血統鑑定士の災難

やよい

文字の大きさ
上 下
30 / 55
血統鑑定士の災難【本編】

30 教皇の私室にて①

しおりを挟む
「念を送るどころか、突然剣を持たされて八つ当たりしてきたじゃねぇか。・・・訳が判らんまま死ぬかと思った」
「余裕で捌いていたじゃないの。何が死ぬかと思ったー、よ・・・。この似非文官め。そんなことより、あの無邪気な笑顔を一番に向けられていたのはエドじゃない!」
「いや、まぁ、ありゃ可愛くてしょうがねぇわな」
「悔しい~~~っ、出会いは私の方が誰よりも先なのにぃ!」

ドン!とテーブルの上に飲み干されたグラスを叩きつけたのは、このテーブルの持ち主であり、そのテーブルが置かれた王都の教会内の教皇の私室の主、トゥマエレ教皇だ。

あれからロアンを私室へと送り、もう今日は絶対に部屋から出るな。鍵を掛けて声を掛けられても応答しない事。と言い聞かせて、鍵がかかった事を確認した後、トゥマエレは「じゃ、教会で待ってるわね~」とひらひらと手を振り帰っていった。

エドゥバルドは驚異的なスピードでロアンが残した仕事を片付け(普段からこのやる気を見せてくれればいいものを!とロアンは後日、綺麗に片付けられた執務机の上を見て憤慨した)、少し早いが・・・と鑑定室付のメイドにロアンの様子見を言付け、自分には2人分の酒と肴を準備させると、後ろ髪を引かれる思いで王宮を出た後、それを教皇の私室へと持ち込み、トゥマエレと酒を酌み交わしていた。

最初は他愛もない会話をしていたが、少し酔ってきたトゥマエレのロアンに係わる昔話を聞かされていく。

空には夜の帳が下り始め、街中には魔導具師達が研究に研究を重ねて造り上げた外灯が煌々と夜道を照らし、立ち並ぶ家々にも明かりが灯り始めている。

この教皇の私室も暗くなれば自動的に室内を明るくする魔導具が備え付けられており、手元の心配もない程に室内は充分に明るくなっていて、昼間と変わらない様相をみせていた。

エドゥバルドは教皇の私室にしては随分と質素な(据え付けられている魔導具はかなり高価である)室内を見渡し、話に出てきた暖炉に目を留めた。

今は花が咲き綻ぶ暖かな陽射しから、少し汗ばむ位の季節へと変わりつつあり、暖炉は再び使われる日を静かに待つばかりだが、その頃のロアンの様子がありありと想像できた。

今の、特に今日のロアンは格別だったが、出会った当初のロアンも可愛かったな。と思わず口許が緩んだ。

途端にじとっ、とした視線を感じ、誤魔化すようにエドゥバルドはそう云えば、とトゥマエレの昔語りに加わった。

「そういや、トゥマ、お前、出会った当初挙動不審だったろ。それが妙に残ってたんだな。すっごくきれいだったけど、なんか変なおにいさんが居た。っていう印象だったらしいぞ」
「ヒドイ!」
「つか、何でオネエ口調なんだよ。あの頃はまだまともだったぞ?」
「リリちゃんが、シスターばかりに懐いているから・・・」
「ぶっ、もしやロアンが自分に懐かないのは自分が男だからじゃないか?って思った末の、か?」
「そうよっ!悪い?・・・全く懐いてくれなかったけどね。初め、リリたんが塩対応だった」

塩どころか何か得体のしれないモノを見てくる様な視線だったわ・・・と空いたグラスに並々と年代物のウィスキーを注いでグイと仰いだ。

それを見てエドゥバルドは勿体ない飲み方をするなとばかりにトゥマエレの手から瓶を取り上げる。

「まめに会いにも行かずによそよそしい態度だった大人が、突然口調も態度も変えて突撃してくりゃ引くだろうよ・・・。
で、効果無かったんなら何で続けてんだよ」
「・・・楽なのよね、なんでか。馴染んじゃったし、今更戻しても。って思っちゃって」

これは孤児院とプライベートな時だけよ。と付け加え、肴にと用意された一口サイズのスモークチーズをぽいと口に放り入れた。

「それにしてもよく持ち堪えたな」
「魂の伴侶に対するありとあらゆる衝動を律するのは、何よりもの修行だったわね。
て言うか、エドはどうなのよ?」
「どう、とは?」
「衝動よ!無かったの?」
「殆ど無いに等しいな。ロアンと同じくらいだろ。相手を想って、己の気持ちに蓋をしてしまえるぐらいだしな」
「なーによー、やーねぇ、自慢?はー、やだやだ」
「なんだよ・・・」
「いい?リリちゃんは年齢的にまだ魂の伴侶の衝動があまり出ない頃に、あんたに対する想いを抑えたの。特にリリちゃんは気付かない部類よ。その反面、私達は出会った瞬間に湧き上がる感情と衝動を強く感じたでしょ?感じなかったなんて言わせないわよ?定期訪問のあの日、リリちゃんを見たエドは必死に抑え付けていただろうけれど、いつもと様子が違っていたってシスター達も心配していたぐらいなんだから。・・・年齢も経験もずっと上だから、私達はぐっと抑え込めていたけど、リリちゃんの為だからと、リリちゃんがこちらに向くまでは何もしないって決めて、もう全然変わらないから諦めかけていた時に、やっとのことで唯一に心を与えられたのよ?今迄抑え込んで締め付けていた分、反動がくるわよ?」

エドゥバルドの余裕の態度が気に食わないのか、トゥマエレは人差し指を立て、チッチッチッと振ると言い聞かせるように話し出した。

「反動って、まさか・・・」
「心当りはあるわよね?リリちゃんが意図せず吐露してしまった気持ちを聞いて、エドは真っ直ぐに手を伸ばしたわ。それこそ、なんの葛藤もなく。今までのは何だったのっていうぐらい手のひら返してくれちゃってさ」

取り上げられた瓶を再び取り返し、キュポンと音をさせて蓋を開けドボドボと注ぎだす。

それを見ながら、蟒蛇ウワバミに持ってくるものじゃなかった。と後悔しだすエドゥバルドを余所にトゥマエレはグラスを空にしていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

アルファだけの世界に転生した僕、オメガは王子様の性欲処理のペットにされて

天災
BL
 アルファだけの世界に転生したオメガの僕。  王子様の性欲処理のペットに?

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

つぎはぎのよる

伊達きよ
BL
同窓会の次の日、俺が目覚めたのはラブホテルだった。なんで、まさか、誰と、どうして。焦って部屋から脱出しようと試みた俺の目の前に現れたのは、思いがけない人物だった……。 同窓会の夜と次の日の朝に起こった、アレやソレやコレなお話。

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

処理中です...