく口説かれている…!
しかしボールドウィン伯爵は、困惑気味に、
「いえ、私は約束がありますので…参りましょう」
と私たちを振り返って歩きだした。
残念そうな男性にペコリとしてボールドウィン伯爵の後を追うと、「ところで、目的地は…」と振り返った。
「あ、あそこですわ」
看板には「食事処 雄」と書いてある。
引き戸を開けると、ふわりとだしの香りがした。ああ、いい匂い。早くもお腹が鳴りそうだ。
「いらっしゃい!…あれ?ソフィアさん!?」
カウンターの中にいた佐々木さんが慌てて出てくる。隠れ家的居酒屋さん、みたいな造りでお客さんで賑わっていた。
「わあ、来てくれたんだ!元気だった!?もー、ソフィアさんいなくなってからツラくてツラくて…でも、ぶちまけたお陰で新しいことを始められたし、結果オーライだね」
とニコニコした。
「佐々木さんも元気そうで…撫子さんに連れてきてもらったの。素敵なお店だね」
「ありがとう。席、とってあるからね。あれ?撫子様、蘇芳様は…?」
「留守番です」
ニッコリした撫子さんに何かを感じ取ったのか、佐々木さんは何も言わなかった。
「あ、佐々木さん、こちらは今回一緒に来ていただいたソルマーレ国の伯爵で、ボールドウィンさんです」
「あ、…!」
突然固まった佐々木さんに、ボールドウィン伯爵はペコリとお辞儀をして、
「ロイド・ボールドウィンと申します」
と挨拶をしたが、佐々木さんはまったく動かない。ボールドウィン伯爵を凝視している。
「佐々木…?どうしたの?」
撫子さんが声をかけると、ようやくハッとした佐々木さんは、突然ボールドウィン伯爵の手を握り、自分に抱き寄せ耳元で何かを囁いた。
呆然とする私と撫子さんの前でボールドウィン伯爵の顔がみるみる赤くなる。
「あの、大丈夫ですか、ボールドウィン伯爵…?」
真っ赤な顔のボールドウィン伯爵は、コクコク頷くのみで何も言わない。その彼の腰を抱き寄せた佐々木さんは、
「ソフィアさん、ありがとう。素晴らしい贈り物をいただきました…。今夜は腕を振るいますので、遠慮せず食べてください!」
とニッコリして、ボールドウィン伯爵の頬に口づけた…え?
ボールドウィン伯爵は真っ赤な顔のまま、今にも倒れそうになっている。すると佐々木さんが、そのまま連れて行ってしまった。
「佐々木!?」
「撫子様、大丈夫です!明日にはお返しします、一度!おふたりをご案内して!」
スタッフの方に声をかけ、奥に消えてしまった。今のは…何?素晴らしい贈り物?
案内されたのは個室の座敷だった。堀りごたつになっていて、足が伸ばせる気遣いが嬉しい。
撫子さんとふたり、顔を見合わせていると佐々木さんが入ってきた。その後からスタッフの方々がどんどん料理を運んでくる。
「佐々木、どういうことなの!ボールドウィン伯爵様は、国賓扱いなのよ!」
「撫子様、俺が彼を傷つけるとでも?そんなことするわけないじゃないですか。どこも痛くないようにしっかり愛情をかけますよ、当たり前じゃないですか。しかも処女と来た!もう絶対俺のモノにする。あー、最高!ソフィアさん、なんってドストライクな相手を連れてきてくれたんだ、本当にありがとう!」
「処女…?」
と呟く撫子さんは放っておいて、
「マジで!?佐々木さん、ちゃんと同意とったんだよね!」
「当たり前でしょ、俺は鬼畜じゃないんだよ!いやー、今日会ったばっかりだけど、こんなこと本当にあるんだね…幸せすぎて怖い…ご飯も今食べてもらってるから!あとはごゆっくり!」
「佐々木さん、とりあえずボールドウィン伯爵が良ければ一週間はこちらにいてもらっても」
「お姉さま!?」
「だって、蘇芳さん一週間くらいは帰ってこないんでしょ、なら、商談も出来ないし…陛下には連絡しておくから」
…そう言えば今回、いつまでには帰ってこいとか言われなかったな。王妃様も、「前回行けなかった玄武州にお邪魔してきたら」って言ってくれてたし。ボールドウィン伯爵の領地が大丈夫であれば、しばらく滞在しても大丈夫かも。
「佐々木さん、伯爵に滞在できるか聞いておいて。明日には返事ちょうだい、邪魔しないから。お願いね」
「うん、ありがとう、ソフィアさん!」
意気揚々と出て行く佐々木さん…かなりやる気に満ち溢れてるな…。
明日成果を聞くのが楽しみ、と思ってしまいました。ごめんなさい、伯爵。
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