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第五章
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その不安は翌日すぐに的中することとなる。
朝も迎えに行こうか、という樹くんの申し出を断って私は一人学校に向かっていた。
蒼くんのときでさえああだったのだから、樹くんと登校なんてしたらもっと騒ぎになることは想像がついた。それでも、昨日の放課後のことが噂話として一気に広まっていたのか、ジロジロと私を見る視線をあちこちから感じた。
ううん、視線だけじゃない。あからさまに私を指さして何か言っている声も聞こえる。このまま学校に行ったらもっと酷いことになる気がする。怖い。助けて。
でも、誰も助けてくれることのないまま学校へとたどり着いてしまった。下駄箱で靴を履き替えようとすると、靴箱の中に上靴がない。
「……はぁ」
なんてわかりやすい嫌がらせだろう。私は教員用のスリッパを借りると、ペタペタと情けない足音を立てながら教室へと向かった。
教室のドアに手をかける。怖い。開けたくない。絶対にまた何か言われるに決まってる。
でも――。
ぎゅっと←手のひらを握りしめると、私は教室のドアを開けた。
瞬間、教室の中が静かになった。何かを言うかと思った浅田さんたちも私の方に視線は向けるものの特に何も言わない。
そっと視線を樹くんの席に向けると、まだ来ていないようだった。
「おはよ」
「おはよー」
席に着くと前の席に座る結月が振り返る。昨日、あのあと教室はどうだったのか、尋ねようと私が口を開くよりも早く、どこからか結月を呼ぶ声が聞こえた。
「椎名さん、今日日直でしょ? 先生が日直呼んできてって」
「ホント? ありがとー。……ごめん、ちょっと言ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
申し訳なさそうにする結月に手を振ると、私はカバンの中身を机の中に移し「ふう」と息を吐いた。
別に結月以外に友達がいないわけじゃない。ほどほどに喋れる子もクラスにはいた。いたはずだった。
なのにどうしてだろう。結月のいない教室がこんなにも不安に感じるのは。
教室の中で私だけがいないものとして扱われているような、そんな感覚に陥る。みんなが私のことをこそこそと話し、クスクスと笑っているような気がする。
ジッと俯いて結月が戻ってくるまでの時間を私はやり過ごした。
机の上にふと影が落ち、結月が戻ってきたのかと顔を上げる。けれどそこにあったのは結月ではなく、樹くんの姿だった。
「おはよ」
「樹くん。おはよう」
「どうかした? 顔色悪いけど大丈夫?」
「あ……」
何があったか、と言われたら何もない。それに心配をかけたくは、ない。
「ううん、大丈夫だよ」
「そう……? ならいいんだけど。何かあったら言ってね」
「ありがとう」
樹くんが席に着くのと同時に、教室のドアが開き結月が戻ってくるのが見えた。その姿にホッとして息を吐く。
けれど、結月は自分の席に戻ってくる途中、クラスの女子に声をかけられて立ち止まった。結月はそのまま席に戻ってくることなく立ち話を続ける。そんな結月に何気なく視線を向けていると、浅田さんがこちらを見ていることに気づいた。その口がニヤリと歪められたのが見えた。
まさか……。
気づけば教室の女子たちみんながニヤニヤと笑いながらこちらを見ているのがわかった。結月のことを私から引き離して、私一人をハブにする気なんだ。そう気づいて、頭の中が冷たくなった。
私の予想は正しかったようで、移動教室やお弁当など色々なタイミングで結月は用事を作っては声をかけられ、私とではなく他の子と過ごす時間が長くなっていく。「委員長」と呼ばれると断るわけにもいかないようで、私に申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、結月は忙しそうに駆け回っていた。
それと比例するように、私はクラスから孤立していった。
「大丈夫? なんか、今日ずっと一人でいるよね?」
「あ……樹、くん」
「もしかして何か嫌がらせをされてる、とか?」
思わず顔が引きつった私に、樹くんの表情が険しくなる。
「誰にされてるの? 浅田さんたち?」
何も言わない私にもう一度「そうなんだね?」と確認すると、樹くんは教卓の辺りで固まっていた浅田さんたちの元へと向かった。
「え、あ、あの」
慌てる私を置いて樹くんは浅田さんたちの元へと向かっていく。
私と樹くんの様子がおかしいことに気づいたのか、周りの席の子たちも樹くんの行動を視線で追いかけているのがわかった。
何をする気なの……。
「あれー? 樹くんどうしたのー?」
「あ、もしかして加納さんに飽きちゃったとかー?」
「ま、そうだよねー。わかるー」
おかしそうに笑う浅田さんたちを樹くんは冷たい視線で見つめた。
「あのさ、くだらないことするの、やめなよ」
「は?」
樹くんの言葉に、浅田さんは苛立ったような声を出した。
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。加納さんに嫌がらせしてるんでしょ」
「はー? それ加納さんが言ってるの? 証拠もないのに言いがかりつけるのってどうなの? ね、樹くん。そんなことしてると樹くんの評判まで落とすよ?」
「別にいいよ」
けれど樹くんは浅田さんの言葉に対して、冷たく言い放った。今まで温厚に微笑む樹くんしか見たことがなかった私を含めるクラスメイトたちは思わず息を呑んだ。
「べ、別にいいって」
さっきまで笑っていたはずの浅田さんも、樹くんの態度に戸惑いを隠せないようだった。
「別にいいよ。僕は自分が大事な人が傷つく方が嫌だからね。大事な人を守れて僕の評判が落ちるぐらいどうってことないよ」
樹くんの言葉に、どこか教室内の空気が変わるのを感じた。
気まずそうにする浅田さんに樹くんは微笑む。
「わかってくれた?」
「……わかったよ」
「そう。ありがと」
樹くんが諫めてくれたおかげで結月を捕まえていたグループも「もういいよ」と離してくれた。
結月は慌てて私の元へと駆け寄ってきた。その後ろから樹くんも戻ってくる。
「ごめんね、結月」
「椎名さん、僕からもごめん」
「ううん、私は大丈夫。それより凜のこと一人にしちゃってごめんね」
「そんなの気にしないで」
申し訳なさそうに言う結月に私は首を振った。
これで少しはマシになる、といいな。
そう思いたいのに。チラッと視線を向けたときに、私の方を睨みつけるようにしていた浅田さんの表情が忘れられなかった。
その日、残りの授業に関しては浅田さんたちが何かをしてくることも、結月がわざと用を作られて呼ばれることもなかった。
翌日も、教室に入った私に普通にクラスメイトたちは声をかけてくれた。だからこれで大丈夫なんだって、解決したんだってそう思った。
なのに――。
「今日の体育はバレーボール。まず背の順で隣の人とペアを組んで」
二時間目の体育の時間。二クラス合同で行われるのだけれど女子は体育館でバレーボール。男子は体育館でバスケと運動場でサッカーの二手に分かれていた。
最初から嫌な予感はしていた。背の順で組むと私のペアは、浅田さんだったから。
向かい合ってレシーブとアタックを順番に繰り返す。でも、気づけばただひたすらに私はアタックを打たれ続けていた。
そのボールは最初こそ腕に、次第に肩や胸へと当たる位置を変えていく。
「い、痛っ」
「あ、ごめーん。私まだ下手でさー」
悪びれなくヘラヘラと笑う浅田さんだったけれど、謝られてしまうと何も言うことができない。わざとだという証拠もない。
それでも腕や肩に来る分には上手く返せればなんとかなった。でも――。
「ほんっとむかつく!」
思いっきり打ち付けられたボールは、私の顔面へと命中した。
予想以上の衝撃と痛みに立っていられなくなった私は一歩二歩とよろめき、そしてそのまま体育館の床に倒れ込んだ。
「っ……」
はずだった。
顔面の痛みはあったのだけれど、身体の方は硬くてごつい何かがクッションになってくれたような感触があった。
恐る恐る目を開けて振り向いてみると、私の身体を蒼くんが抱き留めていた。
「なん、で」
「…………」
蒼くんは何も言わない。けれど私の身体を抱き上げると「せんせー」と体育の先生を呼んだ。
「こいつ、顔面にボールぶつかったみたいで倒れてるから保健室連れて行ってくるな」
「え、あ、ああ」
突然の出来事に、周りの生徒もそして体育の先生すらも何も言えないみたいだった。
「な、大丈夫、だよ」
「うるさい」
私の言葉なんてその一言で切り捨てると、蒼くんは私を抱き上げたまま体育館を出て行く。
「……どうして」
だから私は答えが返ってくることのない問いを投げ続けた。
「なんで助けたの」
「…………」
「私のことなんて、好きでも何でもないんだから、放っておいてよ」
「じゃあそんな顔してんじゃねえよ」
そういう蒼くんの声があまりにも辛そうで、私は何も言えなくなってしまう。
「……着いた」
器用に保健室のドアを開けると、近くの椅子に私の身体を下ろした。どうやら先生はいないようで、保健室の中は薄暗かった。
「……鍵架かってなかったからそのうち戻ってくるだろ。安静にしてろよ」
それだけ言うと蒼くんは何もなかったかのように立ち去っていく。
「っ……」
その背中に何かを言いたくて、でも何と言っていいのかわからなくて。結局何も言えないままその背中が遠ざかっていくのを見つめることしかできなかった。
勝手にベッドで休むのも、と椅子に座ったままボーッとしていると、廊下をバタバタと走る音が聞こえ、保健室のドアが開いた。
「加納さん!」
「樹くん……」
保健室に飛び込んできたのは樹くんだった。普段は物静かな樹くんからは考えられないほど慌てた様子で息を切らせていた。
「顔にボールをぶつけられたって聞いて……」
「う、うん。それで駆けつけてきてくれたの?」
樹くんのグループは確か運動場でサッカーだったはずだ。と、いうことは誰かから私が保健室に行ったことを聞き、慌てて駆けつけてくれたということになる。
「大丈夫?」
「うん、鼻血も出てないし大丈夫だと思う」
「よかった……」
そう言ったかと思うと、樹くんは私の身体をぎゅっと抱きしめた。
「本当に、ごめん。僕らの……僕の、せいで」
私を抱きしめる腕に力が入る。
……どうしてだろう。
好きな人に抱きしめられていてこんなにもドキドキすることはないはずなのに。
なのになぜだか思い出してしまうのは、さっきまで私を抱き上げていた蒼くんのぬくもりと、がっちりとした身体、それからゴツゴツとした手のひらの感触だった。
朝も迎えに行こうか、という樹くんの申し出を断って私は一人学校に向かっていた。
蒼くんのときでさえああだったのだから、樹くんと登校なんてしたらもっと騒ぎになることは想像がついた。それでも、昨日の放課後のことが噂話として一気に広まっていたのか、ジロジロと私を見る視線をあちこちから感じた。
ううん、視線だけじゃない。あからさまに私を指さして何か言っている声も聞こえる。このまま学校に行ったらもっと酷いことになる気がする。怖い。助けて。
でも、誰も助けてくれることのないまま学校へとたどり着いてしまった。下駄箱で靴を履き替えようとすると、靴箱の中に上靴がない。
「……はぁ」
なんてわかりやすい嫌がらせだろう。私は教員用のスリッパを借りると、ペタペタと情けない足音を立てながら教室へと向かった。
教室のドアに手をかける。怖い。開けたくない。絶対にまた何か言われるに決まってる。
でも――。
ぎゅっと←手のひらを握りしめると、私は教室のドアを開けた。
瞬間、教室の中が静かになった。何かを言うかと思った浅田さんたちも私の方に視線は向けるものの特に何も言わない。
そっと視線を樹くんの席に向けると、まだ来ていないようだった。
「おはよ」
「おはよー」
席に着くと前の席に座る結月が振り返る。昨日、あのあと教室はどうだったのか、尋ねようと私が口を開くよりも早く、どこからか結月を呼ぶ声が聞こえた。
「椎名さん、今日日直でしょ? 先生が日直呼んできてって」
「ホント? ありがとー。……ごめん、ちょっと言ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
申し訳なさそうにする結月に手を振ると、私はカバンの中身を机の中に移し「ふう」と息を吐いた。
別に結月以外に友達がいないわけじゃない。ほどほどに喋れる子もクラスにはいた。いたはずだった。
なのにどうしてだろう。結月のいない教室がこんなにも不安に感じるのは。
教室の中で私だけがいないものとして扱われているような、そんな感覚に陥る。みんなが私のことをこそこそと話し、クスクスと笑っているような気がする。
ジッと俯いて結月が戻ってくるまでの時間を私はやり過ごした。
机の上にふと影が落ち、結月が戻ってきたのかと顔を上げる。けれどそこにあったのは結月ではなく、樹くんの姿だった。
「おはよ」
「樹くん。おはよう」
「どうかした? 顔色悪いけど大丈夫?」
「あ……」
何があったか、と言われたら何もない。それに心配をかけたくは、ない。
「ううん、大丈夫だよ」
「そう……? ならいいんだけど。何かあったら言ってね」
「ありがとう」
樹くんが席に着くのと同時に、教室のドアが開き結月が戻ってくるのが見えた。その姿にホッとして息を吐く。
けれど、結月は自分の席に戻ってくる途中、クラスの女子に声をかけられて立ち止まった。結月はそのまま席に戻ってくることなく立ち話を続ける。そんな結月に何気なく視線を向けていると、浅田さんがこちらを見ていることに気づいた。その口がニヤリと歪められたのが見えた。
まさか……。
気づけば教室の女子たちみんながニヤニヤと笑いながらこちらを見ているのがわかった。結月のことを私から引き離して、私一人をハブにする気なんだ。そう気づいて、頭の中が冷たくなった。
私の予想は正しかったようで、移動教室やお弁当など色々なタイミングで結月は用事を作っては声をかけられ、私とではなく他の子と過ごす時間が長くなっていく。「委員長」と呼ばれると断るわけにもいかないようで、私に申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、結月は忙しそうに駆け回っていた。
それと比例するように、私はクラスから孤立していった。
「大丈夫? なんか、今日ずっと一人でいるよね?」
「あ……樹、くん」
「もしかして何か嫌がらせをされてる、とか?」
思わず顔が引きつった私に、樹くんの表情が険しくなる。
「誰にされてるの? 浅田さんたち?」
何も言わない私にもう一度「そうなんだね?」と確認すると、樹くんは教卓の辺りで固まっていた浅田さんたちの元へと向かった。
「え、あ、あの」
慌てる私を置いて樹くんは浅田さんたちの元へと向かっていく。
私と樹くんの様子がおかしいことに気づいたのか、周りの席の子たちも樹くんの行動を視線で追いかけているのがわかった。
何をする気なの……。
「あれー? 樹くんどうしたのー?」
「あ、もしかして加納さんに飽きちゃったとかー?」
「ま、そうだよねー。わかるー」
おかしそうに笑う浅田さんたちを樹くんは冷たい視線で見つめた。
「あのさ、くだらないことするの、やめなよ」
「は?」
樹くんの言葉に、浅田さんは苛立ったような声を出した。
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。加納さんに嫌がらせしてるんでしょ」
「はー? それ加納さんが言ってるの? 証拠もないのに言いがかりつけるのってどうなの? ね、樹くん。そんなことしてると樹くんの評判まで落とすよ?」
「別にいいよ」
けれど樹くんは浅田さんの言葉に対して、冷たく言い放った。今まで温厚に微笑む樹くんしか見たことがなかった私を含めるクラスメイトたちは思わず息を呑んだ。
「べ、別にいいって」
さっきまで笑っていたはずの浅田さんも、樹くんの態度に戸惑いを隠せないようだった。
「別にいいよ。僕は自分が大事な人が傷つく方が嫌だからね。大事な人を守れて僕の評判が落ちるぐらいどうってことないよ」
樹くんの言葉に、どこか教室内の空気が変わるのを感じた。
気まずそうにする浅田さんに樹くんは微笑む。
「わかってくれた?」
「……わかったよ」
「そう。ありがと」
樹くんが諫めてくれたおかげで結月を捕まえていたグループも「もういいよ」と離してくれた。
結月は慌てて私の元へと駆け寄ってきた。その後ろから樹くんも戻ってくる。
「ごめんね、結月」
「椎名さん、僕からもごめん」
「ううん、私は大丈夫。それより凜のこと一人にしちゃってごめんね」
「そんなの気にしないで」
申し訳なさそうに言う結月に私は首を振った。
これで少しはマシになる、といいな。
そう思いたいのに。チラッと視線を向けたときに、私の方を睨みつけるようにしていた浅田さんの表情が忘れられなかった。
その日、残りの授業に関しては浅田さんたちが何かをしてくることも、結月がわざと用を作られて呼ばれることもなかった。
翌日も、教室に入った私に普通にクラスメイトたちは声をかけてくれた。だからこれで大丈夫なんだって、解決したんだってそう思った。
なのに――。
「今日の体育はバレーボール。まず背の順で隣の人とペアを組んで」
二時間目の体育の時間。二クラス合同で行われるのだけれど女子は体育館でバレーボール。男子は体育館でバスケと運動場でサッカーの二手に分かれていた。
最初から嫌な予感はしていた。背の順で組むと私のペアは、浅田さんだったから。
向かい合ってレシーブとアタックを順番に繰り返す。でも、気づけばただひたすらに私はアタックを打たれ続けていた。
そのボールは最初こそ腕に、次第に肩や胸へと当たる位置を変えていく。
「い、痛っ」
「あ、ごめーん。私まだ下手でさー」
悪びれなくヘラヘラと笑う浅田さんだったけれど、謝られてしまうと何も言うことができない。わざとだという証拠もない。
それでも腕や肩に来る分には上手く返せればなんとかなった。でも――。
「ほんっとむかつく!」
思いっきり打ち付けられたボールは、私の顔面へと命中した。
予想以上の衝撃と痛みに立っていられなくなった私は一歩二歩とよろめき、そしてそのまま体育館の床に倒れ込んだ。
「っ……」
はずだった。
顔面の痛みはあったのだけれど、身体の方は硬くてごつい何かがクッションになってくれたような感触があった。
恐る恐る目を開けて振り向いてみると、私の身体を蒼くんが抱き留めていた。
「なん、で」
「…………」
蒼くんは何も言わない。けれど私の身体を抱き上げると「せんせー」と体育の先生を呼んだ。
「こいつ、顔面にボールぶつかったみたいで倒れてるから保健室連れて行ってくるな」
「え、あ、ああ」
突然の出来事に、周りの生徒もそして体育の先生すらも何も言えないみたいだった。
「な、大丈夫、だよ」
「うるさい」
私の言葉なんてその一言で切り捨てると、蒼くんは私を抱き上げたまま体育館を出て行く。
「……どうして」
だから私は答えが返ってくることのない問いを投げ続けた。
「なんで助けたの」
「…………」
「私のことなんて、好きでも何でもないんだから、放っておいてよ」
「じゃあそんな顔してんじゃねえよ」
そういう蒼くんの声があまりにも辛そうで、私は何も言えなくなってしまう。
「……着いた」
器用に保健室のドアを開けると、近くの椅子に私の身体を下ろした。どうやら先生はいないようで、保健室の中は薄暗かった。
「……鍵架かってなかったからそのうち戻ってくるだろ。安静にしてろよ」
それだけ言うと蒼くんは何もなかったかのように立ち去っていく。
「っ……」
その背中に何かを言いたくて、でも何と言っていいのかわからなくて。結局何も言えないままその背中が遠ざかっていくのを見つめることしかできなかった。
勝手にベッドで休むのも、と椅子に座ったままボーッとしていると、廊下をバタバタと走る音が聞こえ、保健室のドアが開いた。
「加納さん!」
「樹くん……」
保健室に飛び込んできたのは樹くんだった。普段は物静かな樹くんからは考えられないほど慌てた様子で息を切らせていた。
「顔にボールをぶつけられたって聞いて……」
「う、うん。それで駆けつけてきてくれたの?」
樹くんのグループは確か運動場でサッカーだったはずだ。と、いうことは誰かから私が保健室に行ったことを聞き、慌てて駆けつけてくれたということになる。
「大丈夫?」
「うん、鼻血も出てないし大丈夫だと思う」
「よかった……」
そう言ったかと思うと、樹くんは私の身体をぎゅっと抱きしめた。
「本当に、ごめん。僕らの……僕の、せいで」
私を抱きしめる腕に力が入る。
……どうしてだろう。
好きな人に抱きしめられていてこんなにもドキドキすることはないはずなのに。
なのになぜだか思い出してしまうのは、さっきまで私を抱き上げていた蒼くんのぬくもりと、がっちりとした身体、それからゴツゴツとした手のひらの感触だった。
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