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三章 私たち≠友達、恋人

私たち≠友達、恋人.2

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 夜重はまた一つ、ため息を吐いた。今度は、『しょうがないわね』の吐息だ。『全く、呆れるわね』の次によく耳にするため息である。

「それなら許してあげるわ。幼馴染のよしみでね」
「どうも」

 その幼馴染のよしみに振り回されている今日この頃なのだが…。

「さあ、本題に戻りましょう」

 声を高くして改まった様子で話を切り替える夜重に、あれ、なんのこと?と私は目をパチパチさせる。すると、まるでそれが見えているかのように夜重が続ける。

「明日のことよ。土曜日だけど、課外授業がないでしょう」
「うん。え?それがどうしたの?」
「祈里、予測をしなさい、予測を」

 ちょっと苛立たし気に言葉を重ねられ、私もムッと唇を尖らせる。

「もう、そっちがはっきりと言えばいいじゃん。授業がないから、どうしたの?」

 率直に言えばいいのに。夜重らしくないことが続いてるなぁ。

 夜重は、私が質問を投げてもしばらく何も答えなかった。そうして生まれた静けさの中、私はやることもなく学習机に置いてある黒いうさぎのぬいぐるみを撫でて、夜重の言葉を待っていた。

「…出かけるから、付き合いなさい」

 十秒ほどして夜重の口から出てきた言葉は、何の変哲もないものだった。

 私は、何をそんなにもったいぶったのだろう、と怪訝に思いながら、明るい声を発する。

「なぁんだ、いいよ、別に。で、どこに行くの?本屋?それとも、図書館?」

 二択とも本絡みだが、前者については意外と候補地は多い。町はずれの古本屋やリサイクルショップから、ショッピングモールのテナント、国道沿いのチェーン店などなどだ。図書館だって、町単位の小規模のものから、市の中心にある大規模のものまである。

 夜重が外に出たいと言うときのお決まりメニューである。そもそもインドア傾向の彼女はこれ以外を提示してこない。

 だから、直後に夜重が行った返答は少し意外に思ってしまった。

「どちらでもないわ」
「え?じゃあ、どこに行くの?」

 珍しいこともあるものだ。夜重が本以外に用事があるなんて…。

 私、結構、好きなんだけどなー…夜重と図書館行ったり、本を見たりするの。正確には、そうしてる夜重の横顔がお気に入りなわけだけど。いや、別に特別な意味はない。断じて。

「…祈里は、どこか行きたいところはないの?」
「ん、私?なんで?」
「いいから、答えなさい。命令よ」
「うげっ、何様…」
「夜重様よ。貴方に迷惑をかけられっぱなしの、ね」
「ちぇ」

 チクチク、チクチクと…本当、しつこいんだから。

 私は夜重の意図もくみ取れないまま(というか、考えようともしないまま)、自分が行きたいところを適当に答える。

「んー…モールの雑貨屋と、百円均一かなぁ。ちょうど切らしてる台所用品あるし、雑貨屋はなんとなく暇つぶしに寄りたい。買わないけど」

 女子高生っぽい自分と、主婦的な発想の自分の両方を表に出す。夜重以外の前だと、何気に気を遣う瞬間だ。だって、百円均一なんてあんまり女子高生っぽくないから、みんなで遊んでるときは入りたいって言いづらいんだよね…。

「じゃあ、そうしましょう」と即決する夜重に、私は思わず声を大きくする。
「えぇ?なんでぇ?」
「なんでって、行きたいのでしょう」
「そりゃあそうだけど…夜重もどこか行きたいからわざわざ連絡してきたんじゃないの?」

 わけが分からん、と首をひねりながら問えば、電話越しに夜重のため息が聞こえてきた。それはちょっとだけ物憂げな感じだった。

「はぁ…別に、違うわよ」
「はぁ?だったら、なんで――」
「いいから黙って付き合いなさい。昨日の件の詫びとでも思えばいいわ」
「詫びって…」と今度は私が呆れたため息を吐いた。

 迷惑をかけたからお出かけに付き合って、かけられたからお願いして?

 そんなの、変だよ。いつもの私たちらしくない。

 私は夜重の都合なんてたいして考えもせずに夜重とどっかに行きたいし、夜重だって、私の都合なんて考えずに私を本屋巡りに付き合わせる――それが普通だったじゃんか。

 夜重は言った。変わらないでと願っていても、変わっていくものばかりだと。だけど本当は、夜重自身が変えようとしているから変わるものもあるんじゃないの?

 私は、なんだかそれが嫌だった。

 変わってほしくない大事なものなら、私にだってある。だから、時の流れに身を任せるようにして変化を見送る夜重の、ちょっと諦観が入り混じった態度は好ましく思えないんだ。

「夜重、ちょっといい?」
「…何かしら、改まって」
「あのね、私、理由がなくったって、夜重とならどこにでも行くよ?」

 夜重がハッと息を飲んだのが分かった。だから私は、少しだけ安心して言葉を続ける。

「だから、詫びとか、悪いと思うなら付き合うとか、変なこと言わないでよ。幼馴染でしょ」

 しばらく、無言の時間が横たわる。これはなんとなく、夜重が熟考しているような気がしたので、私は静かに相手の反応を待つことにした。

 すると…。

「祈里のそういうところ、とても鬱陶しいわ」
「はぁ?」

 まさかのけんか腰…。なんでやねん。

「悪かったねぇ、鬱陶しくて!」

 殴られたら殴り返す、と思って大きな声を出すも、夜重はまた少し沈黙していた。普段なら速攻で殴り返してくるから、またペースが乱される。

「ええ、鬱陶しいわ…私のようなひねくれた人間に、貴方の生き方や考え方は、眩しすぎるもの…」

 ん…?

「祈里の率直で、嘘偽りのないところ…嫌いよ、私。醜い自分が見えてしまうから」
「ちょ、や、夜重?」

 ど、どういうこと?

 これ、私がディスられてると思ってたけど、もしかして、夜重が自己嫌悪してる感じ?

 でも、だとしたらなんか嫌だ。

 夜重はもっと堂々としててほしいし、私なんかと比べてナイーブにならないでほしい。

 夜重にはいっぱい、いっぱい、良いところがある。それこそ、私がどれだけ手を伸ばしても届かないものばかりだ。

「夜重、そのぅ…」

 私は、自分でも夜重を慰めるために口を開いたと分かっていたので、それ以上は何も言えなくなってしまった。夜重のプライドを傷つけたくないと思ったのだ。

 そのうち、安心したことに夜重は自分で自分を立て直し始めた。

「でも、そうね…嫌いなものにこそ、学びはあるわよね」

 …理屈はよく分かんないけど。

「そ、そうそう!そうだよ、鬱陶しい私を見習うといいよ!」
「ふ…鬱陶しい物言いだけど、そうね、そうするわ」
「うん!」

 何はともあれ、夜重が元気を出してくれたならよかった…なんてことを呑気に考えられたのもつかの間で、直後、夜重が私を見習って放った言葉に私は言葉を失った。

「明日も実験の続きよ、祈里」
「は…?」

 じ、実験?

「鈍いわね。私でドキドキするかどうかの検証ということ――つまり、で、デートをすると言っているのよ」

 でーと…?

 デートか。

 なるほどぉ、分かりやすい説明…。

「…って、デートぉ!?」
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