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エピローグ 素直になれない天使たち
素直になれない天使たち.1
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晴れて恋人関係になった私たちだったけれど、記念すべき次の日から数日の間、揃いも揃って風邪をひいて学校を休んでしまった。
まあ、濡れネズミになったまま乾かしもせずにああもイチャイチャと――もとい、大事な話をしていれば、そうもなるだろう。結局、二人とも夜重のお母さんから大目玉を食らうことになったんだけど、明くる日の朝に熱を出したから、比較的早いうちにお許しを得ることができた。
風邪で寝込んでいる間に、私は莉音と連絡を取った。莉音のおかげで夜重と上手くいったことを報告すれば、莉音は自分のことのように喜んでくれたのだが、彼女のほうも実際に会って報告したいことがあるとのことだった。しかも、夜重と私、二人に話したいことらしかった。
その件を、夜重には直接電話で説明した。夜重は未だに莉音と私が連絡を取っていることを疎ましく思っているようだったが、今回の立役者が彼女であることを告げると、渋々ながら三人で会うことを承諾してくれた。
そして、数日ぶりに登校した学校。そこで私と夜重は、妙な気まずさに包まれたままよそよそしく時を過ごした。見るからにいつもと違う私たちを見て、多くの生徒が大喧嘩でもしたんだと噂したようだが、青葉だけは訳知り顔でニヤニヤとばかりしていた。
放課後になると、示し合わせたようにどちらからともなく席を立ち、教室から出ようとしたのだが、途中で青葉と呉羽に捕まってしまった。
「はいはーい、お二人さん、ストップ、ストップぅ」
やたらとご機嫌な調子の青葉に嫌な予感を覚えた私は、「げっ、なに」とつい本音を漏らしてしまう。
「うわぁ、傷つくなぁ…友だちの顔を見て、『げ』なんて。ねぇ、呉羽」
「はい」
こくりと頷く呉羽。彼女とは相変らず話すことはなかったけれど、ランチ店での一件以降、遠くからガッツポーズを送られてくることが増えた。気づかないフリもできないから、私は呉羽とガッツポーズを交換し合う仲になってしまっていた。
「何かしら?私たち、約束があって先を急いでいるのだけれど」
相手の悪戯っぽい意図を汲み取ってのことだろう。夜重が冷淡な様子でそう言った。
やっぱり、こういうときの夜重は少し怖い。だけど、青葉は軽く笑って流してみせる。
「もぉ、そんなに怖い顔しないでよぉ。ちょっとだけ聞きたいことがあるだけじゃん」
「…あまり、良い予感がしないわ…」
四人とも荷物を持ったままだったから、自然な流れで途中まで一緒に帰ることになった。莉音に会うために例のファミレスに向かう私たちからすれば、ちょっと落ち着かない感じがしたのだが、どのみちその手前で別れることになるとは分かっていたから、一先ず行動を共にする。
それこそ、校門を出るまでは他愛もない話が続いていた。『夏休みが来るね』とか、『もう風邪は大丈夫なの?』とか、『期末テスト、いける?』とか。その一つ一つに他意があるんじゃないかってビビる私と違って、夜重は常にいつもと同じ雰囲気だった。
しかし、学校の敷地を出て、周りから同じ制服の生徒たちの姿が少なくなると状況は変わった。
「――で、何があったわけ?」
「げ」また声に出ちゃう。「な、何がって、何が?」
「またまたぁ」と青葉に肘で小突かれる。どうでもいいが、力が強い。痣ができるぞ、青葉。
「学校で派手に喧嘩した後、一緒になって風邪をひいてお休み。そして、次に学校に来たときにはどこかいつもと違う空気を漂わせている…勘ぐるなと言われても、無理がありますよ。蒼井さん、花咲さん」
青葉の横を歩く呉羽が、ベテラン探偵みたいな口調でそんなことを言うものだから、私は全開でキョドってしまい、「え、え、え?いやぁ、え?」と言葉にならない声を発した。我ながら、なんと情けない。
「別に、風邪をひいているうちに携帯でやり取りして仲直りしただけよ」
相変らず夜重は冷静で、どこか他人事な感じだったが、意外なことに青葉と呉羽のコンビは執拗に追撃を加えてくる。
「えぇー、夜重さん。教える気はないってことですかぁ?」
「教えるも何も、他に言うべきことがないのよ」
「強情ですね、蒼井さん」ニヤリ、と呉羽が笑う。こんな顔もできるのか…って、なんだ、こっち向いたぞ。「だったら、花咲さんを質問責めしますが、構いませんね?」
「ひ、ひぇ」
なんて恐ろしいことを…。
私は上手に嘘が吐ける人間じゃない。どうしても顔に出ちゃうし、適当に言い繕おうとすれば、支離滅裂になっていくタイプなんだ。だから、秘密を探ろうとする呉羽が私に狙いをつけたのはある意味正しい選択だと言えよう。
話の矛先を向けられた私は、わたわたと手を振り、百面相することとなった。そのうえ、私の様子を見かねた夜重が、短い逡巡と、長い溜息の後に、「祈里。どうするの」と尋ねてくるものだからさらにパニックになってしまった。
「ど、ど、どうするって?え?なに、何の話かなー?」
「…はぁ。貴方と共有する秘密は、『決して開けてはならない扉』と同じくらい、封が解かれる運命にあると思ったほうがよさそうね」
遠回しだが、渾身の皮肉。すいませんね、あほで…。
夜重は一度立ち止まり、周りに誰もいないことを確認すると、おもむろに私の手を握った。
あまりに自然な動きだったため、言葉を挟む暇もなかった。気づいた頃には、青葉も呉羽も嬉しそうに、でもどこか気恥ずかしそうに頬を染め、きゃあ、なんて柄にもない声を発していた。
「こういうことよ」
呆れたような夜重の声。でも、私だけには分かる。これは必死に恥ずかしさをこらえているときの声だ。その証拠に、少しだけ手が震えている。もしかすると、恥ずかしいだけじゃなくて、結構、勇気を出したのかもしれない。
「そっか、そっか、うんうん、私の妄想が現実に――じゃなくて、うん、おめでとう!私は応援するよ!」
不穏な言葉が聞こえたが、青葉はそんなふうに笑って私たちの背中を押してくれた。それで私も、正直少しだけ安心する。世の中、否定的な人間もいるらしいからね。全く、他人の事情にまで首を突っ込むなんて、よほど暇なんだろうな。
私はとりあえず、照れ笑いしながら、「ありがと」なんて答えたが、夜重はクールな顔で遠くの空を眺めるばかりだ。夜重らしいと言えば夜重らしいその態度は、続く呉羽の強烈な質問を前にしても崩れることはなかった。
「で、どっちが攻めで、どっちが受けなんですか…?」
「え、えぇ…!?」
これはなんとなく意味が分かっちゃう。そのせいで、私は顔を真っ赤にして狼狽えることしかできなかったんだけど、やっぱり夜重は違った。
「――想像しなさい」
それだけ言い残して、すぅっと一人進んでいく夜重。
私はそんな彼女の背中を見て、やっぱり、夜重の強いところも好きだなぁ、と思った。同時に、背後から聞こえてくる、「じゃあ、花咲さんが受け確定です」という言葉には腹が立った。
「悪かったな!情けのないやつで!」
まあ、濡れネズミになったまま乾かしもせずにああもイチャイチャと――もとい、大事な話をしていれば、そうもなるだろう。結局、二人とも夜重のお母さんから大目玉を食らうことになったんだけど、明くる日の朝に熱を出したから、比較的早いうちにお許しを得ることができた。
風邪で寝込んでいる間に、私は莉音と連絡を取った。莉音のおかげで夜重と上手くいったことを報告すれば、莉音は自分のことのように喜んでくれたのだが、彼女のほうも実際に会って報告したいことがあるとのことだった。しかも、夜重と私、二人に話したいことらしかった。
その件を、夜重には直接電話で説明した。夜重は未だに莉音と私が連絡を取っていることを疎ましく思っているようだったが、今回の立役者が彼女であることを告げると、渋々ながら三人で会うことを承諾してくれた。
そして、数日ぶりに登校した学校。そこで私と夜重は、妙な気まずさに包まれたままよそよそしく時を過ごした。見るからにいつもと違う私たちを見て、多くの生徒が大喧嘩でもしたんだと噂したようだが、青葉だけは訳知り顔でニヤニヤとばかりしていた。
放課後になると、示し合わせたようにどちらからともなく席を立ち、教室から出ようとしたのだが、途中で青葉と呉羽に捕まってしまった。
「はいはーい、お二人さん、ストップ、ストップぅ」
やたらとご機嫌な調子の青葉に嫌な予感を覚えた私は、「げっ、なに」とつい本音を漏らしてしまう。
「うわぁ、傷つくなぁ…友だちの顔を見て、『げ』なんて。ねぇ、呉羽」
「はい」
こくりと頷く呉羽。彼女とは相変らず話すことはなかったけれど、ランチ店での一件以降、遠くからガッツポーズを送られてくることが増えた。気づかないフリもできないから、私は呉羽とガッツポーズを交換し合う仲になってしまっていた。
「何かしら?私たち、約束があって先を急いでいるのだけれど」
相手の悪戯っぽい意図を汲み取ってのことだろう。夜重が冷淡な様子でそう言った。
やっぱり、こういうときの夜重は少し怖い。だけど、青葉は軽く笑って流してみせる。
「もぉ、そんなに怖い顔しないでよぉ。ちょっとだけ聞きたいことがあるだけじゃん」
「…あまり、良い予感がしないわ…」
四人とも荷物を持ったままだったから、自然な流れで途中まで一緒に帰ることになった。莉音に会うために例のファミレスに向かう私たちからすれば、ちょっと落ち着かない感じがしたのだが、どのみちその手前で別れることになるとは分かっていたから、一先ず行動を共にする。
それこそ、校門を出るまでは他愛もない話が続いていた。『夏休みが来るね』とか、『もう風邪は大丈夫なの?』とか、『期末テスト、いける?』とか。その一つ一つに他意があるんじゃないかってビビる私と違って、夜重は常にいつもと同じ雰囲気だった。
しかし、学校の敷地を出て、周りから同じ制服の生徒たちの姿が少なくなると状況は変わった。
「――で、何があったわけ?」
「げ」また声に出ちゃう。「な、何がって、何が?」
「またまたぁ」と青葉に肘で小突かれる。どうでもいいが、力が強い。痣ができるぞ、青葉。
「学校で派手に喧嘩した後、一緒になって風邪をひいてお休み。そして、次に学校に来たときにはどこかいつもと違う空気を漂わせている…勘ぐるなと言われても、無理がありますよ。蒼井さん、花咲さん」
青葉の横を歩く呉羽が、ベテラン探偵みたいな口調でそんなことを言うものだから、私は全開でキョドってしまい、「え、え、え?いやぁ、え?」と言葉にならない声を発した。我ながら、なんと情けない。
「別に、風邪をひいているうちに携帯でやり取りして仲直りしただけよ」
相変らず夜重は冷静で、どこか他人事な感じだったが、意外なことに青葉と呉羽のコンビは執拗に追撃を加えてくる。
「えぇー、夜重さん。教える気はないってことですかぁ?」
「教えるも何も、他に言うべきことがないのよ」
「強情ですね、蒼井さん」ニヤリ、と呉羽が笑う。こんな顔もできるのか…って、なんだ、こっち向いたぞ。「だったら、花咲さんを質問責めしますが、構いませんね?」
「ひ、ひぇ」
なんて恐ろしいことを…。
私は上手に嘘が吐ける人間じゃない。どうしても顔に出ちゃうし、適当に言い繕おうとすれば、支離滅裂になっていくタイプなんだ。だから、秘密を探ろうとする呉羽が私に狙いをつけたのはある意味正しい選択だと言えよう。
話の矛先を向けられた私は、わたわたと手を振り、百面相することとなった。そのうえ、私の様子を見かねた夜重が、短い逡巡と、長い溜息の後に、「祈里。どうするの」と尋ねてくるものだからさらにパニックになってしまった。
「ど、ど、どうするって?え?なに、何の話かなー?」
「…はぁ。貴方と共有する秘密は、『決して開けてはならない扉』と同じくらい、封が解かれる運命にあると思ったほうがよさそうね」
遠回しだが、渾身の皮肉。すいませんね、あほで…。
夜重は一度立ち止まり、周りに誰もいないことを確認すると、おもむろに私の手を握った。
あまりに自然な動きだったため、言葉を挟む暇もなかった。気づいた頃には、青葉も呉羽も嬉しそうに、でもどこか気恥ずかしそうに頬を染め、きゃあ、なんて柄にもない声を発していた。
「こういうことよ」
呆れたような夜重の声。でも、私だけには分かる。これは必死に恥ずかしさをこらえているときの声だ。その証拠に、少しだけ手が震えている。もしかすると、恥ずかしいだけじゃなくて、結構、勇気を出したのかもしれない。
「そっか、そっか、うんうん、私の妄想が現実に――じゃなくて、うん、おめでとう!私は応援するよ!」
不穏な言葉が聞こえたが、青葉はそんなふうに笑って私たちの背中を押してくれた。それで私も、正直少しだけ安心する。世の中、否定的な人間もいるらしいからね。全く、他人の事情にまで首を突っ込むなんて、よほど暇なんだろうな。
私はとりあえず、照れ笑いしながら、「ありがと」なんて答えたが、夜重はクールな顔で遠くの空を眺めるばかりだ。夜重らしいと言えば夜重らしいその態度は、続く呉羽の強烈な質問を前にしても崩れることはなかった。
「で、どっちが攻めで、どっちが受けなんですか…?」
「え、えぇ…!?」
これはなんとなく意味が分かっちゃう。そのせいで、私は顔を真っ赤にして狼狽えることしかできなかったんだけど、やっぱり夜重は違った。
「――想像しなさい」
それだけ言い残して、すぅっと一人進んでいく夜重。
私はそんな彼女の背中を見て、やっぱり、夜重の強いところも好きだなぁ、と思った。同時に、背後から聞こえてくる、「じゃあ、花咲さんが受け確定です」という言葉には腹が立った。
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