こんな私でも、クーデレ幼馴染に「ドキドキしてる」って言わせたい!

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一章 女の人ってアリですか?

女の人ってアリですか?.3

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 そんなもん、見りゃ分かるわぁ!

 …という言葉は飲み込んだ。私が花咲祈里だと分かった直後の、莉音――ちゃん?の席までのエスコートがあまりにもスマートだったというのもあるが、男だと思っていた莉音が女で、しかも、こんな美人だったという衝撃のせいだ。

 た、たしかに、性別のところは設定されてなかったけれどもぉ…!

 そうして席に着いた私の隣には、莉音に、「君が夜重ちゃん?」と尋ねられて目が飛び出そうなほどビックリしていた夜重がいる。

「どうして私の名前を」と呟いた夜重に対し、莉音は「祈里によく聞いているよ」と笑った。

 マジでやめてくれ。後で根掘り葉掘り聞かれる…私の羨望と妬みと小言がばれる…。

 カラン、とドリンクバーのメロンソーダが氷を鳴らす。私が注いできたジュースの涼やかさに対し、莉音と夜重の手元にあるコーヒー(たぶん、ブラック)は重々しく、暗い色をしている。

「会えてよかったよ、祈里。ちょっと、驚かせてしまったみたいだけれどね」

 莉音はそう言うと、混乱のあまり魂が抜けたみたいに固まっている私を見て、清潔感マックスの微笑みを浮かべた。

 こんな大人びた雰囲気をしているが、まだ二十歳になったばかりらしい。女子大生というやつだ…本当か?ホストじゃないのか?

「あ、うん…私もだよー…」

 生気が抜けた感じではあるが、かろうじて返事をする。すると、隣にいた夜重が、「ふふっ」と吹き出したのでムッとして睨みつける。

 この野郎…私の間抜けエピソードが増えることを楽しんでやがる。

「どうかしたのかな?」と莉音が小首を傾げる。

 愛らしい仕草で、なんだか楽しそうだった。

「ああ、すみません。おかしくって」

 夜重がくすくすと笑う。こういうあどけない笑い方は珍しい。いつもは、『お前、馬鹿じゃねぇの?』とでも言いたげにニヒルに嘲笑うからである。

「夜重…性格悪いよ」

 私は脇腹を突いてそう言ってやったが、肝心の夜重は自分を黙って見つめてくる莉音から目を逸らさないことに一生懸命な感じだった。

 やっぱり、同じ女の子でも美人が良いものなのだろう。悪かったな、平凡で。おかげで私は目の保養ができてるよ。畜生。

「だってこの子、貴方のことを『優しく魅力的な男性』だと思ってはしゃいでいたんですよ?それが蓋を開けてみれば――…女の人だったなんて」

 ふふ、とまた夜重が笑う。このまま小馬鹿にされて終わってたまるものか。

「あー!なんでばらしちゃうの!?夜重の馬鹿」
「成績だけなら、私は学年一よ」
「うっ…意地悪!」
「ええ、意地悪よ、私は。十年近く一緒にいて、そんなことも知らなかった?」
「知ってたやい!」
「知っているなら予測をしなさい。それができないのは貴方の想像力不足よ」
「え?あ、ごめん――って、く、くそ…性悪め、よく分かんない屁理屈をこねこねと…!」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それにしても、いいのかしら?この方の前でそんな汚い言葉ばかり使って」

 そ、そうだ。夜重の性格の悪さと私のボキャブラリーの貧困さゆえに、莉音にドン引きされてしまう。

 私は首を竦め、ちらり、と莉音を見上げた。すると、彼女は不思議なことに高揚した様子で私と夜重を見つめていた。
 な、なんだ…?ピエロか?私。

「いいじゃないか。可愛らしくて。少しうっかりしているところだって、人の魅力足りえるものだと私は思うよ?」
「あ、そ、そうかなぁ?」

 嬉しい。フォローしてくれた。私の間抜けっぷりを誉められたことなんて、人生初かもしれない。…夜重に皮肉でなら誉められ続けてきたけど!

「もちろんさ。ねぇ、夜重ちゃん?」
「げ」

 そこでどうして夜重に話を振るかなぁ。

 意地悪夜重が素直に頷くわけがないじゃん。

 案の定、夜重は不愉快そうに眉をひそめ、鼻を鳴らしながら莉音の言葉を否定する。

「ふん、迷惑なだけですよ。貴方は、祈里に振り回されたことがないからそう言えるだけです」
「振り回してなんて…」
「振り回しているわ。自覚がないとしたら、貴方も相当のものよ」

 ぐ…。

 自覚がないはずがない。夜重は昔から、頭より先に体が動く私のフォローを頑張ってやってくれていたんだから。

 言い返す言葉もないが、素直に頷けるわけもない私は、ちょっと落ち込んでしまって俯いた。

 すると、それを見ていた莉音が感情の読めない声でうなる。

「ふぅん…」

 もしかすると、夜重が空気を読まなかったから困っているのだろうか?夜重曰く、『私は空気を読めないのではなくて、読まないの。嫌いなのよ、同調圧力』…らしいから、それが初対面の莉音を困らせているのだとしたら、なんだか私まで申し訳なくなる。

 頬杖をついた莉音は、それからもしばらくの間、私と夜重の顔を見比べていたのだが、そのうち、明るい表情を浮かべて私にびっくりするようなことを問いかけた。

「祈里。僕が女性でがっかりしたかい?」
「え?」

 思わぬ問いに目を丸くする。

「がっかりしたというか…びっくり?」
「そうか。それで、女性の僕は『優しく魅力的』ではなかったかな?」
「そ、そんなわけないよ!」

 どう見たって、莉音は魅力的な女性だ。むしろ、彼女を路傍の石とすれば、私は世界中から何様だ貴様とバッシングされることだろう。

「莉音くん――じゃない、莉音さんは、同性の私から見ても十分に素敵です!」
「ふふっ、そうか。ありがとう」

 莉音は夜重を一瞥しながら続ける。

「色々とややこしかった一昔前ならいざしらず、現代において性別など、何でもカテゴライズしたがる人間の性が生み出した枠組みにすぎないと私は思っている。つまり、そこに囚われていては本質を損ねるということさ」
「あー…」

 え、なに、何の話?急に。宗教?やっぱり莉音って、ちょっと危ない人だった?

 もはや私では話にならないと思われたのか、莉音の眼差しは夜重へと向けられている。会って数分で『馬鹿』認定される私って、どんだけあほそうに見えてるんだろ…。

「…どうして私を見ながらその話をするのですか」

 ぴりっ、とした夜重の反応。ちょっとだけ怖いときの夜重だ。

「んー…夜重ちゃんの頭の中で、『私が女だと』祈里の期待に応えられない、と言ったような感じがしたからかな」
「…事実だと思いますけど」

 ひぃ。

 返す刃で斬りつける夜重を慌てて止めようとしたが、それを莉音に止められた。なんだ、二人して喧嘩したいのか?ん?エネルギー、持て余してるの?

「僕はそう思わないかな。性的指向がマッチしない相手というのは現実にいくらでも存在するから、そうした期待に応えられないことは少ないはないだろうが、祈里がそうだとはまだ分からないじゃないか」
「…え、は、はい?」

 珍しく狼狽し、声を裏返らせた夜重の反応に、私は思わず、「おぉ」と声を漏らす。それを耳聡く聞き取った夜重がじろりと私を睨みつけるが、夜重はすぐに莉音へと視線を戻し、険しい顔を浮かべた。

 まるで、威嚇しているみたいだ。夜重が動物なら、間違いなく黒い狼だ。

 必要以上に他人と群れず、我を通して生きる。誰もが一度は憧れる生き方なんじゃないだろうか?

 そんなことを考えていた私だから、いつの間にか話の中心に自分が来ていることに気がつかず、莉音が直接私に問いを投げるまで、夜重の端正な横顔を眺めていた。

「ねぇ、祈里。君はどう思う?」
「…」
「祈里…夜重ちゃんの顔ばかり見てないで、僕の話も聞いてもらえるかな?」
「――えっ!?あ、はい?なに?」

 莉音の言葉で我に返る。危ない、危ない。夜重の顔をガン見していることを気づかれるところだった。

「えっとぉ、今、何の話だったっけ?」
「だから、君が女性を恋愛的対象として見られるかどうか、という話だよ」

 あぁ、なんだ。そんな話ね。

「そっか、私が女の人を…うんうん、そうだね、えっと…」

 私が、女の人を好きになれるかって…。

「…」

 女の、人を…。

 ちらり、と夜重の顔を覗く。彼女もまた私をじっと横目で見つめていた。

 女の子、を…。

 私はようやく、莉音の言葉の意味を理解して、飛び上がるような声を上げた。

「ええっ!?」



「り、莉音くん?わ、私、えっとぉ…」
「莉音でいいよ、祈里。僕は自分を『僕』なんて呼ぶが、性自認に違和感があるわけではない」
「あ、え?いや、その、莉音くん、私は…」

「莉音」くすっ、と彼女が微笑みながら催促してくるから、私は美人の圧に負けて、「莉音…」と繰り返す。そうすれば、莉音は満足そうに頷いた。

 まさに、顔の暴力。夜重の美貌に慣れている私だが、莉音は彼女と違って表情が豊かなのだ。だから、破壊力が何割増しかされる。

「僕自身、性的指向は女性にある。つまり、レズビアンだね。もちろん、だからといって解答に気を遣う必要は皆無だよ」
「えっと、莉音。私…」

 私がどう答えればいいのかも分からず言い淀んでいると、横から夜重が素早く口を挟んだ。

「やめて下さいませんか。祈里が困っています」

 鋭く、攻撃的な言葉に、私のほうがドキッ、とする。

「貴方が同性愛者かどうかなんて、祈里に関係はありません。この子を困らせるだけなら、帰らせて頂きますよ」
「困らせているつもりはないんだけど…というか、どうして夜重ちゃんが出てくるんだい?」
「私は、祈里のお母さんに祈里を任されています。つまり、保護者なんですよ」

 いや、保護者って…。お母さん、正気か…?

 守ってくれようとしている気持ちがなんとなく伝わってくるが、容赦がなさすぎる。今は、莉音なりに大事な話をしているんじゃないだろうか。

「夜重ちゃんが祈里を心配しているのはよく分かった。でも、こうした話をタブーとされるのは、性的少数者である私からすると、些か不本意なんだけれどね」
「そういう言い方が――」

 さらにぴりっ、とした夜重の声。

 嫌だ。ちょっと夜重が怖い。冷静さを失いつつある。

「夜重、大丈夫、大丈夫だから!」

 慌てて夜重を止めれば、彼女は不服そうに私を見つめた。しかし、私の動揺とか、不安を読み取ったらしく、すぐに鼻から息を漏らし、黙り込んだ。

 よかった、と安堵しながら、本題へと思考を戻す。

 LGBTとか、最近になってよく聞くようになった言葉だ。私自身、別に本人たちの自由だって思ってたし、それを非難する人の気持ちがまるで分からないと思ってきた。

 大多数の人間が出す意見に飲まれがちな私は、そうした人たちが戦っているという話を聞くと、やっぱり応援したくなる。だから今、当事者からそういう話をされたときに、尻尾を巻いて逃げ出すような情けない真似はしたくなかった。

 …とはいえ、私が出せる答えなんて…。

「す、すみません、分かりません」

 うーむ…結局これじゃあ、ダサい気がするなぁ。

「自分のことだけど、興味はない?」
「それはあるけど、本当に分かんないし…」

 隣でどことなくホッとした様子を見せる夜重を不思議に思っていると、莉音はさらに詰将棋でもするみたいに問いを重ねてくる。

「うんうん。興味があるなら、その答えは確かめてみるべきだと僕は思うよ」
「た、確かめる?」
「うん。そうだ。本当の君を見つけられるかもしれない」
「で、でも…」

 どうやって、という文字が顔に出ていたのだろう、莉音は求められる前から続けた。

「そうだね――ちょっとお試しで誰かと付き合ってみるとか」
「お、お試しで、誰かとぉ?」

 えー…なんてことを気軽にぶっこんで来ているんだ、この人。付き合った人数ゼロの私には荷が重い…っていうか、そもそもそんな人、どこにいんの。

「ダメです」となぜか夜重が先に答える。いや、私の解答権…。「だいたい、そんな人がどこにいるんですか。適当なことばかり言って…!」
「そうだなぁ…例えば、夜重ちゃんとか」
「や、夜重と!?」その瞬間、かあっと体が熱くなった。「そ、そ、そんな…ね、ねぇ、夜重…?」

 なんとか言ってほしくて、夜重を下から覗き込むも、彼女は苦虫を嚙み潰したような顔で莉音を睨んでいた。

「お断りします」

 がーん…。

 …いや、ショックだったのは、別に、あれだけど…。ただ、すごい嫌そうな顔だったから、傷ついただけだけど…。

「お遊びでそんなことに付き合わされるなんて、死んでもごめんだわ」
「ふぅん」と莉音が微笑みながらぼやく。なんか、楽しんでないか、この人。

 そのうち、苦虫を噛み潰したような顔をしていた夜重が、不意に私のほうへ視線だけを向けた。

 バチッ、と眼差しがぶつかる。しかも、なぜか舌打ちまでされてしまった。

「…なんだと言うのでしょう」とちょっとふざけると、夜重は小声で、「黙りなさい」と鋭く切り返してくる。

 ここは大人しくしておこう…じゃないと、本当にキレられそう。

 なんか、今の夜重は余裕がない感じがした。一年に数回あるかないかの感じだ。

 莉音は何を思ったのか、夜重の瞳が明らかに怒りを帯び始めたのを見て、「君も素直になれば、十分に魅力的だろうに」とからかうようなことを言った。もちろん、夜重はそれで喜ぶということもなく、鼻を鳴らす。

「興味ないわ。私は他人の価値基準の中で生きていくつもりはないもの」

 独り言みたいに発した言葉だったが、十分に夜重らしい輝きがそこにはあった。

(なんか、不穏な感じ…今日はとりあえず帰ったほうがいいかなぁ)

 せっかく、莉音に夜重の愚痴を聞いてもらおうと思っていたのだが…なんてことを考えていると、莉音が不敵に笑うのが見えた。

 あ、なんか嫌な感じ。

 私の勘は、悪い方向にだけ当たるんだ。

「夜重ちゃんが嫌なら仕方がないね。――じゃ、祈里、僕と試してみるかい?」
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