異世界剣豪~侍になれなかった女~

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三章 光、駆ける

光、駆ける.2

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 ざわつく鳥のさえずりに混じって、外のほうから騒がしい人の声が聞こえてくる。

 その声で覚醒した燐子は、隣の寝床がもぬけの殻になっているのを確認すると、重い体を無理やり起き上がらせた。

(なんだ……?)

 天幕の隙間から外を覗くと、十人近い人々が輪になって荒い口調で話し合っていた。その中心にはミルフィの姿もある。

 昨夜やっとの思いでキャンプ場まで到着した二人は、空いている天幕を借りて泥のように眠っていた。

 燐子は一先ず、顔でも洗ってこなければと天幕から身を出した。

 近くの水場で顔を洗い、口をすすぐ。

 湿地とは違う澄んだ清流の水が、朝の粘ついた気分をすっかり消し去ってくれた。

 水温はかなり冷たくはあるものの、それもまた良い。

 燐子は、顔についた水分をシャツの袖で拭き取りながら、例の集団に近づき顔を出した。

「どうしたのだ、日も昇らぬ前から」
「燐子、アンタ寝てたんじゃないの?」

 質問に質問で返されたことで、燐子はムッとした面持ちになる。そのうち、彼女の代わりに他の人が質問に応じた。

「それが、彼らの二番車が、まだこのキャンプ地に到着していないみたいなんだ」

 ミルフィの代わりに口を開いた中年の男性は、少し離れたところで、不安と悲壮に沈んだ商人らしき一団のほうを指差しながらそう答えた。

 一団の中には、思いつめたように俯いている男や、泣きじゃくっている子どもの姿がある。

 ただごとではないらしいが……。

「それのなにが問題なのだ」

 燐子の言葉に、彼らは困惑したように互いに顔を見合わせ、彼女の知り合いらしいミルフィのほうを向いた。

 ミルフィは愛想笑いを浮かべて肩を竦めてから、燐子がこの辺りの人間ではないことを説明した。

(この辺りどころか、自分はこの世界の人間ですらないのだがな)

 燐子が内心で鼻を鳴らす傍ら、彼らは得心した様子で頷くと、ミルフィに一通りの説明を任せた。

「その二番車は、昨日話したほうの近道に進んじゃったみたいなのよ」
「凶悪な魔物がいると言っていた道か」
「そう」
「商いの達人が、どうしてそんな過ちを犯したのだ」
「昨夜遅くは、濃い霧が出てたらしいのよ。それで、道を間違えたんじゃないかって……」
「なるほどな」

 燐子は、深刻そうな表情でああでもない、こうでもないと話し合う面々を一瞥すると、黙ったまま踵を返し、天幕に戻ろうとした。

「ちょっと、どこに行くのよ!」

 責めるような声をぶつけてくるミルフィを、ゆっくりと振り返る。

「寝る」
「はぁ?」

 言わねば伝わらないか、と燐子は無感情な様子で呟く。

「私には関係ない。今はしっかりと体力を回復して、残りの旅路に備える」

 あまりに冷酷な一言に、ミルフィは慌てて燐子を引きずって、自分たちの天幕の前へと移動させた。それから、急に般若のような顔つきになって、小声で怒鳴りつける。

「アンタねぇ、言うに事欠いてあんなこと言うなんて……もう少し周りの人の気持ちを考えなさいよ!」
「考えてどうなるのだ」
「下手したら、誰か死んでるかもしんないのよ!?」

 ミルフィの発言に、燐子は面倒くさそうに口元を歪める。

「死んでいる、だと?」
「そうよ」
「そんなことは、別に珍しくもなんともない。戦火舞う時代において、何も失っていない人間のほうがよほど珍しかろう」

 しかも、この異世界では、魔物の被害も日々馬鹿にならないようで、あちらこちらで色んな人が迷惑を被っていると聞く。

 実際、カランツでも畑を荒らされたり、家畜が襲われたりしていた。

 人間が、直接危害を加えられるということはほとんどなかったものの、彼らが人を襲うのは身をもって知っている。

「それとこれとは、別問題よ」

 ミルフィが強く自分を睨む中、一際大きな声で、小さな男の子が泣き声を上げたのが聞こえた。

 それを聞いて、燐子は合点がいった。

「エミリオを重ねたか」

 図星を突かれたらしいミルフィは、焦ったように視線をさまよわせて吃り、適当な理由をつけてごまかそうとしていた。だが、彼女の本心はもうすでに透けて見えている。

「日頃のミルフィの態度を鑑みれば、まぁ、無理もないことだろうが……それで、私たちに何ができる」

 ミルフィは正論により言葉を詰まらせたのだが、ややあって、燐子に顔を近づけると、声を潜めて早口で提案した。

 すぐそこに迫ったミルフィの首元から、ふわりと良い香りがした。

「あのさ、いや、まあアンタの言うことも一理あるわけだけどさ、あの……何とかしてあげられないかなぁ?」
「……なに?」

 ミルフィが相手の顔色を窺うような笑顔を作ったことで、燐子は少し気後れするように瞳を曇らせた。

 気の強いミルフィが、こんな顔をしてまで頼み事をすること自体が珍しい。

 燐子からすれば、そんな態度を取られては断りづらくなってしまうし、あまり彼女に情けのない笑みを浮かべてほしくもなかった。

「ミルフィ……」
「いや、だってさぁ」

 未だに険しい目つきをしている燐子から、さっと目を逸らすと、ミルフィは言いづらそうに口ごもった。

 ミルフィは少しの間おさげの先をいじっていたが、そのうち、俯き気味のまま呟いた。

「……かわいそうじゃん」

 ほんの少し首の角度を変えて自分を上目遣いで見つめてくるミルフィに、燐子は得も言われぬ感情によって、一瞬だけ息が詰まった。しかし、これでほだされてはならない、と小さくため息を吐いて腕を組んだ。

「ミルフィ、お前、言っていることが無茶苦茶だぞ。昨夜は、なにがあってもその道は通らんと言ったではないか」

 燐子がそう言うと、口の中でもごもご言いながらも、結局もう一度、「だって、可愛そうじゃん」と呟くばかりだ。

「そもそも、またあの道を戻るのか?」

 寝る間も惜しんで、数時間をかけてここまで歩いて来たのに冗談ではない。

 そもそも、助けが間に合うとも思えない。

「一時の感情に惑わされて、無駄足など踏むべきではない」
「それは……」
「現実を見ろ、昨晩の話だぞ?何時間経ったと思っている」

 理詰めされるのが苦手なのか、それとも自分の中で必死に葛藤しているのか、ミルフィはぶら下げた両の拳に力を込めて震わせて、唇を噛み締めていた。

「でもでも、分かんないじゃない!もしかしたら、まだ生きていて、怖い思いをしているかもしれないのよ……!?」

 駄々をこねる子どものような態度を重ねるミルフィに、次第に苛立ちを募らせていた燐子は冷酷な口調できっぱりと告げることにした。

「どうせもう、死んでいる」
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