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この先の道は
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「兄に向かって、」
「あんたも同じだろ。蘇芳兄さんや羅刹兄さんにえっらそうな口きいてるじゃん。特に蘇芳兄さんになんて、兄さんが何も言わないのをいいことに、豚とかなんとか言いたい放題だっただろうが。今はあんたのほうが豚みたいだけどな。僕は優しいから、あんたを豚なんて言わないよ。一緒にされる豚が気の毒だ」
「…なっ、」
「上総君。今日は、朝霧君が帰ってきたお祝いの席なの。邪魔するなら出ていって、隣のお嬢さんと」
陛下の優しい口調ながら辛辣な言葉に顔を青くする上総さん。紫陽さんはガタンッと椅子を倒して立ち上がると、「気分が悪いので失礼しますっ」とものすごい足音を立てて出て行った。
「…上総も出たら?」
英樹さんにまで冷たく言われたが、上総さんは出て行こうとしなかった。
「父上、なぜ私にばかりそんなふうに当たるのですか!?私が何をしたと、」
「…まだ言うべき時じゃない」
「…は?」
上総さんはポカンとしているが、私も今の英樹さんの言葉にびっくりした。「まだ」「言うべき時じゃない」…?
女性陣は揃って驚いている感じに見えるが、陛下をはじめ男性陣は何も変わらない雰囲気で食事を続けている。
「父上、どういうことですか!」
「うるさいな。僕の帰還を祝ってくれない、自分勝手な人間は出ていけよ。せっかくの食事が不味くなるだろ。あんたの妻も出て行ったんだ、早く消えろ」
朝霧さんはスッと立ち上がると、上総さんを後ろ手に掴み上げ、食堂のドアから突き飛ばした。
しばらくドアを叩く音がしたが、諦めたのか静かになる。そっと英樹さんを見てみたが、まったく表情は変わっていなかった。
「…そういえば、朝霧。白虎州で、従兄の織部には会ったか?」
「はい、父上。叔父上ともども、大変世話になりました。明後日にはこちらに来るそうです」
「そうか。…みんなにも言っておく。明後日、白虎州知事の息子である拝田織部がこちらに来る。ソフィアさんは、はじめて会うと思うのですが…撫子、芙蓉も会ったことはないかな?」
「はい、わたくしはお会いしたことはありません」
「私もありません。織部様という方は、おいくつなのですか?」
「上総、芙蓉と同じ21歳だ。彼は、武道の達人でね。素手の闘いでは、たぶん彼に勝てる人間はいないのではないかな」
「どうしてこちらに…?」
英樹さんは、スッと目を細めると、
「いよいよ1ヶ月後に迫った、就任式のためだよ」
と短く言って、その後は何も話さなかった。女性陣は目を合わせて戸惑っている様子だが、蘇芳さん、羅刹さん、朝霧さんにはまったく動揺が感じられない。…いったい、何が進行しているのだろう?
モヤモヤしていると、「デザートです」と目の前に桃が置かれた。
「あ、佐々木さん!こんばんは!」
「ソフィアさん、昨日の本、めっちゃ良かったわー。ぜひ語り合いたいんだけど!いつならいい?」
そう言いながら他の方々の前にも桃を素早く並べていく。ぽっちゃり体型だったシェフの佐々木さんは、低糖質ダイエットを勉強してくれて、自分も実験台になりほっそりとした体型に変わった。料理の腕は変わらず天才的であり、そして彼はゲイだった。
彼の秘密を知ってしまったのは、私の何気無い独り言…佐々木さんに言わせると、かなりデカイ独り言だったらしいが…それがきっかけだった。「女流剣士のような凛々しい伽藍さんがもし男性だったら、羅刹さんとのカップリングでかなり萌えるのにぃー!!」との叫びを佐々木さんは聞いてしまったのだ。そこから、BL話で盛り上がり、ここ最近はもっぱら「彼氏が欲しい!」という佐々木さんの叫びを粛々と受け止める毎日である。ちなみに佐々木さんは攻めであり、一筋縄ではいかない受けを屈伏させたいという野望を抱いている。
「いつでも…伽藍さん、今夜からお部屋移りますもんね」
朝霧さんの帰還に合わせて居住区を元に戻したため、今日からは伽藍さんも朝霧さんと過ごすようになるだろう。
「あ、…今夜、そうか、今夜から…」
またもや真っ赤になる伽藍さんを熱く見つめる朝霧さんの瞳には、間違いなく欲望が見てとれる。ああ…狼にウサギを差し出してしまう気分…頑張って、伽藍さん…。
「じゃ、仕事終わって…20時30分にはお邪魔していいかな」
「どうぞ」
ただ、ひとつ困ったことに、佐々木さんはゲイだと公表していないため、私とイイナカだと思われてしまっているのだ…否定したのだが、「どうせ離縁すると決まってるのだから、恋人を作ってもいいじゃないですか」と聞き耳を持ってもらえなかった。誰にも。まぁ、当の佐々木さんが迷惑そうじゃないからいいんだけど。BLについて話し合えるの、かなり楽しいし。
「あんたも同じだろ。蘇芳兄さんや羅刹兄さんにえっらそうな口きいてるじゃん。特に蘇芳兄さんになんて、兄さんが何も言わないのをいいことに、豚とかなんとか言いたい放題だっただろうが。今はあんたのほうが豚みたいだけどな。僕は優しいから、あんたを豚なんて言わないよ。一緒にされる豚が気の毒だ」
「…なっ、」
「上総君。今日は、朝霧君が帰ってきたお祝いの席なの。邪魔するなら出ていって、隣のお嬢さんと」
陛下の優しい口調ながら辛辣な言葉に顔を青くする上総さん。紫陽さんはガタンッと椅子を倒して立ち上がると、「気分が悪いので失礼しますっ」とものすごい足音を立てて出て行った。
「…上総も出たら?」
英樹さんにまで冷たく言われたが、上総さんは出て行こうとしなかった。
「父上、なぜ私にばかりそんなふうに当たるのですか!?私が何をしたと、」
「…まだ言うべき時じゃない」
「…は?」
上総さんはポカンとしているが、私も今の英樹さんの言葉にびっくりした。「まだ」「言うべき時じゃない」…?
女性陣は揃って驚いている感じに見えるが、陛下をはじめ男性陣は何も変わらない雰囲気で食事を続けている。
「父上、どういうことですか!」
「うるさいな。僕の帰還を祝ってくれない、自分勝手な人間は出ていけよ。せっかくの食事が不味くなるだろ。あんたの妻も出て行ったんだ、早く消えろ」
朝霧さんはスッと立ち上がると、上総さんを後ろ手に掴み上げ、食堂のドアから突き飛ばした。
しばらくドアを叩く音がしたが、諦めたのか静かになる。そっと英樹さんを見てみたが、まったく表情は変わっていなかった。
「…そういえば、朝霧。白虎州で、従兄の織部には会ったか?」
「はい、父上。叔父上ともども、大変世話になりました。明後日にはこちらに来るそうです」
「そうか。…みんなにも言っておく。明後日、白虎州知事の息子である拝田織部がこちらに来る。ソフィアさんは、はじめて会うと思うのですが…撫子、芙蓉も会ったことはないかな?」
「はい、わたくしはお会いしたことはありません」
「私もありません。織部様という方は、おいくつなのですか?」
「上総、芙蓉と同じ21歳だ。彼は、武道の達人でね。素手の闘いでは、たぶん彼に勝てる人間はいないのではないかな」
「どうしてこちらに…?」
英樹さんは、スッと目を細めると、
「いよいよ1ヶ月後に迫った、就任式のためだよ」
と短く言って、その後は何も話さなかった。女性陣は目を合わせて戸惑っている様子だが、蘇芳さん、羅刹さん、朝霧さんにはまったく動揺が感じられない。…いったい、何が進行しているのだろう?
モヤモヤしていると、「デザートです」と目の前に桃が置かれた。
「あ、佐々木さん!こんばんは!」
「ソフィアさん、昨日の本、めっちゃ良かったわー。ぜひ語り合いたいんだけど!いつならいい?」
そう言いながら他の方々の前にも桃を素早く並べていく。ぽっちゃり体型だったシェフの佐々木さんは、低糖質ダイエットを勉強してくれて、自分も実験台になりほっそりとした体型に変わった。料理の腕は変わらず天才的であり、そして彼はゲイだった。
彼の秘密を知ってしまったのは、私の何気無い独り言…佐々木さんに言わせると、かなりデカイ独り言だったらしいが…それがきっかけだった。「女流剣士のような凛々しい伽藍さんがもし男性だったら、羅刹さんとのカップリングでかなり萌えるのにぃー!!」との叫びを佐々木さんは聞いてしまったのだ。そこから、BL話で盛り上がり、ここ最近はもっぱら「彼氏が欲しい!」という佐々木さんの叫びを粛々と受け止める毎日である。ちなみに佐々木さんは攻めであり、一筋縄ではいかない受けを屈伏させたいという野望を抱いている。
「いつでも…伽藍さん、今夜からお部屋移りますもんね」
朝霧さんの帰還に合わせて居住区を元に戻したため、今日からは伽藍さんも朝霧さんと過ごすようになるだろう。
「あ、…今夜、そうか、今夜から…」
またもや真っ赤になる伽藍さんを熱く見つめる朝霧さんの瞳には、間違いなく欲望が見てとれる。ああ…狼にウサギを差し出してしまう気分…頑張って、伽藍さん…。
「じゃ、仕事終わって…20時30分にはお邪魔していいかな」
「どうぞ」
ただ、ひとつ困ったことに、佐々木さんはゲイだと公表していないため、私とイイナカだと思われてしまっているのだ…否定したのだが、「どうせ離縁すると決まってるのだから、恋人を作ってもいいじゃないですか」と聞き耳を持ってもらえなかった。誰にも。まぁ、当の佐々木さんが迷惑そうじゃないからいいんだけど。BLについて話し合えるの、かなり楽しいし。
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