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第一章

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「失礼なことを考えているようだが不問にしてやる。私はこの額ぐらい心が広いからな」
「猫の額って狭いものの例えなのでは」
「馬鹿が。猫ジョークだ」
「猫ジョーク」

 なんだろう、猫の表情なんてわからないはずなのに上手いこと言ったと言われているような気がするのは。そしてどこかその態度にイラッとしてしまうのは。

 もはや理解が追いつかないを通り越して突っ込むことしかできない。それぐらい香澄は目の前の状況に置いてけぼりをくらっていた。それでもなんとか今この状況を理解しようとしてみる。

「えっと、で、その猫宮司さんが私の願いを叶えてくれるんですか? 本当に?」
「だからそう言っているだろう。握り飯の礼だ。人間と違い猫は恩を忘れはせん。神の使いである私ならなおさらだ」

 目の前の猫が本当に神の使いかどうかなんてわからなかった。それでも叶えてくれるというのなら是非叶えて欲しい。

「死んでしまったおばあちゃんに会いたいの」
「ふむ。して、会ってどうする? さすがの猫宮司でも生き返らせることはできまいぞ」
「そりゃ生き返ってくれれば嬉しいけれど、それが無理だってことはさすがにわかるよ。だから、遺言書の場所を知りたいの。それがないと私とおばあちゃんの店があいつに取られちゃうから」

 なりふりなんて構っていられない。今は藁もとい喋る猫にでも縋りたい。必死に言う香澄に猫宮司は「わかった」と言うとひらりと身を翻し賽銭箱の上に乗ると目を閉じた。

 その瞬間、辺りは静寂に包まれた。それまで聞こえていた竹の葉がこすれる音も、小鳥のさえずりすら消えた。テンテンは前足で器用に自分の毛を抜くと、その毛にふっと息を吹きかけた。

「なに、が」

 思わず声を漏らした香澄の目の前に白い靄が現れる。次第にそれは人の形をまとい、そして。

「おばあ、ちゃん?」

 立ち上がった香澄の目の前に、弥生のような人影が薄らと見え――そして、消えた。

「え、待って。どういうこと?」

 話をするどころかはっきりと弥生の姿を見ることすらできなかった。戸惑う香澄に、テンテンは

「神力が足りないのだ」
「神力?」

 香澄の問いかけに猫宮司は仰々しく頷いた。

「この神社を詣でる人間がいなくなり、信仰が途絶えた。神の力の源は人間の信仰だ。人が信ずることのなくなった神社は寂れ廃れる。やがて神も消えるのだ」
「それじゃあ、おばあちゃんに会うのは、無理ってこと?」

 人間というのは不思議なもので、きっと無理だと思っていたときに叶わなかったとしても仕方ないですませられる。だが、一度もしかしたらと希望を持ってしまうとそれに縋ってしまう。もしかしたら弥生にもう一度会えるかも知れない。そうしたら遺言の場所を、最後になんて言おうとしたのかを聞けるかもしれないと、希望を持ってしまったんだ。

「そんな……」
「会えないとは言っていない」

 ショックを受ける香澄に、猫宮司は淡々と言った。

「この神社への信仰を取り戻せばめめ刀自命様に力が戻る。そうすればお前の願いも叶えられるだろう」
「信仰を取り戻すって、そんなのどうしたらいいの?」
「それは自分で考えろ」

 猫宮司の言葉に香澄はぐっと詰まる。たしかに、願いを叶えて欲しいのは香澄だけれど。

「信仰が消えたらそっちだって困るんじゃあ」
「何か言ったか?」
「言ってませんー」

 とりあえずレインボウに戻ってから今後のことは考えよう。もう昼休みが終わって随分経っている。客が来ていたら申し訳ないし、何より今の状態で香澄が不在にしていると商店街の人達が心配しかねない。
 猫神社に背を向け歩き出した香澄の足下に、少し慌てた様子で猫宮司はすり寄ってきた。

「おい、帰るのか? 願いごとはもういいのか?」

 その口調に香澄は気づく。願いごとを叶えて欲しいのはこちらだけれど、きっと信仰がなくなり使える神の力が弱くなったことでこの猫宮司も困っているのだと。それならそれでお互いに協力し合えればいいと思うのだけれど。

「なんだ?」

 ジッと見つめる香澄に、猫宮司はなぜか後ずさる。

「別に何でもない。また来るよ。そのときまでにどうやったら信仰を取り戻せるか考えておくね」

 香澄の言葉に猫宮司はあからさまにホッとした表情を見せた。猫ってあんなに表情豊かだったんだなとか、ああやって素直にしてればあの猫宮司も意外と可愛いかも、とか思いながら香澄は猫神社をあとにした。後ろから「絶対だぞ! 来ないと呪うからな!」なんて物騒な言葉を背中で聞きながら。
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