異世界剣豪~侍になれなかった女~

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四章 水の都

水の都.3

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「では早速――」と言って立ち上がったスミスは、少し離れた場所に置いてある箱を持ってくると、二人の前に静かに横たえた。

「これは何だ?」
「さあ、道具じゃないの?」と眼の前の本人に聞けばいいものを、二人はどうしてか互いの耳元で囁き合っていた。

 それからまたさっきの位置に座り込むと、スミスは自然な手付きで箱を開けて、中から一本の両刃の剣を取り出した。

「それは?」
「サイモンからの依頼で打った。急ピッチで仕上げた物だが、悪くはないだろう」
「待て、一体何の話だ?」燐子はスミスの無感情な目つきを真っすぐ見つめ返す。
「お代はもうサイモンに貰っている」
「ねぇ燐子、これもしかして……・」

 そう言って屈んで剣をなぞったミルフィは、一つに結んだ赤い三編みを前から後ろに払った。

 同じようにしゃがんで剣を観察する。すると、かすかに見覚えのある紋様が確認できた。

 くすんだ黒色をした、硬く幅広の刀身。

「おい、まさかあのトカゲを使ったのではあるまいな?」

 燐子が心の底から嫌そうな声を出した。

「もちろんだ。素材が素材だったからな、久々に腕が鳴った」
「ちょっと待て、何とおぞましい真似をするのだ」

 非難の言葉を口にした燐子に、速攻でミルフィが反論する。

「何を言っているのよ!タダでスミスの剣が貰えるのよ?ありがたいじゃない」
「いや、そうは言ってもな……。あのような化け物の体の一部を、剣に混ぜ込むなど……」

 動物の皮や骨で道具を作る、というのは確かに不自然な話ではない。だが、それが侍の命を預ける太刀ともなれば、話は変わって来る。

 そもそも、生き物の体の一部で武器を作って、その耐久性はどうなのだろうか、と燐子は一瞬だけ疑問を抱いたものの、あのトカゲの硬質な外殻のことを思えば、取るに足らない心配だったと考え直す。

 否定的な態度を続けた燐子に、ミルフィが、丁寧にこの世界の『常識』を説明した。

「なるほど、この世界にある珍妙な道具は、そうして魔物の素材から作られたものなのだな」

 確かに、あのトカゲの甲殻や爪牙は良い武器、防具の材料になるかもしれない。

 燐子にとっては理解不能な話ではあったものの、それでもところどころに入るスミスの的確な補足により、話の内容自体は比較的高い次元で学ぶことができた。

 しかし、理解できることと納得できることはまた別の話だ。

「そうよ、だから使わないなんてもったいないの!」
「うぅむ……」燐子はミルフィの持っていた剣に手を伸ばす。

 柄を握れば、自然とミルフィが手を離した。

 その瞬間、あまりの重さに燐子はバランスを崩しかけて前傾姿勢になった。

(……これは駄目だ、重すぎる)

 この重さでは、常に両手で握って戦う必要が出てしまう。そうなれば、自分の得意とする戦術が取れない。

 こんな得物を携えて戦場に出ては格好の的だ。力で対抗する戦い方では、男には勝ちようがない。

 燐子は首を左右に振りながら、剣を元の箱の中に戻し、申し訳なさそうに言った。

「せっかくの心遣いだが、やはり私には不要だ」

 ミルフィが抗議の声を上げるのを耳にしつつ、じっと銅像のようにこちらを見つめ、自分の言葉を待っているスミスに続ける。

「私には重すぎる。ミルフィのような馬鹿力でもなければ、これはまともには扱えまい」
「あぁ?馬鹿力で悪かったわね」ミルフィに肘で小突かれ、よろめきつつも燐子は続ける。
「どれだけ優れた武器でも、使い手がそれを活かせなければ……宝の持ち腐れだ」

 この武器が逸品であるということは、正直、触らないでも容易に分かる。

 スミスに刀を作る技術があれば、是非、一振り作ってもらいたいものではあるのだが……。

「すまないな、私もあのトカゲを倒したと聞いて、勝手に大男を想像していたのだ。サイモンに詳しく聞けば良かったのだが……。それにしても――」

 スミスは自分の作業を止めて言葉を区切り、燐子を見上げた。

 彼女は燐子のアウトラインを目でなぞると、ややあって、無機質な口調で発言した。

「こんなにも可愛いらしい女性だとは、想像もしていなかった」

 スミスの歯の浮くような言葉に、自分がからかわれているのだと思った燐子は、鼻を鳴らして皮肉っぽい笑みをたたえた。

「そうか」
「剣を操る屈強な女剣士、という感じでもなく、身は細く、髪も肌も艷やかなものだ」
「……おい、つまらない冗談は一度で十分だ」
「ん?冗談ではないが」
「よせ、自分がそういう女でないことは百も承知だ」

 顔の前で片手を鬱陶しそうに振る。

「燐子、あっちの柱に鏡が掛かっている、それを覗いてくるといい」とここからは死角になっていて見えない柱を指差す。「君は十分可愛らしい」

 いよいよ居ても立っても居られなくなった燐子は、ほんのり顔を赤らめながら、「そんな下らないことはいいから、刀の整備を頼む」と話を無理やり終わらせるために、腰に下げた太刀と小太刀を相手に突き出した。

「素人に毛の生えた程度の技術と知識しかない私では、そろそろ限界なのだ」

 スミスはそれを受け取ると、途端に目の色を変えた。

「……これは」

 彼女は刀を鞘から半分ほど抜き出し、その刃をじっくりと眺めた。

 それから、刀身を完全に抜き放ち、炎の灯りに掲げて、片目を閉じて何事かを観察すると、次は刃を指でなぞり、二人には聞こえないほどの小声で何か呟いた。

 うっすらとスミスの指先に赤い線が走り、ぷつりぷつりと血の水滴が浮かび上がる。

 スミスの行動にミルフィが心配げな声を出すも、集中してまるで聞こえていない彼女は、血を拭き取ることもせず、しばらくその作業を続けていた。

「異世界の武器が珍しいようだな」とミルフィの耳元で囁くと、なぜかジロリと睨まれたあげく、無視されてしまう。

「なんだ、なにを怒っているのだ」
「うるさい。話しかけないで」
「……ふん、無礼者め」

 何かと怒りっぽいミルフィのことだ、仕方がないと燐子が顔を正面に向けたところ、確認が終わっていたらしいスミスと真正面から視線がぶつかった。

「美しい剣だ、それこそ燐子、君のような」

 燐子は背中がむず痒くなって返す。

「ちっ、またそれか、頼むからよしてくれ」

 このようなからかわれ方には全く慣れていない。

 冗談と分かっていても、どうにも顔が熱くなってしまう。自分には、壊滅的に色恋沙汰の経験がないのだ。

 不意に横腹を強く小突かれて、燐子が苦悶の声を上げた。

「ぐ……!急に何をする」
「鼻の下なんか伸ばして、だらしないわよ」
「そのような場所、伸ばしていない」じろりと目元を険しくする。
「ふぅん、それにしては随分と気の抜けた顔ね。真っ赤になっちゃって、本当に可愛いわね、燐子ちゃんは」
「おい、いい加減、意味の分からない言いがかりをつけるのはやめろ」
「スミスの言う通り、鏡見てきたほうがいいんじゃない?アホ面が映るわよ」

 嘲笑混じりのミルフィの声に青筋が立つ。

「貴様……!」

 次第にヒートアップしてきた二人の口論に割って入る形で、再び刀の話にスミスが戻った。

「複数の金属を混ぜた上に、幾度も打ち直して製錬されてある……。これを一振り作るのに、一体どれだけの時間と素材、修練がいるのか。想像しただけでこれを作った人間が平凡な職人ではないことが分かる」

 突如として饒舌になったスミスに、始めは面食らっていた燐子であったが、すぐに彼女の目の付け所が素晴らしいことに喜びが湧き上がり、つられるような形で高い声が出てしまった。

「刀は、日の本の誇りだからな」
「そして、この切れ味。燐子、教えてくれ。これを作った者たちは何を斬ろうというのだ?」
「無論、道を阻む者全てだ」
「なるほど……。この剣ならば、それができることだろう」
「ふ……実際、私がそうして生きてきたからな」

 燐子が少し誇らしげに語れば、スミスは何度も頷いてくれた。こちらに来て、初めて話せる人間と出会えた気がした。

「今でこそ摩耗しているが、それでも並々ならぬ切れ味。そして、この剣に宿る紋様の美しさ……。とてもではないが戦いの道具とは思えない」

 そこでスミスは一度強く目を閉じ、大きく息を吐いた。

「燐子、単刀直入に聞きたい」
「何だ、何でも聞いてくれ。私に分かることなら何でも答えよう」

 刀を褒められるということは、侍にとって、腕前を讃えられることと同じくらい喜びに満ちたものだ。

 こちらの世界に来て、強さそのものを褒められることは多々あったが、刀の良さの分かる人間などいなかったから、燐子は今までにないくらい上機嫌になって、スミスのほうへと笑顔を向けた。

 その顔つきを、薄ら寒いものを見るような目でミルフィが一瞥している。

 そうして、スミスがゆっくりと目を開けた。

 先ほどまでの無感情さは、刀の話を始めたくらいからすでになくなっており、強い好奇心を煌めかせた瞳が、炎を浴びて燐子を見つめていた。

「君は、この世界の人間ではないな?」
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