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三章 私たち≠友達、恋人
私たち≠友達、恋人.3
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明くる日の土曜、時刻は午前十一時。
私はだいぶ余裕をもって到着したバス停にて、のんびりとバスと夜重が来るのを待っている。
夏の後ろ姿が見えているが、冬の影はもうすっかり見えなくなっている今日この頃だから、私は多少日中歩き回っても汗をかかないように、思い切って薄着にしていた。
桜色のオフショルダーに、膝丈の白のスカート。肌面積が多いのは重々承知だが、夜重と出かけるのであればこれくらい派手に気合いを入れていきたい。じゃないと、人間界の葦筆頭である私は、美少女の後光の前ではもやがかかったみたいに霞んでしまう。
もちろん、足の上げ方や屈み方には気をつけないと。どこの誰とも知らんやつに、変なところ見られたくないもんね。
バスが来る五分前になると、停留所には私の他にも同じような年恰好の女の子が一人やってきた。
彼女もデート…いや、私のは違うんだけどね、一般的なやつとは!とにかく、デート前らしく、ばっちりオシャレをして、携帯のミラー機能で自分の髪形をチェックしているらしかった。
こういうのって、初々しく、とってもかわいい姿だと私は思う。好きな人の目に映るときは、一番の自分がいいって、きっと、全世界共通の感覚なんじゃないかな。
私はその女の子の姿を横目で見ているうちに、自分も整えとかないとね、という気になり、手にしていた携帯のミラー機能を起動させそうになった。
そこで、ピタっ、と指が止まる。
(一番の、自分…?)
ぐわっ、と全身の血液が沸騰しているような感覚が私を襲う。正午前だから、そこまで気温も上がってないのに、汗がじんわりと肌の上に浮いてくるのが分かった。
(ち、ちがっ、今のは、私…!)
誰だって、好きな人には一番かわいい自分を見てほしいもの。
じゃあ、私は誰に見てもらうために今、『整えないと』と思ったの?
漆黒の鴉を思わせる、美しい髪が脳裏で翻る。私はその残像を慌てて頭を振ってかき消すと、ぎゅっと拳を握った。
(別に違うもん、私は、私は…)
そのとき、最悪のタイミングで待ち人はやって来た。
言葉もなく、待ち人は私の前に立った。近くに立っていた女の子が、彼女の姿を見て呆けているのが視界の隅に見えた。
ゆっくりと、私は顔を上げる。
頭上の月がきらめくみたいに、蒼井夜重が私を見下ろしていた。
どうしたことか、夜重はいつものジーパン姿ではなかった。黒のタイトスカートに白のノースリー部、そしてその上に白いシャツを羽織っていた。
「…珍しいじゃん、そんな恰好」
最初に出た言葉は、そんな凡庸なものだった。
我ながらボキャブラリーがしょうもない。いや、別に…たいしたことを言いたかったわけじゃないんだけどさ…。
「祈里こそ、少し今日は…派手ね」
渾身の装いを『派手』の一言で一蹴された私は、ムッと唇を尖らせると、遠くからバスが来ているのを確認して立ち上がった。
「別にいいでしょ、ほっといてよ」
あぁ、やっぱりしょうもない。
きっと私は、夜重から違う言葉を期待したのだ。
バスの窓から見える外の風景は、いつもと変わり映えしないもののはずだった。それなのに、今日はどこか色褪せて私の目に映る。窓側の席に座って外を眺めている夜重の、黒の輝きの前にくすんでしまっているのかもしれない。
私はというと、携帯も扱わずにじっと窓の外を見ている――フリをして、夜重の横顔を盗み見ていた。
(また、ちょっとだけお化粧してる。澄ました顔も様になってさ、本当、夜重って性格の悪さ以外欠点なんてないんじゃないの)
言わずもがな、頭は良いし。運動だって平均以上はできる。ルックスについては触れる必要もないし、人前で何か発表するときだって威風堂々としていて、満ち欠けのないお月様のようだった。
夜重なんかに負けたくない。そう思って、彼女の背中を追って走れば走るほど、距離は広がるばかりで酸欠しそう。現実なんてそんなものかもしれないけどさ、これじゃあ、いつまで経ったって夜重に届かないよ。
「はぁ…」
無意識のうちにため息が漏れる。すると、それに耳聡く反応した夜重がこちらを振り向いた。
「どうしたの、ため息なんて吐いて」
「別にぃ」
「…そう」
思いのほか、あっさりと夜重は引き下がった。それがまた悔しくて私は俯いたのだが、そうしたことで夜重の瑞々しい生足の曲線美が目に飛び込んできて、圧倒的な差を思い知らされるようだった。
白い三日月の輪郭を目でなぞる。私には無いもの。届かないもの。
まだ中学生ですと説明したほうが自然な私と、下手をすればOLですと言っても疑われなさそうな夜重。
本当に、いつからこんなに差ができたのか。
(悔しいなぁ…こんなはずじゃなかったんだけど…)
すると、私の羨望の眼差しから逃れるように、くいっ、と夜重がスカートの裾を伸ばした。
「あんまり、じろじろと見ないでくれるかしら」
こっちを見ることなくそう言った夜重に、私は羞恥やら、悔しさやらで胸がいっぱいになってしまい、反射的に憎まれ口を叩きそうになった。しかし、睨みつけた夜重の横顔が赤くなっていたせいで、敵愾心も薄れる。
(やっぱり、最近の夜重は調子が狂うし…ん?)
私はふと、夜重の腰の辺りから、何か白っぽいものがはみ出ていることに気がつき、それをじっと観察した。
細い紐が伸びた、長方形のなにか…――あぁ、タグだ。
「ふふっ」
思わず、笑いがこぼれる。
そうだ。そうだった、夜重だって、完璧超人ってわけじゃないんだ。こういううっかりミスだって、ゼロじゃない。私が届かないっていつも勝手に思っちゃうだけなんだ。
「今度はなに?」と眉間に皺を寄せた夜重が問うから、私はタグを指差しながら言ってやる。
「夜重、そのスカートって新品?タグがはみ出てるよ」
「え、えっ!?」
慌ててベルトの辺りをさすって確かめる夜重。そのたおやかな指先がタグに触れたとき、「あっ…」というかわいらしい声と共に、夜重は顔を片手で覆って恥ずかしがってみせた。
「あはは、恥ずかしがってやがんのぉ」
「…うるさいわよ」
悔しまぎれに低い声を出す夜重が、私にはとてもかわいらしく見える。こうして見てみると、やっぱり夜重も年相応なんだなと考えさせられる。そのおかげで、私もまた自信を取り戻せていた。
そのうち、夜重がやおらタグを引っ張り始めた。繊細そうな指に紐が食い込んで赤くなっているのを見ていると、なんだかとても悪いものを看過しているような気になってしまって、急いでバッグからソーイングセットの小さなハサミを取り出す。
「ちょっと夜重、手、どかして、切るから」
「別にいいわよ。引き千切るわ」
「ワイルドすぎんでしょ!ハサミあるから、ほらどかして」
「いいわよ、自分で――」
そこで急に、夜重は言葉を途切れさせた。どうしたんだろう、とタグを切り終えた私が顔を上げて上目遣いに夜重を窺うと、彼女はなぜか絶句して、顔をさらに赤くしてこちらを見ていた。
「夜重?」
反応がない。視線は全く微動だにせず、私を捉えているのに。
「夜重ってば、どうしたの?」
再度問いを重ねれば、ようやく夜重はハッと我に返った様子で顔を明後日の方向へと背けた。だけれども、やっぱり答えてはくれない。
だから私は、適当な冗談で受け流そうと思って言った。
「なぁに、私の女子力の高さにドキッ、としたの?」
口にしてから思った。今の私たちにとって、ドキドキしたかどうかの問いかけは、特別な意味を持っているんだって。
すると夜重は、そのまま顔を窓の外へと向けた状態で、ぼそっ、と言った。
「…そういう服を着ているのだから、色々と気をつけなさい」
「へ?」
なんだ、急に?脈絡がないんだけど…。
ちらり、とこちらを一瞥した夜重の視線を追う。そこはオフショルダーのきわどいライン、ちょうど、胸元の辺りだった。
(あ…)
そこで私はようやく合点がいった。
さっき、スカートのタグを切り取るために夜重に向けて前屈みになったから、色々と見えちゃったんだ…うわぁー…。
ブラとか、見られたのかも。ってか、結構なところまで胸も見えたんじゃ…!?
顔が熱くなるのが抑えられなくなっているうちに、夜重がツンとした感じで口を開き、「隙が多すぎるのよ。祈里は。服ぐらい、きちんと着なさい」と苦言を呈した。
むっ。
なにを偉そうに。
「や、夜重だって、わざわざ新品のスカートをおろしてるんだから、きちんと着ておいでよ。恥ずかしいよ?大人として」
「ちっ、祈里なんかの分際で…」
「ひどっ!祈里なんかのために、新品のスカートまでおろしてきたくせに!」
ちょっとだけ自意識過剰かな、って思って口にしていなかったことを言い放つ。これで違っていたら物笑いの種にされて終わりだが、幸か不幸か、予感は的中。夜重は顔を真っ赤にしたまま目を見開いた後、「ふんっ」と鼻を鳴らして窓枠に頬杖をついた。
言い返してこない。ということは、やっぱり、今日のためにわざわざ…?
普段の冷淡な応対とのギャップに、胸がきゅぅってなる。
こんなことのせいでドキドキしちゃって落ち着かなくなるんだから、ほんと、どうしようもない。
「…別にいいでしょう」
頬杖をついたまま、窓の外を眺めた夜重が続ける。
「これは――デートなのだから」
ドクン、と心臓が跳ねた。
私は夜重のその言葉に何も返すことはなかったのだが、心の中では何度も、『夜重とデート、これはデート…』と繰り返してしまっている。
それ以上は夜重も何も言わなかったんだけど、きっとそれは、私にとって幸運だったに違いないんだ。
だって…もしも、この瞬間にも夜重が私に、『ドキドキしてる?』なんて聞いてこようものなら…さすがの花咲祈里も、『うん』って大人しく答えるしかなかっただろうから…。
私はだいぶ余裕をもって到着したバス停にて、のんびりとバスと夜重が来るのを待っている。
夏の後ろ姿が見えているが、冬の影はもうすっかり見えなくなっている今日この頃だから、私は多少日中歩き回っても汗をかかないように、思い切って薄着にしていた。
桜色のオフショルダーに、膝丈の白のスカート。肌面積が多いのは重々承知だが、夜重と出かけるのであればこれくらい派手に気合いを入れていきたい。じゃないと、人間界の葦筆頭である私は、美少女の後光の前ではもやがかかったみたいに霞んでしまう。
もちろん、足の上げ方や屈み方には気をつけないと。どこの誰とも知らんやつに、変なところ見られたくないもんね。
バスが来る五分前になると、停留所には私の他にも同じような年恰好の女の子が一人やってきた。
彼女もデート…いや、私のは違うんだけどね、一般的なやつとは!とにかく、デート前らしく、ばっちりオシャレをして、携帯のミラー機能で自分の髪形をチェックしているらしかった。
こういうのって、初々しく、とってもかわいい姿だと私は思う。好きな人の目に映るときは、一番の自分がいいって、きっと、全世界共通の感覚なんじゃないかな。
私はその女の子の姿を横目で見ているうちに、自分も整えとかないとね、という気になり、手にしていた携帯のミラー機能を起動させそうになった。
そこで、ピタっ、と指が止まる。
(一番の、自分…?)
ぐわっ、と全身の血液が沸騰しているような感覚が私を襲う。正午前だから、そこまで気温も上がってないのに、汗がじんわりと肌の上に浮いてくるのが分かった。
(ち、ちがっ、今のは、私…!)
誰だって、好きな人には一番かわいい自分を見てほしいもの。
じゃあ、私は誰に見てもらうために今、『整えないと』と思ったの?
漆黒の鴉を思わせる、美しい髪が脳裏で翻る。私はその残像を慌てて頭を振ってかき消すと、ぎゅっと拳を握った。
(別に違うもん、私は、私は…)
そのとき、最悪のタイミングで待ち人はやって来た。
言葉もなく、待ち人は私の前に立った。近くに立っていた女の子が、彼女の姿を見て呆けているのが視界の隅に見えた。
ゆっくりと、私は顔を上げる。
頭上の月がきらめくみたいに、蒼井夜重が私を見下ろしていた。
どうしたことか、夜重はいつものジーパン姿ではなかった。黒のタイトスカートに白のノースリー部、そしてその上に白いシャツを羽織っていた。
「…珍しいじゃん、そんな恰好」
最初に出た言葉は、そんな凡庸なものだった。
我ながらボキャブラリーがしょうもない。いや、別に…たいしたことを言いたかったわけじゃないんだけどさ…。
「祈里こそ、少し今日は…派手ね」
渾身の装いを『派手』の一言で一蹴された私は、ムッと唇を尖らせると、遠くからバスが来ているのを確認して立ち上がった。
「別にいいでしょ、ほっといてよ」
あぁ、やっぱりしょうもない。
きっと私は、夜重から違う言葉を期待したのだ。
バスの窓から見える外の風景は、いつもと変わり映えしないもののはずだった。それなのに、今日はどこか色褪せて私の目に映る。窓側の席に座って外を眺めている夜重の、黒の輝きの前にくすんでしまっているのかもしれない。
私はというと、携帯も扱わずにじっと窓の外を見ている――フリをして、夜重の横顔を盗み見ていた。
(また、ちょっとだけお化粧してる。澄ました顔も様になってさ、本当、夜重って性格の悪さ以外欠点なんてないんじゃないの)
言わずもがな、頭は良いし。運動だって平均以上はできる。ルックスについては触れる必要もないし、人前で何か発表するときだって威風堂々としていて、満ち欠けのないお月様のようだった。
夜重なんかに負けたくない。そう思って、彼女の背中を追って走れば走るほど、距離は広がるばかりで酸欠しそう。現実なんてそんなものかもしれないけどさ、これじゃあ、いつまで経ったって夜重に届かないよ。
「はぁ…」
無意識のうちにため息が漏れる。すると、それに耳聡く反応した夜重がこちらを振り向いた。
「どうしたの、ため息なんて吐いて」
「別にぃ」
「…そう」
思いのほか、あっさりと夜重は引き下がった。それがまた悔しくて私は俯いたのだが、そうしたことで夜重の瑞々しい生足の曲線美が目に飛び込んできて、圧倒的な差を思い知らされるようだった。
白い三日月の輪郭を目でなぞる。私には無いもの。届かないもの。
まだ中学生ですと説明したほうが自然な私と、下手をすればOLですと言っても疑われなさそうな夜重。
本当に、いつからこんなに差ができたのか。
(悔しいなぁ…こんなはずじゃなかったんだけど…)
すると、私の羨望の眼差しから逃れるように、くいっ、と夜重がスカートの裾を伸ばした。
「あんまり、じろじろと見ないでくれるかしら」
こっちを見ることなくそう言った夜重に、私は羞恥やら、悔しさやらで胸がいっぱいになってしまい、反射的に憎まれ口を叩きそうになった。しかし、睨みつけた夜重の横顔が赤くなっていたせいで、敵愾心も薄れる。
(やっぱり、最近の夜重は調子が狂うし…ん?)
私はふと、夜重の腰の辺りから、何か白っぽいものがはみ出ていることに気がつき、それをじっと観察した。
細い紐が伸びた、長方形のなにか…――あぁ、タグだ。
「ふふっ」
思わず、笑いがこぼれる。
そうだ。そうだった、夜重だって、完璧超人ってわけじゃないんだ。こういううっかりミスだって、ゼロじゃない。私が届かないっていつも勝手に思っちゃうだけなんだ。
「今度はなに?」と眉間に皺を寄せた夜重が問うから、私はタグを指差しながら言ってやる。
「夜重、そのスカートって新品?タグがはみ出てるよ」
「え、えっ!?」
慌ててベルトの辺りをさすって確かめる夜重。そのたおやかな指先がタグに触れたとき、「あっ…」というかわいらしい声と共に、夜重は顔を片手で覆って恥ずかしがってみせた。
「あはは、恥ずかしがってやがんのぉ」
「…うるさいわよ」
悔しまぎれに低い声を出す夜重が、私にはとてもかわいらしく見える。こうして見てみると、やっぱり夜重も年相応なんだなと考えさせられる。そのおかげで、私もまた自信を取り戻せていた。
そのうち、夜重がやおらタグを引っ張り始めた。繊細そうな指に紐が食い込んで赤くなっているのを見ていると、なんだかとても悪いものを看過しているような気になってしまって、急いでバッグからソーイングセットの小さなハサミを取り出す。
「ちょっと夜重、手、どかして、切るから」
「別にいいわよ。引き千切るわ」
「ワイルドすぎんでしょ!ハサミあるから、ほらどかして」
「いいわよ、自分で――」
そこで急に、夜重は言葉を途切れさせた。どうしたんだろう、とタグを切り終えた私が顔を上げて上目遣いに夜重を窺うと、彼女はなぜか絶句して、顔をさらに赤くしてこちらを見ていた。
「夜重?」
反応がない。視線は全く微動だにせず、私を捉えているのに。
「夜重ってば、どうしたの?」
再度問いを重ねれば、ようやく夜重はハッと我に返った様子で顔を明後日の方向へと背けた。だけれども、やっぱり答えてはくれない。
だから私は、適当な冗談で受け流そうと思って言った。
「なぁに、私の女子力の高さにドキッ、としたの?」
口にしてから思った。今の私たちにとって、ドキドキしたかどうかの問いかけは、特別な意味を持っているんだって。
すると夜重は、そのまま顔を窓の外へと向けた状態で、ぼそっ、と言った。
「…そういう服を着ているのだから、色々と気をつけなさい」
「へ?」
なんだ、急に?脈絡がないんだけど…。
ちらり、とこちらを一瞥した夜重の視線を追う。そこはオフショルダーのきわどいライン、ちょうど、胸元の辺りだった。
(あ…)
そこで私はようやく合点がいった。
さっき、スカートのタグを切り取るために夜重に向けて前屈みになったから、色々と見えちゃったんだ…うわぁー…。
ブラとか、見られたのかも。ってか、結構なところまで胸も見えたんじゃ…!?
顔が熱くなるのが抑えられなくなっているうちに、夜重がツンとした感じで口を開き、「隙が多すぎるのよ。祈里は。服ぐらい、きちんと着なさい」と苦言を呈した。
むっ。
なにを偉そうに。
「や、夜重だって、わざわざ新品のスカートをおろしてるんだから、きちんと着ておいでよ。恥ずかしいよ?大人として」
「ちっ、祈里なんかの分際で…」
「ひどっ!祈里なんかのために、新品のスカートまでおろしてきたくせに!」
ちょっとだけ自意識過剰かな、って思って口にしていなかったことを言い放つ。これで違っていたら物笑いの種にされて終わりだが、幸か不幸か、予感は的中。夜重は顔を真っ赤にしたまま目を見開いた後、「ふんっ」と鼻を鳴らして窓枠に頬杖をついた。
言い返してこない。ということは、やっぱり、今日のためにわざわざ…?
普段の冷淡な応対とのギャップに、胸がきゅぅってなる。
こんなことのせいでドキドキしちゃって落ち着かなくなるんだから、ほんと、どうしようもない。
「…別にいいでしょう」
頬杖をついたまま、窓の外を眺めた夜重が続ける。
「これは――デートなのだから」
ドクン、と心臓が跳ねた。
私は夜重のその言葉に何も返すことはなかったのだが、心の中では何度も、『夜重とデート、これはデート…』と繰り返してしまっている。
それ以上は夜重も何も言わなかったんだけど、きっとそれは、私にとって幸運だったに違いないんだ。
だって…もしも、この瞬間にも夜重が私に、『ドキドキしてる?』なんて聞いてこようものなら…さすがの花咲祈里も、『うん』って大人しく答えるしかなかっただろうから…。
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