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第三章
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あの日、公園で蒼くんの意外な一面に触れてから、なんとなく私の中で蒼くんに対する印象が変わった。
怖いと思っていた乱暴な口調はどこか照れ隠しなときもあるし、睨みつけるように見てると思っていた顔もちょっと目つきが悪いだけでまっすぐにこちらを見てくれている。
それに何よりも、思っていた以上に蒼くんは優しかった。
「おい、また何か担任に頼まれたのか」
「蒼くん」
社会の先生に言われて授業で使った資料の入った箱を戻しに行っていると、たまたま廊下で蒼くんに会った。
「社会科準備室に持っていくの」
「あんた、ホントよく頼まれるよな」
「断らなさそうだから頼まれるだけだよ」
私だってやりたくてやっているわけじゃない。でも、頼まれるとどうしても嫌と言えないのだから仕方ない。
それに私が断ればどうせ誰か他の人が頼まれることになる。
みんな面倒くさいんだから私がやったって変わらない。
「んなこと言ってねーだろ」
「あっ」
ひょいと私から資料の入った箱を取り上げると、中から小さな本を一冊取り出した。
「あんたはこれでも持ってろ」
「……ありがと」
私は蒼くんの隣を歩く。
あ――。
ふいに、蒼くんが歩調を緩めたのがわかった。
あの日から、蒼くんは私の隣を歩くときは必ずゆっくりとペースを落としてくれる。
人によってはそんな些細なこと、って想われるかもしれない。でもそんな些細なことが私には嬉しかった。
知らなかった頃は、樹くんと同じ顔の怖い人、だと思っていた。
でも、今は違う。顔だって声だって似ているようで全然違う。間違えて告白したのが今となると信じられないぐらい、二人は別の人間だった。
……でも。
優しくされればされるほど、この告白が、この関係が間違いなんだっていつ伝えようか悩むようになった。
きっと傷つけるよね。もしかしたら今みたいにこうやって話してくれなくなるかもしれない。
私は、いったいどうしたいの?
「どうした?」
「え、あ、ううん。なんでもない」
笑って誤魔化す私に、蒼くんは何かを考え込むような表情を浮かべた。どうしたのだろう。
「さっきの『断らなさそうだから頼まれやすい』ってやつだけど」
「え?」
「みんなあんたが優しいから甘えてんだ。だから嫌だったら嫌って言ってもいいと思う」
「蒼くん……」
「ま、言えなかったら俺が言ってやるよ」
ようやく着いた社会科準備室の前で、足を止めながら蒼くんは言った。
そんなこと言われると思わなくて思わず顔を見上げたまま立ち止まってしまう。
「……何」
「え、な、なんでもない」
「そ?」
私が頷くのを確認すると、蒼くんは社会科準備室のドアを開けた。その後ろ姿を私はジッと見つめていた。
私は廊下をパタパタと走る。
「遅くなっちゃった」
帰りのホームルームのとき、坂井先生から「資料作りを手伝って欲しい」と言われ、さっきまで会議室でホチキスを駆使して資料を作っていた。
「蒼くん、まだ待ってくれてるのかな」
帰りにいつものように教室まで迎えに来た蒼くんに事情を話すと「しょうがねえな」と笑っていた。
そして。
「んじゃ、待ってるからさっさと終わらせてこいよ」
「待っててくれるの?」
蒼くんは私の問いかけに少し目を逸らして言った。
「彼女だからな」
その言葉があまりにも照れくさくて「うん」としか返すことができなかった。
「彼女……彼女かあ……」
付き合い始めたから一ヶ月以上が経ち、蒼くんのいいところとか素敵だなって思うところが増えてきた。
たまに、ホントたまにだけどドキドキしちゃうときもある。
それに……。
私は樹くんのことを思い出す。
蒼くんと付き合うことになった頃は、樹くんのことを見るのが辛かった。
樹くんは別にきっと気にもとめていないことはわかってる。それでも樹くんの目を見ることができなかった。の、だけれど。
いつからだろう。樹くんのことを見ても目を逸らさなくなったのは。どこか気まずさを感じなくなったのは。
そしてそれは、どうしてなんだろう――。
なんとなく、その疑問の答えはもうすぐわかる気がしていた。
怖いと思っていた乱暴な口調はどこか照れ隠しなときもあるし、睨みつけるように見てると思っていた顔もちょっと目つきが悪いだけでまっすぐにこちらを見てくれている。
それに何よりも、思っていた以上に蒼くんは優しかった。
「おい、また何か担任に頼まれたのか」
「蒼くん」
社会の先生に言われて授業で使った資料の入った箱を戻しに行っていると、たまたま廊下で蒼くんに会った。
「社会科準備室に持っていくの」
「あんた、ホントよく頼まれるよな」
「断らなさそうだから頼まれるだけだよ」
私だってやりたくてやっているわけじゃない。でも、頼まれるとどうしても嫌と言えないのだから仕方ない。
それに私が断ればどうせ誰か他の人が頼まれることになる。
みんな面倒くさいんだから私がやったって変わらない。
「んなこと言ってねーだろ」
「あっ」
ひょいと私から資料の入った箱を取り上げると、中から小さな本を一冊取り出した。
「あんたはこれでも持ってろ」
「……ありがと」
私は蒼くんの隣を歩く。
あ――。
ふいに、蒼くんが歩調を緩めたのがわかった。
あの日から、蒼くんは私の隣を歩くときは必ずゆっくりとペースを落としてくれる。
人によってはそんな些細なこと、って想われるかもしれない。でもそんな些細なことが私には嬉しかった。
知らなかった頃は、樹くんと同じ顔の怖い人、だと思っていた。
でも、今は違う。顔だって声だって似ているようで全然違う。間違えて告白したのが今となると信じられないぐらい、二人は別の人間だった。
……でも。
優しくされればされるほど、この告白が、この関係が間違いなんだっていつ伝えようか悩むようになった。
きっと傷つけるよね。もしかしたら今みたいにこうやって話してくれなくなるかもしれない。
私は、いったいどうしたいの?
「どうした?」
「え、あ、ううん。なんでもない」
笑って誤魔化す私に、蒼くんは何かを考え込むような表情を浮かべた。どうしたのだろう。
「さっきの『断らなさそうだから頼まれやすい』ってやつだけど」
「え?」
「みんなあんたが優しいから甘えてんだ。だから嫌だったら嫌って言ってもいいと思う」
「蒼くん……」
「ま、言えなかったら俺が言ってやるよ」
ようやく着いた社会科準備室の前で、足を止めながら蒼くんは言った。
そんなこと言われると思わなくて思わず顔を見上げたまま立ち止まってしまう。
「……何」
「え、な、なんでもない」
「そ?」
私が頷くのを確認すると、蒼くんは社会科準備室のドアを開けた。その後ろ姿を私はジッと見つめていた。
私は廊下をパタパタと走る。
「遅くなっちゃった」
帰りのホームルームのとき、坂井先生から「資料作りを手伝って欲しい」と言われ、さっきまで会議室でホチキスを駆使して資料を作っていた。
「蒼くん、まだ待ってくれてるのかな」
帰りにいつものように教室まで迎えに来た蒼くんに事情を話すと「しょうがねえな」と笑っていた。
そして。
「んじゃ、待ってるからさっさと終わらせてこいよ」
「待っててくれるの?」
蒼くんは私の問いかけに少し目を逸らして言った。
「彼女だからな」
その言葉があまりにも照れくさくて「うん」としか返すことができなかった。
「彼女……彼女かあ……」
付き合い始めたから一ヶ月以上が経ち、蒼くんのいいところとか素敵だなって思うところが増えてきた。
たまに、ホントたまにだけどドキドキしちゃうときもある。
それに……。
私は樹くんのことを思い出す。
蒼くんと付き合うことになった頃は、樹くんのことを見るのが辛かった。
樹くんは別にきっと気にもとめていないことはわかってる。それでも樹くんの目を見ることができなかった。の、だけれど。
いつからだろう。樹くんのことを見ても目を逸らさなくなったのは。どこか気まずさを感じなくなったのは。
そしてそれは、どうしてなんだろう――。
なんとなく、その疑問の答えはもうすぐわかる気がしていた。
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