下げ渡された婚約者

相生紗季

文字の大きさ
上 下
1 / 31
婚約破棄

庭師と王子

しおりを挟む
 マグノリアローズを美しく咲かせるには、肥料と献身と、なによりも根気が必要だ。

「さ、咲いてる……」
「なかなかきれいに花びらが開きましたね」
「ジャック! マグノリアローズだぞ! 僕の薔薇だ!」

 僕が抱きつかんばかりに喜ぶと、庭師のジャックは苦笑いをした。
 目の前に咲いたダスティピンクの薔薇は、しっとりとした花びらをほころばせていた。
 これまでに何度も失敗してきたマグノリアローズを、やっと咲かせることができたのだ。

「これでお勉強に集中できますね、アルフレッド様」
「いやだ。僕はこれからも花を育てる」
「あんた、来月には成人するじゃないですか。王子様は王子様の――仕事をしないと」

 ジャックは庭園を見渡して言った。
 城の前に広がる美しい庭園。芝の手入れが毎日なされ、季節ごとに花は色を変える。
 子供のころから僕の遊び場だった。
 ジャックは庭師の子供で、自然と年の近い僕の遊び相手になった。
 年を重ねるにつれて、僕たちの遊びは、かけっこから土いじりに変わった。
 王子が土を触るなんて、と母は良い顔をしない。

「でも僕は、花とか、庭とか、そういうものが好きなんだ。軍事とか政治とか、そういうものには興味が持てない」
「俺だって、アルフレッド様と一緒に過ごすのは楽しいですよ」
「そうだろ?」

 ジャックの言葉に、僕は続ける。

「国のことは大丈夫さ。だって僕には“お兄様”と“お姉様”がいるんだぜ」

 マグノリアには優秀なふたりの王子がいる。
 優しく慈悲深い第一王子、セオドア。僕の兄。
 厳格で勇敢な第二王子、アンドレア。僕の姉。
 そして――三番目の王子である僕は、優秀なふたりの影に隠れて、のんびりと庭いじりをして過ごしている。
 僕にこの国を任せたいと思っているやつなんて、世界のどこを探したっていない。

「王になりたい気持ちだってない。僕には、王子様らしいことなんてなんにもできないんだ」

 自身満々に僕は言った。
 ジャックは困ったように笑う。

「アルフレッド様―! お約束の時間ですー! アルフレッド様―!」
「げっ。兄さんに呼ばれてたんだ。じゃあ、ジャック、また明日!」

 遠くから侍女の声が聞こえる。城中に僕の名前を叫び続けられたらたまったもんじゃない。
 僕は慌ててジャックに別れを告げ、手の土をはらいながら侍女のもとへ向かった。



「……俺は、アルフレッドみたいな王様がいても、いいと思うけどな」

 ぽつり、とジャックがこぼした言葉は、マグノリアローズだけが聞いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました

上野佐栁
ファンタジー
 前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...