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最終章 折れた翼で鴉は舞う
折れた翼で鴉は舞う.3
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「なんだ、なんだ、その魔導は…!?」
マルグリットが動揺する声が鼓膜を揺らすが、もはや、私の頭にはどうでもいいものとして扱われていた。
肝心なのは、こいつを倒すこと。
相手がどういう人間なのかとか、何を思ってここにいるかとか、きっと、今は意味を持たない。
体にみなぎる力が、私に全能感を与え、そしてそれは、私の口を滑らかにしていた。
「お嬢様、後ろに」
真後ろのリリーに一言告げれば、彼女は明らかに言葉を詰まらせている様子だったが、無事なほうの手で軽く押してやれば、ふらふらと後退した。
じろり、とマルグリットを睨む。武道の心得なんてない以上、相手の動きを予測することは私にはできない。だから、入念な観察が重要だった。
そんな私を不敵と捉えたのか、彼女はむかついたような面持ちをすると、剣先を私へと真っ直ぐ向けて口上を並べ始める。
「お前が何者かは知らないし、その魔導がどんなものかも知らん。だがな――」
敵を前にして、つらつらと言葉を並べる。
非合理的な彼女の行動。
クリアーなようで、そうではない私の頭は、それをただ隙というふうにしか捉えない。
剣先を弾くイメージを描いたところ、すでにそれはイメージではなく、実際の体の動きとして表出されていた。
マルグリットの構えていた切っ先を、失われた指の代わりとでも言わんばかりの鉤爪で弾く。
「なっ!?」
彼女が目を丸くしたとほぼ同時に、私の左手は獰猛な獣のそれと同じように相手の首筋を狙った。
「このスピード、魔導士のそれでは…!」
とっさにマルグリットは上体を逸らしてかわした。だが、爪先は首筋をかすめており、うっすらと赤い筋が残った。
そのまま懐に飛び込む。
土をえぐり取りながら加速は行われ、相手が剣を手元に戻すよりずっと速く動けていた。
まるで、自分の体ではないかのような感覚。
バチバチと音を立てて弾ける力は、確かに私の体を強靭にしているようだった。
再び、黒が灯る魔力で出来た爪をマルグリットの頸動脈を目がけて振るう。彼女はかろうじてまたかわしたが、大きな問題ではなかった。
すでに、マルグリットは深くはないが決して浅くもない傷をリリーから受けている。体力が消耗されていっているのは間違いない。
だから、何度も、何度もそれを繰り返した。騎士の剣が振るわれることもないままに、飛べない翼を持った『レイブン』は、地を駆けて命の在り処を探る。
「調子に、乗るなぁ!」
そのうち、とうとう反撃の機会を見つけたマルグリットが刃を横一文字に閃かせた。だが、それは一切かすることもなく私がいた空間を薙ぐだけだ。すでに、私はくるりと宙を舞っていた。
(…飛んでる)
耽溺した吐息がこぼれそうな時間だった。
本当に私のものか疑わしくなる体ではあったが、確かに私の形をしたそれがマルグリットを攻め立て、リリーの命を守っていた。
――これが、私(どれい)のあるべき姿だ。
主に守られるのではない。それではやはりあべこべだ。
武術の『読み』とは違う、原始反射にも似た本能的な動きで回避を繰り返せば、段々とマルグリットの動きが鈍ってきた。
それも当然だ、彼女は当たりもしない攻撃のために、何度も何度も鉄の塊を振り回しているのだから。
「ど、どうして、当たらない!?」
マルグリットの切迫した声が響く。
声と声の間には、呼吸がある。そして、困惑や焦燥の呼吸には、どうしても『隙』というものが生じる。
飛び上がるようにして、私は下から鉤爪を振り抜いた。
間一髪、マルグリットは剣の腹でそれを防いだが、その衝撃でよろめき、さらに大きな隙を生んだ。
「私が、こんな」
さらに一発、剣の上から鉤爪を叩きつける。
「こんな、わけの分からない奴にぃっ!」
防がれる。しかし、それによってとうとう彼女の体は横に流され、無防備に背中をさらした。
(奥様の命令。その、邪魔をするなら)
マルグリットが振り向こうとしているのが分かった。スローに見える動きを目で追いつつ、私は彼女の柔らかそうな横腹に狙いを定める。
「ぐっ、アカーシャ、私は、お前を許さない!」
何を言っているのだろう?目の前にいるのはアカーシャではなく、私なのに。
一瞬、思考がぶれてしまった。
浮遊感を覚えていた思考は、数秒でも途切れてしまえば戻ってくるのに時間を要した。
「サリアのためにも、お前をぉ!」
キィン、と鉄の刃が音を立て、私の首筋目がけて牙を剥く。
そこから先は、私が意図して起こしたものではないことの連続だった。
首筋に到達しかけた刃を、私の背に生えた左翼が止める。
魔力の結晶だ。並大抵の武器では傷一つつけられない。それどころか、剣のほうがひび割れ、折れかけている。
翼は強靭な盾となった。そして今、この左手には失われた指の代わりに、強靭な鉤爪が剣となって握られている。
魔力の翼を翻せば、とうとう剣は真っ二つに折れた。
「ごめんなさい」
申し訳ないことだと思ったのは本当だ。
あの魔物たちと同じで、私やリリーの都合で命を奪うのだから。
それでも。
邪魔者は排除しなければならない。
刹那、私は一閃した。
血飛沫が上がる。
私が持つ魔力の鉤爪は、マルグリットの軽鎧ごと彼女の腹部を引き裂いた。
「が、は…!」
ぼたぼたと血が流れる。相当な量だ――が、致死量ではない。
「――浅い」
実に淡白な感想がこぼれる。
リリーが与えた傷と合わせても、この場で確実に葬ることはできない。
「だったら、もう一度…っ!」
再び、魔力で出来た鉤爪に力を注ぎ込んだ…そのときだった。
マルグリットが動揺する声が鼓膜を揺らすが、もはや、私の頭にはどうでもいいものとして扱われていた。
肝心なのは、こいつを倒すこと。
相手がどういう人間なのかとか、何を思ってここにいるかとか、きっと、今は意味を持たない。
体にみなぎる力が、私に全能感を与え、そしてそれは、私の口を滑らかにしていた。
「お嬢様、後ろに」
真後ろのリリーに一言告げれば、彼女は明らかに言葉を詰まらせている様子だったが、無事なほうの手で軽く押してやれば、ふらふらと後退した。
じろり、とマルグリットを睨む。武道の心得なんてない以上、相手の動きを予測することは私にはできない。だから、入念な観察が重要だった。
そんな私を不敵と捉えたのか、彼女はむかついたような面持ちをすると、剣先を私へと真っ直ぐ向けて口上を並べ始める。
「お前が何者かは知らないし、その魔導がどんなものかも知らん。だがな――」
敵を前にして、つらつらと言葉を並べる。
非合理的な彼女の行動。
クリアーなようで、そうではない私の頭は、それをただ隙というふうにしか捉えない。
剣先を弾くイメージを描いたところ、すでにそれはイメージではなく、実際の体の動きとして表出されていた。
マルグリットの構えていた切っ先を、失われた指の代わりとでも言わんばかりの鉤爪で弾く。
「なっ!?」
彼女が目を丸くしたとほぼ同時に、私の左手は獰猛な獣のそれと同じように相手の首筋を狙った。
「このスピード、魔導士のそれでは…!」
とっさにマルグリットは上体を逸らしてかわした。だが、爪先は首筋をかすめており、うっすらと赤い筋が残った。
そのまま懐に飛び込む。
土をえぐり取りながら加速は行われ、相手が剣を手元に戻すよりずっと速く動けていた。
まるで、自分の体ではないかのような感覚。
バチバチと音を立てて弾ける力は、確かに私の体を強靭にしているようだった。
再び、黒が灯る魔力で出来た爪をマルグリットの頸動脈を目がけて振るう。彼女はかろうじてまたかわしたが、大きな問題ではなかった。
すでに、マルグリットは深くはないが決して浅くもない傷をリリーから受けている。体力が消耗されていっているのは間違いない。
だから、何度も、何度もそれを繰り返した。騎士の剣が振るわれることもないままに、飛べない翼を持った『レイブン』は、地を駆けて命の在り処を探る。
「調子に、乗るなぁ!」
そのうち、とうとう反撃の機会を見つけたマルグリットが刃を横一文字に閃かせた。だが、それは一切かすることもなく私がいた空間を薙ぐだけだ。すでに、私はくるりと宙を舞っていた。
(…飛んでる)
耽溺した吐息がこぼれそうな時間だった。
本当に私のものか疑わしくなる体ではあったが、確かに私の形をしたそれがマルグリットを攻め立て、リリーの命を守っていた。
――これが、私(どれい)のあるべき姿だ。
主に守られるのではない。それではやはりあべこべだ。
武術の『読み』とは違う、原始反射にも似た本能的な動きで回避を繰り返せば、段々とマルグリットの動きが鈍ってきた。
それも当然だ、彼女は当たりもしない攻撃のために、何度も何度も鉄の塊を振り回しているのだから。
「ど、どうして、当たらない!?」
マルグリットの切迫した声が響く。
声と声の間には、呼吸がある。そして、困惑や焦燥の呼吸には、どうしても『隙』というものが生じる。
飛び上がるようにして、私は下から鉤爪を振り抜いた。
間一髪、マルグリットは剣の腹でそれを防いだが、その衝撃でよろめき、さらに大きな隙を生んだ。
「私が、こんな」
さらに一発、剣の上から鉤爪を叩きつける。
「こんな、わけの分からない奴にぃっ!」
防がれる。しかし、それによってとうとう彼女の体は横に流され、無防備に背中をさらした。
(奥様の命令。その、邪魔をするなら)
マルグリットが振り向こうとしているのが分かった。スローに見える動きを目で追いつつ、私は彼女の柔らかそうな横腹に狙いを定める。
「ぐっ、アカーシャ、私は、お前を許さない!」
何を言っているのだろう?目の前にいるのはアカーシャではなく、私なのに。
一瞬、思考がぶれてしまった。
浮遊感を覚えていた思考は、数秒でも途切れてしまえば戻ってくるのに時間を要した。
「サリアのためにも、お前をぉ!」
キィン、と鉄の刃が音を立て、私の首筋目がけて牙を剥く。
そこから先は、私が意図して起こしたものではないことの連続だった。
首筋に到達しかけた刃を、私の背に生えた左翼が止める。
魔力の結晶だ。並大抵の武器では傷一つつけられない。それどころか、剣のほうがひび割れ、折れかけている。
翼は強靭な盾となった。そして今、この左手には失われた指の代わりに、強靭な鉤爪が剣となって握られている。
魔力の翼を翻せば、とうとう剣は真っ二つに折れた。
「ごめんなさい」
申し訳ないことだと思ったのは本当だ。
あの魔物たちと同じで、私やリリーの都合で命を奪うのだから。
それでも。
邪魔者は排除しなければならない。
刹那、私は一閃した。
血飛沫が上がる。
私が持つ魔力の鉤爪は、マルグリットの軽鎧ごと彼女の腹部を引き裂いた。
「が、は…!」
ぼたぼたと血が流れる。相当な量だ――が、致死量ではない。
「――浅い」
実に淡白な感想がこぼれる。
リリーが与えた傷と合わせても、この場で確実に葬ることはできない。
「だったら、もう一度…っ!」
再び、魔力で出来た鉤爪に力を注ぎ込んだ…そのときだった。
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