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婚約破棄
ローズの髪色
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侍女を連れて、城内を歩く。
なぜ兄に呼ばれたのか、僕は知らない。
政務で忙しい兄は、僕への用はたいてい手紙で済ませる。
預かった手紙を侍女が郵便屋のように、僕のもとへと届けるのだ。
『アルフレッド。勉強はどうだ』
『アルフレッド。市井の様子を見にいきなさい』
『アルフレッド。歴史のテストの点数が悪いと聞いたぞ』
『アルフレッド! 王族としての自覚を持ちなさい』
……たいていは、僕の心配をしている。
うっとうしいなと思いながら、僕は返事を書く。
『親愛なるセオドアお兄様――がんばります!』
手紙を書くときは決まって、兄からもらった万年筆を使う。
僕が生まれる前に、兄が祖父から譲り受けたものらしい。
子供のころから兄は、その万年筆を使っていた。
まだ文字も書けない僕は、黒く光る万年筆を自在に操る兄の姿に憧れた。
だから、言ったのだ。
「お兄様。僕、それが欲しい」
居合わせたみなは笑った。子供のかわいいわがままだ。
先王からの贈り物を、弟に譲るなんてありえない。
――しかしセオドアは、
「いいよ。大事に使いなさい」
と、年端もいかない弟に、万年筆を譲ってしまった。
優しい第一王子セオドアの逸話として語り草になっている。
僕は兄がわがままを言うところを見たことがない。
「兄上はなんで僕を呼んだのかな?」
「存じ上げません」
「手紙で済まさないなんて、特別な理由でも?」
「申し訳ございません。存じ上げません」
侍女は目を伏せて答えた。彼女はたしか、兄の世話をしている者だ。
僕はすこしさみしさを覚える。
王族なんて嫌なことばかりだ。
庭いじりはできないし、きさくに話せる友達はひとりだけ。
取り入ろうとしてくる貴族たちや同窓生に微笑むたびに、心が汗をかくようだった。
もし誰かを信じて……失敗してしまったらどうしよう。
――僕の失敗が、王家に、王国に、傷をつけてしまったら。
兄のセオドアも、姉のアンドレアも、うまくやっているように思えた。
僕は王子らしく振舞うことができない。人の醜さや愚かさをを理解したうえで、それでも強く笑うことは、僕にはできない。
「アルフレッド様がお着きになりました」
客間の扉の前で侍女が声をあげた。
重い扉を開けてくれる。
自分で開けるよ、と手を貸したくなるが、こらえた。
兄に叱られるのはきっと侍女だ。
ありがとう、と小声でつぶやき、僕は客間へ一歩踏み入れる。
「第三王子……!」
緊迫感のある声を発したのは、ソファからいちばんに立ち上がった女性だった。
僕はその勢いにあっけにとられる。
そのまま僕は女性と目が合い――思わず、見とれてしまった。
シャンデリアの光に受けて艶めくピンクブラウンの髪色が、ついさきほどのマグノリアローズを思い起こさせたからだ。
一瞬。息を止めていた僕は、はっと女性の表情の険しさに気が付いた。
なぜ兄に呼ばれたのか、僕は知らない。
政務で忙しい兄は、僕への用はたいてい手紙で済ませる。
預かった手紙を侍女が郵便屋のように、僕のもとへと届けるのだ。
『アルフレッド。勉強はどうだ』
『アルフレッド。市井の様子を見にいきなさい』
『アルフレッド。歴史のテストの点数が悪いと聞いたぞ』
『アルフレッド! 王族としての自覚を持ちなさい』
……たいていは、僕の心配をしている。
うっとうしいなと思いながら、僕は返事を書く。
『親愛なるセオドアお兄様――がんばります!』
手紙を書くときは決まって、兄からもらった万年筆を使う。
僕が生まれる前に、兄が祖父から譲り受けたものらしい。
子供のころから兄は、その万年筆を使っていた。
まだ文字も書けない僕は、黒く光る万年筆を自在に操る兄の姿に憧れた。
だから、言ったのだ。
「お兄様。僕、それが欲しい」
居合わせたみなは笑った。子供のかわいいわがままだ。
先王からの贈り物を、弟に譲るなんてありえない。
――しかしセオドアは、
「いいよ。大事に使いなさい」
と、年端もいかない弟に、万年筆を譲ってしまった。
優しい第一王子セオドアの逸話として語り草になっている。
僕は兄がわがままを言うところを見たことがない。
「兄上はなんで僕を呼んだのかな?」
「存じ上げません」
「手紙で済まさないなんて、特別な理由でも?」
「申し訳ございません。存じ上げません」
侍女は目を伏せて答えた。彼女はたしか、兄の世話をしている者だ。
僕はすこしさみしさを覚える。
王族なんて嫌なことばかりだ。
庭いじりはできないし、きさくに話せる友達はひとりだけ。
取り入ろうとしてくる貴族たちや同窓生に微笑むたびに、心が汗をかくようだった。
もし誰かを信じて……失敗してしまったらどうしよう。
――僕の失敗が、王家に、王国に、傷をつけてしまったら。
兄のセオドアも、姉のアンドレアも、うまくやっているように思えた。
僕は王子らしく振舞うことができない。人の醜さや愚かさをを理解したうえで、それでも強く笑うことは、僕にはできない。
「アルフレッド様がお着きになりました」
客間の扉の前で侍女が声をあげた。
重い扉を開けてくれる。
自分で開けるよ、と手を貸したくなるが、こらえた。
兄に叱られるのはきっと侍女だ。
ありがとう、と小声でつぶやき、僕は客間へ一歩踏み入れる。
「第三王子……!」
緊迫感のある声を発したのは、ソファからいちばんに立ち上がった女性だった。
僕はその勢いにあっけにとられる。
そのまま僕は女性と目が合い――思わず、見とれてしまった。
シャンデリアの光に受けて艶めくピンクブラウンの髪色が、ついさきほどのマグノリアローズを思い起こさせたからだ。
一瞬。息を止めていた僕は、はっと女性の表情の険しさに気が付いた。
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