異世界剣豪~侍になれなかった女~

null

文字の大きさ
上 下
19 / 41
四章 水の都

水の都.2

しおりを挟む
 この町に鍛冶場は一つしかないらしかったが、その規模は日の本にあったものより数段大きかった。

「すごい規模だな」

 鍛冶場独特の匂いが辺りに漂っているが、別に嫌いではない。それどころか、ここには技術者達の神聖な魂があるように感じられてしまい、思わず目を閉じ黙礼せずにはいられなかった。

「燐子?」
「ああ、今行く」

 大きな門構えの下をくぐり、奥へと進む。

 若い女二人がこんなところに来るのが珍しいのか、作業をしていた鍛冶屋たちが、あちこちで動きを止めてこちらを観察していた。

「ミルフィはよく来るのか?」
「まさか。私が来るのはナイフの新調を依頼するときぐらいだから、一年に何回かしか訪れないわ」

 その割には、色んな人から顔見知りのように声をかけられている気がする。やはり若い女性というだけあって、記憶に残りやすいのかも知れない。

 燐子はそんなふうに自分を納得させて、一番奥の作業場へと足を踏み入れた。

 そこには顔を煤だらけにした女が一人いた。炉の前に座り込んで鍛冶の準備を整えているようだ。

 おそらくは、この鍛冶場の棟梁に当たる人物の手伝い役なのだろう。

 彼女はちらりとこちらを見たかと思ったら、おもむろに立ち上がり、ミルフィと一言二言言葉を交わした。

 そばで見ていて、同年代か少し上ぐらいの女性だと分かったが、見た目に比べてかなり落ち着いており、どこか違和感を覚える。

 落ち着いている、というと語弊があるかもしれない。

 むしろ、機械的である、という言葉のほうがしっくりくる。

(雰囲気だけで、変わり者だということが分かるな)

 ふと、相手がこちらを見つめているのに気がついて、燐子も相手を見つめ返した。

 互いに愛想というものが欠落しているせいか、妙な空気が流れる。そのせいか、ミルフィは慌てた様子で言葉を挟み、燐子のことを紹介した。

「あ、こいつは燐子。ちょっと色々あって、今、私の家で世話しているの」

 まるで家畜か、飼い犬かのような言われようだ。

「おい、世話などされていないぞ」
「うるさいわね、ご飯の準備をして、服を用意して、それから寝る場所まで用意することを、こっちじゃ『世話をする』っていうのよ」

 それを言われてしまっては、一切の反論の余地がなくなってしまう。

「……ちっ」

 手も足も出せなくなった燐子は、精一杯の抵抗として、舌を打って視線を逸した。

 それからミルフィは、女性のほうを掌で指し示すと、一度燐子の名を呼んで注意を引いてからつらつらと続けた。

「彼女はスミス、信じられないかも知れないけど、ここの鍛冶場の棟梁なの」

 炎に照らされてなのか、彼女の肌は小麦色で健康的に見える。

「なに?」

 長い修練と、繊細さ、器用さの才覚が必要だという印象のある鍛冶師だ。これほど大きい鍛冶場の棟梁ともなれば、きっと歴戦の戦士のような、年配の大男が務めているのだと燐子は勝手に思い込んでいた。

 それなのに、姿を見せたのは自分と大して歳も変わらないような女であった。そのため、燐子は自分がからかわれていると思い、不愉快そうに目元をきつくした。

「相変わらず、つまらない冗談が好きだな」
「いや、本当だって」間髪入れずに返す。「嘘を言うな、女ではないか」

 そして、嘘を吐くなら、もっとそれらしい嘘を吐けとミルフィのほうを見て、腕を組んだときだった。

「君も女だ」

 激しく踊るようにして燃える炉の火炎が、一段と眩しく火の粉を上げた。

 初めは何を言われているのか分からなかった燐子だったが、すぐに自分のことを指摘されているのだと気が付き、スミスと呼ばれた女鍛冶屋に視線を戻した。

「どういう意味だ」

 スミスは先ほどからずっと変わらず、無感情な瞳をしていた。だが、その意思のないガラス玉のような目に、燃え盛る炎が反射することで、まるで意思を与えられたかのように一瞬だけ、スミスは確かにこちらを見た。

「あの魔物を倒したと聞いて、どんな人間かと楽しみにしていた」

 あの魔物、とは当然、大トカゲのことだろう。

 サイモンから貰った報奨金のことを含めて考えたら、ここら一帯では、名の知れた魔物だったのかもしれない。

「あのトカゲを倒したんだ、相当に腕の立つ剣士のはず――」

 そこで言葉を区切ったスミスは、途端に興味を失ったかのように作業に戻ると、燐子の怒りの炎を滾らせる一言を吐き捨てた。

「だが、女だった」
「……何?」

 二人の間に立ったミルフィが場を収めようと声を上げたが、スミスのすぐそばまで足早に近寄った燐子の口は塞げない。

「貴様、私を侮辱するつもりか」
「どうとでも解釈してもらって構わない」
「ほう」と青筋を立てた燐子は、ゆっくりと太刀を鞘から滑らせスミスへと向けた。

 さすがにこれは止めなくては、と燐子の肩に手をかけようとしたミルフィは、自分に向けられていたスミスの静かな瞳に制されて、その手を止めた。

「つまりそれは、斬られても文句はないということだな」
「へぇ、なぜそうなる?」
「女というだけで、私の腕を侮辱することは許さん」
「そう」
「言いたいことはそれだけか」スミスの無関心さが癪に障る。
「もう一つだけ」

 最低限の単語だけでやり取りをしようという態度が、いかにも怠そうで、ますます腹が立つ。

 スミスは一度だけ、自分を見下ろす燐子へと顔を向けた。

「黄金律というものを知っているかい?『自分がされて嫌なことは、人にするな』というものだが」

 燐子はその言葉の意味が分からず、数秒間だけ沈黙したが、すぐに自分が犯した愚行に思い至り、顔が熱くなった。

「これは一本取られた」

 燐子は抜いた太刀をゆっくり鞘に納めて、苦い顔をした。

「先に無礼を働いたのは私のほうだったようだ……申し訳ない」体を直角に曲げて謝罪する。
「別にいい、気にしていない」体を折り曲げた燐子を、ガラス玉のような瞳で見つめてスミスが言う。「私も大人気なかった」

「……そう言ってもらえるとありがたい」

 後方で、「燐子ってさ、ちゃんと謝れるのね」と冷やかすように呟くミルフィを無視して、もう一度体を半分に折り曲げた。

 自分がされて嫌なことは、相手にもしてはいけない。

 口にするのは容易いが、その黄金律を遵守することは、存外難しいものである。

 頭を上げるように促され、面を上げた燐子に、スミスは口元を数ミリだけ動かし言った。

 これがもしも笑顔を作っているつもりなのであれば、絶望的に下手くそである。

「ちなみに、楽しみにしていたというのは本当だ。よろしく、燐子」
「……あぁ、よろしく頼む。スミス」
しおりを挟む
読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、応援よろしくお願いします!
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

処理中です...