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血統鑑定士の災難【本編】
30 教皇の私室にて①
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「念を送るどころか、突然剣を持たされて八つ当たりしてきたじゃねぇか。・・・訳が判らんまま死ぬかと思った」
「余裕で捌いていたじゃないの。何が死ぬかと思ったー、よ・・・。この似非文官め。そんなことより、あの無邪気な笑顔を一番に向けられていたのはエドじゃない!」
「いや、まぁ、ありゃ可愛くてしょうがねぇわな」
「悔しい~~~っ、出会いは私の方が誰よりも先なのにぃ!」
ドン!とテーブルの上に飲み干されたグラスを叩きつけたのは、このテーブルの持ち主であり、そのテーブルが置かれた王都の教会内の教皇の私室の主、トゥマエレ教皇だ。
あれからロアンを私室へと送り、もう今日は絶対に部屋から出るな。鍵を掛けて声を掛けられても応答しない事。と言い聞かせて、鍵がかかった事を確認した後、トゥマエレは「じゃ、教会で待ってるわね~」とひらひらと手を振り帰っていった。
エドゥバルドは驚異的なスピードでロアンが残した仕事を片付け(普段からこのやる気を見せてくれればいいものを!とロアンは後日、綺麗に片付けられた執務机の上を見て憤慨した)、少し早いが・・・と鑑定室付のメイドにロアンの様子見を言付け、自分には2人分の酒と肴を準備させると、後ろ髪を引かれる思いで王宮を出た後、それを教皇の私室へと持ち込み、トゥマエレと酒を酌み交わしていた。
最初は他愛もない会話をしていたが、少し酔ってきたトゥマエレのロアンに係わる昔話を聞かされていく。
空には夜の帳が下り始め、街中には魔導具師達が研究に研究を重ねて造り上げた外灯が煌々と夜道を照らし、立ち並ぶ家々にも明かりが灯り始めている。
この教皇の私室も暗くなれば自動的に室内を明るくする魔導具が備え付けられており、手元の心配もない程に室内は充分に明るくなっていて、昼間と変わらない様相をみせていた。
エドゥバルドは教皇の私室にしては随分と質素な(据え付けられている魔導具はかなり高価である)室内を見渡し、話に出てきた暖炉に目を留めた。
今は花が咲き綻ぶ暖かな陽射しから、少し汗ばむ位の季節へと変わりつつあり、暖炉は再び使われる日を静かに待つばかりだが、その頃のロアンの様子がありありと想像できた。
今の、特に今日のロアンは格別だったが、出会った当初のロアンも可愛かったな。と思わず口許が緩んだ。
途端にじとっ、とした視線を感じ、誤魔化すようにエドゥバルドはそう云えば、とトゥマエレの昔語りに加わった。
「そういや、トゥマ、お前、出会った当初挙動不審だったろ。それが妙に残ってたんだな。すっごくきれいだったけど、なんか変なおにいさんが居た。っていう印象だったらしいぞ」
「ヒドイ!」
「つか、何でオネエ口調なんだよ。あの頃はまだまともだったぞ?」
「リリちゃんが、シスターばかりに懐いているから・・・」
「ぶっ、もしやロアンが自分に懐かないのは自分が男だからじゃないか?って思った末の、か?」
「そうよっ!悪い?・・・全く懐いてくれなかったけどね。初め、リリたんが塩対応だった」
塩どころか何か得体のしれないモノを見てくる様な視線だったわ・・・と空いたグラスに並々と年代物のウィスキーを注いでグイと仰いだ。
それを見てエドゥバルドは勿体ない飲み方をするなとばかりにトゥマエレの手から瓶を取り上げる。
「まめに会いにも行かずによそよそしい態度だった大人が、突然口調も態度も変えて突撃してくりゃ引くだろうよ・・・。
で、効果無かったんなら何で続けてんだよ」
「・・・楽なのよね、なんでか。馴染んじゃったし、今更戻しても。って思っちゃって」
これは孤児院とプライベートな時だけよ。と付け加え、肴にと用意された一口サイズのスモークチーズをぽいと口に放り入れた。
「それにしてもよく持ち堪えたな」
「魂の伴侶に対するありとあらゆる衝動を律するのは、何よりもの修行だったわね。
て言うか、エドはどうなのよ?」
「どう、とは?」
「衝動よ!無かったの?」
「殆ど無いに等しいな。ロアンと同じくらいだろ。相手を想って、己の気持ちに蓋をしてしまえるぐらいだしな」
「なーによー、やーねぇ、自慢?はー、やだやだ」
「なんだよ・・・」
「いい?リリちゃんは年齢的にまだ魂の伴侶の衝動があまり出ない頃に、あんたに対する想いを抑えたの。特にリリちゃんは気付かない部類よ。その反面、私達は出会った瞬間に湧き上がる感情と衝動を強く感じたでしょ?感じなかったなんて言わせないわよ?定期訪問のあの日、リリちゃんを見たエドは必死に抑え付けていただろうけれど、いつもと様子が違っていたってシスター達も心配していたぐらいなんだから。・・・年齢も経験もずっと上だから、私達はぐっと抑え込めていたけど、リリちゃんの為だからと、リリちゃんがこちらに向くまでは何もしないって決めて、もう全然変わらないから諦めかけていた時に、やっとのことで唯一に心を与えられたのよ?今迄抑え込んで締め付けていた分、反動がくるわよ?」
エドゥバルドの余裕の態度が気に食わないのか、トゥマエレは人差し指を立て、チッチッチッと振ると言い聞かせるように話し出した。
「反動って、まさか・・・」
「心当りはあるわよね?リリちゃんが意図せず吐露してしまった気持ちを聞いて、エドは真っ直ぐに手を伸ばしたわ。それこそ、なんの葛藤もなく。今までのは何だったのっていうぐらい手のひら返してくれちゃってさ」
取り上げられた瓶を再び取り返し、キュポンと音をさせて蓋を開けドボドボと注ぎだす。
それを見ながら、蟒蛇に持ってくるものじゃなかった。と後悔しだすエドゥバルドを余所にトゥマエレはグラスを空にしていった。
「余裕で捌いていたじゃないの。何が死ぬかと思ったー、よ・・・。この似非文官め。そんなことより、あの無邪気な笑顔を一番に向けられていたのはエドじゃない!」
「いや、まぁ、ありゃ可愛くてしょうがねぇわな」
「悔しい~~~っ、出会いは私の方が誰よりも先なのにぃ!」
ドン!とテーブルの上に飲み干されたグラスを叩きつけたのは、このテーブルの持ち主であり、そのテーブルが置かれた王都の教会内の教皇の私室の主、トゥマエレ教皇だ。
あれからロアンを私室へと送り、もう今日は絶対に部屋から出るな。鍵を掛けて声を掛けられても応答しない事。と言い聞かせて、鍵がかかった事を確認した後、トゥマエレは「じゃ、教会で待ってるわね~」とひらひらと手を振り帰っていった。
エドゥバルドは驚異的なスピードでロアンが残した仕事を片付け(普段からこのやる気を見せてくれればいいものを!とロアンは後日、綺麗に片付けられた執務机の上を見て憤慨した)、少し早いが・・・と鑑定室付のメイドにロアンの様子見を言付け、自分には2人分の酒と肴を準備させると、後ろ髪を引かれる思いで王宮を出た後、それを教皇の私室へと持ち込み、トゥマエレと酒を酌み交わしていた。
最初は他愛もない会話をしていたが、少し酔ってきたトゥマエレのロアンに係わる昔話を聞かされていく。
空には夜の帳が下り始め、街中には魔導具師達が研究に研究を重ねて造り上げた外灯が煌々と夜道を照らし、立ち並ぶ家々にも明かりが灯り始めている。
この教皇の私室も暗くなれば自動的に室内を明るくする魔導具が備え付けられており、手元の心配もない程に室内は充分に明るくなっていて、昼間と変わらない様相をみせていた。
エドゥバルドは教皇の私室にしては随分と質素な(据え付けられている魔導具はかなり高価である)室内を見渡し、話に出てきた暖炉に目を留めた。
今は花が咲き綻ぶ暖かな陽射しから、少し汗ばむ位の季節へと変わりつつあり、暖炉は再び使われる日を静かに待つばかりだが、その頃のロアンの様子がありありと想像できた。
今の、特に今日のロアンは格別だったが、出会った当初のロアンも可愛かったな。と思わず口許が緩んだ。
途端にじとっ、とした視線を感じ、誤魔化すようにエドゥバルドはそう云えば、とトゥマエレの昔語りに加わった。
「そういや、トゥマ、お前、出会った当初挙動不審だったろ。それが妙に残ってたんだな。すっごくきれいだったけど、なんか変なおにいさんが居た。っていう印象だったらしいぞ」
「ヒドイ!」
「つか、何でオネエ口調なんだよ。あの頃はまだまともだったぞ?」
「リリちゃんが、シスターばかりに懐いているから・・・」
「ぶっ、もしやロアンが自分に懐かないのは自分が男だからじゃないか?って思った末の、か?」
「そうよっ!悪い?・・・全く懐いてくれなかったけどね。初め、リリたんが塩対応だった」
塩どころか何か得体のしれないモノを見てくる様な視線だったわ・・・と空いたグラスに並々と年代物のウィスキーを注いでグイと仰いだ。
それを見てエドゥバルドは勿体ない飲み方をするなとばかりにトゥマエレの手から瓶を取り上げる。
「まめに会いにも行かずによそよそしい態度だった大人が、突然口調も態度も変えて突撃してくりゃ引くだろうよ・・・。
で、効果無かったんなら何で続けてんだよ」
「・・・楽なのよね、なんでか。馴染んじゃったし、今更戻しても。って思っちゃって」
これは孤児院とプライベートな時だけよ。と付け加え、肴にと用意された一口サイズのスモークチーズをぽいと口に放り入れた。
「それにしてもよく持ち堪えたな」
「魂の伴侶に対するありとあらゆる衝動を律するのは、何よりもの修行だったわね。
て言うか、エドはどうなのよ?」
「どう、とは?」
「衝動よ!無かったの?」
「殆ど無いに等しいな。ロアンと同じくらいだろ。相手を想って、己の気持ちに蓋をしてしまえるぐらいだしな」
「なーによー、やーねぇ、自慢?はー、やだやだ」
「なんだよ・・・」
「いい?リリちゃんは年齢的にまだ魂の伴侶の衝動があまり出ない頃に、あんたに対する想いを抑えたの。特にリリちゃんは気付かない部類よ。その反面、私達は出会った瞬間に湧き上がる感情と衝動を強く感じたでしょ?感じなかったなんて言わせないわよ?定期訪問のあの日、リリちゃんを見たエドは必死に抑え付けていただろうけれど、いつもと様子が違っていたってシスター達も心配していたぐらいなんだから。・・・年齢も経験もずっと上だから、私達はぐっと抑え込めていたけど、リリちゃんの為だからと、リリちゃんがこちらに向くまでは何もしないって決めて、もう全然変わらないから諦めかけていた時に、やっとのことで唯一に心を与えられたのよ?今迄抑え込んで締め付けていた分、反動がくるわよ?」
エドゥバルドの余裕の態度が気に食わないのか、トゥマエレは人差し指を立て、チッチッチッと振ると言い聞かせるように話し出した。
「反動って、まさか・・・」
「心当りはあるわよね?リリちゃんが意図せず吐露してしまった気持ちを聞いて、エドは真っ直ぐに手を伸ばしたわ。それこそ、なんの葛藤もなく。今までのは何だったのっていうぐらい手のひら返してくれちゃってさ」
取り上げられた瓶を再び取り返し、キュポンと音をさせて蓋を開けドボドボと注ぎだす。
それを見ながら、蟒蛇に持ってくるものじゃなかった。と後悔しだすエドゥバルドを余所にトゥマエレはグラスを空にしていった。
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