ホントのキモチ!

望月くらげ

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第五章

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 職員室に用があるから、という樹くんと別れて教室に戻った。相変わらず浅田さんたちは私を見てクスクスこそこそしているけれどそれどころじゃない。
「あ、おかえり。樹くんなんだって?」
「う、うん」
 席に着いた私を待ち構えていたように振り返ると結月は言う。
 私は手招きをして結月の耳に顔を近づける。そして周りの子たちに聞こえないように囁いた。
「告白、された」
「やったじゃん。で、付き合うの?」
「……うん」
「そっか。よかったね」
 結月はまるで自分のことのように喜んでくれる。ニコニコと嬉しそうな結月を見ると、胸の奥に突き刺さった小さな棘のようなものの存在を話すことができない。
 そうだよね、ずっと好きだった樹くんと付き合えることになったんだもん。幸せだと、嬉しいって思わないと変だよね。
 そう思えば思うほど、小さな棘の存在が胸の奥で大きくなっていくような、そんな気がした。
 しばらくして五時間目のチャイムが鳴る少し前に樹くんは教室へと戻ってきた。
 女の子たちが話しかけるのをにこやかに躱しながら私の席の隣を通って自分の席へと向かう。
「っ……」
 通り過ぎる瞬間、机の上に置いた私の指に樹くんの指先が掠めるように触れた。
「うーわー……今のわざとだよ」
 にやけながら結月は言う。
「樹くん、本当に凜のことが好きなんだね。よかったね、色々あったけど本当に好きな人と付き合えて、さ」
「……うん」
 頷く以外の回答なんて、できるはずもなかった。

 その日の帰り、ざわつく教室内で机の中身をカバンに映していると私の席の隣に誰かが立った。
「帰る準備できた?」
「え?」
 顔を上げるとそこには樹くんの姿があった。
「えっと、うん。終わったよ」
「じゃあ一緒に帰ろ」
 その瞬間、教室内の音が消え、そして一瞬ののち悲鳴が響き渡った。
「え、どうして? どうしてそんな子誘うの?」
「ねえ、樹くん。そんな子と帰るぐらいなら私たちと帰ろうよ。一緒に帰りたかったんだ」
「ごめんね」
 でも樹くんは教室のどの声にもにこやかな笑みを浮かべると首を振った。
 嫌な、予感がする。
「僕、加納さんと、彼女と帰りたいんだ」
 その言葉に女子たちが固まるのがわかった。
「か、彼女って」
 けれどそんな中で、浅田さんはまるで笑い話でも聞いたかのように乾いた笑い声を上げながら樹くんに話しかける。
「そんな言い方、したら、まるでその子と付き合ってるみたいに勘違いされちゃうよ」
「……なんで?」
 だから不思議そうに首をかしげる樹くんを見て、浅田さんが勝ち誇ったような笑みを浮かべるのも不思議ではなかった。
 私に視線を浮かべながら、おかしくて仕方がないというように口元を押さえて笑った。
「なんでって。もー樹くんったら。その子と付き合うのが有り得ないのはわかるけど、そんな言い方したら可哀想だよ」
「ねー?」と周りにいた女子たちに同意を求め、浅田さんの周りにいた子たちも次々と同意の声を上げ私をあざ笑った。
 けれど、そんな浅田さんたちに向かって樹くんはもう一度「なんで?」と尋ねると、私の方を向いた。
「僕と加納さんが付き合ってたら何か変?」
「変って……え、嘘だよね」
 樹くんの背中に向けて浅田さんは震える声で話しかけるけれど、もう樹くんがそちらを見ることはなかった。
「加納さん、もう準備できたよね? 帰ろうか」
「ねえ、樹くん!」
 立ち上がった私の腕を取ると樹くんは困ったように浅田さんに視線を向けた。
「僕、加納さんと付き合ってるよ。何か問題あるかな?」
「そん、な」
 崩れ落ちる浅田さんの前を、樹くんは私の腕を引いたまま通り過ぎた。私も連れられるままに足早に通り過ぎる。
「覚えておきなさいよ」
 私にだけ聞こえるぐらいのトーンで浅田さんが呟いた言葉が、妙に頭に残った。
 しばらく歩くと樹くんは私の腕を掴んだ手を離した。
「ごめんね、さっきはあんな感じで行っちゃって」
「う、ううん。大丈夫だよ」
 何が大丈夫なのかわからないけれど、つい『大丈夫』と言ってしまうのは私の悪い癖だと思う。けれど、そんな私の言葉を素直に受け取ってくれたのか、樹くんは「よかった」と微笑みを浮かべた。
 私も笑顔を返しながら、心の中では先程の浅田さんの言葉に不安になる。
 明日から、どうなってしまうんだろう。

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