下げ渡された婚約者

相生紗季

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新しい婚約者

王の筋書き

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 僕はルイーザ嬢と連れたって玉座へと向かう。
 一歩進むたびに貴族たちのざわめきが広がっていく。
 理由は明白だ。
 僕たちは、腕を組んでいなかった。
 普通、パーティーでのエスコートは腕を組むものだ。
 陛下に呼ばれた僕は、エスコートのため、ルイーザ嬢に手のひらを差し出した。

「ルイーザ嬢、お手をどうぞ」

 貴族たちは、カップルのやりとりをにこやかに見つめる。
 そんな状況で、ルイーザ嬢は――

「……申し訳ございません。いまは、まだ…………」

 と、弱弱しい声で僕のエスコートを断ったのだった。
 以上が、僕とルイーザ嬢が玉座へ向かうまでのいきさつだ。
 これでは誰も僕らをカップルとは呼べない。
 僕たちは、たまたま同じ方へ、同じスピードで歩く、他人同士だった。
 祝福ムードだった貴族たちが、不可解なものを見る目に変わる。

「両陛下の目の前ですのに!」
「ルイーザ嬢はどうしてエスコートを断ったの?」
「アルフレッド殿下も、なぜそれを受け入れるんだ?」

 めでたい婚約発表パーティーで、いったいなにが起きているのか。
 ――渦中の僕にも、まったく分かっていなかった。
 考えても無駄だ。どれだけ考えたところで、きっと僕に答えはだせない。
 ならば。
 僕はルイーザ嬢の顔をちらりと覗く。
 ――この人についていこう。
 今日の目的を意識していたわけじゃない。
 ただ、ルイーザ嬢の思惑に応えることができれば、彼女をもっとよく知れる気がした。

「さあ、さあ。セオドアとコリン嬢の隣へ並びなさい」

 陛下は僕たちの確固たる歩みに戸惑いつつも、国王としての振る舞いを崩さなかった。
 王妃陛下は、すごい顔をしていた。何重も縦に線が入っているのがわかる。

「みなも知っているだろうが、セオドアとルイーザ・ハリウェル侯爵令嬢は、幼いころより許嫁だった」

 陛下は、壇上から語り掛ける。

「その婚約に、解消を申し入れられた。当の本人たちからだ」

 ざわつく貴族たち。
 やっぱり、と口にする者もいれば、どうして、と疑問を投げかける者も。
 ス――と陛下が腕をあげると、大広間はシン、と静まった。

「これまでに例のないことだが、私も、そしてハリウェル侯爵も、それを承知することとした。なぜなら――」

 溜めて、

「真実の愛がふたつも見つかったのだからな! みんな、祝福してくれ!」

 陛下の言葉に歓声が沸いた。
 ……なるほど。
 僕は頭の中で整理する。この状況、そして陛下の言ったことを。
 そもそも、婚約破棄というのはタブーとされている。信用問題だ。
 しかし、セオドアは譲らなかった。ノース辺境伯の了解を得たうえで、父に申し入れた。
 父は考えたのだろう。

「この縁談は、辺境伯とのつながりを強固にする」

 辺境伯は強い力を持つ人物だ。また、国境警備の要であり、軍事力も厚い。
 ここ数世代、王家と辺境伯家には、政治上の表面的なかかわりしかなかった。
 血が交わるというのは、これ以上ないくらいの強いつながりだ。
 それでハリウェル侯に持ち掛けた。

「ハリウェル侯爵領には便宜をはかる。婚約解消を受け入れてくれ。かわりに第三王子をやる」

 ハリウェル侯爵ははじめから、娘の婚約など政治の道具にしか思っていなかったのだろう。
 王妃になるのと同様の待遇をもらえるなら、と娘の婚約破棄を受け入れたのだ。
 セオドアとルイーザの婚約破棄をすすめたい者たちは、考えたはずだ。

――タブーである婚約破棄を、貴族たちに、そして国民に受け入れてもらうにはどうしたらいいか。

 そうしてつくられた筋書きが「真実の愛」だ。
 ロマンティックなラブストーリーは、マグノリア国で多くの者に好まれている。

「ルイーザ嬢、申し訳ありません。僕は真実の愛を知ったのです!」
「セオドア殿下、謝らないでくださいませ。私も真実の愛を知ったのですから!」
「そうですか! ならばお互い、真実の愛を貫きましょう!」
「そうですね! 婚約は解消してもかまいません。なぜなら、お互いに真実の愛が見つかったのですから!」

 セオドアとルイ―ザが、「真実の愛」に目覚め、「偽りの愛」である婚約を解消した、という物語があれば、人々はふたりの選択を応援するだろう。
 本来、セオドアからの一方的な婚約破棄だったのが……
 これなら、王家への反発も最小限で済む。
 むしろ民衆からは、婚約という古い伝統に、愛のため逆らった第一王子として、より親近感と信頼を得るかもしれない。
 ……陛下が考えそうなことだ。
 呆れる僕をよそに、婚約発表のあいさつは続いていた。

「では、アルフレッドとセオドア。コリン嬢とルイーザ嬢も。ぜひ挨拶を」

 陛下にうながされ、セオドアが口を開く。

「私たちのためにお集まりいただき、ありがとうございます。陛下、この場を設けてくださり、ありがとうございます。そして、ルイーザ・ハリウェル嬢は、僕の愚かな申し出を聞き入れてくれました。ありがとう」

 セオドアはガラス細工に触れるような繊細さで、ルイーザ嬢の名前を呼ぶ。
 ルイーザは、名前を呼ばれてもセオドアの方を向かない。まっすぐ前を見つめている。

「コリンと出会って、僕は真実の愛を知りました。知り合ってまだ日は浅いけれど……みなさまに見守っていただきながら、ふたりでマグノリアのために尽くしていきたい所存です」

 はにかみながら愛と忠誠を語るセオドア第一王子。
 貴族たちはうっとりとしながら、憧れの混じる息をこぼした。

「コリン」

 セオドアが婚約者の名前を優しく呼ぶ。
 コリン・ノースはびくっと肩をふるわせ、ぎくしゃくと顔をかたむけたまま口をひらいた。
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