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二章 流刑地にて
流刑地にて.4
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回想に耽っているうちに、私はそっと指輪に触れていた。
ストレリチアが私に課した、呪い。その効果のてきめんさは、さっき十分に感じさせられた。オールの魔導石に触れたときより、ずっと。
(忌々しい)
本当に、私の魔力は喰らいつくされつつある。いや、もう喰らい尽くされた後なのかもしれない。
それでも。それでもいいと、私はこんな場所までやって来た。
目線だけを動かして辺りの様子を窺えば、王国では見たこともない樹木に囲まれていた。
東国オリエント…王国が戦闘をしている中小国家だ。王国に比べれば小さい島国だが、独特の文化が醸造されているせいでなかなか手ごわい存在だ。
そんな場所で、明らかな異邦人である私は、とてもではないが身の安全が保証されているとは言えない。
(早々に、この地での基盤を固めなければならないわ…。自分の暮らしも覚束ないのに、城で支配者の如く構えているストレリチアは討てるわけがない)
まずは、どこか町や村に入らなければならない。エルトランド人である自分が暮らしていける場所を探すのだ。
決意を固めて松の森を抜ければ、眼前に広大な草原が現れた。
青々とした平野では魔物らしき生き物や普通の動物がいたるところに確認できたが、幸い、彼らは襲ってくる様子はなかった。おそらくは温厚な種族なのだろう。
飲水だけは探す必要もないくらい見つかったが、食べ物はその限りではない。もしかすると、いよいよ野鳥や獣を取って食わねばならない段階まできているかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、丘の向こうに煙が見えた。
「見なさい。いくつか煙が昇っているわ。町――いえ、村があるようね」
「はい」
「ようやく食べ物にありつけそう。お金は…」
奴隷であるカラス――改め、レイブンがお金を持ち合わせているわけがない。もちろん、罪人として追放された私もまともにお金を持たされていない。
私は、ゆっくりと自分の着ている衣装へと視線を落とした。
ストレリチアに渡された衣装だが…必要以上に高級な代物だ。なるほど、あの悪魔は『着ている服を売らせよう』と考えているわけだ。
「どうにかなるでしょう。飢え死にするよりマシね」
「はぁ」
私は曖昧な返事をするレイブンを見た。奴隷らしくもない、艷やかな黒髪と肌。黒い瞳もくりくりとしていて、邪気がなく、美しい。
(よほどバックライト夫人に気に入られていたのね。お手入れの行き届いたお人形だわ)
そんなお人形を手放して、私に付き添わせるのだから、夫人の飽き性には恐ろしいものを感じる。結局、彼女らは『消耗品』でしかないわけだ。
私は肩を竦め、レイブンを見つめる。黒い瞳は、無遠慮に、恐れを知らずに私を見つめ返してきた。
「『はぁ』とか『はい』とか言ってばかりね、貴方。さっきみたいに言葉を交わしても構わないのよ」
「言葉を交わす…」
感情があるのか、ないのか、よく分からない声音だ。
「どなたとでしょうか?」
「はぁ?」つい、意味が分からなくて大きめの声が出る。「貴方の目の前にいるのは、私だけでしょう。他に誰がいるのかしら」
レイブンは頷くことも首を横に振ることもしない。
私はため息をこぼす。
「はぁ。変わった子ね。奴隷というのは、みんなこうなのかしら…」
私は「まあいいわ」と続けると、ゆっくりと煙の上がっている方角へ再び歩き出した。
なだらかな丘陵が続く。時折、草を食む魔物や動物たちが顔を上げてこちらの様子を窺ったが、敵意がないことを悟ると、また黙食に励んだ。
穏やかな風が頬を撫でる。さて、どんなふうな言い訳をすればオリエント人の懐に入れるだろうか。
それをぼんやりと考えているうちに、気がつけば一番勾配がきつい丘を越えていた。
そして、その直後、私たちは揃って絶句した。
たしかに、そこには村があった。煙だって昇っている。
焦げ臭かった。
村は、紅蓮の炎に包まれて燃えていた。
ストレリチアが私に課した、呪い。その効果のてきめんさは、さっき十分に感じさせられた。オールの魔導石に触れたときより、ずっと。
(忌々しい)
本当に、私の魔力は喰らいつくされつつある。いや、もう喰らい尽くされた後なのかもしれない。
それでも。それでもいいと、私はこんな場所までやって来た。
目線だけを動かして辺りの様子を窺えば、王国では見たこともない樹木に囲まれていた。
東国オリエント…王国が戦闘をしている中小国家だ。王国に比べれば小さい島国だが、独特の文化が醸造されているせいでなかなか手ごわい存在だ。
そんな場所で、明らかな異邦人である私は、とてもではないが身の安全が保証されているとは言えない。
(早々に、この地での基盤を固めなければならないわ…。自分の暮らしも覚束ないのに、城で支配者の如く構えているストレリチアは討てるわけがない)
まずは、どこか町や村に入らなければならない。エルトランド人である自分が暮らしていける場所を探すのだ。
決意を固めて松の森を抜ければ、眼前に広大な草原が現れた。
青々とした平野では魔物らしき生き物や普通の動物がいたるところに確認できたが、幸い、彼らは襲ってくる様子はなかった。おそらくは温厚な種族なのだろう。
飲水だけは探す必要もないくらい見つかったが、食べ物はその限りではない。もしかすると、いよいよ野鳥や獣を取って食わねばならない段階まできているかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、丘の向こうに煙が見えた。
「見なさい。いくつか煙が昇っているわ。町――いえ、村があるようね」
「はい」
「ようやく食べ物にありつけそう。お金は…」
奴隷であるカラス――改め、レイブンがお金を持ち合わせているわけがない。もちろん、罪人として追放された私もまともにお金を持たされていない。
私は、ゆっくりと自分の着ている衣装へと視線を落とした。
ストレリチアに渡された衣装だが…必要以上に高級な代物だ。なるほど、あの悪魔は『着ている服を売らせよう』と考えているわけだ。
「どうにかなるでしょう。飢え死にするよりマシね」
「はぁ」
私は曖昧な返事をするレイブンを見た。奴隷らしくもない、艷やかな黒髪と肌。黒い瞳もくりくりとしていて、邪気がなく、美しい。
(よほどバックライト夫人に気に入られていたのね。お手入れの行き届いたお人形だわ)
そんなお人形を手放して、私に付き添わせるのだから、夫人の飽き性には恐ろしいものを感じる。結局、彼女らは『消耗品』でしかないわけだ。
私は肩を竦め、レイブンを見つめる。黒い瞳は、無遠慮に、恐れを知らずに私を見つめ返してきた。
「『はぁ』とか『はい』とか言ってばかりね、貴方。さっきみたいに言葉を交わしても構わないのよ」
「言葉を交わす…」
感情があるのか、ないのか、よく分からない声音だ。
「どなたとでしょうか?」
「はぁ?」つい、意味が分からなくて大きめの声が出る。「貴方の目の前にいるのは、私だけでしょう。他に誰がいるのかしら」
レイブンは頷くことも首を横に振ることもしない。
私はため息をこぼす。
「はぁ。変わった子ね。奴隷というのは、みんなこうなのかしら…」
私は「まあいいわ」と続けると、ゆっくりと煙の上がっている方角へ再び歩き出した。
なだらかな丘陵が続く。時折、草を食む魔物や動物たちが顔を上げてこちらの様子を窺ったが、敵意がないことを悟ると、また黙食に励んだ。
穏やかな風が頬を撫でる。さて、どんなふうな言い訳をすればオリエント人の懐に入れるだろうか。
それをぼんやりと考えているうちに、気がつけば一番勾配がきつい丘を越えていた。
そして、その直後、私たちは揃って絶句した。
たしかに、そこには村があった。煙だって昇っている。
焦げ臭かった。
村は、紅蓮の炎に包まれて燃えていた。
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