異世界剣豪~侍になれなかった女~

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五章 深夜からの呼び声

深夜からの呼び声.6

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 カランツの村に到着したときも、ミルフィとの距離は縮まっていなかった。

 なだらかな丘から見下ろすカランツの風景は、数時間前に比べて、物々しくなっていた。

 丘側の出入り口には新たな門を建てる予定だったのだが、その骨組みは想像より大きく作られており、この規模の物では下手したら間に合わないのではないかと不安になってしまう。

 しかし、その他の箇所は予想を遥かに上回る勢いで作業が進んでおり、一体、どこからこれだけの木材と人材を引っ張ってきたのかが不思議になった。

 すると、ミルフィが、「村人じゃない人がいる」と呟いた。

「何?」

 燐子が聞き返すと、ミルフィは一瞬、口を開きかけたものの、燐子の顔を見た途端、険しい顔をしてそっぽを向いた。

 どうやら、まだ怒っているらしい。

 燐子のほうも元々の強張った顔つきをいっそう固くして、斜面を降りるミルフィに続いた。

 駆けだせば転げ落ちてしまいそうな急斜面をゆっくりと進んでいると、東の空が赤く燃え始めた。

 朝日か、と燐子はじっと立ち止まる。

 橙色の光が、一睡もしていない鈍った瞳に突き刺さり、反射的に目蓋を下ろす。

(……思いのほか、疲れているようだ。ドリトン殿の家に帰り着いたら、眠れるときに眠っておこう。しばらくは本隊も動き出さないはずだ)

 一日……いや、二日も斥候が帰って来なければさすがに不審がって、偵察ぐらいはしに来るかもしれない。

 そのときまでに万全の態勢を整えておけるのが最良ではあるが、やはり、それは運次第であろう。

 すっかり遠くに移動してしまったミルフィを追い、村の入り口まで移動する。

 組みあがっていく枠組みを眺めながら、確かに知らない人間がちらほらいるな、と感じていた。

 作業の指揮をしていたドリトンを見つけ出し、声をかけようとしたのだが、それよりも先に彼がしわがれた声で、「燐子さん!」と叫んだ。

 その曲がった体躯から搾り出たとは思えない声量にこっちが驚いてしまい、思わず目を白黒させる。

「な、何だ」
「血だらけではないですか!平気なのですか」

 ああ、そういうことかと燐子は苦笑いを浮かべる。

「私の血ではない」
「そ、それでは……」

 こくりと、一つ頷く。

「全て返り血だ」

 淡々と言ってのける燐子を中心に、波紋のようにざわめきの声が広がっていく。

 燐子は青ざめた表情をする村人たちを横目で見回した。

(怯えているか……無理もないな)

 誰もかれもが作業の手を止めて、血の衣を着た燐子を遠巻きに見つめている。

「それより」

 燐子は凍り付いたままのドリトンに歩み寄り、見知らぬ連中は何者なのかと問いかけた。

 すると、ドリトンは驚いた様子で答える。

「どういうことでしょう?彼らは燐子さんのお知り合いと聞きましたが……」
「何だと?」

 そんなはずはない。こちらの世界にこんなに知り合いがいてたまるか。

 ドリトンが訝しんだように眉をしかめたとき、門構えの向こうから燐子を呼ぶ声が聞こえた。彼女がその方向へ顔を向けると、そこには確かに燐子の知り合いの顔があった。

「サイモン!」
「ご無事で何よりです」

 台詞の割に穏やかな表情を浮かべたサイモンが駆け寄って来る。それを見た瞬間、燐子は合点がいって、「お前が用意してくれたのか」と少し嬉しくなった。

「はい、スミスさんから話を聞いて。もしかすると、帝国と戦うおつもりなのかと思いまして、すぐに後を追ってきました」
「それでわざわざ手伝いに来てくれたのか?自分で言うのも何だが、博打のような真似だぞ」
「ええ、話を聞いて驚きましたよ。数日で砦を作ろうと言うのでしょう?」
「砦などと大層なものではない。丘から下って来る兵士が、一か所に集中するようにできればそれでよいのだ」
「ですが、その後は?」
「……その話をする前に、お前が来たということは、騎士団は動くと考えていいのだろうな?」

 サイモンは深く頷き、彼らがすでに出陣の準備に入ったということは間違いないと答えた。

 それは、何もかもが机上の空論の状態で押し進めていた燐子たちにとって、何よりもの朗報だった。

 これで、はっきりと勝機が生まれた。

「今から動き出して、いつ頃着くと考える?」
「そうですね」サイモンは、穏やかな表情を歪めて真剣な様子で考える。「明後日の夜明けでしょうか」

 なるほど、馬一騎なら一日もかからずにアズールからカランツまで移動できるが、行軍ともなれば話は別だ。歩兵もいる以上は、二日はかかって当然だろう。

 帝国にしても、今夜異常に気づいて進軍してくるとしても、おそらくは明日の朝か昼。

 夜までにここに到着できるほど近くに野営しているとは思えないので、戦端が開かれると同時に騎士団が到着すると予測しても、楽観的ではないはずだ。

「ならば、何とかなりそうだ」と燐子はサイモンの目を真っすぐ見据える。「戦うとしても、小一時間程度で済むだろう」

 サイモンは目線をそこかしこに巡らせながら、心底不思議であるといった面持ちで口を開く。

「しかし、戦うと言っても、ここには女子どもか老人しかいませんが……。援軍のあてがあるので?」
「いや、そんなものはない」

 助力が期待できない状況を思えば、サイモンが来てくれたことは僥倖であった。

 即席の砦を作るための物資は、サイモン商団の荷を使ったとのことだ。おかげで、当初の計画より圧倒的に良い壁が作れそうだった。

 もちろん、商団の中に共に戦えそうな者はいない。どのみち危険な賭けだ、誰かを付き合わせようなどというつもりは初めからなかった。

 これは半ば、燐子の自己満足だった。

「では一体、どのようになさるおつもりで……?」

 作業に勤しんでいた村人と商人たちが、興味深そうに手を止めて燐子とサイモンの会話に耳を傾けていた。

 小さく息を吸い込んで、燐子らしい落ち着いた調子で問いに答える。

「私がなんとかしよう」
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