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第四章
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会合は駅から少し離れたところにある会館の会議室で行われた。雲井は先に行っているはずで、香澄は恐る恐る会議室のドアを開けた。
小さな商店街といえど昔から続く店がいくつもある。香澄に対して親しみを持ってくれている人、特に興味もない人など様々だ。知っている人がいないわけじゃない。けれど、こういうときは自分に向けられる非好意的な視線を敏感に感じてしまうのはなぜだろう。
とにかく空いている席に座ろう。コの字型に置かれた机の隅に香澄は自分の荷物を置いて席に着いた。視線を彷徨わせていると、明らかにジロジロと見られているのを感じ小さく俯いた。
「はー、お待たせ。そしたら始めよか」
雲井の声に顔を上げると、雲井とそれから商工会議所の所長が会議室へと入ってきた。一番前の席に座ると雲井は「まず」と香澄の方へ視線を向けた。
「レインボウの虹林弥生さんが亡くなったんはみんな知っとると思います。そのあとを孫娘の虹林香澄さんが継ぐことになりました。まだまだ若い子で至らんところもあるやろし、みんなで鍛えてあげてな。そしたら香澄ちゃん、一言」
「え、あ、えっと、はい。虹林香澄です。祖母の弥生が生前お世話になりました。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、何卒よろしくお願いします」
頭を下げる香澄に対して拍手の音が聞こえるとともに室内の空気が少しだけ和らいだようなそんな気がした。
「そしたら今日の議題やけど」
雲井はまたほほえみ商店街で閉店する店が出たという話を始めた。
「このままじゃほほえみ商店街はほんまに終わってしまう。頼みの綱の秋祭りやって参加屋台は二つや言うし。他んところはどうや? 参加できそうなとこはないんか?」
雲井の問いかけに参加者は皆、顔を伏せたまま何も言おうとしなかった。そんなみんなの反応に雲井はため息を吐く。
「なんでもええんやで」
そうは言われても、という空気が流れる中、香澄は雲井と目が合った。片目をつぶる雲井に香澄は小さく頷きおずおずと手を上げた。
「ん? 香澄ちゃん、なんや。レインボウで屋台出してくれるんか?」
「あ、えっとそうじゃなくて。その、たとえばなんですけど、秋祭りでお化け屋敷とかやったりできないでしょうか?」
香澄の言葉にあちこちで「お化け屋敷?」と怪訝そうな声が上がる。露骨に「何変なこと言うてんねん」と顔をしかめる人もいた。あれは眼鏡屋の東山だ。息子の代に変わったと聞いていたけれど会合はまだ父親が参加しているようだった。
「まあまあ、東山さん。で、香澄ちゃんお化け屋敷ったってどこでするんや? アテはあるんか? そもそも誰がするんや?」
「空き店舗を利用できないかなと。あと市内の大学に通う子たちが有志でやってくれると言ってるので彼らに協力できたらと思ってます」
「お化け屋敷か。でもそれしたところで、誰が来てくれるんや?」
「たとえば、子どものいる家族やカップルです。一応、他の商店街で誘致した際の集客率なんかをまとめたものもあります」
雲井から事前に『根拠となる数字が必要となる』と言われていたこともあり、青崎と二人で調べてまとめておいた。今の時代、インターネットを使えば他府県の情報なども出てくるので有り難い。
香澄の回答に満足そうに頷くと、雲井は参加者を見回した。
「ふんふん。みんな、どない思う?」
「子どものアイデアやな。遊びやないんや。無理やろ」
東山は鼻で笑う。他の参加者たちもいい反応は示さなかった。
その態度を香澄は悔しく思う。たしかに香澄と青崎たちで考えた子どもの意見かも知れない。それでも、ほほえみ商店街を、秋祭りを盛り上げようと練ったアイデアを、詳細も聞かずに切り捨てるなんて。
「んー、他のみんなも同じ意見かいな?」
「……私は面白いと思いますよ」
「大迫さん?」
手を上げたのは、それまで静かに話を聞いていた大迫だった。雪斗の母親の方が会合に来ていたらしく、対角線上の位置に座る大迫は香澄と目が合うと優しく微笑んだ。
「大迫さんは賛成やと?」
「そもそも秋祭りに屋台が少なくて困ってるんですから、やりたいって言ってくれてる子たちがいるのはありがたいんじゃないです? それともその子たちがやらない代わりに、東山さんが屋台一つ出してくれるんですか?」
「それ、は」
先程までの勢いはどこへ行ったのか、東山はまだブツブツと文句を言いながらも大迫に言い返すことはなかった。他の人達も東山と同様に「じゃあ代わりにやってくれるのか?」と、言われるのが嫌で何も言わない。
「辻さんはどう思います?」
雲井は隣で無言のまま座っていた商工会議所の所長である辻に意見を求める。辻は腕を組み、眉をひそめたまま目を閉じている。
小さな商店街といえど昔から続く店がいくつもある。香澄に対して親しみを持ってくれている人、特に興味もない人など様々だ。知っている人がいないわけじゃない。けれど、こういうときは自分に向けられる非好意的な視線を敏感に感じてしまうのはなぜだろう。
とにかく空いている席に座ろう。コの字型に置かれた机の隅に香澄は自分の荷物を置いて席に着いた。視線を彷徨わせていると、明らかにジロジロと見られているのを感じ小さく俯いた。
「はー、お待たせ。そしたら始めよか」
雲井の声に顔を上げると、雲井とそれから商工会議所の所長が会議室へと入ってきた。一番前の席に座ると雲井は「まず」と香澄の方へ視線を向けた。
「レインボウの虹林弥生さんが亡くなったんはみんな知っとると思います。そのあとを孫娘の虹林香澄さんが継ぐことになりました。まだまだ若い子で至らんところもあるやろし、みんなで鍛えてあげてな。そしたら香澄ちゃん、一言」
「え、あ、えっと、はい。虹林香澄です。祖母の弥生が生前お世話になりました。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、何卒よろしくお願いします」
頭を下げる香澄に対して拍手の音が聞こえるとともに室内の空気が少しだけ和らいだようなそんな気がした。
「そしたら今日の議題やけど」
雲井はまたほほえみ商店街で閉店する店が出たという話を始めた。
「このままじゃほほえみ商店街はほんまに終わってしまう。頼みの綱の秋祭りやって参加屋台は二つや言うし。他んところはどうや? 参加できそうなとこはないんか?」
雲井の問いかけに参加者は皆、顔を伏せたまま何も言おうとしなかった。そんなみんなの反応に雲井はため息を吐く。
「なんでもええんやで」
そうは言われても、という空気が流れる中、香澄は雲井と目が合った。片目をつぶる雲井に香澄は小さく頷きおずおずと手を上げた。
「ん? 香澄ちゃん、なんや。レインボウで屋台出してくれるんか?」
「あ、えっとそうじゃなくて。その、たとえばなんですけど、秋祭りでお化け屋敷とかやったりできないでしょうか?」
香澄の言葉にあちこちで「お化け屋敷?」と怪訝そうな声が上がる。露骨に「何変なこと言うてんねん」と顔をしかめる人もいた。あれは眼鏡屋の東山だ。息子の代に変わったと聞いていたけれど会合はまだ父親が参加しているようだった。
「まあまあ、東山さん。で、香澄ちゃんお化け屋敷ったってどこでするんや? アテはあるんか? そもそも誰がするんや?」
「空き店舗を利用できないかなと。あと市内の大学に通う子たちが有志でやってくれると言ってるので彼らに協力できたらと思ってます」
「お化け屋敷か。でもそれしたところで、誰が来てくれるんや?」
「たとえば、子どものいる家族やカップルです。一応、他の商店街で誘致した際の集客率なんかをまとめたものもあります」
雲井から事前に『根拠となる数字が必要となる』と言われていたこともあり、青崎と二人で調べてまとめておいた。今の時代、インターネットを使えば他府県の情報なども出てくるので有り難い。
香澄の回答に満足そうに頷くと、雲井は参加者を見回した。
「ふんふん。みんな、どない思う?」
「子どものアイデアやな。遊びやないんや。無理やろ」
東山は鼻で笑う。他の参加者たちもいい反応は示さなかった。
その態度を香澄は悔しく思う。たしかに香澄と青崎たちで考えた子どもの意見かも知れない。それでも、ほほえみ商店街を、秋祭りを盛り上げようと練ったアイデアを、詳細も聞かずに切り捨てるなんて。
「んー、他のみんなも同じ意見かいな?」
「……私は面白いと思いますよ」
「大迫さん?」
手を上げたのは、それまで静かに話を聞いていた大迫だった。雪斗の母親の方が会合に来ていたらしく、対角線上の位置に座る大迫は香澄と目が合うと優しく微笑んだ。
「大迫さんは賛成やと?」
「そもそも秋祭りに屋台が少なくて困ってるんですから、やりたいって言ってくれてる子たちがいるのはありがたいんじゃないです? それともその子たちがやらない代わりに、東山さんが屋台一つ出してくれるんですか?」
「それ、は」
先程までの勢いはどこへ行ったのか、東山はまだブツブツと文句を言いながらも大迫に言い返すことはなかった。他の人達も東山と同様に「じゃあ代わりにやってくれるのか?」と、言われるのが嫌で何も言わない。
「辻さんはどう思います?」
雲井は隣で無言のまま座っていた商工会議所の所長である辻に意見を求める。辻は腕を組み、眉をひそめたまま目を閉じている。
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