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三章 悪魔の傀儡
悪魔の傀儡.4
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「そもそもオリエントの『呪い』とエルトランドの『魔導』は、根源的には同じものじゃ」
ワダツミは右手に握った木の棒を振って言った。今のこの状況を楽しんでいるのだろう、とてもあどけなく、嬉しそうだった。
彼女の正面には正座したレイブンがいて、その真ん中には黒板代わりの地面がある。そこには、『呪い』、『魔導』と書かれていた。
「我々人間の体には、量にこそ差があるが、共通して『魔力』というものが流れておる。そして、魔力を流し込むことで稼働するものを呪術具――あー、まじっくあいてむ?というわけじゃな」
そう言うと、ワダツミは狭義の呪術具と広義の呪術具があるが…と前置きしたうえで、そのへんで点灯している街灯もその一つであることを説明した。
この辺りは深く説明しても意味がない、と判断したのだろう。多くの場合、仕組みなど知らずとも、使えれば問題ないというのが世の中の感覚である。
「あの」と会話が切れたところで、レイブンが挙手をする。私はそれを、刀を振るふりをして眺めていた。
「お行儀がよいのぉ、なんじゃ」
「さっき、ワダツミ様は『呪い』と『魔導』は根源的には同じとおっしゃいましたよね」
「うむ」
「では、どういう違いがあるのですか?」
なるほど、この子は『仕組みが分からないと嫌な人種』のようだ。
ワダツミはそんな質問を面倒に思う様子はなく、むしろ、待っていました、とでも言いたげな顔で応じた。
「その根本的な違いは、『魔力』をどういうものと捉えているかにある」
「捉え方、ですか?」
不思議そうにレイブンが聞き返せば、ワダツミは唐突に私に向かって言葉の行く先を変えた。
「黒百合、お主、魔力はどういう存在じゃと思う?」
「なにかしら、藪から棒に」聞いていたくせに、聞いていないふりをする。
「いいから答えい」
私はしょうがないな、という感じでため息を吐くと、正眼の構えを崩さないままで答えた。
「魔力は魔力でしょう。体内で練り上げ、詠唱と共に解き放つ力。炎、雷撃、水流、氷結、突風、土塁、砂塵に閃光、果ては未来予知まで。その人の特性には左右されるけれど、魔導で成せないことはないわ」
私は火焔系が得意だった。魔物の群れを灰燼に帰したときもあったし、災害が起きて鉄の扉が変形して開かなくなったときには、灼熱の炎で風穴を空けたものだ。
私はそのときのことを思い出して、陰鬱な気持ちになった。
昔は輝かしい記憶として抱いていたそれも、今や、二度とは帰らない、重荷、私を苦しめる呪縛だ。
(ストレリチア…)
こうして定期的に、あの女の薄笑いを思い出す。これが彼女の狙いだったのだろうか。
ワダツミは私の心が乱気流に煽られていることなど知りもせず、満足そうに頷いて続ける。
「そうじゃ、お主らエルトランド人は『放出する』ものと考える。自身の体内で練り上げて、体外に放つものだとのう」
「何が言いたいのかしら。分かるように言いなさい」
ストレリチアのせいで苛立っていたためか、私は八つ当たりするみたいに強い口調で言った。
「苛ついとるのぅ。そういう日か?」
「っ…ばかっ!さっさと言いなさい」
やれやれ、と肩を竦めたワダツミは、着物の隙間から何枚かの紙を取り出した。
「見ておれ」
そう短く告げると、ワダツミはすうっと瞳の色を変えた。普段の飄々とした印象から一転、大人びた雰囲気へと変貌する。
やがて、彼女は宙に白い紙を放り投げた。
桜の花びらに混じった白の破片は、寸秒、風に漂ったかと思うと、一つ一つに意思があるかのように一塊に集まり始めた。
集まった紙は、先日、私の前で賊を叩き潰した蛇へと形を変えた。
「これが私の呪い――式神じゃ」
白蛇は私とレイブンが唖然としている間を悠々と這うと、からかうようにチロチロと舌を見せる。
「理屈は同じ、魔力を別の力に変換しているにすぎん…が、儂らオリエントの人間は、魔力を放つものとは考えず、『物体に吹き込む』ものと捉えるわけじゃ」
白蛇はまるで命ある生き物みたいに、自由に、己の意志で動いているように私には見えた。ワダツミの命令などなく、気ままに桜の花びらを見つめているのだ。
私の魔導は、こんなふうにはならなかった。当然だ、魔導とは、解き放ったらただの『現象』に変わるものだから。
「これは基本的にどのようなものでも…それこそ、こんな木の枝でも応用が効く。こうして魔力を注いでやれば、脆弱な木の枝が一転――」
ワダツミは不意に近くの庭石を枝で思い切り叩いた。すると、枝は折れることなく、むしろ庭石に白い傷を刻みつけた。
「金属の剣のように強靭になる。…まぁ、土台無理をさせているから、魔力を注ぎ終わるとこうなるがのぉ」
そう言うと、枝は突如として粉々に砕けた。
「へぇ…面白いやり方ね」
東国オリエント――異国の文化は新鮮で面白いな、と内心で思ってしまってから、私は渋い顔をする。なぜなら、それを叩き潰そうとしていたのは自分たちの国だったからである。
私の憂鬱など知らず、ワダツミは言う。
「それで、レイブン。お主は魔力をどう捉える?」
ワダツミは右手に握った木の棒を振って言った。今のこの状況を楽しんでいるのだろう、とてもあどけなく、嬉しそうだった。
彼女の正面には正座したレイブンがいて、その真ん中には黒板代わりの地面がある。そこには、『呪い』、『魔導』と書かれていた。
「我々人間の体には、量にこそ差があるが、共通して『魔力』というものが流れておる。そして、魔力を流し込むことで稼働するものを呪術具――あー、まじっくあいてむ?というわけじゃな」
そう言うと、ワダツミは狭義の呪術具と広義の呪術具があるが…と前置きしたうえで、そのへんで点灯している街灯もその一つであることを説明した。
この辺りは深く説明しても意味がない、と判断したのだろう。多くの場合、仕組みなど知らずとも、使えれば問題ないというのが世の中の感覚である。
「あの」と会話が切れたところで、レイブンが挙手をする。私はそれを、刀を振るふりをして眺めていた。
「お行儀がよいのぉ、なんじゃ」
「さっき、ワダツミ様は『呪い』と『魔導』は根源的には同じとおっしゃいましたよね」
「うむ」
「では、どういう違いがあるのですか?」
なるほど、この子は『仕組みが分からないと嫌な人種』のようだ。
ワダツミはそんな質問を面倒に思う様子はなく、むしろ、待っていました、とでも言いたげな顔で応じた。
「その根本的な違いは、『魔力』をどういうものと捉えているかにある」
「捉え方、ですか?」
不思議そうにレイブンが聞き返せば、ワダツミは唐突に私に向かって言葉の行く先を変えた。
「黒百合、お主、魔力はどういう存在じゃと思う?」
「なにかしら、藪から棒に」聞いていたくせに、聞いていないふりをする。
「いいから答えい」
私はしょうがないな、という感じでため息を吐くと、正眼の構えを崩さないままで答えた。
「魔力は魔力でしょう。体内で練り上げ、詠唱と共に解き放つ力。炎、雷撃、水流、氷結、突風、土塁、砂塵に閃光、果ては未来予知まで。その人の特性には左右されるけれど、魔導で成せないことはないわ」
私は火焔系が得意だった。魔物の群れを灰燼に帰したときもあったし、災害が起きて鉄の扉が変形して開かなくなったときには、灼熱の炎で風穴を空けたものだ。
私はそのときのことを思い出して、陰鬱な気持ちになった。
昔は輝かしい記憶として抱いていたそれも、今や、二度とは帰らない、重荷、私を苦しめる呪縛だ。
(ストレリチア…)
こうして定期的に、あの女の薄笑いを思い出す。これが彼女の狙いだったのだろうか。
ワダツミは私の心が乱気流に煽られていることなど知りもせず、満足そうに頷いて続ける。
「そうじゃ、お主らエルトランド人は『放出する』ものと考える。自身の体内で練り上げて、体外に放つものだとのう」
「何が言いたいのかしら。分かるように言いなさい」
ストレリチアのせいで苛立っていたためか、私は八つ当たりするみたいに強い口調で言った。
「苛ついとるのぅ。そういう日か?」
「っ…ばかっ!さっさと言いなさい」
やれやれ、と肩を竦めたワダツミは、着物の隙間から何枚かの紙を取り出した。
「見ておれ」
そう短く告げると、ワダツミはすうっと瞳の色を変えた。普段の飄々とした印象から一転、大人びた雰囲気へと変貌する。
やがて、彼女は宙に白い紙を放り投げた。
桜の花びらに混じった白の破片は、寸秒、風に漂ったかと思うと、一つ一つに意思があるかのように一塊に集まり始めた。
集まった紙は、先日、私の前で賊を叩き潰した蛇へと形を変えた。
「これが私の呪い――式神じゃ」
白蛇は私とレイブンが唖然としている間を悠々と這うと、からかうようにチロチロと舌を見せる。
「理屈は同じ、魔力を別の力に変換しているにすぎん…が、儂らオリエントの人間は、魔力を放つものとは考えず、『物体に吹き込む』ものと捉えるわけじゃ」
白蛇はまるで命ある生き物みたいに、自由に、己の意志で動いているように私には見えた。ワダツミの命令などなく、気ままに桜の花びらを見つめているのだ。
私の魔導は、こんなふうにはならなかった。当然だ、魔導とは、解き放ったらただの『現象』に変わるものだから。
「これは基本的にどのようなものでも…それこそ、こんな木の枝でも応用が効く。こうして魔力を注いでやれば、脆弱な木の枝が一転――」
ワダツミは不意に近くの庭石を枝で思い切り叩いた。すると、枝は折れることなく、むしろ庭石に白い傷を刻みつけた。
「金属の剣のように強靭になる。…まぁ、土台無理をさせているから、魔力を注ぎ終わるとこうなるがのぉ」
そう言うと、枝は突如として粉々に砕けた。
「へぇ…面白いやり方ね」
東国オリエント――異国の文化は新鮮で面白いな、と内心で思ってしまってから、私は渋い顔をする。なぜなら、それを叩き潰そうとしていたのは自分たちの国だったからである。
私の憂鬱など知らず、ワダツミは言う。
「それで、レイブン。お主は魔力をどう捉える?」
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