お飾り王太子妃になりました~三年後に離縁だそうです

蜜柑マル

文字の大きさ
上 下
90 / 161
トゥランクメント族の呪【シュ】

しおりを挟む
撫子さんはひとりで戻ってきた。

「兄が、いまギデオン様に説明をしています。兄はトゥランクメント族の呪術について研究をしていまして、歴史にもかなり精通しております。今手元にある書物で判明するかどうかはわからないそうですが、とりあえず時間がかかるでしょうから…お姉さま、良かったら、ボールドウィン様と特別区に行きませんか?佐々木には今夜行くと伝えてあるので…。兄はギデオン様とお酒を飲みたいそうなので、任せても大丈夫だと思います」

「わかりました、橘さんがよければ。お願いします」

撫子さんの実家を出て、馬車に乗る。30分ほど行くと、ネオンが見えてきた。

「特別区です。同性に惹かれる方々の出会いの場に、と始めましたが、佐々木が腕のいい料理人を連れてきて何人かに店を出させたので、評判を聞き付けて食事に来る方々も増えてきていますの。その中には、こっそり男性同士の恋愛を見て盛り上がるご婦人たちが作ったファンクラブなるものもあるらしいですわ」

腐女子…やはり、どこにでも生息しているんだな。

そんな感慨にふけっていると、「ちょっと!」と声がした。

前からやって来る男性は、真っ直ぐにボールドウィン伯爵のところに歩いて来ると、

「貴方、ジャポン皇国の方ではないよね。すごくカッコいい…。僕と一緒に飲まない?奢るよ」

おお…!さっそく口説かれている…!

しかしボールドウィン伯爵は、困惑気味に、

「いえ、私は約束がありますので…参りましょう」

と私たちを振り返って歩きだした。

残念そうな男性にペコリとしてボールドウィン伯爵の後を追うと、「ところで、目的地は…」と振り返った。

「あ、あそこですわ」

看板には「食事処 雄」と書いてある。

引き戸を開けると、ふわりとだしの香りがした。ああ、いい匂い。早くもお腹が鳴りそうだ。

「いらっしゃい!…あれ?ソフィアさん!?」

カウンターの中にいた佐々木さんが慌てて出てくる。隠れ家的居酒屋さん、みたいな造りでお客さんで賑わっていた。

「わあ、来てくれたんだ!元気だった!?もー、ソフィアさんいなくなってからツラくてツラくて…でも、ぶちまけたお陰で新しいことを始められたし、結果オーライだね」

とニコニコした。

「佐々木さんも元気そうで…撫子さんに連れてきてもらったの。素敵なお店だね」

「ありがとう。席、とってあるからね。あれ?撫子様、蘇芳様は…?」

「留守番です」

ニッコリした撫子さんに何かを感じ取ったのか、佐々木さんは何も言わなかった。

「あ、佐々木さん、こちらは今回一緒に来ていただいたソルマーレ国の伯爵で、ボールドウィンさんです」

「あ、…!」

突然固まった佐々木さんに、ボールドウィン伯爵はペコリとお辞儀をして、

「ロイド・ボールドウィンと申します」

と挨拶をしたが、佐々木さんはまったく動かない。ボールドウィン伯爵を凝視している。

「佐々木…?どうしたの?」

撫子さんが声をかけると、ようやくハッとした佐々木さんは、突然ボールドウィン伯爵の手を握り、自分に抱き寄せ耳元で何かを囁いた。

呆然とする私と撫子さんの前でボールドウィン伯爵の顔がみるみる赤くなる。

「あの、大丈夫ですか、ボールドウィン伯爵…?」

真っ赤な顔のボールドウィン伯爵は、コクコク頷くのみで何も言わない。その彼の腰を抱き寄せた佐々木さんは、

「ソフィアさん、ありがとう。素晴らしい贈り物をいただきました…。今夜は腕を振るいますので、遠慮せず食べてください!」

とニッコリして、ボールドウィン伯爵の頬に口づけた…え?

ボールドウィン伯爵は真っ赤な顔のまま、今にも倒れそうになっている。すると佐々木さんが、そのまま連れて行ってしまった。

「佐々木!?」

「撫子様、大丈夫です!明日にはお返しします、一度!おふたりをご案内して!」

スタッフの方に声をかけ、奥に消えてしまった。今のは…何?素晴らしい贈り物?

案内されたのは個室の座敷だった。堀りごたつになっていて、足が伸ばせる気遣いが嬉しい。

撫子さんとふたり、顔を見合わせていると佐々木さんが入ってきた。その後からスタッフの方々がどんどん料理を運んでくる。

「佐々木、どういうことなの!ボールドウィン伯爵様は、国賓扱いなのよ!」

「撫子様、俺が彼を傷つけるとでも?そんなことするわけないじゃないですか。どこも痛くないようにしっかり愛情をかけますよ、当たり前じゃないですか。しかも処女と来た!もう絶対俺のモノにする。あー、最高!ソフィアさん、なんってドストライクな相手を連れてきてくれたんだ、本当にありがとう!」

「処女…?」

と呟く撫子さんは放っておいて、

「マジで!?佐々木さん、ちゃんと同意とったんだよね!」

「当たり前でしょ、俺は鬼畜じゃないんだよ!いやー、今日会ったばっかりだけど、こんなこと本当にあるんだね…幸せすぎて怖い…ご飯も今食べてもらってるから!あとはごゆっくり!」

「佐々木さん、とりあえずボールドウィン伯爵が良ければ一週間はこちらにいてもらっても」

「お姉さま!?」

「だって、蘇芳さん一週間くらいは帰ってこないんでしょ、なら、商談も出来ないし…陛下には連絡しておくから」

…そう言えば今回、いつまでには帰ってこいとか言われなかったな。王妃様も、「前回行けなかった玄武州にお邪魔してきたら」って言ってくれてたし。ボールドウィン伯爵の領地が大丈夫であれば、しばらく滞在しても大丈夫かも。

「佐々木さん、伯爵に滞在できるか聞いておいて。明日には返事ちょうだい、邪魔しないから。お願いね」

「うん、ありがとう、ソフィアさん!」

意気揚々と出て行く佐々木さん…かなりやる気に満ち溢れてるな…。

明日成果を聞くのが楽しみ、と思ってしまいました。ごめんなさい、伯爵。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

処理中です...