下げ渡された婚約者

相生紗季

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成人の儀

成人の儀

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 成人の儀は、城の裏にある教会で執り行われる。
 盛大にしようと思えばいくらでもできるだろう。しかし、僕は望まなかった。
 貴族や社交界にそれほど友達はいなかったし、いま、城の敷地に見知らぬ人を招くのは抵抗があったからだ。
 家族と、最低限の関係者、そしてジャックとルイーザ嬢。
 僕が参列を望んだのは、顔と名前の一致する人たちだけであった。
 ……しかし、教会の扉をくぐった僕を出迎えたのは。

「知らない人がいます」
「どちらの方ですか? 貴族の方なら、私が存じ上げているはずですわ」
「ほぼ、全員です!」

 僕の知らない人たちが教会にはたくさんいた。
 僕の成人の儀といえど、僕だけの式典ではない。マグナリード王家による、第三王子のための式典なのだ。もちろん、招待を出せるのも僕だけなわけがない。
 おそらく領主たち、そしてそのご家族、派生して各地方の官僚たち。
 僕へ向けられる視線。第三王子はどんなものか、値踏みをしているに違いない。
 ただでさえ、足を踏み出すのが怖いのに。
――クローゼットの前で見た男がいるかもしれない。
 僕は人混みの合間を探す。

「アルフレッド様」

 しかし、ルイーザ嬢の声が僕を制す。

「まずは儀式を無事に終えましょう」

 僕は頷く。
 彼女の手が、僕の腕から離れる。
 後押しされるように、僕は教会のまんなかに敷かれた、真っ赤な絨毯の上を進む。

「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」

 わっ、と教会の一角から歓声があがる。
 顔を向けると、見知った使用人たちがいた。
 中にはジャックと父親の姿もある。
 ジャックは顔の横で小さく手を振っていた。
 おめでとうございます、と口が動く。
 ありがとう、と僕も口を開こうとして、奥歯がガチリと嚙み締められていたことに気が付く。

「アルフレッド様、おめでとうございます!」
「アルフレッド様万歳!」

 少しはめをはずしてさえいる、からかいを含んだ声に安心した。
 空虚に聞こえる万雷の拍手の中へすすむ力を、使用人たちの笑顔は僕の体に充分に与えた。
 講壇の前に立ち止まり、僕は神官へと右肩を差し出す。
 拍手の音が消える。教会に静寂が訪れた。
 教壇の上、高い丸窓から光が射した。

「ご成人、おめでとうございます。神のご加護を」

 剣を模したロッドを肩にかざし、神官は僕を祝福する。
 王朝が興る以前より信仰された神は、民を奪った者の子孫を守ってくれるのだろうか。
 疑問に思わないでもないが、ともかく僕の両肩にロッドは触れた。
 僕は振り向き、教会のなか、参列した者たちを見回す。
 備え付けられた席の前列には両陛下とセオドア殿下、アンドレア殿下。そしてコリン・ノースとアリッサ。
 知らない人が後ろにずらずらと並び、後方部に使用人たちの顔が見える。
 背に受けた日差しが熱い。

「本日は私の成人の儀にご参列いただきありがとうございます」

 そして、まっすぐに伸びた絨毯の先。
 ルイーザ嬢は、涼し気な表情で僕を見つめていた。

「未熟なところもありますが、頑張ってまいります」

 そう、僕はまだまだ未熟だ。知識も、努力も、なにもかも足りない。
 それでも今は、考えている。
 足りない部分を埋めるためにはどうしたらいいか。
 見知らぬ領主たちの後ろに、どれほどの国民がいるのか。
 僕がこの国のためにやるべきことはなにか。
――僕が、国王となるためには、なにが必要なのか。

「僕は、マグノリアをもっと豊かな国にしたいと思っています。どうぞ、みなさんのお力を貸してください」

 ルイーザ嬢の微笑みが見える。

「どうぞ、これからもよろしくお願いします!」

 僕は、人生でいちばん、大きな声を出した。
 ビィイン、と語尾が教会に反響する。
 だからだろうか、教会のなかの空気が変わったのが分かった。
 パチ、パチ……とまばらな拍手が、一気に広まる。
 手をたたく者たちは、程よい緊張を帯びた微笑みを浮かべていた。
 参列者たちは、引き込まれるように僕を見ている。
 うまくいったのだろう、と思った。僕は一歩を進めた。
 きっと、このなかから僕の味方があらわれる、という予言めいた確信だった。

「アルフレッド、おめでとう」

 横槍を入れたのはカリオン陛下だった。
 領主たちの目が陛下へ向く。
 成人の儀そのものは簡素な儀式だ。
 僕が教会から退場したあと、陛下がその後のパーティーへ案内をする手はずになっていた。
 僕が去るのを待たずに立ち上がった陛下は、手順をひとつ取り違えている。
 うっかり間違えたわけではないだろう。目立ちたがり屋の父は、一度自分に参加者の関心をうつしておこうと考えたのだ。

「家族一同、アルフレッドへ祝福を。そして、ご参列いただいたみなみなへの感謝を」

 陛下は前列に座ったマグナリード家の者を立ち上がらせた。
そして――

「セオドア、お前からも挨拶を」

 第一王子殿下の名前を呼んだ。
 僕は合点がいった。陛下にとって、今日の主役は僕ではなかったようだ。
 父がセオドア殿下に王位を譲りたいのだということは薄々感じていた。
 しかし、ここまであからさまとは。
 第三王子の成人の儀の礼を、陛下はセオドア第一王子に言わしめんとしているのだ!

「――父上。今日アルフレッド殿下の祝いの日です」

 対してセオドアは、陛下を諫めるような口ぶりだった。
 顔からは血の気が引き、口調も弱弱しい。

「私から言うことは……なにも……」

 かくん、と力が抜けたように頭が揺れ――
 いつもならそれを受け止めただろう足はおぼつかなく床をとらえそこねて――
 僕の兄はその場で膝から崩れ落ちた。
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