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三章 光、駆ける
光、駆ける.3
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冷淡極まりない一言にミルフィは、目と口を大きく開けて呆然と燐子を見ていたのだが、ハッと我に返ると、怒りで満ちた瞳で相手を睨みつけながら、燐子の胸ぐらを掴み上げた。
「アンタねぇ!」
ミルフィが、顔色一つ変えない燐子の顔を今にも殴りつけようというとき、不意に、彼女の震える拳に触れた者がいた。
ぎゅっと、彼女の震える片手を握りしめる小さな手に、思わず二人が目を向ける。
「お母さんとお姉ちゃん、死んじゃったの?」
向こうの商人一座のほうで泣きじゃくっていた少年だと、すぐに二人は気がついた。
燐子は無視してその場を去ろうと考えたのだが、ミルフィがその場にしゃがみ込んで話を聞き始めたことで、燐子自身も動けなくなってしまう。
少年の頭上に落ちた緑の葉っぱを指先で摘んだミルフィは、彼の潤んだ瞳を真っすぐ見据えた。
先ほどまでとは打って変わって、強い意思を感じられる瞳が、彼女らしく毅然と輝く。
周囲の人間たちがじっと二人の会話の行く末を見守る中、燐子だけが居心地悪そうに腕を組んで薄く目を開けていた。
「大丈夫だよ、きっと生きてる」
「ミルフィ」
何と無責任な、と呆れと怒りを抱いた燐子は、すぐにミルフィの発言を咎めたが、逆に彼女に睨み返されて仕方がなく口をつぐんだ。
「ほんと?」
「ええ、本当よ」
「生きてるの?お母さんたち」
その問いに深く頷いたミルフィは、少年のか細い肩を掴んで、弾けるような笑顔を無理やり作った。
「私たちがみんなを連れてくるから、ね?」
「おい」
反射的に鋭く燐子が呼びかけるも、少年がよりいっそう縋るような顔を見せて、「本当?」と聞き返すものだから、それにまた明るくミルフィが答えてしまい、いよいよ取り返しがつかなくなってしまった。
少年はほんの少しだけ微笑んで、駆け足で一座のほうへと戻って行く。
燐子は、その後ろ姿を満足そうな顔で眺めていたミルフィの肩を背中から掴んで、厳しい口調で彼女を責めた。
「いい加減にしろ、どういうつもりだ」
「……いいじゃない」
「いいわけがあるものか、それに何だ、『私たち』とは?」
「それは、その」
「全く、無責任なことをよくも言ったものだ」
「り、燐子は何も思わないの、こんな、こんなことを見過ごして平気なの?」
一座のほうを横目で指し示すミルフィ。
その人間性を責めるような言葉に青筋を立てた燐子は、声量を大きくして反論する。
「お前は、こうして誰かが不幸になる度に首を突っ込むのか」
言葉を詰まらせたミルフィを追い詰めるように、言葉を重ねる。
「全ての人間を救うことなど、できはしない。それは、たとえ領主だろうと、侍――騎士だろうと、そうだ」
実際、自分のところでもそうだった。
野党や飢饉、流行り病、戦争……。
数え出すときりがないほどに、人を死に追いやるものが世の中にはある。その全てに手を打つことなど、不可能なのだ。
馬鹿なことは止める。これが、現実を知る者の務めだろう。
「それに、お前が死ねば、エミリオはどう思うだろうな」
エミリオ、という名前に敏感に反応したミルフィは、言葉を失って俯いた。
さすがのミルフィもこれにはこたえたようで、完全に黙り込んで地面を睨みつけてしまっている。
(言いすぎたか?いや、しかしな……こうでも言わんと、ミルフィは……)
ミルフィはやがて、ゆっくりと面を上げると、今度こそ明確な意思を持って燐子の目を真っすぐ射抜いた。
「じゃあ、私だけで行くわ」
燐子が声をかけて止める暇もなく、ミルフィがぐんぐんと商人の一団のほうへと進んでいく。
先ほどの少年が嬉しそうにミルフィのことを報告していると、周りの大人たちは表情を曇らせて、少年から、歩み寄ってきたミルフィのほうへと視線を動かした。
仕方がなく彼女の後ろを離れて付いて行く。
商人一座の代表らしい男性は、先ほど憑かれたように独り言を呟いていた男性だった。
彼はミルフィと燐子を期待半分、憤りが半分といった瞳で見つめる。
「あの……息子がご迷惑をかけたみたいで」
つまり、男は行方不明者の中に妻と娘を抱えているわけだ。
「いえ、構いません。それで馬車には何人乗っていたのですか?」
事務的に尋ねたミルフィに、男は「え?」と間抜けな顔で返し、それからしばらくミルフィの顔と燐子の顔を交互に見比べると、「本当に行ってくれるのですか?」と瞳の奥を希望で瞬かせた。
「ええ、行きます」
滑舌良く肯定したミルフィに、男性だけでなく、周囲に居た人々も小さな歓声に湧いた。
勝手に話が悪いほうに進んでいる、と燐子はため息を吐く。
こういうことは後になれば後になるほど、取り返しがつかなくなるものだ。
「お前一人で何ができる」
「黙ってなさいよ、燐子」
「本当に私でも手に負えないような相手なら、むざむざ死にに行くようなものだ」
不安げな顔を覗かせた一座へと向き直り、燐子が苛立たしく舌を鳴らしながら言う。
「そもそも、なぜ人に縋る。自分の家族ならば、人に頼らず、自らの手で救い出そうとは思わんのか」
これだけの人数が居て、どいつもこいつも、この世界の人間は腑抜けばかりか。
「自分たちよりも歳の若い女二人に任せて、恥ずかしくはないのか?」
瞬間、ミルフィの平手が空を切りながら自分に迫る。
視界の端に映ったそれを、反射的に片手で受け止める。
渇いた音が空気中に響いて、辺りは凪のように静まりかえってしまった。
今度こそ明確な憤慨に目を光らせたミルフィが、その馬鹿力で何としてでも私の頬を叩こうとしてくる。しかし、こちらも決して瞳を逸らさぬまま断固として譲らない。
戦おうという意思を見せたのは、コイツだけだ。
獣すらも、同胞が討たれれば命をかけてその復讐に乗り出すのに、こいつらときたら、助けてくれる誰かを待って震えるか、泣くだけだ。
そんな連中を見ているだけでも反吐が出そうなのに、代わりに命を賭して戦うだと?
そんなもの、死んでも御免だ。
どよめく周囲のことなど気にも留めずに、二人は互いの瞳の奥を見透かそうとするかのように見つめ合った。
「誰もが戦う力を持っているわけじゃないのよ」
「それは弱者の理屈だ」
「それこそ強者の理屈でしょ」
ミルフィが毅然と返す。
「その弱者を守るのが、強者の仕事だとは思えないの?」
力なき民を守る、か。
確かに、侍のあるべき姿として正しいのかもしれない。
だが、この世に侍はいない。そして、そこに讃えられるべき誇りもない。
そんな中で、何を求める?
「生きるに値しない、って言ってたわよね」
じっと、ミルフィの言葉を待つ。
(私は何を期待しているのだろう?目の前の自分と変わらないぐらいの女に、何を待っているのだ)
「だったら、つべこべ言わずに、その無用の命をかけて困ってる人を助けなさいよ!」
苛烈な眼差しだった。
鍛冶場の炉で燃え盛る炎より、ずっと熱く、鮮やかで、美しい。
「とにかく、私は行くから!」
ドスドスと足音を立てて、一団のほうへと離れていくミルフィ。その意地っ張りというか、向こう見ずな背中に、ため息混じりで声をかける。
「どうやって行くつもりだ?」
「うっ……」
「まさか、歩いて戻るのか?」
「そ、そうよっ!」
はぁ、とため息を吐く。
この調子では、本気で徒歩で戻りそうだ。
そうなると、いよいよ時間の無駄になる。
自分は、危険を冒すのが怖いのではない、ただ単にそうしなければならない理屈が分からないだけだ。
彼らがなけなしの勇気を振り絞り戦うのであれば、自分も率先してその矢面に立つだろう。
それがない以上、本来は手を貸す必要もないと思ったのだ。
(ただ……ミルフィは覚悟を示した。こいつは、自分と同じ無関係者のくせに、だ)
もう何回目かも分からないため息を吐いた燐子は、商人たちのところにいる毛並みの良い馬を見やると、「おい」と声をかけた。
「な、なんでしょう」
「その馬をよこせ」
「あ、あの馬をですか……?」
商人が振り向く先には、立派な馬が一頭。
美しい栗毛が木漏れ日に照らされて、その筋骨隆々とした体をゆっくりと上下させている。
大人しく優しそうな瞳だが、そのうちに秘めたる気性の荒さが、鼻息に如実に表れている。
不意に、故郷の平原が脳裏に蘇った。
静かな風が草原の海を渡り、愛馬のいななきが、どこまでも青い空の果てに響いていく。
白い雲を裂いて降り注いでくる天の光に、手を伸ばしてはしゃいでいたあの頃。
父に乗馬を教えてもらって、騎馬戦でのいろはを伝授された。
だが、私は騎馬に乗って戦うのは不得手だった。
怖かったのだ、大事な愛馬が傷つき倒れるのが。
それを想像してしまってからは、騎馬戦は避けるようになった。
だが、結局、愛馬は他の騎手を得て、戦場で死んだ。
(そういえば、あの馬もあんな毛並みで、大人しそうながらも獰猛であったな)
郷愁に拭ける燐子に、男が腰を低くして尋ねる。
「あのぉ、どうしてでしょうか?」
それでふっと現実に戻ってきた燐子は、数秒間だけ瞳を閉じて、心を落ち着かせると、無感情な声音で告げた。
「私も行く。だが、徒歩で行っても意味はなかろう。せめて、その馬を貸せ」
燐子が言葉を発したのがよっぽど驚きだったのか、ミルフィも含めた全員が目を見張り、彼女を見据えた。
「り、燐子……!」
「お前を死なせるわけにはいかん」
真っ直ぐ、ミルフィの瞳を貫く。どうしてか、彼女の頬が紅葉を散らしたみたいに赤くなった。
すっと視線を逸らしたミルフィが、酷くあどけなく見えて、燐子の心のうちがほんの少し揺れる。
(さっきまでの顔つきとは大違いだ。急にそんな顔をされると、落ち着かんではないか……)
動揺を悟られぬよう、早口で言葉を紡ぐ。
「……勘違いするな。エミリオやドリトン殿に、申し訳が立たんからだ」
「アンタねぇ!」
ミルフィが、顔色一つ変えない燐子の顔を今にも殴りつけようというとき、不意に、彼女の震える拳に触れた者がいた。
ぎゅっと、彼女の震える片手を握りしめる小さな手に、思わず二人が目を向ける。
「お母さんとお姉ちゃん、死んじゃったの?」
向こうの商人一座のほうで泣きじゃくっていた少年だと、すぐに二人は気がついた。
燐子は無視してその場を去ろうと考えたのだが、ミルフィがその場にしゃがみ込んで話を聞き始めたことで、燐子自身も動けなくなってしまう。
少年の頭上に落ちた緑の葉っぱを指先で摘んだミルフィは、彼の潤んだ瞳を真っすぐ見据えた。
先ほどまでとは打って変わって、強い意思を感じられる瞳が、彼女らしく毅然と輝く。
周囲の人間たちがじっと二人の会話の行く末を見守る中、燐子だけが居心地悪そうに腕を組んで薄く目を開けていた。
「大丈夫だよ、きっと生きてる」
「ミルフィ」
何と無責任な、と呆れと怒りを抱いた燐子は、すぐにミルフィの発言を咎めたが、逆に彼女に睨み返されて仕方がなく口をつぐんだ。
「ほんと?」
「ええ、本当よ」
「生きてるの?お母さんたち」
その問いに深く頷いたミルフィは、少年のか細い肩を掴んで、弾けるような笑顔を無理やり作った。
「私たちがみんなを連れてくるから、ね?」
「おい」
反射的に鋭く燐子が呼びかけるも、少年がよりいっそう縋るような顔を見せて、「本当?」と聞き返すものだから、それにまた明るくミルフィが答えてしまい、いよいよ取り返しがつかなくなってしまった。
少年はほんの少しだけ微笑んで、駆け足で一座のほうへと戻って行く。
燐子は、その後ろ姿を満足そうな顔で眺めていたミルフィの肩を背中から掴んで、厳しい口調で彼女を責めた。
「いい加減にしろ、どういうつもりだ」
「……いいじゃない」
「いいわけがあるものか、それに何だ、『私たち』とは?」
「それは、その」
「全く、無責任なことをよくも言ったものだ」
「り、燐子は何も思わないの、こんな、こんなことを見過ごして平気なの?」
一座のほうを横目で指し示すミルフィ。
その人間性を責めるような言葉に青筋を立てた燐子は、声量を大きくして反論する。
「お前は、こうして誰かが不幸になる度に首を突っ込むのか」
言葉を詰まらせたミルフィを追い詰めるように、言葉を重ねる。
「全ての人間を救うことなど、できはしない。それは、たとえ領主だろうと、侍――騎士だろうと、そうだ」
実際、自分のところでもそうだった。
野党や飢饉、流行り病、戦争……。
数え出すときりがないほどに、人を死に追いやるものが世の中にはある。その全てに手を打つことなど、不可能なのだ。
馬鹿なことは止める。これが、現実を知る者の務めだろう。
「それに、お前が死ねば、エミリオはどう思うだろうな」
エミリオ、という名前に敏感に反応したミルフィは、言葉を失って俯いた。
さすがのミルフィもこれにはこたえたようで、完全に黙り込んで地面を睨みつけてしまっている。
(言いすぎたか?いや、しかしな……こうでも言わんと、ミルフィは……)
ミルフィはやがて、ゆっくりと面を上げると、今度こそ明確な意思を持って燐子の目を真っすぐ射抜いた。
「じゃあ、私だけで行くわ」
燐子が声をかけて止める暇もなく、ミルフィがぐんぐんと商人の一団のほうへと進んでいく。
先ほどの少年が嬉しそうにミルフィのことを報告していると、周りの大人たちは表情を曇らせて、少年から、歩み寄ってきたミルフィのほうへと視線を動かした。
仕方がなく彼女の後ろを離れて付いて行く。
商人一座の代表らしい男性は、先ほど憑かれたように独り言を呟いていた男性だった。
彼はミルフィと燐子を期待半分、憤りが半分といった瞳で見つめる。
「あの……息子がご迷惑をかけたみたいで」
つまり、男は行方不明者の中に妻と娘を抱えているわけだ。
「いえ、構いません。それで馬車には何人乗っていたのですか?」
事務的に尋ねたミルフィに、男は「え?」と間抜けな顔で返し、それからしばらくミルフィの顔と燐子の顔を交互に見比べると、「本当に行ってくれるのですか?」と瞳の奥を希望で瞬かせた。
「ええ、行きます」
滑舌良く肯定したミルフィに、男性だけでなく、周囲に居た人々も小さな歓声に湧いた。
勝手に話が悪いほうに進んでいる、と燐子はため息を吐く。
こういうことは後になれば後になるほど、取り返しがつかなくなるものだ。
「お前一人で何ができる」
「黙ってなさいよ、燐子」
「本当に私でも手に負えないような相手なら、むざむざ死にに行くようなものだ」
不安げな顔を覗かせた一座へと向き直り、燐子が苛立たしく舌を鳴らしながら言う。
「そもそも、なぜ人に縋る。自分の家族ならば、人に頼らず、自らの手で救い出そうとは思わんのか」
これだけの人数が居て、どいつもこいつも、この世界の人間は腑抜けばかりか。
「自分たちよりも歳の若い女二人に任せて、恥ずかしくはないのか?」
瞬間、ミルフィの平手が空を切りながら自分に迫る。
視界の端に映ったそれを、反射的に片手で受け止める。
渇いた音が空気中に響いて、辺りは凪のように静まりかえってしまった。
今度こそ明確な憤慨に目を光らせたミルフィが、その馬鹿力で何としてでも私の頬を叩こうとしてくる。しかし、こちらも決して瞳を逸らさぬまま断固として譲らない。
戦おうという意思を見せたのは、コイツだけだ。
獣すらも、同胞が討たれれば命をかけてその復讐に乗り出すのに、こいつらときたら、助けてくれる誰かを待って震えるか、泣くだけだ。
そんな連中を見ているだけでも反吐が出そうなのに、代わりに命を賭して戦うだと?
そんなもの、死んでも御免だ。
どよめく周囲のことなど気にも留めずに、二人は互いの瞳の奥を見透かそうとするかのように見つめ合った。
「誰もが戦う力を持っているわけじゃないのよ」
「それは弱者の理屈だ」
「それこそ強者の理屈でしょ」
ミルフィが毅然と返す。
「その弱者を守るのが、強者の仕事だとは思えないの?」
力なき民を守る、か。
確かに、侍のあるべき姿として正しいのかもしれない。
だが、この世に侍はいない。そして、そこに讃えられるべき誇りもない。
そんな中で、何を求める?
「生きるに値しない、って言ってたわよね」
じっと、ミルフィの言葉を待つ。
(私は何を期待しているのだろう?目の前の自分と変わらないぐらいの女に、何を待っているのだ)
「だったら、つべこべ言わずに、その無用の命をかけて困ってる人を助けなさいよ!」
苛烈な眼差しだった。
鍛冶場の炉で燃え盛る炎より、ずっと熱く、鮮やかで、美しい。
「とにかく、私は行くから!」
ドスドスと足音を立てて、一団のほうへと離れていくミルフィ。その意地っ張りというか、向こう見ずな背中に、ため息混じりで声をかける。
「どうやって行くつもりだ?」
「うっ……」
「まさか、歩いて戻るのか?」
「そ、そうよっ!」
はぁ、とため息を吐く。
この調子では、本気で徒歩で戻りそうだ。
そうなると、いよいよ時間の無駄になる。
自分は、危険を冒すのが怖いのではない、ただ単にそうしなければならない理屈が分からないだけだ。
彼らがなけなしの勇気を振り絞り戦うのであれば、自分も率先してその矢面に立つだろう。
それがない以上、本来は手を貸す必要もないと思ったのだ。
(ただ……ミルフィは覚悟を示した。こいつは、自分と同じ無関係者のくせに、だ)
もう何回目かも分からないため息を吐いた燐子は、商人たちのところにいる毛並みの良い馬を見やると、「おい」と声をかけた。
「な、なんでしょう」
「その馬をよこせ」
「あ、あの馬をですか……?」
商人が振り向く先には、立派な馬が一頭。
美しい栗毛が木漏れ日に照らされて、その筋骨隆々とした体をゆっくりと上下させている。
大人しく優しそうな瞳だが、そのうちに秘めたる気性の荒さが、鼻息に如実に表れている。
不意に、故郷の平原が脳裏に蘇った。
静かな風が草原の海を渡り、愛馬のいななきが、どこまでも青い空の果てに響いていく。
白い雲を裂いて降り注いでくる天の光に、手を伸ばしてはしゃいでいたあの頃。
父に乗馬を教えてもらって、騎馬戦でのいろはを伝授された。
だが、私は騎馬に乗って戦うのは不得手だった。
怖かったのだ、大事な愛馬が傷つき倒れるのが。
それを想像してしまってからは、騎馬戦は避けるようになった。
だが、結局、愛馬は他の騎手を得て、戦場で死んだ。
(そういえば、あの馬もあんな毛並みで、大人しそうながらも獰猛であったな)
郷愁に拭ける燐子に、男が腰を低くして尋ねる。
「あのぉ、どうしてでしょうか?」
それでふっと現実に戻ってきた燐子は、数秒間だけ瞳を閉じて、心を落ち着かせると、無感情な声音で告げた。
「私も行く。だが、徒歩で行っても意味はなかろう。せめて、その馬を貸せ」
燐子が言葉を発したのがよっぽど驚きだったのか、ミルフィも含めた全員が目を見張り、彼女を見据えた。
「り、燐子……!」
「お前を死なせるわけにはいかん」
真っ直ぐ、ミルフィの瞳を貫く。どうしてか、彼女の頬が紅葉を散らしたみたいに赤くなった。
すっと視線を逸らしたミルフィが、酷くあどけなく見えて、燐子の心のうちがほんの少し揺れる。
(さっきまでの顔つきとは大違いだ。急にそんな顔をされると、落ち着かんではないか……)
動揺を悟られぬよう、早口で言葉を紡ぐ。
「……勘違いするな。エミリオやドリトン殿に、申し訳が立たんからだ」
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