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第二章

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 数年前に亡くなってしまった澤の夫はシャキシャキしている澤とは正反対のおっとりとした優しい老人だった。香澄もずっと可愛がってもらっていて、亡くなったときはあまりの悲しさに泣き崩れた。けれど、その人がどうしたと――。

「あ、もしかして」
「猫神社のおかげで帰ってきてくれたんや。敵から無事逃げとったみたいでな、他の人から遅れはしたけどちゃんと無事に帰ってきてくれてん。それで無事結婚できてんな」

 そう言って微笑む澤はしわくちゃの老婆ではなく、まるで恋する少女のような表情を浮かべていた。

「凄い、ですね」

 戦争で亡くなったと思っていた人すらも帰ってこさせるだけの力が猫神社にはある。なのに、どうしてハルを探すことはしてくれないのだろう。香澄は悔しさと苛立たしさを紛らわすように手のひらをぎゅっと握りしめた。
 

 その後もハルのことを探すけれど、結局見つかることはなかった。
 猫神社で奈津と会ってから五日が経った。今日も朝からハルを探していた。けれど相変わらずハルの姿はどこにもなかった。

「香澄ちゃん、ありがとう」

 奈津から手渡されたペットボトルの蓋を開けると香澄は一口含んだ。思った以上に喉が渇いていたようで喉を流れていく冷たさが心地いい。そんな香澄に奈津は力なく微笑むと口を開いた。

「もうこれで終わりにしようと思うの」
「え、どうしてですか?」
「きっとこれ以上探しても、見つからないと思うから」

 奈津の言葉に香澄は驚きを隠せなかった。なぜ奈津がそんなことを言うのかわからない。だって、ハルは奈津の大事な家族で、ずっと探し続けていたのに。そんな香澄の戸惑いに気づいたのか、奈津は寂しそうに目を閉じた。

「本当はね少し前から覚悟はしてたの。きっとハルは自分の意思でいなくなったんだって」
「え?」
「聞いたことないかな。猫は死ぬ前に飼い主の前から姿を消すって話。わかってはいたんだけど、どうしても覚悟ができなくて。けど、これ以上は……。ごめんね」

 奈津の頬を涙が伝った。香澄は不意にテンテンの言葉を思い出す。

『さすがの猫宮司でも生き返らせることはできまいぞ』

 もしかしたらテンテンは全てを知っていたのだろうか。だから香澄がハルを探すことを、この依頼を受けることを反対したのだろうか。

「でも、嬉しかった」
「奈津さん?」
「香澄ちゃんが一緒にハルちゃんのことを探してくれて。諦めずにいてくれたから、私もきっともう一度ハルちゃんに会えるって信じることができた。ありがとう」
「そん、な。私は、何の役にも、立てなくて」

 絞り出すように言う香澄の言葉に奈津はそっと首を振った。そして香澄の手を握りしめると微笑んだ。

「そんなことないよ。本当に、ありがとう」
「奈津さん……」
「明日、もう一度保健所に連絡入れてみる。もしかしたら……」

 奈津はそれ以上何も言わなかった。香澄は奈津と別れると猫神社へと向かった。そこには賽銭箱に腰掛けて座るテンテンの姿があった。

「知ってたの? 全部、だからやめとけって言ったの?」
「……そうだ」
「どうして……」
「ここは猫神社。私は猫宮司だ。わからないわけがないだろう」

 さも当たり前のようにテンテンは言う。

「あとは、ハル自身が望んでいなかったからな」
「え?」
「……大切な家族を泣かせたくなかったそうだ。いなくなればもしかしたらどこかで生きているかもしれないという希望が持てるだろう」
「あ……」

 香澄はハルの想いに胸の奥が苦しくなる。ハルはハルで奈津を想っていた。けれどその想いを、奈津が知ることは、ない。

「ハルは、今」

 香澄の問いかけに、テンテンは首を振った。言葉を失う香澄に、テンテンは言う。

「家を出た翌日に運悪く車に轢かれたようだ」
「そんなっ」

 つまり香澄が初めて奈津と会ったときにはもうハルは死んでいたということになる。「どうして言ってくれなかったの」そう言いかけてそれをハルが望んでいなかったからだと、先程のテンテンの言葉を思い出す。でも、それでも。

「たった一人で死なせてしまったと知ったら、奈津さんは余計に悲しむと思うよ」
「……そうかも知れないな」

 そう言ったテンテンの声もどこか苦しげだった。もしかしたらテンテン自身も、自分の取った行動が正しかったのかわからないのかもしれない。正解なんてない。どちらも互いのことを思い合っている。思い合っているからこそ、辛くて、悲しい。

「ハルは今、あの奈津とかいう人間の住むマンションの近くにいる」
「嘘!?」
「本当だ。ハルは――」
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