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第三章

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 一瞬、理解が追いつかなかった。けれどすぐに気が付く。今のテンテンは人型だ。そういえば少しではあるけれど力が戻ったと言っていたし、そのせいで人型になったところが香澄以外のも見えるようになっていたのかもしれない。勝手に見えないと思い込んで油断していた。

 慌てふためく香澄の隣で、なぜかテンテンも少し驚いたように青崎の姿を見ていた。

「青崎君……? この人って? えっと、今目の前にいるのは猫だよね?」
「何言ってるんですか? この不審な白い装束の、猫耳をつけ、た……え?」

 ああ、駄目だ。完全に見えている。

「香澄さん、この人変ですよ。帰りましょう」
「ま、待って。青崎君、この人はえっと」
「まさか、知り合いなんですか?」
「知り合いというか、なんというか」

 どう説明すればいいのだろう。猫宮司です。この猫神社に祀られている神様の神使なんです、と言って納得してくれるだろうか。

 いや、でも猫耳に猫尻尾を生やした人なんて普通存在しないのだから、人外だと納得してくれるのではないだろうか。なんなら猫に戻るところを見てもらって――。

 そもそも人外だとバレる方が問題なのではないだろうか。それならただのコスプレ好きの変な人だということにして、ここは他人のふりで押し通す方がいいのかもしれない。よし、そういうことにしよう。

 けれど香澄が何か言うよりも早く、テンテンは口を開いた。。

「私は猫宮司だ」
「猫宮司?」
「そうだ。この社に祀られている、めめ刀自の命様の神使テンテンだ」
「神使、テンテン」

 神の使いに嘘をつけと言うのが無理な注文だったのかも知れない。テンテンは馬鹿正直に青崎に自分のことを話す。青崎は怪訝そうな表情でテンテンを見たあと、香澄へと視線を向けた。

「今のって、本当ですか? 香澄さんは知ってたんですか?」
「えっと、それは」

 何と答えるべきか悩んだ。今なら、もしかしたら、まだ間に合うのでは。そんな考えが脳裏を過った。けれど結局、香澄は小さく頷いた。香澄の反応に青崎は息を呑んだ。

「嘘でしょ……」
「ごめんね、ビックリさせたよね。こんなの信じられないって思っても不思議じゃ――」
「凄い。猫宮司、本当にいたんだ」
「へ?」
「正直、雪斗が適当に言ってるだけだと思ってた」
「雪斗君?」

 思いも寄らない名前が聞こえてきて、香澄は思わず青崎に尋ねた。青崎はようやくテンテンから視線を外すと、香澄に頷く。

「はい。ここに来る前に香澄さんがいないって言ってる俺に、雪斗が猫神社に行ったんじゃないかって教えてくれたんです。そこには猫宮司がいるよって言ってたんですけど、俺そういう名前の猫だと思ってて。まさか人外だとは思ってなかったです」

 雪斗が言ったのはおそらく猫のテンテンなのだけれど、青崎の中ではそれがこの人型のテンテンにすり替わってしまったようだ。意外とすんなり受け入れてしまった青崎に感心しつつも戸惑いは隠せない。そんな香澄をよそに青崎はテンテンに向き直る。

「あの、雪斗からあなたならなんでも願いごとを叶えられるって聞きました」
「そうだな」
「それじゃあ俺の願いも聞いてもらえませんか?」

 青崎は真剣な表情を浮かべている。そんな顔をするほど、何か悩みがあったのだろうか。いつだって青崎は笑顔だったから香澄は気づかなかった。いや、気づけるほどの距離にはいなかった。

 テンテンは青崎に「聞くだけ聞いてやる」と賽銭箱の上で足を組んだまま横柄な態度で言った。けれど、そんな態度なんて気にならないようで、青崎はまっすぐにテンテンを見つめると口を開いた。

「俺の友達が、彼女と喧嘩しちゃって。それで仲直りのきっかけを与えて屋って欲しいんです」
「仲直りではなく、きっかけか?」

 テンテンの問いかけに青崎は小さく笑った。

「きっかけです。だって本人たちの意思とは関係ないところで仲直りさせたって、そんなの意味ないですから」
「……香澄、お前よりこの小僧の方がよっぽどかわかってるぞ」
「え?」

 呆れたようなテンテンの言葉に青崎は首をかしげる。香澄は「何でもないよ」と慌ててごまかした。
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