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前世 橋本菜緒子
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「あんたって、ほんとだらしないもんね」
「…面目ない」
結婚するまで実家暮らしだった私は、専業主婦だった母が上げ膳据え膳で甘やかしてくれたため、三食ご飯を準備してもらい、帰ればお風呂に入れて、掃除もせず、ただ仕事と趣味の世界に没頭していた。ご飯をきちんと食べていたせいか、お腹もすかず間食もしなかったのだが。
結婚して、裕さんと二人で暮らすようになったとき。裕さんは、「俺、朝飯食わないから。昼は社食あるし、夜も適当に食うからさ。特に準備しなくていいよ」と言った。
ご飯すら一緒に食べないなんて、と休みと早番のときは夕飯を作っていたが、あの三年前にそれもきっぱりやめた。
三食、母に作ってもらっていた私は、朝、しっかりお腹がすく。漫画を読んで夜更かしして、お菓子をつまみ、酒を飲んでも、朝はお腹がすく。だから、普通にご飯を食べる。ただし。麗が言ったように、私はとてつもなくだらしがない。そしてメンドクサがり。
お米を炊くのがメンドクサイので、パックのご飯をチン。味噌汁はインスタント。おかずは冷凍食品。たまーに健康が気になるとカット野菜を買ってくるけど、基本野菜はなし。
昼は職場で売ってるカップ麺。夜は缶チューハイを二本は空ける。つまみに選ぶのはポテトチップスや、冷凍食品のこってりしたやつ。脂と糖でできている、この10年の私です。
「いやー。まさかそんなにひどいとは…自炊もしないなんて。だから顔ひどいんだね」
「顔ひどいって何!?」
「あ、間違えた、顔の質感?ひどいんだね」
ニヤニヤしながら言うこの親友は、本当に性悪だ。
「さっき聞かせた中にはなかったけど、あんたのこと、トドとかブタとか言いたい放題だったよ。女として見れないって。ふだん目にする時間がほとんどないのが救いだってさ」
確かに、夕飯すら食べず寝室も別になった今、ほとんど顔を合わせることはない。同じ家の中に、「いる」ってだけ。…これ、結婚してる意味あるのかな。
「ないね」
ズバッと斬られてウッ、と詰まる。いやー、見ないフリしてたけど…私ら、夫婦じゃないよね、もう。
「掃除もまともにできないって」
「いやさー…やりたくなくて…漫画に逃げちゃって…」
麗の目が蔑むような光を帯びる。麗は大のキレイ好き。毎日毎日家の中を全部掃除する。独身だから、なんて言ってやりたいけど、私も独身みたいなもんだ。仕事してるのは私も麗も同じだし。
「洗濯は?」
「自分のものは自分で…洗濯機回す曜日決めたの」
「どうせあんた干しっぱなしなんでしょ、部屋に」
…なんでわかるんだろうか。
「だらしない人間のやることなんざお見通しなんです」
冷たく吐き捨てられて悲しくなる。
「菜緒子、あんたさ。もう40歳なんだよ。離婚したら実家に戻る気?」
「いやー…小姑は…」
実家は、弟が継いでお嫁さんも姪っこもいる。今さら戻れない。
「でしょ。だったら、これを機に生活変えたら?最近走ってもないんでしょ?5時間台とは言え、マラソン大会にも参加してたじゃん。腐女子活動は私もやぶさかではないけど、やりすぎは良くないよ。体力も落ちるし。その食生活で運動不足なんて、ロコモまっしぐらじゃん。オヒトリサマになるのに、自分の人生にもう少し責任持てば?」
グサグサささる。痛い。容赦ない。
結婚するまでは、母の小言もあり、週に三回、一時間程度走っていた。筋トレはやらなかった、ひたすらノロノロ走るだけ。何か目標があるほうがいいと無理矢理弟に(弟はガチで走る人)フルマラソンの大会に申し込まれ、無理矢理連れて行かれ、無理矢理走らされた。でも、一度走ったらヤミツキになって、年に二回は大会に出てきたのだが。
結婚してからは小言もなくなり、だらしない私は何もしなくなった。仕事に行き、休みの日は引きこもり。一日中、ネットと漫画の世界。
…ほんと、この10年、私はどんどんひどくなっていたんだなぁ。
「ねぇ、麗」
「なに?」
「なんで、旦那が浮気してるって言おうと思ったの」
麗はジロリと私を睨み付けた。
「自分の親友がバカにされて…いくら本当のこととは言え」
「ちょっと!?」
「だって本当じゃん。トドも、ブタも、だらしないも。だけどさ。自分の嫁を貶めて笑ってるようなヤツといつまでも一緒にいるべきじゃないと思ったの」
不貞腐れたように目を逸らす麗に思わず顔がニヤける。
「れいたんは優しいなぁー」
「うえ。きもちわる。やめて、その呼び方」
ニヤニヤしてると頭をひっぱたかれた。照れ屋さんめ。
「ま、とにかくさ。離婚てなって、もしあんたに有責なんて言い出したら、さっきの証拠物件もあるし。しばらく私の家にきてもいいし。相手が動くまで、まずは自分の生活変えなよ。ね」
「うん、わかった。ありがと」
なんだかんだと毒を吐きつつ、親身に考えてくれる麗の優しさが嬉しかった。
「…面目ない」
結婚するまで実家暮らしだった私は、専業主婦だった母が上げ膳据え膳で甘やかしてくれたため、三食ご飯を準備してもらい、帰ればお風呂に入れて、掃除もせず、ただ仕事と趣味の世界に没頭していた。ご飯をきちんと食べていたせいか、お腹もすかず間食もしなかったのだが。
結婚して、裕さんと二人で暮らすようになったとき。裕さんは、「俺、朝飯食わないから。昼は社食あるし、夜も適当に食うからさ。特に準備しなくていいよ」と言った。
ご飯すら一緒に食べないなんて、と休みと早番のときは夕飯を作っていたが、あの三年前にそれもきっぱりやめた。
三食、母に作ってもらっていた私は、朝、しっかりお腹がすく。漫画を読んで夜更かしして、お菓子をつまみ、酒を飲んでも、朝はお腹がすく。だから、普通にご飯を食べる。ただし。麗が言ったように、私はとてつもなくだらしがない。そしてメンドクサがり。
お米を炊くのがメンドクサイので、パックのご飯をチン。味噌汁はインスタント。おかずは冷凍食品。たまーに健康が気になるとカット野菜を買ってくるけど、基本野菜はなし。
昼は職場で売ってるカップ麺。夜は缶チューハイを二本は空ける。つまみに選ぶのはポテトチップスや、冷凍食品のこってりしたやつ。脂と糖でできている、この10年の私です。
「いやー。まさかそんなにひどいとは…自炊もしないなんて。だから顔ひどいんだね」
「顔ひどいって何!?」
「あ、間違えた、顔の質感?ひどいんだね」
ニヤニヤしながら言うこの親友は、本当に性悪だ。
「さっき聞かせた中にはなかったけど、あんたのこと、トドとかブタとか言いたい放題だったよ。女として見れないって。ふだん目にする時間がほとんどないのが救いだってさ」
確かに、夕飯すら食べず寝室も別になった今、ほとんど顔を合わせることはない。同じ家の中に、「いる」ってだけ。…これ、結婚してる意味あるのかな。
「ないね」
ズバッと斬られてウッ、と詰まる。いやー、見ないフリしてたけど…私ら、夫婦じゃないよね、もう。
「掃除もまともにできないって」
「いやさー…やりたくなくて…漫画に逃げちゃって…」
麗の目が蔑むような光を帯びる。麗は大のキレイ好き。毎日毎日家の中を全部掃除する。独身だから、なんて言ってやりたいけど、私も独身みたいなもんだ。仕事してるのは私も麗も同じだし。
「洗濯は?」
「自分のものは自分で…洗濯機回す曜日決めたの」
「どうせあんた干しっぱなしなんでしょ、部屋に」
…なんでわかるんだろうか。
「だらしない人間のやることなんざお見通しなんです」
冷たく吐き捨てられて悲しくなる。
「菜緒子、あんたさ。もう40歳なんだよ。離婚したら実家に戻る気?」
「いやー…小姑は…」
実家は、弟が継いでお嫁さんも姪っこもいる。今さら戻れない。
「でしょ。だったら、これを機に生活変えたら?最近走ってもないんでしょ?5時間台とは言え、マラソン大会にも参加してたじゃん。腐女子活動は私もやぶさかではないけど、やりすぎは良くないよ。体力も落ちるし。その食生活で運動不足なんて、ロコモまっしぐらじゃん。オヒトリサマになるのに、自分の人生にもう少し責任持てば?」
グサグサささる。痛い。容赦ない。
結婚するまでは、母の小言もあり、週に三回、一時間程度走っていた。筋トレはやらなかった、ひたすらノロノロ走るだけ。何か目標があるほうがいいと無理矢理弟に(弟はガチで走る人)フルマラソンの大会に申し込まれ、無理矢理連れて行かれ、無理矢理走らされた。でも、一度走ったらヤミツキになって、年に二回は大会に出てきたのだが。
結婚してからは小言もなくなり、だらしない私は何もしなくなった。仕事に行き、休みの日は引きこもり。一日中、ネットと漫画の世界。
…ほんと、この10年、私はどんどんひどくなっていたんだなぁ。
「ねぇ、麗」
「なに?」
「なんで、旦那が浮気してるって言おうと思ったの」
麗はジロリと私を睨み付けた。
「自分の親友がバカにされて…いくら本当のこととは言え」
「ちょっと!?」
「だって本当じゃん。トドも、ブタも、だらしないも。だけどさ。自分の嫁を貶めて笑ってるようなヤツといつまでも一緒にいるべきじゃないと思ったの」
不貞腐れたように目を逸らす麗に思わず顔がニヤける。
「れいたんは優しいなぁー」
「うえ。きもちわる。やめて、その呼び方」
ニヤニヤしてると頭をひっぱたかれた。照れ屋さんめ。
「ま、とにかくさ。離婚てなって、もしあんたに有責なんて言い出したら、さっきの証拠物件もあるし。しばらく私の家にきてもいいし。相手が動くまで、まずは自分の生活変えなよ。ね」
「うん、わかった。ありがと」
なんだかんだと毒を吐きつつ、親身に考えてくれる麗の優しさが嬉しかった。
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