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第四章

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 まるで顔見知りのように話す二人の会話に、香澄はついて行けない。弥生の願いとは。そしてそれをテンテンが叶えたとはいったいどういうことなのだろう。
 戸惑う香澄に弥生は微笑む。

「どない頑張っても私の方が先に逝くんはわかっとったやろ。せやから、そのときに香澄ちゃんが一人になりませんようにってずっと祈っとってん」
「そんなの、私、知らない……」

 弥生も、そしてテンテンも今まで一度だってそんなこと言わなかった。教えてくれてもよかったのに、そう思う香澄に弥生は悪戯っぽく、テンテンは呆れたように言った。

「そりゃバレへんように行っとったからね」
「守秘義務だな」

 守秘義務なんていつからできたんだとツッコみたい気持ちはあったけれど、それよりも弥生の身体が薄らと透け始めたことが気になった。力が弱まっているのかもしれない。

 弥生も自身の身体の変化に気づいたのか寂しそうに微笑むと、香澄の名を呼んだ。

「香澄ちゃん、ちゃんとご飯食べて働き過ぎひんようにね。自分の人生を幸せに生きて。何かあったら周りの人を頼んねんで。大丈夫、香澄ちゃんの周りにはたくさんの人がおるねんからな」
「うん……わかった。わかったよ、おばあちゃん」
「……それから、香澄ちゃんのこと、守りたいって思ってくれはってる子がおること、ちゃんと気づかなあかんよ」
「え……」

 それはいったい誰のことを。そう香澄が問いかけようとするよりも早く、弥生は含んだような笑みを浮かべると、香澄の後ろを指さした。つられるように振り返ると、そこには――。

「青崎君。え、どうして」

 白いビニル袋を手に石段を登る青崎の姿が遙か奥に見えた。いや、でもこの場所からは本殿の背面しか見ることはできないはずだ。いったいどうやってあんな遠くを見ているのだろうか。

「もしかして、テンテン?」

 それしか可能性は考えられず、テンテンに問いかける香澄に鼻を鳴らして見せるとテンテンは再びそっぽを向いた。そうこうしている間にも少しずつ青崎はこちらへと近づいてくる。本殿の横を通り、こちらに来るのにたいして時間はかからなそうだった。

「あの子やったら香澄ちゃんのこと一人にしいひんと思ったから、おばあちゃん猫宮司に『私の代わりに香澄ちゃんを守ってくれる人が、ずっとそばにおってくれる人が現れるように』って願ってんよ。……それが青崎君ならええなってそう思っててんけど、どうやろ?」
「どうやろって……え、えええ」

 もしかして、青崎にテンテンの声が聞こえ姿が見えるのは、弥生の願いが影響しているのでは。そんな疑問が頭を過る。テンテンへと視線を向けるけれど、相変わらずしらっと顔をしているままで、問いかけても答えてくれそうにはなかった。

「で、どうなん?」

 食いついてくる弥生に、この状態で言うようなことではないと思う気持ちと、もう今しか言えないんだという気持ちがせめぎ合い、香澄は戸惑う。香澄に気づいた青崎は一歩また一歩とこちらに近づいてくる。このままでは弥生に対する返事を聞かれてしまうかも知れない。

 小さく深呼吸をすると、香澄はそっと口を開いた。

「おばあちゃんが死んでから、青崎君だけじゃなくてたくさんの人が助けてくれたの。雲井さんたちにも助けられたし、みんなが支えてくれたからこの二ヶ月、私は生活できたってそう思う」
「……そう」

 香澄の返事が不服だったのか、弥生はあからさまにガッカリした表情を浮かべる。別に弥生を喜ばせるために答えるわけではないのだけれど。そう思いながらも、もう一度青崎の方を見て、まだ距離があることを確認し早口で言った。

「でも、その中でも青崎君には……ずっと支えてもらったし、凄く、感謝してるの」
「せやったら!」
「で、でもそういうのはまだわからないから。だから、さ。今は幸せだよっていう言葉だけで許してもらえたら、嬉しいな」

 香澄の答えに弥生は安心した様子で微笑みを浮かべる。もう殆ど身体は透けてしまい、周りの景色の方が色濃く見えてしまっている。残された時間が僅かしかないことは明白だった。

「香澄ちゃんが幸せなら何でもええねんで。誰のことも気にせんでええ。香澄ちゃんは香澄ちゃんの人生を幸せに生きや」
「おばあちゃ、ん。ありが、とう」

 香澄は必死に涙を拭い笑顔を浮かべる。そんな香澄に弥生もまた笑顔を浮かべると――そのまま、光とともに消えた。

 それと同時に、香澄のすぐそばにあった影も消え失せた。

「え?」

 ドサッという何かが落ちたような音に慌ててそちらを向くと、砂利の上に倒れ込む猫に戻ったテンテンの姿があった。
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