こんな私でも、クーデレ幼馴染に「ドキドキしてる」って言わせたい!

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四章 雨溶

雨溶.6

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 ぷはっ、と唇を離したときになってようやく、私は自分が息を止めていたんだってことに気がついた。

 永劫に近いような、それでいて刹那の出来事のようで、夜重の唇を奪ったことが本当に現実のことなのか疑いたくなるような時間だった。

 だけどそんな疑いも、呆けた顔でぼやいた夜重の声のおかげで一瞬のうちにほどける。

「キス…」

 意味を確かめるみたいに問いかけた夜重は、ぼうっとしたまま数十秒間、私の顔を穴が空くほど見つめた。そうして私が何も言わないでいると、途端にスイッチを切り替えたみたいに夜重の顔は真っ赤になる。

「き、き、キス…!祈里、あ、あな、貴方、今…!」

 自分よりも焦っている人間を見ることで、自然と自分は冷静になる現象が起きる――というわけもなく、私は自分が夜重にしでかしたことを自覚して頭の中はパニック寸前だった。

「な、な、なに?別に、ふ、普通でしょ?キスぐらい」

 いや、普通じゃないよ。酷い言い訳。

 当然、夜重は私の言い訳にもならない台詞に顔をしかめる。

「普通じゃないでしょう!」

 おっしゃる通りで…と視線を逸らせば、夜重はマシンガンのように罵詈雑言を並べ始める。

「貴方は昔からそう、考え無しに行動を起こして、その後の結果のことなんて気に留めない、責任も取らない。そんな祈里に振り回され続けて、私がどれだけ大変な思いをしてきたか想像したことがあるの?あるわけがないわよね、あったら、こんなこと絶対にできないもの!」

「あ、いやぁ…私なりに色々と夜重のことを考えた結果でして…」
「どこをどう考えたら、私にキスしようって結論になるのよ!?」

 雨音さえかき消す夜重の雷が、ぴしゃり、と私の頭に落ちる。なかなかの苛烈さだったが、私は夜重の両手を離そうとは思えなかった。

 まずい。夜重ったら本気で怒ってるよ…。いや、まぁ、当たり前っちゃ、当たり前なんだけどね。

「こんなふうに、祈里がいつまで経っても滅茶苦茶だから、私は…!」

 すると、さっきまで怒り心頭だった夜重の様子が急転直下、弱々しくなっていった。

 私は、と何度も繰り返す夜重に、得も言われぬ感覚――もしかすると、庇護欲?的なものが胸の底から湧き起こる。

 きっと、雨に濡れながらも夜重は色んなことを一人で考え込んでしまっていたんだろう。そしてそれは、なんとなくだけど私のことに違いないっていう確信もある。

 雨に濡れることも厭わないくらいに、私のことで頭がいっぱいになってしまっていたのなら…。

(うん…やっぱり、すっごい嬉しい。お腹がいっぱいになったときと同じように、空っぽだったものが満たされる感じがする)

 両腕を掴んだままの私は、俯く夜重にそっと顔を寄せた。

 悲しいかな、あっちは俯いているのに、視線を真正面からぶつけることができる。夜重がでかくなりすぎたのであって、私がチビなのではない。

「夜重、聞いて」

 つぅ、と夜重の髪先から雫が落ちるのを見ながら、私はゆっくりと続ける。

「好きだよ、夜重」

 言った。

 今度はちゃんと、夜重にも届いたはずだ。

 私自身、気づいたばかりの気持ちだけど、温めてきた時間はきっとかなり長くて、ずっと大事なものなんだ。

 動きが鈍くなっていた機械にオイルを注ぎ始めた、その直後みたいに、緩慢に、でも、着実に夜重の表情が変わっていく。

 目を丸く見開いて、パチパチ、と瞬きする。体が冷えてきたのか、唇同様顔色も悪いけれど、ある種の熱がその頬と瞳には宿っている。

「…え?」

 何度か開いて、閉じてとしていた口からこぼれたのは、そんな弱々しい呟き。聞き間違えか、それとも幻聴か、とでも言いたげな感じだったから、そうではないんだと私はもう一度、気持ちを夜重へと届ける。

「夜重、好き」

 本当は、もっと気の利いた言葉を考えていた。多少、気障に聞こえたとしても、どんな言葉よりも私らしく、そして鮮明に、自分のこの気恥ずかしい感情を伝えたいと思っていたから。

 だけど、そんなふうに格好よくはいかないらしい。

 私って、夜重みたく頭良くないもんなぁ…。落ち着きもないし。

「でも、祈里、貴方はあの人のことが…」
「そんなこと、一言も言ってないでしょ?」
「だけど、そんな素振り、一つもなかったわ」
「いや、いやいや、あったよね?私、好きでもない人にあんなことしないし」
「…あんなこと?」

 うっ。聞き返された。私自身、恥ずかしくて思い出したくないのに。

「だからぁ…カラオケ行ったときのこと」
「あ――」

 夜重もそのときのことを思い出したのか、赤面しながら目を背けた。

 変な沈黙が流れる。触れ合っている肌と肌から、私の熱と羞恥が流れ込まないかと心配になったが、気合いを入れて不安を振り払い、先を続ける。

「キスだって、好きでもない人とはしないよ。私、莉音と間接キスだってできなかったもん」

 頬を朱に染めた夜重は、目を細めて地面を見つめていたのだが、ややあって、ちらりとこちらを一瞥すると、また目を背けつつ、「…あの人に、ああやって何度も会っていたの?」と質問してきた。

 明らかな嫉妬が私にも伝わってきて、ぐっ、と胸の内側が燃え上がる。私を独り占めしたい夜重の、子どもみたいな確認行動…あぁ、たまんない。

「今日のだけ。一度だけだよ」と説明すれば、わずかに疑いの目を向けられたものの、「そう」と受け入れてはくれた。

 再び流れるのは、雨の音だけが息をする静謐。神聖な寺と苔生した石畳に、これ以上ないくらい相応しい気がする。

 夜重はその間もずっと、何か言いたげに私をちらちらと見ていたが、いつまで経ってもその感情を言葉にしようとはしなかった。

 私は夜重の逡巡をたっぷり待ってから、こちらから問いを投げることにした。

「夜重は?私のこと、どう思ってるの?」
「…わ、私、は…」

 正直、聞くまでもなかった。彼女の反応のすべてが、その結論を如実に語っている。けれども、実際に言葉にしてもらうことは、言葉以上の意味を持っていることに、私はもうなんとなく気づいていた。

「…も、もう、分かっているのでしょう…」
「『予測をしなさい』、は無しだかんね」
「うっ…」

 夜重の悔しそうで、恥ずかしそうな顔。

 ご馳走様です。これが、私にとって一番の栄養なんです。

 それからも、たっぷりと私は待った。そして、五分くらいそうしていたかと思った頃、ようやく、夜重が小さく、吐息と諦めが混じった呟きを口にした。

「…好き」

 言った――けど、もう一歩足りない。

「うん、誰を?」
「…意地悪、しないで」
「いつもの夜重ほどじゃないよ?」

 水かさが増していくように、心の底からこみ上げてくる温かい気持ち。たぶん、それには『幸福』なんて名前がつくんだと思う。

 ぴたり、と夜重と視線が重なった。雨のせいで気づかなったけれど、その瞳はうるんでいて、涙がたまっていた。

「…祈里が、好き。好きなの、ずっと前から…」
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