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六章 復讐の黒い百合
復讐の黒い百合.5
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太刀の重みがぐっ、と増えたような錯覚の中、私は困惑の表情を消せない三人を真っ向から見返していた。
そうしていると、胸の奥がキリキリと痛んだ。心臓とも違う場所、心、だなんて情けのないことは言いたくはなかった。
マルグリットも、ルピナスも、サリアも…何も変わっていなかった。
そう『変わっていなかった』のだ。
剣をもって前衛を務めるマルグリット、雷撃の魔導で後衛を務めるルピナス、傷ついた者を治癒するサリア。
ただそこから、私がいなくなっただけだ。
一方、私はどうだ。
ふっ、と無意識のうちに嘲笑がこぼれた。
「何も変わりがないようでなによりよ、ルピナス、マルグリット、サリア」
名前を呼ばれた三人はハッとした表情を浮かべたが、やがて、各々は三者三様の感情をまとった。
マルグリットは激情を、サリアは悲しみを、ルピナスは…悔しさ、だろうか。
「どうしてお前が生きている、アカーシャ!どうして生きて、そんなところにいる!」
「…質問ばかりね」
「当たり前だ!お前は――」
「死んだはず?」半笑いで小首を傾げてみせる。「死んだわよ。アカーシャ・オルトリンデは、貴方たちが見殺しにしたんでしょう、ねぇ、そうでしょうよ!」
ふつふつと湧き上がる怒りを、私はそのまま外界に放る。彼女が瞳に宿した怒りなど、私のこの煮えたぎるマグマのような怒りに比べたら、吐き捨てるほどのものだと分からせてやりたかった。
「私は変わったわ。貴方たちが変わらないままでいるうちに、私は変わった!」
左手の指輪を、三人によく見えるように掲げる。博識なルピナスだけは魔喰らいの指輪を見て顔色をさらに青くした。
「見なさい、これを!これは魔喰らいの指輪――はめられた人間の魔力を枯渇させ、二度と使えなくする、マジックアイテム!」
「アカーシャ…それでは、貴方は…」
「ええ、そうよ、ルピナス!」言葉で斬りつけるみたいに、私は意味もなく太刀を振って続ける。「私はもう、二度と魔導を使えない体になったわ!血の滲むような努力で得たものを捨てて私は生きながらえたっ!貴方たちが、そうして変わらずにいる間にねっ!」
「なんてこと」と青ざめるルピナスの瞳には、明らかな同情が見て取れた。それがさらに私の怒りの炎を燃えたぎらせる。
「今さら同情しても遅いのよ、ルピナス」
そうだ。それなら、あのときに、ああなる前に同情してほしかった。
ルピナスは翠の瞳を曇らせて俯いた。あの子のことだ、私が何を言いたいのかをしっかり悟ったのだろう。
その横で立ち尽くしていたサリアが、唇を震わせながら声を発する。
「…だ、誰が、アカーシャ様にそのようなものを…」
「サリア、相変わらずこういうことには鈍いわね。――死刑が決まっている相手を内密に流刑に処せる人間なんて、限られてくるでしょうよ」
「…っ」
一同、まさか、という顔を見合わせて凍りついている。きっと彼女らの頭の中には、ジャンや国王、そして、ストレリチアの顔がよぎったことだろう。
私は、ゆっくりと、傷口に塩を塗り込むようにして言葉を紡いだ。彼女らが、少しでも後悔や不安を覚えられるように。
「身分を、魔力を、愛した国で生きる権利を奪われて…それでも、私はこうしてここで生きている」
気づけば、無言のうちにレイブンが近くにやって来ていた。彼女の心底心配そうな顔を見て、私はどこか安心した。
「どうしてだ、アカーシャ、まさか、お前…」
「ええ、そうよ。私が地獄の底から戻ってきたのは、あの子に――ストレリチアに復讐するため。そして、私を裏切り、罵った連中に後悔と屈辱を味合わせてやるためよ」
「そんな…」と口元を覆うサリア。心痛めている姿を眺めていると、とても気分がよかった。
「…ジャン、死んでたでしょう?」
その問いに、ハッと一同の顔が変わる。
「彼はね、私が殺したのよ。無様なものだったわ、背を向けて逃げるわ、命乞いはするわで…おかげで、胸が軽くなった」
「…狂っている。お前のそれは逆恨みだ」とマルグリットが言った。それを耳にして、私はぐわっ、と体を熱くする。
「何を言っているの、恨みは恨みよ。魔導それ自体に善悪が宿らないようにね」
「ちっ、相変わらず、よく口が回る。そうして、オリエントの野蛮人を従えたのか?」
「そんなわけがないでしょう。私はちゃんと命を賭けて、私が役に立つことを証明した。そして、裏切らないことをこの身で示したのよ」
吐き捨てるように私がそう言っていると、事態を静観していたワダツミが後ろにやって来て、あまり興味がなさそうに欠伸を噛み殺して口を挟んだ。
「感動の再会に水を差すようで悪いがのぅ、とどのつまり――」
ワダツミの切れ長の瞳がいっそう細められる。そこには、悠長な話し方とは似ても似つかない鋭さ、敵愾心があった。
「こやつらは敵か?黒百合」
どうしてかは分からないが、ちくり、と胸が痛んだ。
それでも、私は毅然とした表情のまま断言する。
「敵よ、ワダツミ」
その宣告に、三人の顔が歪む。
ちくり。
まただ。また、針でも飲んだみたいに胸が痛んだ。
決別には痛みもいるだろう、私は気にしないように意識して太刀を正眼に構える。
「ここにおける『敵』という言葉の意味、分かっておるじゃろうな」
「当たり前よ」
これは戦争だ。
相対することは、傷つけ、傷つけられることを意味し、そしてそれは、殺し合うことを意味する。
だからなんだ、と私は瞳に力を入れて目つきを険しくした。
どうせ、こいつらは私を見捨てた薄情者たちだ。
「――…殺したって、構わないわ…っ!」
そうしていると、胸の奥がキリキリと痛んだ。心臓とも違う場所、心、だなんて情けのないことは言いたくはなかった。
マルグリットも、ルピナスも、サリアも…何も変わっていなかった。
そう『変わっていなかった』のだ。
剣をもって前衛を務めるマルグリット、雷撃の魔導で後衛を務めるルピナス、傷ついた者を治癒するサリア。
ただそこから、私がいなくなっただけだ。
一方、私はどうだ。
ふっ、と無意識のうちに嘲笑がこぼれた。
「何も変わりがないようでなによりよ、ルピナス、マルグリット、サリア」
名前を呼ばれた三人はハッとした表情を浮かべたが、やがて、各々は三者三様の感情をまとった。
マルグリットは激情を、サリアは悲しみを、ルピナスは…悔しさ、だろうか。
「どうしてお前が生きている、アカーシャ!どうして生きて、そんなところにいる!」
「…質問ばかりね」
「当たり前だ!お前は――」
「死んだはず?」半笑いで小首を傾げてみせる。「死んだわよ。アカーシャ・オルトリンデは、貴方たちが見殺しにしたんでしょう、ねぇ、そうでしょうよ!」
ふつふつと湧き上がる怒りを、私はそのまま外界に放る。彼女が瞳に宿した怒りなど、私のこの煮えたぎるマグマのような怒りに比べたら、吐き捨てるほどのものだと分からせてやりたかった。
「私は変わったわ。貴方たちが変わらないままでいるうちに、私は変わった!」
左手の指輪を、三人によく見えるように掲げる。博識なルピナスだけは魔喰らいの指輪を見て顔色をさらに青くした。
「見なさい、これを!これは魔喰らいの指輪――はめられた人間の魔力を枯渇させ、二度と使えなくする、マジックアイテム!」
「アカーシャ…それでは、貴方は…」
「ええ、そうよ、ルピナス!」言葉で斬りつけるみたいに、私は意味もなく太刀を振って続ける。「私はもう、二度と魔導を使えない体になったわ!血の滲むような努力で得たものを捨てて私は生きながらえたっ!貴方たちが、そうして変わらずにいる間にねっ!」
「なんてこと」と青ざめるルピナスの瞳には、明らかな同情が見て取れた。それがさらに私の怒りの炎を燃えたぎらせる。
「今さら同情しても遅いのよ、ルピナス」
そうだ。それなら、あのときに、ああなる前に同情してほしかった。
ルピナスは翠の瞳を曇らせて俯いた。あの子のことだ、私が何を言いたいのかをしっかり悟ったのだろう。
その横で立ち尽くしていたサリアが、唇を震わせながら声を発する。
「…だ、誰が、アカーシャ様にそのようなものを…」
「サリア、相変わらずこういうことには鈍いわね。――死刑が決まっている相手を内密に流刑に処せる人間なんて、限られてくるでしょうよ」
「…っ」
一同、まさか、という顔を見合わせて凍りついている。きっと彼女らの頭の中には、ジャンや国王、そして、ストレリチアの顔がよぎったことだろう。
私は、ゆっくりと、傷口に塩を塗り込むようにして言葉を紡いだ。彼女らが、少しでも後悔や不安を覚えられるように。
「身分を、魔力を、愛した国で生きる権利を奪われて…それでも、私はこうしてここで生きている」
気づけば、無言のうちにレイブンが近くにやって来ていた。彼女の心底心配そうな顔を見て、私はどこか安心した。
「どうしてだ、アカーシャ、まさか、お前…」
「ええ、そうよ。私が地獄の底から戻ってきたのは、あの子に――ストレリチアに復讐するため。そして、私を裏切り、罵った連中に後悔と屈辱を味合わせてやるためよ」
「そんな…」と口元を覆うサリア。心痛めている姿を眺めていると、とても気分がよかった。
「…ジャン、死んでたでしょう?」
その問いに、ハッと一同の顔が変わる。
「彼はね、私が殺したのよ。無様なものだったわ、背を向けて逃げるわ、命乞いはするわで…おかげで、胸が軽くなった」
「…狂っている。お前のそれは逆恨みだ」とマルグリットが言った。それを耳にして、私はぐわっ、と体を熱くする。
「何を言っているの、恨みは恨みよ。魔導それ自体に善悪が宿らないようにね」
「ちっ、相変わらず、よく口が回る。そうして、オリエントの野蛮人を従えたのか?」
「そんなわけがないでしょう。私はちゃんと命を賭けて、私が役に立つことを証明した。そして、裏切らないことをこの身で示したのよ」
吐き捨てるように私がそう言っていると、事態を静観していたワダツミが後ろにやって来て、あまり興味がなさそうに欠伸を噛み殺して口を挟んだ。
「感動の再会に水を差すようで悪いがのぅ、とどのつまり――」
ワダツミの切れ長の瞳がいっそう細められる。そこには、悠長な話し方とは似ても似つかない鋭さ、敵愾心があった。
「こやつらは敵か?黒百合」
どうしてかは分からないが、ちくり、と胸が痛んだ。
それでも、私は毅然とした表情のまま断言する。
「敵よ、ワダツミ」
その宣告に、三人の顔が歪む。
ちくり。
まただ。また、針でも飲んだみたいに胸が痛んだ。
決別には痛みもいるだろう、私は気にしないように意識して太刀を正眼に構える。
「ここにおける『敵』という言葉の意味、分かっておるじゃろうな」
「当たり前よ」
これは戦争だ。
相対することは、傷つけ、傷つけられることを意味し、そしてそれは、殺し合うことを意味する。
だからなんだ、と私は瞳に力を入れて目つきを険しくした。
どうせ、こいつらは私を見捨てた薄情者たちだ。
「――…殺したって、構わないわ…っ!」
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