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二章 流刑地にて

流刑地にて.1

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 ――処刑宣告より数日後…。


 深い、深い、井戸の底にたまった澱みたいなものが、この場所には充満していた。

 空気は澱んでいて、呼吸をするのも嫌になる。これなら味がしないほうが百倍マシだ。

 顔を上げれば、幾重にも張り巡らされた鉄格子と…厳重な魔導禁止装置。

 心配しなくとも脱走などするわけもないのに。そんなことをすれば、あの断罪の場で振り絞った勇気があまりにも報われない。

 私は薄闇の中、どうにか自分の影を探そうとした。だが、それは叶わなかった。影を生み出すほどの光は、今、この場にはなかった。希望の一欠片も残っていないことを思えば、当然のことかもしれない。

 処刑宣告を受けて、私は――アカーシャ・オルトリンデは、すぐにでも城の頂上付近にある一室に幽閉された。身体拘束を施さず、そして、罪人たちが寄り集まる地下牢にも放り込まなかったのは、せめてもの情か。

 父も母も、かつての仲間たちも私の元には訪れなかった。

 そろそろ、心の底から認めるべきだ。

 私はストレリチアに敗北した。そして、彼女の光り輝く『正しさ』に、仲間たちは陶酔し、私を選ばなかった。見捨てたのだ。

 窓一つないこの場所は、夜も朝もない。だから、人生の終着点としては相応しい感じがした。

 処刑の日を待つだけになったからか、感情も徐々に鈍化していった。認めたくないことも、段々と諦観という毒となって体に染み込んだ。

 ストレリチアは、やはり傑物だ。年齢など私とたいして変わらないだろうに、常に自分を取り巻く状況を理解し、自分がどう動けば自分をもっとも効率的に魅せられるか分かっている。

 預言者、神託の巫女。

 大層な名前は伊達ではない。本当に、彼女は『神がかって』いる。人間じゃないと言われたほうがよほど納得できるというものだ。

 そんな存在に対し、犬のように付き従うことも考えたことはある。彼女は、我の強いことで有名な私にそう考えさせるほど、『正しい』道を示してきた。

 だが私は、やはり己の心に首輪をつけることはできなかった。彼女の示す未来は、常に高いリスクと共にあったからだ。

『東の山の魔竜が、火の月の末にはどこそこの村を焼き払いにやってくる。だから、先に行って退治しよう』

 違う。まずは村人の避難だ。村は燃えても立て直せる。しかし、灰になった人間は戻らない。討伐はその後である。

『水の月の初め頃には、大地震が起きる。津波が港を襲うだろうから、地の魔導が使える者をかき集めて、土塁を作ろう』

 違う。避難が先だ。土塁が間に合わなかったらどうする。集められた魔導使いと現地民は波にさわられて藻屑になるぞ。

『東国オリエントの軍船が風の月の中頃に近隣の海に迷い込むが、本当に迷っただけなので触れずにいてあげよう』

 何を考えている。今は、戦時中だ。勧告を出し、領海に侵入してくるようなら撃沈だ。

 私はストレリチアが予言し、そのとおりになってきた数々の出来事を思い出していた。彼女はどんな予言であっても、誇張なく100%の確率で的中させてきた。

 そのせいで、人道的だとかなんだとかで、大勢の人の命をリスクにさらすような決断であっても、大勢の人が従った。初めはごく少数だったが、ジャンを筆頭に信者みたいな連中が増え、今では国自体が彼女の言いなりだ。

 別に、ストレリチアは国に害を成すような結果は出していない。だが、ジャンにも言ったがそれは結果論だ。

 こんな政治の在り方が、後世に通じるはずがない…私がどれだけそう言っても、耳を貸す者は少なくなっていった。それどころか、私のほうが疎ましがられた。

 そして、私がなにより許せなかったのは…。

 コツン、コツン、コツン…。

 思考の海に沈んでいると、ふと、扉の外から足音が聞こえてきた。一定のリズムで刻む、優雅な足取りだ。ここまで上がってきている時点で、ただの客人ではない。

 体は動かさないままで顔を上げる。

 私は、扉の先まで来ている者の正体について、理屈は分からないが、確信めいたものがあった。

 コン、コン。

 ノックの音が独房に広がる。私は返事をせず、そのときを待った。

 ぎぃ、と扉が開く。

 光と共に顔を覗かせたのは、先ほどまで私の頭の中の大部分を占めていた女であった。

「ご機嫌いかがですか、アカーシャ様」

 神託の巫女、ストレリチアである。
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