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ここはどこ、わたしはだれ
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ソフィア・エヴァンス…旧姓ソフィア・ヘイワードは、ヘイワード公爵家の長女として生まれた。生まれたその日に国王陛下により、先に生まれていた王太子の婚約者だと発表された。
娘が生まれたと報告に行ったヘイワード公爵に、国王陛下は「息子の婚約者に」と告げたらしい。
たとえば国王陛下とヘイワード公爵が幼馴染みとか、ヘイワード公爵が国王陛下の側近だったとか、そういう前提があるならまだしも、どちらかと言えば国王陛下はヘイワード公爵を疎んじていたのに。その場にいた宰相閣下をはじめとする側近の方々はひどく驚いたらしい。
しかし、もう陛下が発言してしまったのだ。よほどのことがなければ覆えせない。
ヘイワード公爵は、それはそれは喜んで家路についた。我が娘が、未来の国母だと。あんな態度を取っていたが、陛下は自分という存在を重んじていたのだと妻に語ったそうだ。そうでなければ、生まれたばかりの赤ん坊を息子の、しかも王太子の婚約者に望むはずがないと。
ヘイワード公爵とその妻は、自堕落で務めを果たさない貴族として認識されていた、ある意味鼻つまみ者だったため、同じ家格の公爵家のみならずあちらこちらで反対の陳情をしたらしいが陛下は頑として変えなかった。
元々享楽的な公爵夫婦は、王家に連なる未来ばかりを妄想しますます浮わついた生活を送るようになった。ソフィアを厳しく育てるどころか、未来の国母と褒めそやし、わがまま放題、好き放題にさせた。
ソフィアが5歳のとき、初めて婚約者だと顔を合わせた王太子は「なんでこんなデブが僕の婚約者なのですか、父上!?」と叫んで泣き崩れた。デブ、と言われた当のソフィアはキョトンとした顔で大泣きする王太子を眺めて…「殿下は恥ずかしがりやなのね。わたくしの美しさに照れてしまったのでしょう」と宣ったらしい。その時から、頭の緩い人間だった。まともな教育も受けることなく、おべっかだらけの人間に囲まれて育ってきたソフィアは、自分を美しく素晴らしい子どもと信じて疑わなかった。
ソルマーレ国は、生まれた順に王位継承権が決まる。王太子は側妃の息子だが、王妃の生んだ息子より2ヶ月早く生まれたために王太子になった。
妃教育は、王妃ではなく王太子の母である側妃が担当することになったが、マナーも何もなっていないソフィアに、初日で側妃の怒りが爆発した。将来国王になる自分の可愛い息子の婚約者がなぜこんな残念すぎる令嬢なのか。国王に喰ってかかったが、すげなくあしらわれたらしい。
「おまえの身分が低いのだから後ろ楯が必要なことくらいわかるだろう。王妃の息子が王太子になってもいいなら今すぐあの娘との婚約を解消してやる」
その場が凍りつくのではないかと思うほど冷酷な瞳で告げられ、側妃は退かざるを得なかった。何より息子が王太子を外されるなどあってはならないことだ。あの不出来な娘を妃にするのは癪に障るが、私のように優秀な令嬢を側妃にすればいい。夫である陛下が亡くなれば、いや、息子が国王になった時点で側妃を王妃にすげ替えればいい。損得勘定をした側妃も、ソフィアには構わないことにした。時間をかけるだけ無駄だから。
まともな教育を誰からも施されることなく、しかし自尊心と傲慢さだけは立派に育ってしまったソフィアは、あの日死んでしまったのだ。夫は自分を愛しておらず、他に愛する女がいて、その女に操をたてるために自分とは白い結婚であることを宣言。そして3年後には離縁。そんな現実に耐えきれなくて、私が…菜緒子がそこに入り込んでしまったのだろう。
「しかしなんでこんな太った女に憑依するかな…ひどすぎる」
「妃殿下、憑依とはなんですか」
「ひゃうっ!?」
あ、まずい。思わずポロッと洩らしてしまった。
アネットさんはじっとこちらを見ている。…なんてごまかせばいいんだろう?
頭をフル回転させていると、スッと何かを喉元に突きつけられた。
「妃殿下。わたくしにありのままをお話くださるか、今すぐ息の根を止められるか、どちらかお選びください。選択できるのは10秒だけです。選らばないときはこのまま息を引き取ってください。自殺を謀ったのだから未練はございませんでしょう。参ります。10、」
「待って!アネットさん、待って!?」
「待ちません。9、8、」
「話します!話します!」
アネットさんの手元には細身の短剣が握られていた。本気だ。本気で私を殺るつもりだ。
感情が読み取れないアネットさんの赤い瞳と目が合うと、「早くしてくださいませんか。知性がないブタなのはわかりますが、説明くらいはできるでしょう」と冷たく吐き捨てられた。あれ?私、一応お飾りでも王太子妃なんだよね?今、…ブタって言われた?
言われた言葉を呑み込めずぼんやりしていると、「7、6、」とまたカウントダウンが始まった。ちょっとぉ!!
娘が生まれたと報告に行ったヘイワード公爵に、国王陛下は「息子の婚約者に」と告げたらしい。
たとえば国王陛下とヘイワード公爵が幼馴染みとか、ヘイワード公爵が国王陛下の側近だったとか、そういう前提があるならまだしも、どちらかと言えば国王陛下はヘイワード公爵を疎んじていたのに。その場にいた宰相閣下をはじめとする側近の方々はひどく驚いたらしい。
しかし、もう陛下が発言してしまったのだ。よほどのことがなければ覆えせない。
ヘイワード公爵は、それはそれは喜んで家路についた。我が娘が、未来の国母だと。あんな態度を取っていたが、陛下は自分という存在を重んじていたのだと妻に語ったそうだ。そうでなければ、生まれたばかりの赤ん坊を息子の、しかも王太子の婚約者に望むはずがないと。
ヘイワード公爵とその妻は、自堕落で務めを果たさない貴族として認識されていた、ある意味鼻つまみ者だったため、同じ家格の公爵家のみならずあちらこちらで反対の陳情をしたらしいが陛下は頑として変えなかった。
元々享楽的な公爵夫婦は、王家に連なる未来ばかりを妄想しますます浮わついた生活を送るようになった。ソフィアを厳しく育てるどころか、未来の国母と褒めそやし、わがまま放題、好き放題にさせた。
ソフィアが5歳のとき、初めて婚約者だと顔を合わせた王太子は「なんでこんなデブが僕の婚約者なのですか、父上!?」と叫んで泣き崩れた。デブ、と言われた当のソフィアはキョトンとした顔で大泣きする王太子を眺めて…「殿下は恥ずかしがりやなのね。わたくしの美しさに照れてしまったのでしょう」と宣ったらしい。その時から、頭の緩い人間だった。まともな教育も受けることなく、おべっかだらけの人間に囲まれて育ってきたソフィアは、自分を美しく素晴らしい子どもと信じて疑わなかった。
ソルマーレ国は、生まれた順に王位継承権が決まる。王太子は側妃の息子だが、王妃の生んだ息子より2ヶ月早く生まれたために王太子になった。
妃教育は、王妃ではなく王太子の母である側妃が担当することになったが、マナーも何もなっていないソフィアに、初日で側妃の怒りが爆発した。将来国王になる自分の可愛い息子の婚約者がなぜこんな残念すぎる令嬢なのか。国王に喰ってかかったが、すげなくあしらわれたらしい。
「おまえの身分が低いのだから後ろ楯が必要なことくらいわかるだろう。王妃の息子が王太子になってもいいなら今すぐあの娘との婚約を解消してやる」
その場が凍りつくのではないかと思うほど冷酷な瞳で告げられ、側妃は退かざるを得なかった。何より息子が王太子を外されるなどあってはならないことだ。あの不出来な娘を妃にするのは癪に障るが、私のように優秀な令嬢を側妃にすればいい。夫である陛下が亡くなれば、いや、息子が国王になった時点で側妃を王妃にすげ替えればいい。損得勘定をした側妃も、ソフィアには構わないことにした。時間をかけるだけ無駄だから。
まともな教育を誰からも施されることなく、しかし自尊心と傲慢さだけは立派に育ってしまったソフィアは、あの日死んでしまったのだ。夫は自分を愛しておらず、他に愛する女がいて、その女に操をたてるために自分とは白い結婚であることを宣言。そして3年後には離縁。そんな現実に耐えきれなくて、私が…菜緒子がそこに入り込んでしまったのだろう。
「しかしなんでこんな太った女に憑依するかな…ひどすぎる」
「妃殿下、憑依とはなんですか」
「ひゃうっ!?」
あ、まずい。思わずポロッと洩らしてしまった。
アネットさんはじっとこちらを見ている。…なんてごまかせばいいんだろう?
頭をフル回転させていると、スッと何かを喉元に突きつけられた。
「妃殿下。わたくしにありのままをお話くださるか、今すぐ息の根を止められるか、どちらかお選びください。選択できるのは10秒だけです。選らばないときはこのまま息を引き取ってください。自殺を謀ったのだから未練はございませんでしょう。参ります。10、」
「待って!アネットさん、待って!?」
「待ちません。9、8、」
「話します!話します!」
アネットさんの手元には細身の短剣が握られていた。本気だ。本気で私を殺るつもりだ。
感情が読み取れないアネットさんの赤い瞳と目が合うと、「早くしてくださいませんか。知性がないブタなのはわかりますが、説明くらいはできるでしょう」と冷たく吐き捨てられた。あれ?私、一応お飾りでも王太子妃なんだよね?今、…ブタって言われた?
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