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王子の所以
罪の処遇
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「襲撃犯は取り押さえられた。来週に刑が執行される」
セオドアの言葉を、僕と姉は聞いていた。
重苦しい空気がセオドアの執務室に流れていた。
「ハリウェル侯爵とルイーザ嬢には、泊っていただくことにした。慌てて帰って事故でも起きたらたまらないからね」
アンドレアが言う。
あのあと、僕たちはしばらく客間にいた。
セオドアとアンドレアがあちこち動き回るなか、なにも出来ない僕にすることはなかった。
ただ、母親と離れなければならないアリッサのそばにいた。
ソファに座り、アリッサの手を握ってやる。すっかり疲れた様子だった。
王都に帰ってきた日にこの騒ぎで、可哀そうだ。
アリッサを挟んで、ルイーザ嬢がいてくれることが、僕には心の支えだった。
「……あのー、私、お茶を入れてきましょうか」
いつもと変わらないのは、コリン・ノースだけだった。
ぼんやりとした顔で、部屋の中をうろうろしている。
剣を振るい、見事な反撃をした人物だとはとても思えなかった。
「セオドア殿下の支持者が紛れ込ませた間者だったそうじゃないか」
アンドレアの言葉に、セオドアは自分の額を指で抑えた。
僕はというと、兄と姉のこのような会話に混ざるのが初めてで、なんだか居心地が悪い。
「申し訳ない」
「申し訳ないですんでよかったけどね。アリッサになにかあってごらん。ただじゃおかないよ」
「……申し訳ない。近衛と侍従たちの身辺をいまいちど洗いなおす」
「緊急時の訓練もすべきだな」
「対応しよう」
僕は黙って聞いていた。
兄と姉が決めていく事項を、頭に入れる。
自分がどれだけのことを免除されてきたかを思い知る。
優秀な兄と姉に口をはさむことは、いまの僕にはできない。
庭でのんびり過ごすだけの一生なら、自分の不出来さを知る痛みをこれほど感じずに済んだだろう。
だが、僕は、受け入れなければならない。
傷を治すために成長するのだ。
「……アルフレッド」
アンドレアとの議論が済んだようだ。兄が僕に声をかける。
「はい」
「ルイーザ嬢を守ったのを、ちゃんと見ていたよ」
「……はい」
セオドア殿下はルイーザの名前を挙げた。
直接対面したときには目も合わせなかったのに。
「ルイーザ嬢とはどうだ。上手くいっている?」
緊迫した雰囲気から、柔らかい微笑に表情を変えて尋ねてくる。
僕はなんだか、気に食わない。
「……上手くいってますよ」
「そうか。よかった」
「第一王子、アルフレッド殿下の顔を見てくださいよ」
アンドレアお姉さまがちゃちゃを入れてくる。
言われて、セオドアは僕の顔をじっと見つめる。
「……なんだろう」
「ルイーザ嬢を捨てておいてよく言うよ、って顔してるよ」
「してませんよ」
切り込むアンドレア。
そんな顔はしていない……つもりだった。顔に出すほど子供じゃない。
でも、セオドアは、言葉を詰まらせた。
「……お互い、望まない婚約だった」
僕には理解できない言葉だった。
それではどうして、婚約発表パーティーの晩に、ルイーザ嬢は泣いたのか?
「アルフレッドにその責務を負わせて、申し訳なく思うよ」
「殿下、それは違います」
僕は断言した。
「僕は望んでルイーザ嬢と婚約を結んでいます。あなたとは違う」
セオドアは面食らったようだった。
アンドレアは、笑いをこらえている。
僕は続けた。
「政略結婚だろうが、僕はかまいません。彼女は信頼に足る人物です」
ふたりは、静かに聞いていた。
どこか優しい表情だった。
それがまた、腹ただしかった。
「ルイーザ嬢は……冷たいところがあるだろう。アルフレッドは大丈夫かな? 冷たくあたられたりはしない?」
「彼女は冷たくありませんよ! 冷静で、思慮深い方です! 僕は助けられてばかりです」
「……だそうだ」
「私もそう思うよ。それに、今日お会いして感じたけれど、よく笑うようになったね」
「ですから! 彼女を悪く言うのはやめてください」
すこし強く当たってしまった。
でも、このくらい言わなくては、おさまりがつかない。
特に兄は、ルイーザ嬢を傷つけた張本人なのだ。
「僕はルイーザ嬢と結婚しますよ! セオドア殿下にできなかったことを僕はします。彼女には幸せになってもらわなくてはならない!」
啖呵をきる僕に、ふたりはあっけにとられている。
「用事はほかにありますか」
「いや……ないな」
「そうですか、では、今日は失礼します」
僕は立ち上がり、扉を開ける。
「おやすみなさい!」
おやすみ、と返してくれる兄と姉。
僕は執務室から出て、扉を閉めた。
ふう、と息をつく。
部屋のなかから、アンドレアの豪快な笑い声が聞こえた。
……僕を笑っている気がする。
と、振り向きかけた僕に、
「あの……こんばんは」
ルイーザ嬢が声をかけた。
セオドアの言葉を、僕と姉は聞いていた。
重苦しい空気がセオドアの執務室に流れていた。
「ハリウェル侯爵とルイーザ嬢には、泊っていただくことにした。慌てて帰って事故でも起きたらたまらないからね」
アンドレアが言う。
あのあと、僕たちはしばらく客間にいた。
セオドアとアンドレアがあちこち動き回るなか、なにも出来ない僕にすることはなかった。
ただ、母親と離れなければならないアリッサのそばにいた。
ソファに座り、アリッサの手を握ってやる。すっかり疲れた様子だった。
王都に帰ってきた日にこの騒ぎで、可哀そうだ。
アリッサを挟んで、ルイーザ嬢がいてくれることが、僕には心の支えだった。
「……あのー、私、お茶を入れてきましょうか」
いつもと変わらないのは、コリン・ノースだけだった。
ぼんやりとした顔で、部屋の中をうろうろしている。
剣を振るい、見事な反撃をした人物だとはとても思えなかった。
「セオドア殿下の支持者が紛れ込ませた間者だったそうじゃないか」
アンドレアの言葉に、セオドアは自分の額を指で抑えた。
僕はというと、兄と姉のこのような会話に混ざるのが初めてで、なんだか居心地が悪い。
「申し訳ない」
「申し訳ないですんでよかったけどね。アリッサになにかあってごらん。ただじゃおかないよ」
「……申し訳ない。近衛と侍従たちの身辺をいまいちど洗いなおす」
「緊急時の訓練もすべきだな」
「対応しよう」
僕は黙って聞いていた。
兄と姉が決めていく事項を、頭に入れる。
自分がどれだけのことを免除されてきたかを思い知る。
優秀な兄と姉に口をはさむことは、いまの僕にはできない。
庭でのんびり過ごすだけの一生なら、自分の不出来さを知る痛みをこれほど感じずに済んだだろう。
だが、僕は、受け入れなければならない。
傷を治すために成長するのだ。
「……アルフレッド」
アンドレアとの議論が済んだようだ。兄が僕に声をかける。
「はい」
「ルイーザ嬢を守ったのを、ちゃんと見ていたよ」
「……はい」
セオドア殿下はルイーザの名前を挙げた。
直接対面したときには目も合わせなかったのに。
「ルイーザ嬢とはどうだ。上手くいっている?」
緊迫した雰囲気から、柔らかい微笑に表情を変えて尋ねてくる。
僕はなんだか、気に食わない。
「……上手くいってますよ」
「そうか。よかった」
「第一王子、アルフレッド殿下の顔を見てくださいよ」
アンドレアお姉さまがちゃちゃを入れてくる。
言われて、セオドアは僕の顔をじっと見つめる。
「……なんだろう」
「ルイーザ嬢を捨てておいてよく言うよ、って顔してるよ」
「してませんよ」
切り込むアンドレア。
そんな顔はしていない……つもりだった。顔に出すほど子供じゃない。
でも、セオドアは、言葉を詰まらせた。
「……お互い、望まない婚約だった」
僕には理解できない言葉だった。
それではどうして、婚約発表パーティーの晩に、ルイーザ嬢は泣いたのか?
「アルフレッドにその責務を負わせて、申し訳なく思うよ」
「殿下、それは違います」
僕は断言した。
「僕は望んでルイーザ嬢と婚約を結んでいます。あなたとは違う」
セオドアは面食らったようだった。
アンドレアは、笑いをこらえている。
僕は続けた。
「政略結婚だろうが、僕はかまいません。彼女は信頼に足る人物です」
ふたりは、静かに聞いていた。
どこか優しい表情だった。
それがまた、腹ただしかった。
「ルイーザ嬢は……冷たいところがあるだろう。アルフレッドは大丈夫かな? 冷たくあたられたりはしない?」
「彼女は冷たくありませんよ! 冷静で、思慮深い方です! 僕は助けられてばかりです」
「……だそうだ」
「私もそう思うよ。それに、今日お会いして感じたけれど、よく笑うようになったね」
「ですから! 彼女を悪く言うのはやめてください」
すこし強く当たってしまった。
でも、このくらい言わなくては、おさまりがつかない。
特に兄は、ルイーザ嬢を傷つけた張本人なのだ。
「僕はルイーザ嬢と結婚しますよ! セオドア殿下にできなかったことを僕はします。彼女には幸せになってもらわなくてはならない!」
啖呵をきる僕に、ふたりはあっけにとられている。
「用事はほかにありますか」
「いや……ないな」
「そうですか、では、今日は失礼します」
僕は立ち上がり、扉を開ける。
「おやすみなさい!」
おやすみ、と返してくれる兄と姉。
僕は執務室から出て、扉を閉めた。
ふう、と息をつく。
部屋のなかから、アンドレアの豪快な笑い声が聞こえた。
……僕を笑っている気がする。
と、振り向きかけた僕に、
「あの……こんばんは」
ルイーザ嬢が声をかけた。
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