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王子の所以
国母信仰
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マグノリア王国の興りは、いまから200年前。前王朝が途絶え、王位をめぐる内紛がやまなかったという。
そんな中、賢さと強さによって国をひとつにまとめたのが、初代マグノリア国王、アンドレア・マグナリード。
国母アンドレアへの信奉はいまだ厚く、マグナリード王家の女性は正当なる王位継承権を認められている。
「国母信仰って、そんなに残ってるの?」
「残ってますよ。石屋に行ってください。庭を飾るオーナメントは、国母アンドレア像が一番人気です。ほら、あれも」
ジャックは芝に寝転がったまま庭園の奥を指さした。
上半身を起こして、僕はその指の先を見る。
剣をゆるやかに構えた、ワンピース姿の像がある。
石なのに布のたわみが本物みたいなあの像、って国母アンドレアだったのか。
「なるほど」
「なにがなるほどなんです?」
「いや、お姉さまが、なんであんなに信奉されているかいまやっと分かった」
僕はまたごろんと横になる。
「ああ、アンドレア殿下」
「お姉さまの後ろ盾に、軍事力を重視する領主が多いのは」
「軍人は国母信仰ありますよ」
「だよなあ」
僕は木の葉の隙間から空を見上げる。
ふと、手の中のマーガレットを木漏れ日に透かして見る。
「アンドレアお姉さまに会うから、話を聞こうと思ってさ」
僕の姉、国母と同じ名前を授かったアンドレア・マグナリード。
僕と、セオドア第一王子と同じモスグリーンの瞳を持つ女性だ。
強くしとやかに育つことを期待されていたが……強く、強く強く成長した。
武力を重視し、軍人貴族からの支持が厚い。
未婚だが、養子を迎えている。一児の母だ。
しばらくの間、その子と一緒に遠遊へ行っていたのだ。
「第三王子らしくない顔してますねえ」
「やめてくれよ。僕は心を入れ替えたんだ」
セオドア第一王子とコリン・ノースの婚約発表パーティーの晩。
ルイーザ嬢の力になりたいと思っていたのに、僕はなにもできなかった。
ルイーザ嬢は僕を「王にする」と言ったけど……
正直に言おう。僕はこれまで、国王になりたいと思ったことはなかった。ときどき国内を見回って、庭園や農園や植物園を視察して、あとはマグノリア城の庭いじりをして一生を過ごすつもりでいた。
だから、圧倒的に足りない。国王になるための知識も、力も。
「なあジャック、植物系の神様っていないの?」
「豊穣神なんてそこらへんにいるよ」
「どのへん? そこなら僕もお姉さまみたいに、応援してもらえるかな」
ジャックは体を起こして僕を見下ろした。
「急になに言ってんですか?」
「……だよなあ」
なにより足りないのは、後ろ盾だった。学校で人と壁を作っていたのをいまになって後悔している。兄や姉の周りを固めているのは、学生時代の“ご学友”たちだ。
貴族の子供たちが通う学校は、ただ勉強をするためだけの場所ではなく、卒業後の人脈作りにも役だつ。
人を動かすのは、利益だけではない。感情に訴えかける力がいかに強力か、僕はあの晩学んだ。学生時代の思い出というのは、情と信頼を培うにはうってつけの場所だったのだ。
「僕は、国王に、なれるかは分からないけど。国王になってほしい、って思ってくれる人に応えたいなと思ってさ。今からでも頑張ってみようかな」
「……」
僕が言うと、ジャックは頭をかいた。
「ま、俺はいつでも庭にいるんで。息抜きしにきてください」
「うん。ありがとう」
「マグノリアローズの花壇、植え替えもしましょうね」
「うん。楽しみだ。次は何を植えるの?」
「父さん、まだ考えてるみたいでした。お好みがあれば言ってください」
「そうだなー」
僕は頭の中の暦をめくりながら、記憶をたどる。
「あ、マリーゴールドはどうだろう」
「うん、苗があるはずですよ。いいですね」
夏の盛りにオレンジの花はきっと似合うだろう。
僕は体を起こし、ぐっと腕をあげて背筋を伸ばす。
あ、良いことを思いついた。
「マグノリアローズ、一本もらっていいかな?」
「あなたの薔薇です。お好きにどうぞ」
「ありがとう。お姉さまへのお土産にするよ」
お姉さまは、特別に花が好きなわけじゃないけど。
僕がやり遂げた成果として、持っていってあげることにした。
そんな中、賢さと強さによって国をひとつにまとめたのが、初代マグノリア国王、アンドレア・マグナリード。
国母アンドレアへの信奉はいまだ厚く、マグナリード王家の女性は正当なる王位継承権を認められている。
「国母信仰って、そんなに残ってるの?」
「残ってますよ。石屋に行ってください。庭を飾るオーナメントは、国母アンドレア像が一番人気です。ほら、あれも」
ジャックは芝に寝転がったまま庭園の奥を指さした。
上半身を起こして、僕はその指の先を見る。
剣をゆるやかに構えた、ワンピース姿の像がある。
石なのに布のたわみが本物みたいなあの像、って国母アンドレアだったのか。
「なるほど」
「なにがなるほどなんです?」
「いや、お姉さまが、なんであんなに信奉されているかいまやっと分かった」
僕はまたごろんと横になる。
「ああ、アンドレア殿下」
「お姉さまの後ろ盾に、軍事力を重視する領主が多いのは」
「軍人は国母信仰ありますよ」
「だよなあ」
僕は木の葉の隙間から空を見上げる。
ふと、手の中のマーガレットを木漏れ日に透かして見る。
「アンドレアお姉さまに会うから、話を聞こうと思ってさ」
僕の姉、国母と同じ名前を授かったアンドレア・マグナリード。
僕と、セオドア第一王子と同じモスグリーンの瞳を持つ女性だ。
強くしとやかに育つことを期待されていたが……強く、強く強く成長した。
武力を重視し、軍人貴族からの支持が厚い。
未婚だが、養子を迎えている。一児の母だ。
しばらくの間、その子と一緒に遠遊へ行っていたのだ。
「第三王子らしくない顔してますねえ」
「やめてくれよ。僕は心を入れ替えたんだ」
セオドア第一王子とコリン・ノースの婚約発表パーティーの晩。
ルイーザ嬢の力になりたいと思っていたのに、僕はなにもできなかった。
ルイーザ嬢は僕を「王にする」と言ったけど……
正直に言おう。僕はこれまで、国王になりたいと思ったことはなかった。ときどき国内を見回って、庭園や農園や植物園を視察して、あとはマグノリア城の庭いじりをして一生を過ごすつもりでいた。
だから、圧倒的に足りない。国王になるための知識も、力も。
「なあジャック、植物系の神様っていないの?」
「豊穣神なんてそこらへんにいるよ」
「どのへん? そこなら僕もお姉さまみたいに、応援してもらえるかな」
ジャックは体を起こして僕を見下ろした。
「急になに言ってんですか?」
「……だよなあ」
なにより足りないのは、後ろ盾だった。学校で人と壁を作っていたのをいまになって後悔している。兄や姉の周りを固めているのは、学生時代の“ご学友”たちだ。
貴族の子供たちが通う学校は、ただ勉強をするためだけの場所ではなく、卒業後の人脈作りにも役だつ。
人を動かすのは、利益だけではない。感情に訴えかける力がいかに強力か、僕はあの晩学んだ。学生時代の思い出というのは、情と信頼を培うにはうってつけの場所だったのだ。
「僕は、国王に、なれるかは分からないけど。国王になってほしい、って思ってくれる人に応えたいなと思ってさ。今からでも頑張ってみようかな」
「……」
僕が言うと、ジャックは頭をかいた。
「ま、俺はいつでも庭にいるんで。息抜きしにきてください」
「うん。ありがとう」
「マグノリアローズの花壇、植え替えもしましょうね」
「うん。楽しみだ。次は何を植えるの?」
「父さん、まだ考えてるみたいでした。お好みがあれば言ってください」
「そうだなー」
僕は頭の中の暦をめくりながら、記憶をたどる。
「あ、マリーゴールドはどうだろう」
「うん、苗があるはずですよ。いいですね」
夏の盛りにオレンジの花はきっと似合うだろう。
僕は体を起こし、ぐっと腕をあげて背筋を伸ばす。
あ、良いことを思いついた。
「マグノリアローズ、一本もらっていいかな?」
「あなたの薔薇です。お好きにどうぞ」
「ありがとう。お姉さまへのお土産にするよ」
お姉さまは、特別に花が好きなわけじゃないけど。
僕がやり遂げた成果として、持っていってあげることにした。
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