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第二章

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 夕方、いつも通りに店を閉めると、香澄は夕食の買い物ではなく上天満宮へと向かう。商店街をまっすぐ歩いて行くと、ベーカリー大迫が見えた。相変わらず繁盛しているようで中にはたくさんの客がいる。

 以前と違うことがあるといえば、雪斗が手伝いをしているということだろうか。洗い終わったトレイを拭いたり、逆に客が使ったあとのトレイを流しに入れたりといった細々とした作業を雪斗は嬉しそうに手伝っていた。

 そんな様子を窓越しに見て安心していると、香澄の視線に気づいたのか店内から雪斗が手を振った。雪斗に手を振り返すと、香澄はまた猫神社に向かって歩き出した。

 昼間よりは幾分か涼しくなった境内を香澄は歩く。すると、どこからか女性の声が聞こえた。

「ハルー。ハルちゃーん」

 草むらや賽銭箱の下などいろんなところを覗き込むその女性は何かを探すようにして歩いていた。何と言っているのかは上手く聞き取れなかったけれど、もしかするとテンテンを探しているのだろうか?

「あの、どうかされたんですか?」
「え?」

 突然声をかけられたことに驚いたのか、その人は慌てて立ち上がると香澄の方を見た。

 香澄より少し年上だろうか。真っ黒の髪をポニーテールにし、赤縁の眼鏡をかけたその人は、一瞬戸惑ったような表情を浮かべたあと小さく頷いた。

「猫を、探してるの」
「やっぱり。テンテンですか? 真っ白い毛並みの」
「テンテン? ううん、あたしが探してるのはハルちゃん。スコティッシュ・フォールドで灰色の毛色をしているの。見なかった?」

 女性はスマホを香澄に見せる。そこにはグレイヘアのスコティッシュ・フォールドがまんまるの目をこちらに向けて映っていた。見覚えのない猫に香澄は首を振る。

「その子は、見てないですね」

 香澄の言葉に「そっか……」と女性はあからさまに落ち込んだ。

「あ、でももしかしたらこれからどこかで見かけるかもしれないよね? これ、よかったらもらってくれない?」

 そう言って差し出した紙にはハルという猫の写真と女性の名前、そしてスマホの番号が書いてあった。その紙によると、女性の名前は土屋奈津というようだ。

 どうやら飼い猫がいなくなってしまったようだった。少し考えたあと、はっと香澄は思いついた。

「あ、あの! この奥に、猫神社っていうのがあるの知ってますか?」
「猫神社?」

 奈津はその名前に興味を引かれたようで食いついてきたのがわかった。

「はい。猫神社に祀られている神様は猫なんです。だから、そこでお願いしたらきっと見つかると思います」
「猫神社……猫神様……。うん、私そこに行ってみたい。この奥って言ったよね」
「こっちです」

 本殿の隙間から裏手に向かう。奈津は香澄の後ろを着いて来ながら「こんなところがあったんだ」と小さく呟いていた。

「ハルちゃんはね、あたしが一人暮らしをし始めたときに捨てられているのを拾ったの」

 ぽつりぽつりとハルという猫のことを話し始めた。

「段ボールに入れられてロータリーの隅に捨てられてたの。まだ生まれたてだったのか小さくて震えてて。春に出逢ったからハルちゃん。安直でしょ? ……でも、それからずっと一緒に暮らしてきたの。……なのに」

 涙混じりの声で奈津は言う。猫といえどきっと奈津にとっては家族同然に暮らしてきたのだろう。家族が突然いなくなってしまった喪失感は香澄にもよくわかる。香澄の家族はもう戻ってくることはないけれど、だからこそ余計にハルが戻ってくることを願ってしまう。

「ここです」
「こんなところがあったのね。ホントだ、猫の彫刻が飾ってある。本当に猫の神様を祀ってるのね。……神様、ハルのことを見つけて下さい。ハルとまた、一緒に暮らせますように」

 奈津は目を閉じると真剣に祈る。香澄もその隣で一緒に祈った。どうか、ハルが戻ってきますように、と。そんな香澄の足下に何かの気配を感じた。視線を落とすと、そこにはテンテンの姿があった。

「この依頼はやめておけ」
「どうして?」
「何がどうして?」
「あっ」

 香澄の声に、奈津は祈りの手を止めて振り返る。そして香澄の足下にテンテンの姿を見つけて声を上げた。

「わっ、可愛い猫ちゃん。もしかしてあなたが猫神様?」
「いえ、この子は猫宮司らしいです」
「猫宮司? つまりこの猫神社を守ってるのね。可愛い」

 しゃがみ込むと奈津はどこか寂しそうにテンテンの頭を撫でた。テンテンはまるで仕方ないなとでも言うかのように、奈津が頭を撫でるのを受け入れている。そして「もういいだろう」と身体をスルリと奈津から離した。

「ねえ、猫宮司さん。ハルのこと、見つけてね」
「……なあぁ」
「お願いね」
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