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四章 水の都
水の都.2
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この町に鍛冶場は一つしかないらしかったが、その規模は日の本にあったものより数段大きかった。
「すごい規模だな」
鍛冶場独特の匂いが辺りに漂っているが、別に嫌いではない。それどころか、ここには技術者達の神聖な魂があるように感じられてしまい、思わず目を閉じ黙礼せずにはいられなかった。
「燐子?」
「ああ、今行く」
大きな門構えの下をくぐり、奥へと進む。
若い女二人がこんなところに来るのが珍しいのか、作業をしていた鍛冶屋たちが、あちこちで動きを止めてこちらを観察していた。
「ミルフィはよく来るのか?」
「まさか。私が来るのはナイフの新調を依頼するときぐらいだから、一年に何回かしか訪れないわ」
その割には、色んな人から顔見知りのように声をかけられている気がする。やはり若い女性というだけあって、記憶に残りやすいのかも知れない。
燐子はそんなふうに自分を納得させて、一番奥の作業場へと足を踏み入れた。
そこには顔を煤だらけにした女が一人いた。炉の前に座り込んで鍛冶の準備を整えているようだ。
おそらくは、この鍛冶場の棟梁に当たる人物の手伝い役なのだろう。
彼女はちらりとこちらを見たかと思ったら、おもむろに立ち上がり、ミルフィと一言二言言葉を交わした。
そばで見ていて、同年代か少し上ぐらいの女性だと分かったが、見た目に比べてかなり落ち着いており、どこか違和感を覚える。
落ち着いている、というと語弊があるかもしれない。
むしろ、機械的である、という言葉のほうがしっくりくる。
(雰囲気だけで、変わり者だということが分かるな)
ふと、相手がこちらを見つめているのに気がついて、燐子も相手を見つめ返した。
互いに愛想というものが欠落しているせいか、妙な空気が流れる。そのせいか、ミルフィは慌てた様子で言葉を挟み、燐子のことを紹介した。
「あ、こいつは燐子。ちょっと色々あって、今、私の家で世話しているの」
まるで家畜か、飼い犬かのような言われようだ。
「おい、世話などされていないぞ」
「うるさいわね、ご飯の準備をして、服を用意して、それから寝る場所まで用意することを、こっちじゃ『世話をする』っていうのよ」
それを言われてしまっては、一切の反論の余地がなくなってしまう。
「……ちっ」
手も足も出せなくなった燐子は、精一杯の抵抗として、舌を打って視線を逸した。
それからミルフィは、女性のほうを掌で指し示すと、一度燐子の名を呼んで注意を引いてからつらつらと続けた。
「彼女はスミス、信じられないかも知れないけど、ここの鍛冶場の棟梁なの」
炎に照らされてなのか、彼女の肌は小麦色で健康的に見える。
「なに?」
長い修練と、繊細さ、器用さの才覚が必要だという印象のある鍛冶師だ。これほど大きい鍛冶場の棟梁ともなれば、きっと歴戦の戦士のような、年配の大男が務めているのだと燐子は勝手に思い込んでいた。
それなのに、姿を見せたのは自分と大して歳も変わらないような女であった。そのため、燐子は自分がからかわれていると思い、不愉快そうに目元をきつくした。
「相変わらず、つまらない冗談が好きだな」
「いや、本当だって」間髪入れずに返す。「嘘を言うな、女ではないか」
そして、嘘を吐くなら、もっとそれらしい嘘を吐けとミルフィのほうを見て、腕を組んだときだった。
「君も女だ」
激しく踊るようにして燃える炉の火炎が、一段と眩しく火の粉を上げた。
初めは何を言われているのか分からなかった燐子だったが、すぐに自分のことを指摘されているのだと気が付き、スミスと呼ばれた女鍛冶屋に視線を戻した。
「どういう意味だ」
スミスは先ほどからずっと変わらず、無感情な瞳をしていた。だが、その意思のないガラス玉のような目に、燃え盛る炎が反射することで、まるで意思を与えられたかのように一瞬だけ、スミスは確かにこちらを見た。
「あの魔物を倒したと聞いて、どんな人間かと楽しみにしていた」
あの魔物、とは当然、大トカゲのことだろう。
サイモンから貰った報奨金のことを含めて考えたら、ここら一帯では、名の知れた魔物だったのかもしれない。
「あのトカゲを倒したんだ、相当に腕の立つ剣士のはず――」
そこで言葉を区切ったスミスは、途端に興味を失ったかのように作業に戻ると、燐子の怒りの炎を滾らせる一言を吐き捨てた。
「だが、女だった」
「……何?」
二人の間に立ったミルフィが場を収めようと声を上げたが、スミスのすぐそばまで足早に近寄った燐子の口は塞げない。
「貴様、私を侮辱するつもりか」
「どうとでも解釈してもらって構わない」
「ほう」と青筋を立てた燐子は、ゆっくりと太刀を鞘から滑らせスミスへと向けた。
さすがにこれは止めなくては、と燐子の肩に手をかけようとしたミルフィは、自分に向けられていたスミスの静かな瞳に制されて、その手を止めた。
「つまりそれは、斬られても文句はないということだな」
「へぇ、なぜそうなる?」
「女というだけで、私の腕を侮辱することは許さん」
「そう」
「言いたいことはそれだけか」スミスの無関心さが癪に障る。
「もう一つだけ」
最低限の単語だけでやり取りをしようという態度が、いかにも怠そうで、ますます腹が立つ。
スミスは一度だけ、自分を見下ろす燐子へと顔を向けた。
「黄金律というものを知っているかい?『自分がされて嫌なことは、人にするな』というものだが」
燐子はその言葉の意味が分からず、数秒間だけ沈黙したが、すぐに自分が犯した愚行に思い至り、顔が熱くなった。
「これは一本取られた」
燐子は抜いた太刀をゆっくり鞘に納めて、苦い顔をした。
「先に無礼を働いたのは私のほうだったようだ……申し訳ない」体を直角に曲げて謝罪する。
「別にいい、気にしていない」体を折り曲げた燐子を、ガラス玉のような瞳で見つめてスミスが言う。「私も大人気なかった」
「……そう言ってもらえるとありがたい」
後方で、「燐子ってさ、ちゃんと謝れるのね」と冷やかすように呟くミルフィを無視して、もう一度体を半分に折り曲げた。
自分がされて嫌なことは、相手にもしてはいけない。
口にするのは容易いが、その黄金律を遵守することは、存外難しいものである。
頭を上げるように促され、面を上げた燐子に、スミスは口元を数ミリだけ動かし言った。
これがもしも笑顔を作っているつもりなのであれば、絶望的に下手くそである。
「ちなみに、楽しみにしていたというのは本当だ。よろしく、燐子」
「……あぁ、よろしく頼む。スミス」
「すごい規模だな」
鍛冶場独特の匂いが辺りに漂っているが、別に嫌いではない。それどころか、ここには技術者達の神聖な魂があるように感じられてしまい、思わず目を閉じ黙礼せずにはいられなかった。
「燐子?」
「ああ、今行く」
大きな門構えの下をくぐり、奥へと進む。
若い女二人がこんなところに来るのが珍しいのか、作業をしていた鍛冶屋たちが、あちこちで動きを止めてこちらを観察していた。
「ミルフィはよく来るのか?」
「まさか。私が来るのはナイフの新調を依頼するときぐらいだから、一年に何回かしか訪れないわ」
その割には、色んな人から顔見知りのように声をかけられている気がする。やはり若い女性というだけあって、記憶に残りやすいのかも知れない。
燐子はそんなふうに自分を納得させて、一番奥の作業場へと足を踏み入れた。
そこには顔を煤だらけにした女が一人いた。炉の前に座り込んで鍛冶の準備を整えているようだ。
おそらくは、この鍛冶場の棟梁に当たる人物の手伝い役なのだろう。
彼女はちらりとこちらを見たかと思ったら、おもむろに立ち上がり、ミルフィと一言二言言葉を交わした。
そばで見ていて、同年代か少し上ぐらいの女性だと分かったが、見た目に比べてかなり落ち着いており、どこか違和感を覚える。
落ち着いている、というと語弊があるかもしれない。
むしろ、機械的である、という言葉のほうがしっくりくる。
(雰囲気だけで、変わり者だということが分かるな)
ふと、相手がこちらを見つめているのに気がついて、燐子も相手を見つめ返した。
互いに愛想というものが欠落しているせいか、妙な空気が流れる。そのせいか、ミルフィは慌てた様子で言葉を挟み、燐子のことを紹介した。
「あ、こいつは燐子。ちょっと色々あって、今、私の家で世話しているの」
まるで家畜か、飼い犬かのような言われようだ。
「おい、世話などされていないぞ」
「うるさいわね、ご飯の準備をして、服を用意して、それから寝る場所まで用意することを、こっちじゃ『世話をする』っていうのよ」
それを言われてしまっては、一切の反論の余地がなくなってしまう。
「……ちっ」
手も足も出せなくなった燐子は、精一杯の抵抗として、舌を打って視線を逸した。
それからミルフィは、女性のほうを掌で指し示すと、一度燐子の名を呼んで注意を引いてからつらつらと続けた。
「彼女はスミス、信じられないかも知れないけど、ここの鍛冶場の棟梁なの」
炎に照らされてなのか、彼女の肌は小麦色で健康的に見える。
「なに?」
長い修練と、繊細さ、器用さの才覚が必要だという印象のある鍛冶師だ。これほど大きい鍛冶場の棟梁ともなれば、きっと歴戦の戦士のような、年配の大男が務めているのだと燐子は勝手に思い込んでいた。
それなのに、姿を見せたのは自分と大して歳も変わらないような女であった。そのため、燐子は自分がからかわれていると思い、不愉快そうに目元をきつくした。
「相変わらず、つまらない冗談が好きだな」
「いや、本当だって」間髪入れずに返す。「嘘を言うな、女ではないか」
そして、嘘を吐くなら、もっとそれらしい嘘を吐けとミルフィのほうを見て、腕を組んだときだった。
「君も女だ」
激しく踊るようにして燃える炉の火炎が、一段と眩しく火の粉を上げた。
初めは何を言われているのか分からなかった燐子だったが、すぐに自分のことを指摘されているのだと気が付き、スミスと呼ばれた女鍛冶屋に視線を戻した。
「どういう意味だ」
スミスは先ほどからずっと変わらず、無感情な瞳をしていた。だが、その意思のないガラス玉のような目に、燃え盛る炎が反射することで、まるで意思を与えられたかのように一瞬だけ、スミスは確かにこちらを見た。
「あの魔物を倒したと聞いて、どんな人間かと楽しみにしていた」
あの魔物、とは当然、大トカゲのことだろう。
サイモンから貰った報奨金のことを含めて考えたら、ここら一帯では、名の知れた魔物だったのかもしれない。
「あのトカゲを倒したんだ、相当に腕の立つ剣士のはず――」
そこで言葉を区切ったスミスは、途端に興味を失ったかのように作業に戻ると、燐子の怒りの炎を滾らせる一言を吐き捨てた。
「だが、女だった」
「……何?」
二人の間に立ったミルフィが場を収めようと声を上げたが、スミスのすぐそばまで足早に近寄った燐子の口は塞げない。
「貴様、私を侮辱するつもりか」
「どうとでも解釈してもらって構わない」
「ほう」と青筋を立てた燐子は、ゆっくりと太刀を鞘から滑らせスミスへと向けた。
さすがにこれは止めなくては、と燐子の肩に手をかけようとしたミルフィは、自分に向けられていたスミスの静かな瞳に制されて、その手を止めた。
「つまりそれは、斬られても文句はないということだな」
「へぇ、なぜそうなる?」
「女というだけで、私の腕を侮辱することは許さん」
「そう」
「言いたいことはそれだけか」スミスの無関心さが癪に障る。
「もう一つだけ」
最低限の単語だけでやり取りをしようという態度が、いかにも怠そうで、ますます腹が立つ。
スミスは一度だけ、自分を見下ろす燐子へと顔を向けた。
「黄金律というものを知っているかい?『自分がされて嫌なことは、人にするな』というものだが」
燐子はその言葉の意味が分からず、数秒間だけ沈黙したが、すぐに自分が犯した愚行に思い至り、顔が熱くなった。
「これは一本取られた」
燐子は抜いた太刀をゆっくり鞘に納めて、苦い顔をした。
「先に無礼を働いたのは私のほうだったようだ……申し訳ない」体を直角に曲げて謝罪する。
「別にいい、気にしていない」体を折り曲げた燐子を、ガラス玉のような瞳で見つめてスミスが言う。「私も大人気なかった」
「……そう言ってもらえるとありがたい」
後方で、「燐子ってさ、ちゃんと謝れるのね」と冷やかすように呟くミルフィを無視して、もう一度体を半分に折り曲げた。
自分がされて嫌なことは、相手にもしてはいけない。
口にするのは容易いが、その黄金律を遵守することは、存外難しいものである。
頭を上げるように促され、面を上げた燐子に、スミスは口元を数ミリだけ動かし言った。
これがもしも笑顔を作っているつもりなのであれば、絶望的に下手くそである。
「ちなみに、楽しみにしていたというのは本当だ。よろしく、燐子」
「……あぁ、よろしく頼む。スミス」
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