キューピットのクソ野郎が俺を失恋させる気です

萌葱 千佳

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第2話

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「なんでお前が居るんだよ!」
 沈み込んだ気持ちのままアルバイトに行き、暗い夜道をとぼとぼと帰り家のドアを開けると、昼間に遭遇したキューピットが澄まし顔でくつろいでいた。
「1週間待つとは言ったが、その間俺は他の仕事が受けられない。だからできることなら心の準備は早くしてくれ。お前の決断を急かすために、しばらくの間はここに居る」
「は? 勘弁してくれって……」
 
 誰かに急かされたからって、ずっと好きだった航平が俺以外の人と結ばれる姿を見る覚悟なんてできるわけがない。妙に圧があるその整った顔がこちらに向けられる。
「そういえば、お前の名前をまだ聞いていなかったな」
「だったらまず自分から名乗れよ」
 名前を知らないのはこちらも同じだった。少し不機嫌そうに片方の眉を吊り上げたキューピットが口を開く。
「……リュカだ」
「リュカ!? こんな冷酷な野郎なのに、一丁前に天使っぽい名前してやがんの」
「別に冷酷ではないだろ。ただ俺は自分に与えられた仕事をしているだけだ」

 お前は、というようにリュカがじろりと視線を投げ掛ける。
「……鷹木たかき晴斗はるとだ」
「へぇ、良い名前だな」
「そりゃどーも」
 部屋に居座る天使をあしらいながら、冷蔵庫を開けて夕飯の準備をする。


「晴斗はあの女のどこが好きなんだ?」
 いきなり呼び捨てかよ、と思わず苦笑いをする。誰かを寄せ付けないような涼し気な表情とはちぐはぐに思える距離の近さに違和感を覚えた。
「そっちじゃない、俺が好きなのは男のほう」
 ハッとしたようにリュカがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……その、悪かった。勝手に晴斗の気持ちを決め付けて」
「別にいいって。勘違いされるのも、隠すのも、慣れてるし」
 電子レンジで温めた昨日の残り物を取り出す。いかにも誰かの気持ちに寄り添うなんて苦手そうなリュカがどこかばつが悪そうな表情を浮かべているのが意外だった。いただきます、と小さく呟いて、遅めの夕食に有り付く。

「あいつ、航平っていうんだけど高校からずっと一緒でさ。もう片想い4年目なわけ」
 口に入れた白米を飲み込むと、ぽつりと言葉が落ちていく。
「なんで4年も片想いしてるんだ」
「いや、なんでって言われても……片想いするしかなくね? あいつの恋愛対象は女だし」
「だったら別に他の人と結ばれたっていいだろ」
 一瞬でも目の前の天使を良い奴かもしれないと思った自分が馬鹿だった。デリカシーのない発言を食らい反射的に立ち上がる。
 
「よくねぇよ! 好きな奴に恋人ができるなんて嫌に決まってんだろ」
「晴斗に可能性はないのに、か?」

 ぐさり、とナイフのような言葉が胸に刺さる。反論しようとしても言葉が出てこない。そっと椅子に座り直すと大きくため息を吐く。
「なぁ……一応聞くけど、弓を射ることによって失恋した人間へのケアってさ、キューピットの仕事の」
「対象外だ」
 俺の声を遮るようにリュカがぴしゃりと言い放つ。ずるずると背もたれに寄り掛かり脱力した。
「そんなのひどすぎるって……」
「遅かれ早かれこうなってただろ。現実を受け止めるいい機会じゃないか」
 こいつの言い方だけはどうにかできないものか。もう口喧嘩をする元気もなく、ただ黙々と飯を口に運んだ。


「俺の寝顔眺めるなよ」
「そんな面白味のないもの見るわけないだろ」
 どうやら俺が寝ている間もリュカはこの家に居続けるようだ。勝手にしろと思いながら布団に潜り込んで部屋の明かりを消す。静寂が訪れると、今日の出来事がぐるぐると頭の中を駆け巡った。あと1週間で、どうやら俺は強制的に失恋をするらしい。
「……胃が痛くて、寝れねぇ」
 ぽつりと呟くと、何やらこちらに近付いてくる足音が聞こえる。天使の輪がぼんやりと周りを照らす薄暗い部屋の中でベッドの縁に腰掛けたリュカと視線が重なった。

「失恋した人間のケアは対象外だが、歌を口ずさむくらいなら俺にもできる」
 子守唄だろうか、小声ながらも澄んだ声でリュカが歌い出す。歌に合わせてゆっくりと布団に置かれた指先がリズムを取った。
 天使の歌声――比喩表現ではなく本物を聴くのは当たり前だが初めてだ。目を瞑ってその歌声に耳を傾けていると、縮こまっていた身体が緩んでいくような感覚がする。

「お前、歌だけはまぁ、上手いんじゃないか……?」
 小さな声で悪態を吐くも、子守唄は続いていく。心の荒波が穏やかになっていくのを感じながら、眠りの世界へと引き込まれていった。
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