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第二章

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 マンションの周りは香澄も奈津も何度も探した。排水口の隙間から草むらまで。それでもハルを見つけることはできなかった。それなのに。
 テンテンが告げたのは、奈津の住むマンションの真裏にある一軒の民家だった。

「ここって」

 言われるままにその場所に向かった香澄は、薄暗い中、明かりがつくことのない家の前にいた。そこは古ぼけた空き家で、いつ解体されてもおかしくないぐらいのぼろ屋だった。
 けれど、その家を前に香澄は肩を落とした。ここなら何度か探しに来たことがあったからだ。軒下から生い茂った草の間まで、奈津と二人で探したこともある。テンテンを疑うわけではないけれど、本当にここにいるのだろうか。

「こっちだ」
「え? テンテン?」

 いつの間に着いて来ていたのか、気づけば足下にいたテンテンが器用に縁の下へと入っていく。崩れやしないかとヒヤヒヤしていると、何かを咥えるようにしてテンテンが出てきた。

 そこにいたのは何度もチラシで見たハルの姿だった。
 車に轢かれたとテンテンは言っていたけれど、思ったよりも綺麗な姿をしていた。香澄は自宅から持ってきたバスタオルにハルを包むとそっと抱き上げた。

 タオル越しにも伝わる冷たさに、香澄は泣きそうになる。

「これからどうするつもりだ」
「どうしよう……」

 ハルは奈津に死を知られたくなかった。このまま奈津のところに連れて行くのはハルの気持ちを蔑ろにすることになってしまう。けれど……。
 答えが出ないまま、香澄は空き家から出た。

「ねえ、テンテン」
「なんだ」
「どうしてハルはここにいたのかな」
「……言わなくてもわかるだろ」

 テンテンの声は妙に優しかった。

「奈津さんのそばにいたかったんだね」
「だろうな」

 自分の命がもう長くないことを知ったハルは、奈津を悲しませないために姿を消した。けれども、最期の最期にはやっぱり奈津のそばにいたかったのだと、香澄にはそう思えた。

「……奈津さんの家に、帰してあげよう」
「それをハルが望んでいなくても、か?」
「望んでいないわけないよ。だって、きっとハルも奈津さんのことが大好きなんだから」

 テンテンは「そうか」としか言わなかったけれど、香澄の言葉を否定することもなかった。

 すぐ真裏の奈津のマンションへと香澄はハルを連れて歩いた。
 玄関のチャイムを鳴らすと中から奈津の声が聞こえて、ドアが開いた。

「香澄ちゃ――」

 訪ねてきたのが香澄だと気付き、少し驚いたような表情を浮かべたあと、奈津は香澄の腕の中にあるバスタオルに気づいた。

 泣き崩れるかと思った。けれど。

「……ハルちゃん、おかえり」

 奈津は優しい口調でそう言うと、香澄からバスタオルごとハルの遺骸を受け取った。

「奈津さん……」
「香澄ちゃん、ありがとう。ハルを見つけてくれて」
「そんな……私……」
「どこに、いたのか……聞いてもいい?」

 ハルをぎゅっと抱きしめたまま震える声で言う奈津に、香澄は必死に涙を堪えると口を開いた。

「裏の、空き家の……縁の下に。テンテンが、見つけてくれました」
「テンテン……って、あのときの猫宮司さん? そっか……そっかぁ」

 香澄の足下にいるテンテンにようやく気づいた奈津は、そっとしゃがみ込むとテンテンに視線を合わせた。

「猫宮司さん、ありがとう。ハルちゃんを見つけてくれて。私のお願い、叶えてくれたんだね」

 奈津の言葉に、テンテンは小さな声で「なぁぁ」とだけ鳴いた。奈津の耳には猫の鳴き声にしか聞こえなかったその声が「すまない」と言っているのを香澄だけが知っていた。

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