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トゥランクメント族の呪【シュ】
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撫子さんのご家族は、お父さんにお母さん、お兄さんがふたり、妹さんがふたり、そしておじいさんとおばあさんの8人で暮らしているという。
「撫子が先に嫁に行っちまって、俺たちは肩身が狭いぜ」
そう言うのは、2番目の兄の樒さん。撫子さんのふたつ上で、26歳だという。いちばん上のお兄さんは28歳。妹さんたちは双子で、21歳だという。
「別に肩身が狭い思いなんてしてないでしょ。自由気ままに生きてるくせに」
妹の菖蒲さんに言われて「俺だって真面目に仕事してるし!」と言い返していた。樒さんはトゥランクメント族の役所で働いているそうで、「若い人との出会いがないのが悩み。おばあちゃんしか来ない」とこぼしていた。
「橘兄はまだ帰ってこないの?」
「今日お客さん来るってわかってるはずなんだけど…」
もうひとりの妹、紫苑さんが眉をしかめると、「ただいまー」と男性の声がして、大きな足音が聞こえてきた。
「わりい、遅くなっちまって!美味い酒でも、と思ってさ、…あれ?」
入ってきた男性は、私の隣に座る悪魔をじっと見て、撫子さんに視線を移した。
「撫子、この人が、ソルマーレ国の」
「そうよ、皇太子妃の近衛騎士のギデオンさんです!」
被せぎみに叫んだ撫子さんは、立ち上がると男性の隣に立ち、
「お姉さま、私の長兄の橘です。兄さん、ソフィア様、ギデオン様、ボールドウィン伯爵様よ」
「ああ…」
橘さんはこちらに近づいてくると、悪魔をジロジロ見始め、クンクンと匂いを嗅いだ。
「…いったい何でしょうか?」
悪魔が低い声を出す。まずい、臨戦態勢だ。慌てて宥めようとすると、
「あんた、トゥランクメント族の呪【シュ】がかかってるな。青白い光が心臓あたりを覆ってる。獣の匂いもするな。なんか、他人と違うって感じたことはないか?」
と橘さんは表情を変えずに言った。
「トゥランクメント族の呪【シュ】…?」
呟く悪魔を見ても、私には何も見えない。
「お姉さま、兄は…橘は、トゥランクメント族の中でも呪術の力が強いのです。兄さん、ギデオン様に呪【シュ】がかかっているの?」
「ああ。いま、この部落にいる人間の波動ではない。そんなに強力でもないけど、たぶん解除するには条件があるな。あんたさ、さっきも聞いたけど、自分と他人とで何か違うって感じてることない?何かしらあるはずだけど」
悪魔は困ったように私とボールドウィン伯爵を見た。
「…わたくしは、陛下から聞いております。離縁誓約書の調印式のあとに説明を受けました」
「…そうですか」
悪魔は一度俯くと、スッと顔を上げて橘さんを見た。
「他人と違うだろうことは、たぶん、…未婚の女性の顔が動物に見える、ということが当てはまると思います。こちらにいる、撫子さんの妹さんもリスに見えています。顔だけが」
「ふーん。だから獣の匂いもするんだな。あんた、心当たりはないのか?いつごろかけられたか、とか」
悪魔は首をかしげ、
「物心ついたときはもうこの状態でした。そもそも、トゥランクメント族の呪【シュ】とはなんなのですか?」
橘さんは、「立ち話もなんだから座るぜ」と言って椅子に腰かけると、
「撫子から、トゥランクメント族は呪術が使えるって話は聞いてるよな?昔は、それを生業にしてるやつらもいて…まあ、頼まれて人に呪いをかける、ってことだな」
「呪い、」
「ああ。あんたの場合は、未婚女性の顔が動物に見える、があんたにかけられた呪い。もっと強力な術をかけられる奴だと、相手を呪い殺したりもしたらしいよ。今はそんなバカなことを引き受ける奴はいないけどな」
「でもわたくしは、ジャポン皇国に来たのは3ヶ月前が初めてです。動物に見えるのは幼い頃からですよ」
「ジャポン皇国が成り立つ時に、それを否としてこの国から出ていった人間がいると聞いている。トゥランクメント族も例外ではないだろうし、その子孫がジャポン皇国以外の国にいる可能性はゼロではない。現にあんたにかけられている呪【シュ】は、さっきも言ったがこの部落の人間の波動は感じない。外部の人間だ」
橘さんの話を聞いて茫然とする悪魔は、
「あの、…それを解除、できるんですか」
「ああ。たぶん…ちょっと調べないとわからないが、内容がわかってるからなんとかなるだろう。あんたにその呪【シュ】をかけたのが誰か…正確に言えば、かけるよう依頼したのが誰かは知らないが、目的ははっきりしてるよな」
「目的…?目的とは、なんですか」
橘さんは呆れたような目で悪魔を見るが、一緒に聞いている私もよくわからない。目的って、
「未婚女性が動物の顔に見えるってことは、あんたを結婚させたくない、ってことだろ。あんたの血筋を考えれば、」
「わーっ!」
いきなり撫子さんが叫び声をあげ、橘さんの口を塞いだ。
「ギデオン様、個人的なお話ですし!兄とふたりで、お話ください!兄さん、行くわよ!ほら、早く!」
「痛い、撫子!ひっぱるな!」
悪魔は困惑気味に私を見ると、「…話を、聞いてきます」とふたりに付いて行った。
私は私で、橘さんの言葉をもう一度思い返してみる。悪魔を、結婚させたくない…?なんで?
「撫子が先に嫁に行っちまって、俺たちは肩身が狭いぜ」
そう言うのは、2番目の兄の樒さん。撫子さんのふたつ上で、26歳だという。いちばん上のお兄さんは28歳。妹さんたちは双子で、21歳だという。
「別に肩身が狭い思いなんてしてないでしょ。自由気ままに生きてるくせに」
妹の菖蒲さんに言われて「俺だって真面目に仕事してるし!」と言い返していた。樒さんはトゥランクメント族の役所で働いているそうで、「若い人との出会いがないのが悩み。おばあちゃんしか来ない」とこぼしていた。
「橘兄はまだ帰ってこないの?」
「今日お客さん来るってわかってるはずなんだけど…」
もうひとりの妹、紫苑さんが眉をしかめると、「ただいまー」と男性の声がして、大きな足音が聞こえてきた。
「わりい、遅くなっちまって!美味い酒でも、と思ってさ、…あれ?」
入ってきた男性は、私の隣に座る悪魔をじっと見て、撫子さんに視線を移した。
「撫子、この人が、ソルマーレ国の」
「そうよ、皇太子妃の近衛騎士のギデオンさんです!」
被せぎみに叫んだ撫子さんは、立ち上がると男性の隣に立ち、
「お姉さま、私の長兄の橘です。兄さん、ソフィア様、ギデオン様、ボールドウィン伯爵様よ」
「ああ…」
橘さんはこちらに近づいてくると、悪魔をジロジロ見始め、クンクンと匂いを嗅いだ。
「…いったい何でしょうか?」
悪魔が低い声を出す。まずい、臨戦態勢だ。慌てて宥めようとすると、
「あんた、トゥランクメント族の呪【シュ】がかかってるな。青白い光が心臓あたりを覆ってる。獣の匂いもするな。なんか、他人と違うって感じたことはないか?」
と橘さんは表情を変えずに言った。
「トゥランクメント族の呪【シュ】…?」
呟く悪魔を見ても、私には何も見えない。
「お姉さま、兄は…橘は、トゥランクメント族の中でも呪術の力が強いのです。兄さん、ギデオン様に呪【シュ】がかかっているの?」
「ああ。いま、この部落にいる人間の波動ではない。そんなに強力でもないけど、たぶん解除するには条件があるな。あんたさ、さっきも聞いたけど、自分と他人とで何か違うって感じてることない?何かしらあるはずだけど」
悪魔は困ったように私とボールドウィン伯爵を見た。
「…わたくしは、陛下から聞いております。離縁誓約書の調印式のあとに説明を受けました」
「…そうですか」
悪魔は一度俯くと、スッと顔を上げて橘さんを見た。
「他人と違うだろうことは、たぶん、…未婚の女性の顔が動物に見える、ということが当てはまると思います。こちらにいる、撫子さんの妹さんもリスに見えています。顔だけが」
「ふーん。だから獣の匂いもするんだな。あんた、心当たりはないのか?いつごろかけられたか、とか」
悪魔は首をかしげ、
「物心ついたときはもうこの状態でした。そもそも、トゥランクメント族の呪【シュ】とはなんなのですか?」
橘さんは、「立ち話もなんだから座るぜ」と言って椅子に腰かけると、
「撫子から、トゥランクメント族は呪術が使えるって話は聞いてるよな?昔は、それを生業にしてるやつらもいて…まあ、頼まれて人に呪いをかける、ってことだな」
「呪い、」
「ああ。あんたの場合は、未婚女性の顔が動物に見える、があんたにかけられた呪い。もっと強力な術をかけられる奴だと、相手を呪い殺したりもしたらしいよ。今はそんなバカなことを引き受ける奴はいないけどな」
「でもわたくしは、ジャポン皇国に来たのは3ヶ月前が初めてです。動物に見えるのは幼い頃からですよ」
「ジャポン皇国が成り立つ時に、それを否としてこの国から出ていった人間がいると聞いている。トゥランクメント族も例外ではないだろうし、その子孫がジャポン皇国以外の国にいる可能性はゼロではない。現にあんたにかけられている呪【シュ】は、さっきも言ったがこの部落の人間の波動は感じない。外部の人間だ」
橘さんの話を聞いて茫然とする悪魔は、
「あの、…それを解除、できるんですか」
「ああ。たぶん…ちょっと調べないとわからないが、内容がわかってるからなんとかなるだろう。あんたにその呪【シュ】をかけたのが誰か…正確に言えば、かけるよう依頼したのが誰かは知らないが、目的ははっきりしてるよな」
「目的…?目的とは、なんですか」
橘さんは呆れたような目で悪魔を見るが、一緒に聞いている私もよくわからない。目的って、
「未婚女性が動物の顔に見えるってことは、あんたを結婚させたくない、ってことだろ。あんたの血筋を考えれば、」
「わーっ!」
いきなり撫子さんが叫び声をあげ、橘さんの口を塞いだ。
「ギデオン様、個人的なお話ですし!兄とふたりで、お話ください!兄さん、行くわよ!ほら、早く!」
「痛い、撫子!ひっぱるな!」
悪魔は困惑気味に私を見ると、「…話を、聞いてきます」とふたりに付いて行った。
私は私で、橘さんの言葉をもう一度思い返してみる。悪魔を、結婚させたくない…?なんで?
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