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最終章 折れた翼で鴉は舞う
折れた翼で鴉は舞う.2
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(――足りない)
苦悶する激痛の中、私の頭は不足したものをどう補うかばかり考えていた。
不足したものとは、失われた五本の指のことではない。あれはもう失ったもの、いわば、消耗されたものだ。使い潰されていくことは、むしろ奴隷の私にとってなによりも理に適っている。
だから、そこじゃない。不足したものとは、今、明らかに自暴自棄になっているリリーを守るための力だ。
リリーはシスター服の女、サリアとかいう相手をその手にかけてから、錆びついたブリキみたいに色々と鈍くなってしまっている。まだ戦えるのに、それを投げ出しているのだ。
声はかけた。だが、無駄に思える。今の彼女には何も届かない。
それならばと私があの女騎士マルグリットを倒そうかと思ったが、これは思い上がりだった。リリーと対等に渡り合える人間というだけあって、非常に手強い。まともなやり方では私には無理だ。
ワダツミに頼ることも考えてはみたが、彼女はあの雷光の魔導士との戦いに自分たちを巻き込まないためか、遠く離れて見えなくなってしまっている。
つまり、やっぱり自分でなんとかするしかないわけだ。
(でも…お嬢様が言ったとおりだ…。弱いと、守ることもできない。この身を盾にすることもできないんだ…)
思考を巡らせていると、頭上から声が聞こえた。
「早く、殺しなさい。もう疲れたわ」
星が、降ってくるみたいな声。
あぁ…駄目だ。この人を死なせることは、やっぱり駄目だ。
あの真っ赤な瞳から光が失われる。それを黙って見ているなど、罪悪以外の何者でもないのではないだろうか?
だけど、それなら私はどうすればいい?どうすれば、あの女騎士を止められる?
力がいる。
足りない溝を埋めるための力が。
具体的に考えてみる。
やはり、肉体が脆弱すぎる。鍛えてもいないから当然だが、リリーたちみたいに俊敏に動かない。簡単に刃を受けて殺されてしまう。
私に足りないのは強靭さだ。
脆弱さと強靭さ、この二つの言葉を脳裏に浮かべたとき、ふと、ワダツミに教わったことを思い出した。
『こうして魔力を注いでやれば、脆弱な木の枝が一転、金属の剣のように強靭になる』
脆弱な木の枝が、強靭な剣に…。
ワダツミは、魔導と呪いの違いは認識の問題だといった。
『放出するエネルギー』か、それとも、『注ぎ込むモノ』か。
呪いは、『モノ』に魔力という燃料を注ぎ、強化する力。
ワダツミの言葉は、裏を返せば、『モノ』として認識することができる存在であれば、呪いによる強化ができるということを意味する。
瞬間、天啓が私の心臓を貫いた。
(あぁ…どうして…)
瞳を閉じて、目蓋の裏側に宿る暗闇を見つめる。
そこには黒く輝く魔力の川が流れていた。
(どうしてこんな簡単なこと、誰も教えてくれなかったんだろう)
両手に川の水をすくい、飲み込むイメージを作る。そうすると、体がぐわっ、と熱くなった。
(ま、だ…足りてない)
呼吸ができなくなるくらいに加速する脈動に飲まれかけるも、私はひたすらに黒い水を飲み続ける。
体が溶けていくような感覚がした。そのせいで四肢は熱いのか冷えているのか分からなくなっていったが、私はそれも無視して、頭の中のキャンバスに思考の筆先を向ける。
イメージしろ。
強靭な体を。脆弱を塗り潰す強さを。
バチッ、と体の表面で何かが弾ける。その力は失われた指先に宿ると、五本の鋭い鉤爪を象って顕現する。
「ふ、ぐっ、う…!」
痛みに喘ぎながらも、魔をまとう体を両腕で抱きながら、膝立ちになってみせる。
「れ、レイブン、貴方、一体…?」
誰かが何かを言っていたが、とにかく私は、私の中に深く潜り込んだ。
(もっと、もっとだ…)
人の体を描いただけでは、マルグリットとの大きな溝を埋めることはできない。
だから、私はさらに『強さ』を描こうとする。
『強さ』とは私と真反対のものだ。
自分では自分の運命を決められない私とは、対局に位置するもの。
――いつか、その翼が自由の空を舞えることを祈っているわ。
愛おしい人の声が、脳髄の隙間で響く。
自由を忘れた飛べない私(カラス)。
自由な、空。
それはどこにある?
それはどんな色をしている?
――イメージしろ。
バチッ、バチッ、と目蓋の裏で閃光が瞬く。
そこには、美しい夕暮れに染まる、紅蓮の空があった。
(――綺麗だ。あの人の瞳と、同じ色をしている)
何があれば、この空を舞えるだろうか?
簡単だ。
私は、それを知っている。
私の名前が、それをすでに宿しているのだ。
イメージする。
それは、一対の、大きな影を地面に落とすようなもの。
イメージする。
それは、美しく、純黒に染まるもの。
イメージする。
それは、私をあるべき場所へと導けるもの。
描いたイメージは、魔力という色彩をもって形を成した。
体の周りでバチバチと弾けていた黒雷の魔力は、私の背中に一対の翼を生やした。
華奢な私の体に不釣り合いな巨大な翼が、バサッ、と大きく広がった。
刹那、駆け巡るのは全能感。
今なら、溝はないに等しかった。
こんな深さ、翼を使えば簡単に飛び越えられる。
「私は、レイブン…」
バチッ、バチッ…。
眼前の女騎士が目を丸くして私を見ている。
バチッ…。
コントロールしきれていない魔力が、私の背中に翼のようにして生えた魔力の結晶からこぼれ落ちていく。
ゆらゆらと…黒い羽の如く。
脆弱な剣や盾では、あの人を、あの人の望む場所へ運んでいけない。
ならば…。
「私は、レイブン…お嬢様の――翼…」
そのためには。
行く先も分からなくなった、暴走寸前のエネルギーは私がここに留まることを許さない。それなのに、意識だけは朦朧としているままだ。
それでも目の前の『これ』が、リリーお嬢様の命を、奥様の命令を守ることの邪魔をしていることだけはハッキリと分かった。
苦悶する激痛の中、私の頭は不足したものをどう補うかばかり考えていた。
不足したものとは、失われた五本の指のことではない。あれはもう失ったもの、いわば、消耗されたものだ。使い潰されていくことは、むしろ奴隷の私にとってなによりも理に適っている。
だから、そこじゃない。不足したものとは、今、明らかに自暴自棄になっているリリーを守るための力だ。
リリーはシスター服の女、サリアとかいう相手をその手にかけてから、錆びついたブリキみたいに色々と鈍くなってしまっている。まだ戦えるのに、それを投げ出しているのだ。
声はかけた。だが、無駄に思える。今の彼女には何も届かない。
それならばと私があの女騎士マルグリットを倒そうかと思ったが、これは思い上がりだった。リリーと対等に渡り合える人間というだけあって、非常に手強い。まともなやり方では私には無理だ。
ワダツミに頼ることも考えてはみたが、彼女はあの雷光の魔導士との戦いに自分たちを巻き込まないためか、遠く離れて見えなくなってしまっている。
つまり、やっぱり自分でなんとかするしかないわけだ。
(でも…お嬢様が言ったとおりだ…。弱いと、守ることもできない。この身を盾にすることもできないんだ…)
思考を巡らせていると、頭上から声が聞こえた。
「早く、殺しなさい。もう疲れたわ」
星が、降ってくるみたいな声。
あぁ…駄目だ。この人を死なせることは、やっぱり駄目だ。
あの真っ赤な瞳から光が失われる。それを黙って見ているなど、罪悪以外の何者でもないのではないだろうか?
だけど、それなら私はどうすればいい?どうすれば、あの女騎士を止められる?
力がいる。
足りない溝を埋めるための力が。
具体的に考えてみる。
やはり、肉体が脆弱すぎる。鍛えてもいないから当然だが、リリーたちみたいに俊敏に動かない。簡単に刃を受けて殺されてしまう。
私に足りないのは強靭さだ。
脆弱さと強靭さ、この二つの言葉を脳裏に浮かべたとき、ふと、ワダツミに教わったことを思い出した。
『こうして魔力を注いでやれば、脆弱な木の枝が一転、金属の剣のように強靭になる』
脆弱な木の枝が、強靭な剣に…。
ワダツミは、魔導と呪いの違いは認識の問題だといった。
『放出するエネルギー』か、それとも、『注ぎ込むモノ』か。
呪いは、『モノ』に魔力という燃料を注ぎ、強化する力。
ワダツミの言葉は、裏を返せば、『モノ』として認識することができる存在であれば、呪いによる強化ができるということを意味する。
瞬間、天啓が私の心臓を貫いた。
(あぁ…どうして…)
瞳を閉じて、目蓋の裏側に宿る暗闇を見つめる。
そこには黒く輝く魔力の川が流れていた。
(どうしてこんな簡単なこと、誰も教えてくれなかったんだろう)
両手に川の水をすくい、飲み込むイメージを作る。そうすると、体がぐわっ、と熱くなった。
(ま、だ…足りてない)
呼吸ができなくなるくらいに加速する脈動に飲まれかけるも、私はひたすらに黒い水を飲み続ける。
体が溶けていくような感覚がした。そのせいで四肢は熱いのか冷えているのか分からなくなっていったが、私はそれも無視して、頭の中のキャンバスに思考の筆先を向ける。
イメージしろ。
強靭な体を。脆弱を塗り潰す強さを。
バチッ、と体の表面で何かが弾ける。その力は失われた指先に宿ると、五本の鋭い鉤爪を象って顕現する。
「ふ、ぐっ、う…!」
痛みに喘ぎながらも、魔をまとう体を両腕で抱きながら、膝立ちになってみせる。
「れ、レイブン、貴方、一体…?」
誰かが何かを言っていたが、とにかく私は、私の中に深く潜り込んだ。
(もっと、もっとだ…)
人の体を描いただけでは、マルグリットとの大きな溝を埋めることはできない。
だから、私はさらに『強さ』を描こうとする。
『強さ』とは私と真反対のものだ。
自分では自分の運命を決められない私とは、対局に位置するもの。
――いつか、その翼が自由の空を舞えることを祈っているわ。
愛おしい人の声が、脳髄の隙間で響く。
自由を忘れた飛べない私(カラス)。
自由な、空。
それはどこにある?
それはどんな色をしている?
――イメージしろ。
バチッ、バチッ、と目蓋の裏で閃光が瞬く。
そこには、美しい夕暮れに染まる、紅蓮の空があった。
(――綺麗だ。あの人の瞳と、同じ色をしている)
何があれば、この空を舞えるだろうか?
簡単だ。
私は、それを知っている。
私の名前が、それをすでに宿しているのだ。
イメージする。
それは、一対の、大きな影を地面に落とすようなもの。
イメージする。
それは、美しく、純黒に染まるもの。
イメージする。
それは、私をあるべき場所へと導けるもの。
描いたイメージは、魔力という色彩をもって形を成した。
体の周りでバチバチと弾けていた黒雷の魔力は、私の背中に一対の翼を生やした。
華奢な私の体に不釣り合いな巨大な翼が、バサッ、と大きく広がった。
刹那、駆け巡るのは全能感。
今なら、溝はないに等しかった。
こんな深さ、翼を使えば簡単に飛び越えられる。
「私は、レイブン…」
バチッ、バチッ…。
眼前の女騎士が目を丸くして私を見ている。
バチッ…。
コントロールしきれていない魔力が、私の背中に翼のようにして生えた魔力の結晶からこぼれ落ちていく。
ゆらゆらと…黒い羽の如く。
脆弱な剣や盾では、あの人を、あの人の望む場所へ運んでいけない。
ならば…。
「私は、レイブン…お嬢様の――翼…」
そのためには。
行く先も分からなくなった、暴走寸前のエネルギーは私がここに留まることを許さない。それなのに、意識だけは朦朧としているままだ。
それでも目の前の『これ』が、リリーお嬢様の命を、奥様の命令を守ることの邪魔をしていることだけはハッキリと分かった。
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