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前世 橋本菜緒子
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麗に裕さんの浮気を突きつけられた日から半年が過ぎ、12月のクリスマスイブの朝。
毎朝日課となった体重を計る。
7月1日、63キロだった体重は、半年で51キロになった。朝は5時に起き、体重を計り、走りに行く。初めは歩くことしかできなかったが、体重がおちるにつれ軽快に走れるようになってきた。距離が延びるとがぜん楽しくなってくる。
走る以外に、縄跳びと、購入した本の運動、フラフープを取り入れた。30日チャレンジで、プランクとスクワットにも挑戦した。
その日も走りに出ようと、寝室から出て玄関に向かっている時、突然「菜緒子」と声をかけられた。
まったく予想もしていなかったので、「ひゃうっ!?」とおかしな声が出た。恐る恐る振り向くと、久しぶりすぎる裕さんが立っていた。
「…ごめん、驚かせて」
いや、ほんと。びっくりしましたよ。
「おはよう、裕さん。久しぶり」
私の言葉をどう受け取ったのか複雑な表情になった裕さんは、
「…おはよう」
とボソリと呟いたが、その後は何も言葉を発することがない。
「えーと…行ってきます?」
クルリと背を向け玄関に向かおうとすると、ガッと腕を掴まれた。その手の感触にゾワリと背中を悪寒が駆け抜ける。
振り返って思わず払いのけた私を見て、裕さんの顔が歪んだ。
「あ、…ごめん。なに?私、走りに行きたいんだけ」
「俺も行く」
被せるように言われてポカンとする。
「…は?」
よく見ると、裕さんはジャージを着ていた。こんな格好、見たことないんだけど。裕さんて、完全なるインドア派だったよね。
「なんで?どうしたの?」
「菜緒子、走ってるんでしょ」
「そうだけど…」
裕さんの意図がわからず困惑する。
「俺も走る」
いやいやいやいや。なんで?
「あのさ、裕さん。私はたしかに素人だけど、この半年走ってきたし、」
「いいでしょ。早く行こうよ」
「いや、一緒に?無理だよ」
途端に裕さんはギュッと眉をしかめた。
「なんで?何が無理なんだよ?誰か他の男と走ってるのか?だから俺が着いていくのがイヤなのかよ?」
「…は?」
この人、何を言ってるんだろう。他の男?
「…菜緒子、最近すごくキレイになったよね」
裕さんが一歩踏み込んでくるので思わず後ずさる。
「なんで逃げんの?」
裕さんの腕がまた伸びてくるのが見えて、玄関にダッシュする。靴を抱えて玄関を飛び出し、背中でドアを押さえながら靴を履く。
「菜緒子!」
ドアをガチャガチャやられるが、頑張って押さえる。なんなのいったい!
靴を履き終え、一目散にダッシュする。準備運動もしてないのに!
後ろから「菜緒子!」と呼ぶ声がしたが、無視して全速力で走った。
振り返り、裕さんの姿が見えないのを確認してようやく一息つく。さっきのはいったいなんだったの?
私がダイエットを決意し、なおかつ家の掃除も頑張ってみたこの半年、見向きもしなかったのに、いきなり何が?だいたいあのジャージなに?いつ買ったんだろ。まぁ、裕さんの私物なんてまったく興味もないから把握もしてないけど。
悶々しながら走り、家に辿り着く。玄関をそっと開けると、裕さんはいなかった。ホッとして靴を脱ぐと、「菜緒子」とまた呼ばれた。
顔をあげると、裕さんが仁王立ちしている。
「…なに?」
「なんで逃げんの?一緒に走りたいって言ったのに、なんで無視すんの?」
「いや、それこっちのセリフだよ。なんで一緒に走りたいの?」
「…菜緒子と、一緒の時間を過ごしたい」
何を言い出すんだろ。
「無理してそんな時間作らなくていいでしょ。何かあったの?三年前から、ほとんど没交渉だったのにいきなりこんなことされて、戸惑うのが当たり前でしょ。裕さん、あまりにも不躾すぎるよ」
寝室に向かう私の腕をまた掴む。
「やめて」
「なんで?俺たち夫婦だろ?」
その一言にムカッとする。
「あのさ。さっきも言ったけど、三年前からほとんど交流なかったよね。口もきかないでいたのに、いきなり夫婦って持ち出すのおかしくない?理由として成り立ってないよ。私、シャワー浴びたいの。離して」
睨み付けたが怯むことなく、腕も離してくれない。
「離して」
「イヤだ。俺もシャワー入る」
…はぁ?
「じゃ、お先にどうぞ。私、今日は休みだし。いつでもいいから」
「一緒に入ろう」
「ふざけないでよ!」
怒鳴る私をびっくりしたような顔で見る裕さん。
「…菜緒子」
「今日木曜日だよ。仕事じゃないの」
「仕事だけど、」
「じゃあ早く準備すれば?シャワー入るなら入りなよ」
12月で気温が低いのに、汗かいてるのが冷えて風邪ひいたらどうしてくれるんだ。
先に朝食の準備をしようと台所にむかう。とってあるだし汁を冷蔵庫から出し、鍋に入れ火にかける。冷凍庫からミックスしたキノコと油あげを取り出し鍋に放り込む。煮立ったら豆腐とワカメを入れて味噌を溶こう。
同じく冷凍してあるもち麦を取り出し、魚をグリルにかける。ブロッコリーを茹で、ストックしてあるゆで卵をちらす。鰹節もかける。最後にゴマドレッシング。
もち麦はある程度自然解凍させておこう。味噌を溶き、ガスを止める。
振り向くとまだ裕さんが立っている。
「シャワー浴びないの?」
「…いい」
まったくなんなんだか。
寝室に向かい念のためカギをかけると、程なくガチャガチャやられる。
「菜緒子、開けて」
もう恐怖しかない。
「裕さん、いったい何なの?何が目的なの?朝からやめて、早く準備しなよ」
しばらくガチャガチャはやむことなく、20分ほどでようやく終わった。
毎朝日課となった体重を計る。
7月1日、63キロだった体重は、半年で51キロになった。朝は5時に起き、体重を計り、走りに行く。初めは歩くことしかできなかったが、体重がおちるにつれ軽快に走れるようになってきた。距離が延びるとがぜん楽しくなってくる。
走る以外に、縄跳びと、購入した本の運動、フラフープを取り入れた。30日チャレンジで、プランクとスクワットにも挑戦した。
その日も走りに出ようと、寝室から出て玄関に向かっている時、突然「菜緒子」と声をかけられた。
まったく予想もしていなかったので、「ひゃうっ!?」とおかしな声が出た。恐る恐る振り向くと、久しぶりすぎる裕さんが立っていた。
「…ごめん、驚かせて」
いや、ほんと。びっくりしましたよ。
「おはよう、裕さん。久しぶり」
私の言葉をどう受け取ったのか複雑な表情になった裕さんは、
「…おはよう」
とボソリと呟いたが、その後は何も言葉を発することがない。
「えーと…行ってきます?」
クルリと背を向け玄関に向かおうとすると、ガッと腕を掴まれた。その手の感触にゾワリと背中を悪寒が駆け抜ける。
振り返って思わず払いのけた私を見て、裕さんの顔が歪んだ。
「あ、…ごめん。なに?私、走りに行きたいんだけ」
「俺も行く」
被せるように言われてポカンとする。
「…は?」
よく見ると、裕さんはジャージを着ていた。こんな格好、見たことないんだけど。裕さんて、完全なるインドア派だったよね。
「なんで?どうしたの?」
「菜緒子、走ってるんでしょ」
「そうだけど…」
裕さんの意図がわからず困惑する。
「俺も走る」
いやいやいやいや。なんで?
「あのさ、裕さん。私はたしかに素人だけど、この半年走ってきたし、」
「いいでしょ。早く行こうよ」
「いや、一緒に?無理だよ」
途端に裕さんはギュッと眉をしかめた。
「なんで?何が無理なんだよ?誰か他の男と走ってるのか?だから俺が着いていくのがイヤなのかよ?」
「…は?」
この人、何を言ってるんだろう。他の男?
「…菜緒子、最近すごくキレイになったよね」
裕さんが一歩踏み込んでくるので思わず後ずさる。
「なんで逃げんの?」
裕さんの腕がまた伸びてくるのが見えて、玄関にダッシュする。靴を抱えて玄関を飛び出し、背中でドアを押さえながら靴を履く。
「菜緒子!」
ドアをガチャガチャやられるが、頑張って押さえる。なんなのいったい!
靴を履き終え、一目散にダッシュする。準備運動もしてないのに!
後ろから「菜緒子!」と呼ぶ声がしたが、無視して全速力で走った。
振り返り、裕さんの姿が見えないのを確認してようやく一息つく。さっきのはいったいなんだったの?
私がダイエットを決意し、なおかつ家の掃除も頑張ってみたこの半年、見向きもしなかったのに、いきなり何が?だいたいあのジャージなに?いつ買ったんだろ。まぁ、裕さんの私物なんてまったく興味もないから把握もしてないけど。
悶々しながら走り、家に辿り着く。玄関をそっと開けると、裕さんはいなかった。ホッとして靴を脱ぐと、「菜緒子」とまた呼ばれた。
顔をあげると、裕さんが仁王立ちしている。
「…なに?」
「なんで逃げんの?一緒に走りたいって言ったのに、なんで無視すんの?」
「いや、それこっちのセリフだよ。なんで一緒に走りたいの?」
「…菜緒子と、一緒の時間を過ごしたい」
何を言い出すんだろ。
「無理してそんな時間作らなくていいでしょ。何かあったの?三年前から、ほとんど没交渉だったのにいきなりこんなことされて、戸惑うのが当たり前でしょ。裕さん、あまりにも不躾すぎるよ」
寝室に向かう私の腕をまた掴む。
「やめて」
「なんで?俺たち夫婦だろ?」
その一言にムカッとする。
「あのさ。さっきも言ったけど、三年前からほとんど交流なかったよね。口もきかないでいたのに、いきなり夫婦って持ち出すのおかしくない?理由として成り立ってないよ。私、シャワー浴びたいの。離して」
睨み付けたが怯むことなく、腕も離してくれない。
「離して」
「イヤだ。俺もシャワー入る」
…はぁ?
「じゃ、お先にどうぞ。私、今日は休みだし。いつでもいいから」
「一緒に入ろう」
「ふざけないでよ!」
怒鳴る私をびっくりしたような顔で見る裕さん。
「…菜緒子」
「今日木曜日だよ。仕事じゃないの」
「仕事だけど、」
「じゃあ早く準備すれば?シャワー入るなら入りなよ」
12月で気温が低いのに、汗かいてるのが冷えて風邪ひいたらどうしてくれるんだ。
先に朝食の準備をしようと台所にむかう。とってあるだし汁を冷蔵庫から出し、鍋に入れ火にかける。冷凍庫からミックスしたキノコと油あげを取り出し鍋に放り込む。煮立ったら豆腐とワカメを入れて味噌を溶こう。
同じく冷凍してあるもち麦を取り出し、魚をグリルにかける。ブロッコリーを茹で、ストックしてあるゆで卵をちらす。鰹節もかける。最後にゴマドレッシング。
もち麦はある程度自然解凍させておこう。味噌を溶き、ガスを止める。
振り向くとまだ裕さんが立っている。
「シャワー浴びないの?」
「…いい」
まったくなんなんだか。
寝室に向かい念のためカギをかけると、程なくガチャガチャやられる。
「菜緒子、開けて」
もう恐怖しかない。
「裕さん、いったい何なの?何が目的なの?朝からやめて、早く準備しなよ」
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