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三章 悪魔の傀儡
悪魔の傀儡.5
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あれからレイブンは、暇さえあれば夢中になって魔導――じゃない、呪いの勉強に励むようになった。
『お主は魔力をどう捉える?』
ワダツミが投げた問いに、レイブンは、『はぁ』といつもの曖昧な返事をしてみせた。あまり魔導には興味がないのかと思ったが、ワダツミが教えてやろうと目を光らせると、レイブンは平身低頭してその提案を受け入れた。
無論、私は反対した。
魔導も武芸も、一朝一夕では何の役にも立たない。むしろ、妙な自信を与えてしまうことで、危険を顧みない、蛮勇を引き出すきっかけになってしまう。
…まあ、それを言うなら刀の扱いも一朝一夕では身につかないだろうが、刀剣の扱いの根っこは体得しているつもりだから、学びに意味はあるはずだ。
(…余計なことは考えず、早く眠らなくてはね…明日は大事な日なのだから)
明日は、賊の征伐決行の日だった。
ニライカナイでどれくらい信用されるか…明日の活躍にかかっている。
忌々しい、この魔喰らいの指輪さえなければ、何の苦労もしなかっただろうが、そうはいかない。
私にあるのは、不慣れな剣だけ。
(ストレリチア…貴方はどうせ、私がこの地でのたうち回って死ぬだけと考えているのでしょう。だけど、そうはいかないわ。私の諦めの悪さ…舐めてもらっては困るわ…!)
私は窓の向こうに広がる闇を睨みつけた。そして、その黒にストレリチアの白い影が浮かび上がりそうになって、すぐに視線をさらに上へと向ける。
星は、私の気など知らずにいつもと同じように瞬いている。
月光が明るく一帯を照らしている。桜の花びらは、昼夜を問わずに散るのだと、なんとなくそのとき思い、物悲しい気持ちにさせられる。
盛者必衰。咲いた花は、必ず散る運命にある。
ストレリチアは、その円環の外に自分がいると思っているのだろうか?彼女には、自分の破滅の未来は一度たりとも見えていないのだろうか?
私は星と月の光に目を細めると、寝台に入るべく窓を閉め、体の向きを変えた。そうすると、床に座り込んで目を閉じているレイブンに注意がいった。
彼女は眠っているのではない。鍛錬をしている最中なのだ。
体内を巡る魔力の流れ――それを感じ取るところから魔導の探求は始まる。とはいえ、これが自然とできるものもいるし、一生かかってもできないものもいる。前者は自ずと魔導を操れるようになるが、後者は魔導石の起動程度に留まるのだ。
まあ、とにかく…一朝一夕でできる人間は一握り。しかも、彼女は魔導には疎いとされるオリエント人なのだ。今なにかをやっても無駄に等しい。
「レイブン」私はうんざりして冷淡な口調で言う。「いい加減、もう寝なさい。本気で明日、私たちについて来るつもりなら、なおのことよ」
「はい」
短い返事と共に、レイブンが瞳を開く。
知性の深いきらめきが宿る、黒の眼。
「お嬢様が眠られたら、私もそうします」
「あのねぇ…」
一応、与えられた部屋は二人用。ベッドも二つある。
「貴方にそうして起きていられたら、私が眠りづらいでしょう。言うことを聞きなさい」
「…命令、ですか」
じっと、こちらを見つめてくるレイブン。
「ええ、命令よ」
私がそう淡白に告げると、レイブンは無感情な面持ちのまま沈黙し、「承知致しました」とすぐさまベッドに入った。
蝋燭の炎をかき消し、自分もベッドに入る。本来ならばどの部屋にもランプが備え付けてあるものの、魔導石で稼働するタイプのものだったため、取り替えてもらっていた。
静かな夜が私たちを包み込む。
厳かな静寂に身を横たえていると、忌々しいことに、またストレリチアのことが頭をよぎった。
そのとき思い出していたのは、最後に彼女に会ったときのこと、あの地下通路での出来事だ。
生まれた国を追い出される私に、耳打ちされた言葉。
――また会いましょう、アカーシャ。
あれは、どういう意味だったのか。
どうせ死ぬだろうが、頑張れよ、と私を煽った?
いや、違う。
あの子は本気でそう言った気がする。根拠も何もないけれど、揺るぎない確信があった。
そうして考え事をしながら暗黒の虚空を見つめていると、不意に、隣の闇から私を呼ぶ声が聞こえた。
「…お嬢様」
「…なにかしら」
むくり、とレイブンが身を起こしたのが気配で分かった。
「あの…」
言い淀むレイブンに怪訝な顔をしているうちに、彼女は、「やっぱり、何もございません。失礼しました」と言ってまた布団に入ったようだった。
無感情に見えるレイブンでも、明日を思うと不安になるのだろうか。
ふと、あの奴隷はどんなふうに元の主人のところで眠っていたのだろう、とどうでもいいことが気になった。
『お主は魔力をどう捉える?』
ワダツミが投げた問いに、レイブンは、『はぁ』といつもの曖昧な返事をしてみせた。あまり魔導には興味がないのかと思ったが、ワダツミが教えてやろうと目を光らせると、レイブンは平身低頭してその提案を受け入れた。
無論、私は反対した。
魔導も武芸も、一朝一夕では何の役にも立たない。むしろ、妙な自信を与えてしまうことで、危険を顧みない、蛮勇を引き出すきっかけになってしまう。
…まあ、それを言うなら刀の扱いも一朝一夕では身につかないだろうが、刀剣の扱いの根っこは体得しているつもりだから、学びに意味はあるはずだ。
(…余計なことは考えず、早く眠らなくてはね…明日は大事な日なのだから)
明日は、賊の征伐決行の日だった。
ニライカナイでどれくらい信用されるか…明日の活躍にかかっている。
忌々しい、この魔喰らいの指輪さえなければ、何の苦労もしなかっただろうが、そうはいかない。
私にあるのは、不慣れな剣だけ。
(ストレリチア…貴方はどうせ、私がこの地でのたうち回って死ぬだけと考えているのでしょう。だけど、そうはいかないわ。私の諦めの悪さ…舐めてもらっては困るわ…!)
私は窓の向こうに広がる闇を睨みつけた。そして、その黒にストレリチアの白い影が浮かび上がりそうになって、すぐに視線をさらに上へと向ける。
星は、私の気など知らずにいつもと同じように瞬いている。
月光が明るく一帯を照らしている。桜の花びらは、昼夜を問わずに散るのだと、なんとなくそのとき思い、物悲しい気持ちにさせられる。
盛者必衰。咲いた花は、必ず散る運命にある。
ストレリチアは、その円環の外に自分がいると思っているのだろうか?彼女には、自分の破滅の未来は一度たりとも見えていないのだろうか?
私は星と月の光に目を細めると、寝台に入るべく窓を閉め、体の向きを変えた。そうすると、床に座り込んで目を閉じているレイブンに注意がいった。
彼女は眠っているのではない。鍛錬をしている最中なのだ。
体内を巡る魔力の流れ――それを感じ取るところから魔導の探求は始まる。とはいえ、これが自然とできるものもいるし、一生かかってもできないものもいる。前者は自ずと魔導を操れるようになるが、後者は魔導石の起動程度に留まるのだ。
まあ、とにかく…一朝一夕でできる人間は一握り。しかも、彼女は魔導には疎いとされるオリエント人なのだ。今なにかをやっても無駄に等しい。
「レイブン」私はうんざりして冷淡な口調で言う。「いい加減、もう寝なさい。本気で明日、私たちについて来るつもりなら、なおのことよ」
「はい」
短い返事と共に、レイブンが瞳を開く。
知性の深いきらめきが宿る、黒の眼。
「お嬢様が眠られたら、私もそうします」
「あのねぇ…」
一応、与えられた部屋は二人用。ベッドも二つある。
「貴方にそうして起きていられたら、私が眠りづらいでしょう。言うことを聞きなさい」
「…命令、ですか」
じっと、こちらを見つめてくるレイブン。
「ええ、命令よ」
私がそう淡白に告げると、レイブンは無感情な面持ちのまま沈黙し、「承知致しました」とすぐさまベッドに入った。
蝋燭の炎をかき消し、自分もベッドに入る。本来ならばどの部屋にもランプが備え付けてあるものの、魔導石で稼働するタイプのものだったため、取り替えてもらっていた。
静かな夜が私たちを包み込む。
厳かな静寂に身を横たえていると、忌々しいことに、またストレリチアのことが頭をよぎった。
そのとき思い出していたのは、最後に彼女に会ったときのこと、あの地下通路での出来事だ。
生まれた国を追い出される私に、耳打ちされた言葉。
――また会いましょう、アカーシャ。
あれは、どういう意味だったのか。
どうせ死ぬだろうが、頑張れよ、と私を煽った?
いや、違う。
あの子は本気でそう言った気がする。根拠も何もないけれど、揺るぎない確信があった。
そうして考え事をしながら暗黒の虚空を見つめていると、不意に、隣の闇から私を呼ぶ声が聞こえた。
「…お嬢様」
「…なにかしら」
むくり、とレイブンが身を起こしたのが気配で分かった。
「あの…」
言い淀むレイブンに怪訝な顔をしているうちに、彼女は、「やっぱり、何もございません。失礼しました」と言ってまた布団に入ったようだった。
無感情に見えるレイブンでも、明日を思うと不安になるのだろうか。
ふと、あの奴隷はどんなふうに元の主人のところで眠っていたのだろう、とどうでもいいことが気になった。
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