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第一章 甘い卵焼きと秘密のデザインノート

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 しばらく二人で歩くと、私の家が見えてきた。
「あ、あの。家、そこだから」
「そっか。んじゃな」
 家に着くと、瞬君は、回れ右して片手を挙げた。
 その表紙にポケットから何かが落ちた。
「あっ」
 でも、瞬君はそれに気づかないまま歩いていってしまう。
 慌てて瞬君が落としたものを拾うと、それは生徒手帳だった。
 街灯の下で開かれるようにして落ちたそのページを見ると、そこには今よりも少し幼い瞬君の顔写真と、それから今のクラスが書かれていた。
 えーっと、今年は中等部三年A組……?
「え?」
 私の声に瞬君が振り返る。
 そして私が手に持っているものに気づいて、勢いよく走ってくるとそれを奪い取った。
「見たのか⁉」
「っ……」
「見たのかって聞いてんだよ!」
 あまりの剣幕に、頷くことしかできない。
 そんな私に、瞬君はため息を吐くと――壁に手を突いて私を睨みつけた。
「このこと、絶対に誰にも言うな」
「どう、して」
「お前には関係ない。とにかく絶対に言うな。わかったな」
 頷いた私を見て、瞬君は小さく息を吐いた。そして、そのまま無言で帰って行く。
 私はどうしていいかわからないまま、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 翌日、どんな顔をして瞬君に会えばいいかわからなかった。
 でも、瞬君は昨日のことには触れず何もなかったような顔でバイトをこなしている。
 そして無言のまま私のことを送ってくれた。
 翌日も、そしてそのまた翌日も。
 相変わらず会話はなくて少し気まずい。
 隣を歩く瞬君の顔をのぞき見ても、ムスッとした表情を浮かべていた。
 そんなに嫌なら送ってくれなくてもいいのに。私だって気まずいのは嫌だ。
 いっそのこと、もういいですって言おうかな。その方が瞬君も楽だろうし。
 うん、そうしよう。
 今日も無言のまま歩くうちに家が見えてきて、私はお礼と、それからもう送ってくれなくても大丈夫ですと言おうと瞬君の方を向いた。
 でも、私が何か言うよりも早く、瞬君が口を開いた。
「なあ」
「え?」
「お前んち、なんでいつも誰もいないんだ?」
 毎日、真っ暗な家を不思議に思ったみたい。
「優一さんところに行くなって言われてるって聞いたけど、こんな時間まで子供だけでいろって普通言わねえだろ」
「え? うーん。普通はそうなのかな。でも、うちはママの仕事が忙しいから仕方ないよ」
「親父さんは?」
「パパは海外出張中。今はイギリスかな? 一年のうち一週間帰ってきたらいい方なの」
「……悪い」
 気まずそうに瞬君が言うから、私は慌てて笑顔を作る。
「でもパパもママも私のために頑張ってくれてるの知ってるし、全然平気だよ! そりゃ寂しくないわけじゃないけど、でもおじさんもいるしね。大丈夫」
「……お前、強いんだな」
 そう言って小さく笑う瞬君の表情が、どうしてか悲しそうに見えて、胸の奥が痛くなった。
「強くなんか、ないよ」
「え?」
「そう自分自身に言い聞かせてるだけ。じゃないと、寂しさに押しつぶされちゃうから」
「……そっか」
 瞬君は呟くと、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま俯いた。
「結局、子どもは大人に振り回されてばっかりだよな」
「瞬君……?」
「なんでもない。んじゃ、俺帰るから」
 ポケットから出した片手を軽くあげて瞬君は元来た道を帰る。
 その背中が妙に寂しそうで、私は慌てて声をかけた。
「瞬君! 送ってくれてありがとう。また明日ね。それから、この前見たこと私、誰にも言わないから!」
 一瞬、驚いたように足を止めたあと、瞬君はこちらを振り返った。
「大声出すな。近所迷惑だろ。それから、あのことは忘れろって言っただろ。ホントバカだな」
「なっ」
 呆れたような口調に、寂しそうなんて感じたのが間違いだったのかと思う。
 けど。
「さっさと中入れ。……んじゃ、また明日な」
 そう言った瞬君の口調があまりにも優しくて、私は瞬君の背中が見えなくなるまでその場で立ち尽くしてしまった。
 さっきの瞬君の言葉が頭の中でよみがえる。
『結局、子どもは大人に振り回されてばっかりだよな』
 あれはいったい、誰のことを言ってたんだろう。
 もしかしたら、年齢をごまかしてバイトしていることと何か関係があるのかもしれない。
 完全に瞬君の背中が見えなくなってから、私は家に入った。
 誰もいない、真っ暗な家に。
 そこはいつもよりもずっと、寂しい空間に思えた。
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