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この先の道は
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「それで、あの…」
「あの男は、我が州…玄武州にある、罪人専門の男娼になりました」
罪人、専門…?
「各州に、罪人を容れる施設があるのですが…玄武州は、凶悪犯罪を起こした者たちを容れる州でして。ポツンと離れた島があり、泳いで逃げたりはできないのです。人を喰う魚の群れの生息地なので。性犯罪を犯し、女性を傷つけた者は、そこに容れられ、死ぬまで罪人どもの相手をさせます。自分がどんなことをしたか、身をもって知らしめるのです。あいつは、自分が皇族だからそんな目には遭わないと高を括っていたのでしょうね」
愚かな男です、さすが真っ黒なだけはありますわ、と淡々と撫子さんが告げた。
「すごい施設があるんですね…」
「いい人間ばかりではありませんからね」
ニコリ、とする撫子さんは、やはり州知事の妻になる人間だ。どんなに残酷でも、善悪はきちんとつけなくてはならない。それが上に立つ者の責務だ。
「妻の紫陽は、毒を賜って死にました。啓一郎様の奥様…水仙も、同様に死を迎えました」
「そうでしたか…」
新しい御代に代わるにあたり、膿を出し切ることを決断した拝田家の方々に敬意を覚える。親族であっても容赦しない、それを知らしめることは国を治める上で重要なことだと思う。ソルマーレ国のチンピラ国王にしても、そういう覚悟を感じる。だからこそ、…なんであの皇太子なのかと思う。
「あの、ソフィア様、とおっしゃるのですね。私は、青柳藤乃と申します。…紫陽の、姉です。このたびは…っ、」
「あー、なしなしなしっ!やめてくださいっ」
突然叫んだ私に藤乃さんは呆けた顔になった。
「たぶん、私に謝罪しようとされてるんでしょうけど、それは無意味ですからやめてください。私が傷つけられたのは上総という名の鬼畜にであって、貴女からはなんにもされていませんから」
「で、でも…っ、」
「藤乃さん、他人がやったことまで自分が責任を取ろうなんて烏滸がましいですよ」
「烏滸がましい、ですか…?」
「ええ。言葉が悪いかもしれませんけど。そんな、たまたま同じ家に生まれただけの妹やその夫がやったことで、貴女が責められる謂れはない。むしろ、関係ないと、堂々としているべきです」
「お姉さま、藤乃様は…あの鬼畜に、酷い目に遭わされた被害者なのです」
え…?
藤乃さんは目を伏せると、淡々と話し出した。
自分の家がいつの間にか、上総の犯罪に加担していたこと。
ある日、婚約者の目の前で犯されたこと。
舌を噛みきり自害しようとしたが叶わず、婚約者を目の前で惨殺されたこと。
一度きりの性交で上総の子どもを身籠り、堕胎させられたこと。
「その時、子宮ごと取り出せと処置する人間に命じていました。私はもう、子を望めないカラダなのです」
そう言った藤乃さんの瞳から、堰を切ったように涙が溢れだした。
「…私を、助け出してくださった織部様は、すべて知った上で私を妻にしたいと…っ。でも、私は子を産めません。織部様が皇帝になるための条件を満たせないのにっ」
私は藤乃さんをギュッと抱き締めた。右手が痛いけど我慢だ。
「藤乃さんは、織部さんがイヤなの?乱暴されたから、もう男は無理?」
「い、いえ、あの…織部様は、怖くありません。あんなにカラダが大きいけれど、威圧感もないし、抱き上げられたとき、むしろ安心したのです」
「あのね。私は、藤乃さんと同じ目に遭ってなくて、綺麗事にしか聞こえないかもしれないけど。織部さんは、藤乃さんのすべてを知って、それでもいい、って言ったんでしょ?その時点で、皇帝になることなんかどうでもいいんだよ。藤乃さんを取ったんだよ」
「で、でも、」
「いろいろ言いたいのはわかるけど、そういうことは一度取り払って、自分の幸せを考えたらどうかな。困っている時や悲しんでいる時に手を差し出してくれる人がいて、その人に嫌悪感がないのなら、私は手を取ってもいいと思うよ。
さっきの織部さんの気持ち、考えてあげて」
藤乃さんは、ハッとした顔になった。
「織部様の、気持ち…」
「うん。藤乃さんに選択肢を与えてくれたんだし。明日まで、是非にも考えてあげてよ」
藤乃さんはコクンと頷くと、真っ赤な目でニコリとした。なんて可愛らしい。
「ところでソフィア殿。あの近衛殿は、かなりの腕前を持っているな」
突然伽藍さんに話を振られて面食らう。
「え、…そうなんですか?」
「ああ。朝霧が褒めるくらいだからかなり強いのだろう。羅刹も斬りかかられて本気で死ぬ覚悟をしたと言っていた」
「え!?斬りかかられて!?」
「あ、」
しまった、という顔になった伽藍さんの後を笑いながら芙蓉さんが引き継いだ。
「ソフィア様に、狼藉を働いたと思われたらしいですわ。蘇芳様、羅刹様、朝霧様、3人ともそう思われて、一番最初に斬りかかられたのが羅刹様だったそうです」
それは…笑い事ではないのでは…。なにしてくれてんだ、悪魔ぁ!
「あの男は、我が州…玄武州にある、罪人専門の男娼になりました」
罪人、専門…?
「各州に、罪人を容れる施設があるのですが…玄武州は、凶悪犯罪を起こした者たちを容れる州でして。ポツンと離れた島があり、泳いで逃げたりはできないのです。人を喰う魚の群れの生息地なので。性犯罪を犯し、女性を傷つけた者は、そこに容れられ、死ぬまで罪人どもの相手をさせます。自分がどんなことをしたか、身をもって知らしめるのです。あいつは、自分が皇族だからそんな目には遭わないと高を括っていたのでしょうね」
愚かな男です、さすが真っ黒なだけはありますわ、と淡々と撫子さんが告げた。
「すごい施設があるんですね…」
「いい人間ばかりではありませんからね」
ニコリ、とする撫子さんは、やはり州知事の妻になる人間だ。どんなに残酷でも、善悪はきちんとつけなくてはならない。それが上に立つ者の責務だ。
「妻の紫陽は、毒を賜って死にました。啓一郎様の奥様…水仙も、同様に死を迎えました」
「そうでしたか…」
新しい御代に代わるにあたり、膿を出し切ることを決断した拝田家の方々に敬意を覚える。親族であっても容赦しない、それを知らしめることは国を治める上で重要なことだと思う。ソルマーレ国のチンピラ国王にしても、そういう覚悟を感じる。だからこそ、…なんであの皇太子なのかと思う。
「あの、ソフィア様、とおっしゃるのですね。私は、青柳藤乃と申します。…紫陽の、姉です。このたびは…っ、」
「あー、なしなしなしっ!やめてくださいっ」
突然叫んだ私に藤乃さんは呆けた顔になった。
「たぶん、私に謝罪しようとされてるんでしょうけど、それは無意味ですからやめてください。私が傷つけられたのは上総という名の鬼畜にであって、貴女からはなんにもされていませんから」
「で、でも…っ、」
「藤乃さん、他人がやったことまで自分が責任を取ろうなんて烏滸がましいですよ」
「烏滸がましい、ですか…?」
「ええ。言葉が悪いかもしれませんけど。そんな、たまたま同じ家に生まれただけの妹やその夫がやったことで、貴女が責められる謂れはない。むしろ、関係ないと、堂々としているべきです」
「お姉さま、藤乃様は…あの鬼畜に、酷い目に遭わされた被害者なのです」
え…?
藤乃さんは目を伏せると、淡々と話し出した。
自分の家がいつの間にか、上総の犯罪に加担していたこと。
ある日、婚約者の目の前で犯されたこと。
舌を噛みきり自害しようとしたが叶わず、婚約者を目の前で惨殺されたこと。
一度きりの性交で上総の子どもを身籠り、堕胎させられたこと。
「その時、子宮ごと取り出せと処置する人間に命じていました。私はもう、子を望めないカラダなのです」
そう言った藤乃さんの瞳から、堰を切ったように涙が溢れだした。
「…私を、助け出してくださった織部様は、すべて知った上で私を妻にしたいと…っ。でも、私は子を産めません。織部様が皇帝になるための条件を満たせないのにっ」
私は藤乃さんをギュッと抱き締めた。右手が痛いけど我慢だ。
「藤乃さんは、織部さんがイヤなの?乱暴されたから、もう男は無理?」
「い、いえ、あの…織部様は、怖くありません。あんなにカラダが大きいけれど、威圧感もないし、抱き上げられたとき、むしろ安心したのです」
「あのね。私は、藤乃さんと同じ目に遭ってなくて、綺麗事にしか聞こえないかもしれないけど。織部さんは、藤乃さんのすべてを知って、それでもいい、って言ったんでしょ?その時点で、皇帝になることなんかどうでもいいんだよ。藤乃さんを取ったんだよ」
「で、でも、」
「いろいろ言いたいのはわかるけど、そういうことは一度取り払って、自分の幸せを考えたらどうかな。困っている時や悲しんでいる時に手を差し出してくれる人がいて、その人に嫌悪感がないのなら、私は手を取ってもいいと思うよ。
さっきの織部さんの気持ち、考えてあげて」
藤乃さんは、ハッとした顔になった。
「織部様の、気持ち…」
「うん。藤乃さんに選択肢を与えてくれたんだし。明日まで、是非にも考えてあげてよ」
藤乃さんはコクンと頷くと、真っ赤な目でニコリとした。なんて可愛らしい。
「ところでソフィア殿。あの近衛殿は、かなりの腕前を持っているな」
突然伽藍さんに話を振られて面食らう。
「え、…そうなんですか?」
「ああ。朝霧が褒めるくらいだからかなり強いのだろう。羅刹も斬りかかられて本気で死ぬ覚悟をしたと言っていた」
「え!?斬りかかられて!?」
「あ、」
しまった、という顔になった伽藍さんの後を笑いながら芙蓉さんが引き継いだ。
「ソフィア様に、狼藉を働いたと思われたらしいですわ。蘇芳様、羅刹様、朝霧様、3人ともそう思われて、一番最初に斬りかかられたのが羅刹様だったそうです」
それは…笑い事ではないのでは…。なにしてくれてんだ、悪魔ぁ!
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